学位論文要旨



No 126553
著者(漢字) 植原,亮
著者(英字)
著者(カナ) ウエハラ,リョウ
標題(和) 実在論と知識の自然化 : 自然種の一般理論を中心とする哲学的自然主義の体系
標題(洋)
報告番号 126553
報告番号 甲26553
学位授与日 2011.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1039号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 信原,幸弘
 東京大学 教授 村田,純一
 東京大学 教授 野矢,茂樹
 東京大学 准教授 廣野,喜幸
 東京大学 准教授 石原,孝二
内容要旨 要旨を表示する

本稿は、哲学的自然主義の観点から実在論とそれに適合する認識論(知識の理論)を体系的に構想するものである。その基本的な出発点は、世界がわれわれに認識することのできるものである限り、それはおおよそわれわれの認識するとおりのあり方をしている、という見方である。本稿では、この素朴な見方を理論的に整備し、いくつかの個別的な事例に適用してその妥当性を示すことを目指す。より具体的にいえば、自然種の一般理論を提出し、そうした自然種を典型とする実在的対象からなるものとして世界を捉える見方の妥当性を示すことを目指すのである。しかしそれだけでなく、本稿は、この自然種の一般理論をさらに世界についての認識そのものに適用することによって、知識とは何であるか、という認識論上の課題に実在論の枠組みを用いて取り組むこと、いいかえれば、知識を自然化することをも目的とする。そうすることで、自然種の一般理論を中心として、世界が自然種からなるがゆえにそれについての認識が成立しうるということ、そうした認識そのものも自然種として捉えられるがゆえに世界に位置づけられうるものであるということが示される。つまり実在論と知識の自然化を結び合わせることで、一貫した哲学的自然主義の体系を築くことができるのである。

本稿は三部構成をとっている。第I部では、自然種の一般理論という形で実在論を提示し、理論的問題を検討することを通じて、その内実を明らかにする。

第1章では、自然種の一般理論に至る歴史的概観を与える。まず、ロックの提示した、本質を有するものとして種を捉える理論や、ミルらを経てクワインにまで至る、自然種を帰納的一般化の主題として捉える見方が合流して、指示の理論や科学的実在論をめぐる議論において定着するまでの経緯を描き出す。そのうえで、そこでの古典的な自然種観に、主に生物種に関する経験的探究の成果を反映させるべくボイドらによって修正が加えられたものとして、自然種の一般理論を提示する。それは、一定の基底的なメカニズムを基礎として、偶然ではない仕方で帰納的一般化が成立する恒常的性質群として、自然種を特徴づける理論である。

第2章では、自然種の一般理論の内実を明確化すべく、それをめぐる理論的問題を検討する。まず、この一般理論では、対象の実在性が、自然種に見られる特徴の強さおよびそれら相互の結びつきの緊密さとして、つまり理論的統一性として捉えられる。それは実在性に程度差を認める観点である。次に、多型実現可能な種の存在論的身分の考察を通じて、実在的対象が、経験的に見出される性質の豊饒性によって特徴づけられるような固有の存在論的領域を形成しており、それゆえ実在性が程度を許すものであるとはいえ、その概念の適用範囲には制限があるということを示す。その際、いかなる実在的対象であれその基礎に何らかのメカニズムの存在を想定して探究を開始するべきであるとの方法論的態度を明らかにする。こうして、自然種の一般理論の内実が、理論的統一性の概念に立脚した実在観によって示される。最後に、分類の多元性の問題を認識論の自然化の問題として位置づけながら、それが実在論を脅かすものではないということを論じる。

第II部は、応用問題として、自然種の一般理論を生物種と人工物というふたつの事例に適用する。

第3章では、生物種が自然種であることを示す。生物学の哲学においては、生物種を個体として捉える立場(個体説)が広範な影響力をもっているが、自然種の一般理論では、生物種が限局された時空的連続性を有し本質を欠いているがゆえに厳密な法則の主題となりえないといった個体説の洞察を収容しつつ、その弱点をも克服することができるのである。そのうえで、種カテゴリーとしての生物種についても、自然種の一般理論が適用可能であるということを論じ、さらにいくつかの変則事例への対処を示す。そこから本章では、自然種の一般理論が、伝統的な存在論的区分において種とは異なるとされる個体や類をも自然種と同様の特徴を示す対象として捉えることを可能にし、それゆえ種に限らず実在的対象一般を扱いうるものであるということを論じる。

第4章では、人工物に関しても、自然種の一般理論がおおよそ適用可能であるということを明らかにする。まず、エルダーの議論に従って、固有機能を中心的な概念としつつ人工物についての実在論的な理論図式がいかなるものとなりうるかを示す。次に、これとは異なる実在論の立場として、人工物に制作者の意図が関与する限り、なおもそれは自然種とは異なる独自の存在論的領域を占めるとする「独自性テーゼ」をさまざまな角度から批判的に検討する。それを通じてその問題点を明らかにし、人工物を自然種と同様に捉える実在論の優位を説いたうえで、その枠組みをさらに拡張するための方向を示す。そしてそこから、人工物についての規約主義や独自性テーゼを支える直観の源泉を、実在論的な観点から無害なものとして説明する。最後に、拡張された枠組みに対して問題となるような変則事例を検討し、そのうえで人工物全体というカテゴリーの実在性について論じる。そこでは、かりに人工物全体が実在的対象ではなくとも実在論が揺らぐわけではなく、自然種の一般理論を人工物に適用することは基本的に妥当である、という結論を引き出す。

