学位論文要旨



No 126791
著者(漢字) 宇田,東樹
著者(英字)
著者(カナ) ウダ,トウキ
標題(和) 高速PIVを用いた流れ場と空力音の実験的解析
標題(洋)
報告番号 126791
報告番号 甲26791
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7432号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 教授 高木,周
 東京大学 教授 岡本,孝司
内容要旨 要旨を表示する

1.序 論

高速鉄道から発生する騒音は主に,転動音や構造物音などの固体音および列車の走行に伴った気流の非定常な乱れによる空力音によって構成される.これらの騒音は,その発生機構の違いから列車速度に対する増加率が異なり,固体音は列車速度の2~3乗,空力音は6乗に比例して,そのパワーが増加する.このため,高速鉄道における空力音の寄与度は高く,厳しい環境基準を満たしながら,さらなる速度向上を図っていくには,空力音の低減が不可欠である.

こうした空力音の評価には,実際に走行している列車で騒音を測定する現車試験のほか,風洞試験が非常に有効なツールの1つであり,無指向性マイクロホンやアレイ式マイクロホンを用いて放射音のスペクトル解析・騒音源の特定がなされてきた.しかしながら,これらの音響測定機器は,遠方場において観測される放射音の評価には有効であるが,その性質上,空力音の発生源である流れ場そのものと放射音との直接的な関係が得られにくく,抜本的な騒音低減対策を打ち出しにくいという問題がある.特に,高度に低騒音化の進められた日本の高速鉄道において,さらなる空力音の低減を図るためには,流れと音の直接的な相関関係を把握し,音源とそれによる遠方場音圧への寄与を見極めることが重要であると考えられる.そのためには,実験的に測定した流れ場をもとに空力音源を正確に求める実験的評価手法の確立が必要であり,本論文の前半部分でこれについて論じる.また,本論文の後半部分では,空力音源の三次元的構造を捉えるための測定手法を開発し,音源構造に関する考察を深めるとともに,一般的な問題へ適用した結果について示す.

2.空 力 音の理 論

流れ場から音波がメカニズムについて,本研究ではPowellやHoweが提唱した渦音理論[1][2]に基づくものを用いた.この渦音理論による音源および遠方場音圧の表現は,流れ場中に分布する空力音源が渦度によって明確に記述される形となっている.したがって,空力音源と流れ場が直接的に関連づけられた物理的にも妥当な形であり,音源構造に関する知見や低騒音化へ向けての設計指針が得られやすいと考えられる.このHoweの渦音理論式によれば,遠方場音圧を評価するには流れ場中の渦度の空間分布ならびにその時間微分を求めればよく,粒子画像流速計測法(PIV)を用いた空力音に関する実験的研究例がいくつか報告されている[3][4].しかしながら,これらの先行研究はいずれも流れ場中の音源を直接的に評価し,遠方場音圧を求めたものではない.これは,実験的手法としてのハードルのほか,Howeの渦音理論式をそのまま用いようとした場合,渦度そのものによって発生する四重極音源の分布する広い領域を測定対象として確保しなければならないからに他ならない.

そこで,本研究ではHoweの渦音理論式をそのまま適用することはせず,低マッハ数の仮定の下,四重極音の影響を排除し,二重極音のみを対象とした定式化[5]を採用した.こうすることで従来問題とされてきた測定領域の条件を緩和し,比較的狭い測定領域でも空力音源と遠方場音圧を適切に評価することが可能となる.

3.円柱まわりの流れ場と空力音の解析(単断面)

流れ場情報のみを利用して実験的に空力音を予測することが可能かどうかを検証し,空力音の発生メカニズムに関する知見を得るために,小型風洞において二次元円柱供試体を対象とした実験装置を構築した.流れ場中に存在する空力音源を評価するには,渦度の時空間分布を取得する必要があり,本実験では時間方向に5kHzの分解能をもつ高速PIVを採用した.また,実測音圧との比較ならびに流れと音の相関関係を把握するため,無指向性のマイクロホンを1本設置し,流れ場との同期測定を行なった.

