学位論文要旨



No 126475
著者(漢字) 三浦,瑠麗
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,ルリ
標題(和) シビリアンの戦争 : 文民主導の軍事介入に関する一考察
標題(洋)
報告番号 126475
報告番号 甲26475
学位授与日 2010.10.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第247号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,明彦
 東京大学 教授 藤原,帰一
 東京大学 教授 久保,文明
 東京大学 教授 浅香,吉幹
 東京大学 教授 高原,明生
内容要旨 要旨を表示する

シビリアン(文民)が軍を抑えなければ、軍は暴走し、ときには戦争へと国を引きずっていくだろう。デモクラシーにおいてシビリアンが軍をしっかりコントロールしてさえいれば、攻撃的な戦争を自ら進んで始めることはない。果たしてこの命題は正しいだろうか。

「軍の暴走」への懸念はデモクラシーの政軍関係を貫いてきた。日本では戦前の軍による政治の圧迫と関東軍が独走した経緯が、戦後の自衛隊に対しての懸念や厳しい統制を生みだし、アメリカでは常備軍のもつ国内に対する危険性に加え、軍産複合体や軍が平和的な国民を戦争に引きずり込むのではないかという懸念がおおっぴらに表明されてきた。具体的な戦争を見ても、イスラエルの第一次レバノン戦争ではべギン首相よりも、元軍人の国防相、参謀総長、そしてレバノンに派遣された部隊へと大規模な戦争を始めた責任が覆い被されがちだったし、フランスのアルジェリア戦争では、戦争中の軍人のクーデターと駐留軍の攻撃的政策志向に懸念が集まった。イギリスのフォークランド戦争の際には、軍がアルゼンチンの戦艦ベルグラーノの撃沈を通じてサッチャー政権をアルゼンチンとの開戦に追い込んだという見方が公のメディアを通じて流布された。だが、これらの懸念は必ずしも根拠が十分なものばかりではない。戦後日本の自衛隊において、制服組は復権や対外膨張を図るどころかしばしばPKO活動などの海外派遣に消極的なことも多く、アメリカでも軍がシビリアンを戦争に追い込んだと結論付けることのできる事例は乏しい。第一次レバノン戦争やアルジェリア戦争も、始めたのは文民政治指導者であり、フォークランド戦争では軍はむしろ開戦に反対していた立場だった。

むしろ2003年に始まったイラク戦争では、上記の命題と相反する、文民政治指導者が攻撃的な政策をとり、戦争の態様も意義も含めて反対する軍に無理やり戦争を戦わせるという現象が観察される。軍の強い反対は開戦前から公になっていたにも拘らず、政治指導者の望むかたちで大規模な攻撃が実現したのである。アメリカだけではない。2006年のイスラエルによる第二次レバノン戦争でも、従来からシビリアン派とされてきた首相と国防相の地上戦開始の命令に対し、参謀総長、現地司令官以下国防軍幹部の多くが反対していたことが分かっている。国防軍の反対とは対照的に、開戦当時のイスラエル世論は圧倒的多数が開戦を支持し、従来平和主義の路線を崩さなかった左派論客までが開戦派に加わっていた。

こうしてみると、シビリアンの側が、戦争に消極的な軍を攻撃的な戦争に追い込むという現象、本稿のいう「シビリアンの戦争」が存在することが分かる。では、「シビリアンの戦争」をどのように捉えたらよいのだろうか。確かに、安定したデモクラシーにおいては常にシビリアンたる政治指導者が政策決定を下していることから、すべてのデモクラシーによる戦争はシビリアンによる戦争なのだといえるかもしれない。民主的正統性に基づいたシビリアン・コントロールが機能していることこそが大事なのであって、シビリアンが推進し軍が反対するような攻撃的な戦争が起こっても、それはむしろ望ましいあり方なのだという見方もあるかもしれない。だが他方で、このようにデモクラシーの価値を重んじる論者はしばしば、デモクラシーやシビリアンの政治指導者の戦争に対する抑制的な選好を仮定してきたことも否定できない。

これまでの国際政治学において、「攻撃的戦争」(aggressivewar)とは、軍の独走や不健全な政治体制に内在する病理により不合理な開戦決定が下される現象として理解されがちだった。そのように考えるとき、攻撃的戦争とは権威的支配のもたらす病理とされてしまうために、デモクラシーの行う戦争は分析の範疇から抜け落ちてしまう。だが、不合理な戦争を引き起こしたアクターは権威主義体制や全体主義体制、軍などに限らないし、現実の戦争の例を見れば、デモクラシーによるシビリアン主導の戦争は数多く、軍がシビリアン主導の攻撃的戦争に反対した例さえいくつか指摘することができる。ところが、デモクラシーにおいてシビリアンが主導した攻撃的戦争がこれまで研究の対象としてとりあげられることは少なかった。近年、政治体制と戦争の関わりに着目した民主的平和論では、デモクラシー間の平和に着目はしても、デモクラシーの行う戦争をとりあげようとはしなかった。