このように、世界が自然種の一般理論によって捉えうるような実在的対象からなるがゆえに、われわれは世界を秩序立ったものとして認識することができる。そしてこの一般理論は、認識そのものすら例外とするものではない。知識もまた世界を構成する実在的対象として定位することができるのである。そのことを示すのが第III部の課題である。

第5章では、このような見方に至るまでの歴史的・理論的な流れを跡づける。前半では、認識論における心理主義の復興に焦点を当てる。それは、主として基礎づけ主義の破産を受けてクワインが認識論の自然化プログラムを提唱するまでと、およびゲティア問題への対処の中から信頼性主義を代表例とするような外在主義が出現してくるまでのふたつの流れに見て取ることができるものである。後半では、そうして復興してきた心理主義の流れが、概念分析を主たる手法とする認識論に批判的な論者に受け継がれることを通じて、知識の自然種論が現れるようになる経緯を描き出す。

第6章では、知識が多様性を有することから知識の理論が不可能であるという認識論的ニヒリズムを導く議論を批判し、知識の自然種論によってそれが克服されるということを明らかにする。知識の自然種論は、自然種の一般理論を知識に適用したものにほかならない。それにより、知識の多様性を生物種が示す多様性のように理解することができるようになる。すなわち、多様性をもつことは、むしろ知識が世界の中で存続してきことを理解するために必要となるものなのである。

とはいえ、ここでの知識の自然種論は人間以外の動物の知識を含む知識一般についてのものであるため、きわだった独自性を備えているように思われる人間の知識をも自然種として捉えることの妥当性については、別途検討しなければならない。とりわけ、人間の知識の基礎にあるメカニズムがどのようなものであるかを明らかにする必要がある。

第7章ではそのための準備として、認知科学や心の哲学の知見を参照し、環境に働きかけ構造化するという人間の営為に着目することで、人間の認識の特徴を十分に捉えるという目的にかなうように信頼性主義を拡張した「広い信頼性主義」を提示する。いいかえれば、いわゆる「拡張する心」仮説を信頼性主義に取り入れて修正を加えるのである。

第8章ではさらに、環境への働きかけという人間の活動の成果が、通時的に累積していくという特徴を強調し、そこから人間の知識の基底的メカニズムを捉える理論図式を提示する。この理論図式においては、メカニズムから生み出される知識は、そのメカニズム自身に再帰的に作用し、それを徐々に変化させつつも存続させるがゆえに、繰り返し世界の中に出現するものとして捉えられることになる。このような理論図式を示したうえで、それが、多様な認識的営為の存在や科学の成立といった、人間の認識に特有の現象に適用可能であるということを明らかにする。それにより人間の知識のメカニズムに関するここでの理論図式の経験的妥当性を明らかにし、人間の知識についても自然種論を維持する方向で経験的探究を進めていく展望を示す。最後に、メカニズムの個別化と知識の分類実践に関して想定される反論に対処することで、知識の自然種論に原理的な困難があるわけではないということを論じる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、世界が認識可能であるのはなぜかという哲学的問いに対して、それは世界が自然種からなるからだという実在論的な答えをきわめて詳細かつ説得的に提示した秀逸な論文である。

まず、第I部では、そもそも自然種とは何かが徹底的に追求され、歴史的概観および理論的な諸問題の検討から、自然種の一般理論が提示される。それによれば、自然種は基底的メカニズムによって支えられ、偶然でない仕方で帰納的一般化が成立する恒常的性質群だとされる。この一般理論では、恒常的な諸性質の間の結びつきの強さに程度差が認められることにより、自然種の理論的統一性およびその実在性にも程度差が認められ、そのことによって非常に適用範囲の広い理論となっている。

続いて第II部では、自然種の一般理論の応用問題として、その理論を生物種と人工物に適用することが試みられる。生物種は物質種と違ってメンバー間に多様性が見られる点で基底的メカニズムに支えられた恒常的性質群として捉えるのが困難であるが、生物種は環境に適応するために本来的に多様化するという観点から、生物種の多様性がそれを自然種として捉えることを妨げないどころかむしろ促進することが説得的に論じられる。この論点は独自性があり、本論文の重要な成果である。また、人工物については、それが何であるかが製作者の意図によって決まるため、自然種として捉えることがきわめて困難であるようにみえるが、これに対しては、製作者の意図そのものを自然種として捉えることが可能だとすることで鮮やかにその困難を克服している。

最後に第III部では、自然種から成る世界を認識することで得られる知識もまた、世界を構成する実在的対象であり、自然種の1つであることが論じられる。知識を自然種として捉えるさいの困難は、生物種と同じく、その多様性であるが、ここでも知識がその存続のために本来、多様化するものであることがとくに人間の知識の具体的なあり方を詳細に検討することによってきわめて説得的に論じられている。

本論文は、自然種の一般理論の洗練、生物種に即しての多様性のある自然種の確立、自然種として捉えるのがきわめて困難と思われる人工物と知識の自然種としての把握、の3つの点において独自な貢献を行っており、また自然主義的な観点からのきわめて徹底した自然種論の非常にすぐれた試みであるという点において、きわめて高い評価に値する。よって、審査委員は全員、本論文をもって学位取得のために十分であると判断した。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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