はじめに,供試体の円柱から明確なエオルス音が放出されているかどうかを実測音圧のスペクトル解析によって確認した.つぎに,高速PIVによって測定した流れ場から渦度場を算出し,PIV解析格子の各点ごとに音源項を求めた.その結果,円柱近傍には強い音源領域が2つ存在し,1つは両はく離点近傍,もう1つは円柱後流のカルマン渦が巻き込む領域に分布することが実験的に確かめられた.さらに,はく離点近傍の音源は周波数依存性が小さい一方,円柱後流の音源は強い周波数依存性があり,これら2つの音源構造が異なる性質を有していることも示された.最後に,上記音源項の空間積分として表される遠方場の推定音圧と実測した音圧のスペクトルを比較したところ,支配的な空力音源であるエオルス音周波数および音圧レベルが実測結果と良好に一致することが確かめられた.より高周波数の成分についても,実測音圧と推定音圧が概ね一致し,流れ場情報のみをもとにした本実験的評価手法が妥当であることが示された.

4.円柱まわりの流れ場と空力音の解析(二断面)

複雑形状を取り扱わなければならない実用問題においては,供試体による放射音が三次元的な流動場および音源構造によって影響を受けることが少なくない.しかしながら,こうした三次元的な流れ場を全測定体積にわたって高精度に測定し,実験的に空力音を解析することは極めて困難である.そこで本研究では,空力音源のスパン方向構造を実験的に抽出する手法として二断面の同時測定システムを構築した.二断面の分離にあたっては,レーザビームを2つに分割し,それぞれに相異なる偏光特性をもたせることによって測定対象とする断面を選択的に取り出す手法とした.

空力音の評価において,音源のスパン方向相関長に関する知見を得ることは重要である.そこで,二次元円柱に対する二断面の同時測定結果をもとに,二断面間の音源のコヒーレンス分布を計算した結果,空力音源が円柱後流のカルマン渦の巻き込む部分で最大値をとり,その強い音源構造がスパン方向に3D程度維持されていることが明らかとなった.この円柱スパン方向に分布する強い相関構造が遠方場における空力音に強く寄与していると考えられる.さらに,コヒーレンスの算出とともに得られるスパン方向の位相特性まで考慮して遠方場音圧を推定する解析手法を考案した.これは,ある断面に関する空力音源の分布とスパン方向の位相特性を合わせて取り扱う手法であり,スパン方向に空力音源の強さと位相が変化するケースであっても適用可能である.

5.パンタグラフ舟体近傍の流れ場と空力音の解析

前章までで確立された空力音源の実験的評価手法を,より実用的な問題としてパンタグラフ模型の舟体部分に適用した.二次元円柱の場合には,音源項算出で必要となる音響的なパラメータは解析的に求めることができたが,複雑形状の場合には何らかの数値解析的手法を用いて決定しなければならない.ここでは,境界要素法を用いて音響パラメータを決定し,これと実験的に求められた流れ場とを連成させることによって空力音源を推定した.その結果,舟体まわりの代表的な音源位置を実験的に抽出することが可能であることが示された.

6.結 論

流れと音の直接的な関係を把握し,空力音の低騒音化へつなげていくため,高速PIVによって得られる流れ場の情報のみを利用して空力音を予測する実験的評価手法を開発した.また,流れ場および音源構造の三次元的性質を考慮するために,二断面の同時測定手法を構築し,スパン方向の音源構造に関する解析を行なった.主な結果を以下にまとめる.

・Howeの渦音理論式をもとに散乱音源のみを対象とした式に適用することで,従来問題とされていた測定領域の制限が緩和され,既存の高速PIV技術によって空力音源を評価することが十分に可能であることを初めて示した.

・円柱まわりの空力音源は,主に両はく離点近傍およびカルマン渦の巻き込む領域に分布し,それらの音源構造の周波数依存性が異なることを明らかにした.

・本研究で開発した空力音の評価手法をもとに,円柱から発生する放射音を実験的に推定したところ,その周波数および騒音レベルが実測音圧と良好に一致する結果を得た.

・二断面の同時測定より,本実験系においては,円柱のスパン方向に関する音源の相関構造は,カルマン渦の巻き込む領域において最大値3D程度に達することが明らかとなった.

[1]Powell,A., Theory of vortex sound, Journal of the Acoustical Society of America, vol.36 (1964), pp.177-195.[2]Howe,M.S., J. Fluid Mech., vol.71 (1975), pp.625-673.[3]Henning, A., Kaepernick, K., Ehrenfried, K., Koop, L. and Dillman, A., Exp. in Fluids, vol.45 (2008), pp. 1073-1085.[4]Lorenzoni, V., Moore, P., Scarano, F. and Tuinstra, M., 15th AIAA/CEAS Aeroacoustics Conference (30th AIAA Aeroacoustics Conference), 2009.[5]Takaishi, T., Ikeda, M. and Kato, C., Journal of the Acoustical Society of America, vol.116 (2004), pp.1427-1435.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,近年,新幹線鉄道のパンタグラフ等から放射される空力騒音が列車速度の向上を妨げる一因になっている問題と関連して,流れ場の情報のみを利用して空力音を予測する実験的評価手法を構築すること,および空力音の発生機構やスパン方向の構造性に関する知見を得ることを目的とした実験的研究である.

本論文は「高速PIVを用いた流れ場と空力音の実験的解析」と題され,全7章から構成されている.

第1章は「序論」であり,工学的・社会的な意義も含めた研究の背景と目的,および過去に行なわれた空力音の実験的解析に関連した研究を挙げ,従来の研究に対する本論文の位置付けや新規性について述べている.

第2章は「空力音の理論」であり,Lighthillの音響アナロジーに始まり,Curleの式やPowellおよびHoweの渦音理論式などにおける空力音源の物理的解釈の違いについて説明している.そのうえで,音の発生機構に関する詳細かつ実験的な知見を得るには,Howeの渦音理論に基づく方法が適切であるとしている.渦音理論式を用いた空力音の実験的研究は過去にもいくつか認められるが,積分領域の制約による影響が大きく,音圧を定量的に評価することが難しかったという問題にも触れている.そして,この問題は散乱音源のみを対象とした定式化を採用することで克服することができることを指摘している.

第3章は「実験手法」であり,時間的・空間的な流れ場測定に適した高速PIVを採用したことや流れと音の同時計測システムの構築方法について説明している.この単断面に対する実験システムに加えて,空力音の三次元的な広がりについて考慮するため,レーザーの偏光特性を利用した二断面の同時測定システムの構築についても合わせて説明している.

第4章は「円柱まわりの流れ場と空力音の解析(単断面)」であり,流れ場情報のみを利用して実験的に二次元円柱まわりの空力音源を求めている.この解析から,円柱まわりの空力音源が主に剥離点近傍およびカルマン渦の形成領域に分布することを示すとともに,両者は相異なる周波数依存性を有した音源構造であることも明らかにしている.さらに,推定音圧と実際に同時測定して得られた実測音圧との比較を行い,流れ場中の支配的な空力音源に関して,両者が良好に一致する結果を初めて示している.

第5章は「円柱まわりの流れ場と空力音の解析(二断面)」であり,実用的な問題への展開を考慮した二断面の同時測定を行うことで,円柱のスパン方向の音源構造を実験的に取得し,解析した結果について述べている.円柱供試体に対する二断面の同時測定からは,従来実験的に計測することの困難であった音源の空間的な相関長分布に関する実験的な知見が得られている.その結果,空力音源が円柱後流のカルマン渦の巻き込む部分で大きな値をとること,およびその音源構造がスパン方向に円柱直径の3倍程度維持されており,この強い相関構造が遠方場における空力音に強く寄与していることが述べられている.

第6章は「パンタグラフ舟体近傍の流れ場と空力音の解析」であり,前章までで確立された空力音源の実験的評価手法を,より実用的な問題としてパンタグラフの舟体部分に適用し,実験的解析を行っている.円柱の場合には,音源項の算出において必要となる音響的なパラメータは解析的に求めることができたが,複雑形状の場合には不可能である.そこで,境界要素法を用いて音響的な放射効率を数値的に決定している.これと実験的に求められた流れ場とを連成させることによって空力音源を推定し,その結果,舟体まわりの代表的な音源位置を実験的に抽出することに成功している.

第7章は「結論」であり,流れ場情報のみを利用して,実験的に空力音(散乱音源)を定量的に予測できたことや円柱近傍に分布する音源構造の周波数依存性・スパン方向の音源構造に関する知見がまとめられている.

以上,本論文では従来,定量的に精度良く評価することの難しかった,流れから発生する空力音の実験的評価手法を開発し,空力音源を解析している.散乱音源のみを対象とした評価式を採用するとともに,高速PIVを用いて精度良く渦度変動を捉えることで,流れ場の中の支配的な空力音源を求めることが可能であることを初めて示している.その結果,この手法を用いて,円柱まわりの空力音源や発生機構に関する知見を得ている.また,偏光特性を利用した二断面の同時PIV測定システムを構築し,本手法の適用範囲の拡張を図っている.本論文で提案された空力音の実験的評価手法は,マイクロホンアレイなどに頼らざるを得なかったこれまでの空力音の計測手法と異なる,幅広い工学的応用の期待できる評価手法であり,得られた空力音源に関する知見も重要な意義を持つ.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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