同様に、イラク戦争や第二次レバノン戦争のような戦争は、軍の潜在的な危険とシビリアンによるコントロールを重視してきた政軍関係理論からは説明できない。従来の政軍関係理論やミリタリズム研究は、攻撃的戦争を志向するシビリアンの存在の可能性や、戦争というテーマ自体に十分な関心と注意を払わなかったからである。しかも、多くの政軍関係理論では、シビリアンやデモクラシーの方が最終的には軍や非デモクラシーに比べて戦争に抑制的であるという仮定が捨てられることなく、どのように軍をコントロールするかにのみ議論が集中した。こうした考え方は、成熟したデモクラシーにおいてシビリアン・コントロールが働いていることこそが抑制的な対外政策選好を生むという仮定に立脚している。けれども、そうした考え方こそ「シビリアンの戦争」という問題を見失ってしまったことのコロラリーだとは考えられないだろうか。攻撃的な戦争を主張するシビリアンの指導者がいた場合、シビリアン・コントロールが最大化されることで彼らにより大きな力を与える結果を招いてしまう可能性も残される。

現実政治の観察において、デモクラシーのシビリアンによって攻撃的な戦争が引き起こされることがあるという指摘自体は新しいものではないが、個別の攻撃的な戦争の分析において、その原因は特定の政治指導者や政権の攻撃性や性格に帰着させられることが多く、または「帝国」の戦争や民主化の試みとして説明されることが多かった。しかし、属人的な説明では構造的な要因を説明できないし、「シビリアンの戦争」という現象は何もアメリカに限られるわけではない。

そこで、本稿は「シビリアンの戦争」におけるシビリアンや軍の動機について、国民と政府、軍のあいだの国内政治に着目することによって構造的に解明することを試みた。本研究の焦点はデモクラシーの先進工業国である。戦争をめぐる政治と軍の相克はデモクラシーの先進工業国に限った事象ではないが、それでも本稿がデモクラシーの先進工業国に焦点を当てるのは、政府と軍の関係性をシビリアンの政治指導者優位の制度的な確立を経たものに絞り、同じくシビリアンである国民の影響力が増大した政治体制に限定して分析する必要があるからである。

本稿は、シビリアンと軍の多様な関係性を列挙するとともに、分析対象を軍がプロフェッショナル化しシビリアン優位が確立されたカテゴリーへと限定する目的から、主要な国家を「民主化の度合」、「統治の安定性」、「国民の政治的動員(参加)度」、「軍のプロフェッショナリズム」の4つの指標を通じて9つの国家群へ分類した。国家群ごとにこれまで起きた戦争を分析した結果、もっとも民主化され、統治が安定し、軍のプロフェッショナリズムやシビリアン・コントロールが発達した「安定型デモクラシー」の国家群に、軍が反対した、シビリアンによる防衛的とはいえない戦争の典型例がいくつか観察されることが明らかになった。

政治体制を横断して様々な戦争を検討した結果、これまで十分に注目されてこなかったカテゴリーとしてのデモクラシーによる攻撃的戦争の中に、攻撃的な戦争に積極的なシビリアンと消極的な軍のもっともはっきりした組み合わせが観察できた。これは一般的な常識に反するばかりでなく、これまで平和に資すると考えられてきた民主化やシビリアン・コントロールだけでは、「シビリアンの戦争」を防ぎえないのではないかという疑いにも繋がっている。

この発見をさらに深く掘り下げ、シビリアンの戦争の動機と軍の反対の動機を検討するため、本稿は事例研究として、民主的な3力国による5つの攻撃的な戦争事例、イギリスによるクリミア戦争、フォークランド戦争、イスラエルの二次にわたるレバノン戦争、アメリカによるイラク戦争をとりあげた。事例選択は戦略的比較の手法に基づいてはいないが、本稿では複数の、性格の異なるデモクラシー共通に観察された現象としての「シビリアンの戦争」の例示、それ自体に意味があると考える。また、事例研究のもう一つの目的は、国民の政治的動員や参加の拡大、シビリアンと軍の分断と乖離など、歴史の流れに沿ったシビリアンと軍の態度の変化を観察することにある。事例研究による観察の結果、まず文民政治指導者に、デモクラシーにおいても異常とはいえない攻撃的な開戦の動機が観察され、また国民の戦争負荷が低くなり軍がプロフェッショナル化するにつれ、シビリアンが主導する戦争に軍が反対する現象が生じていることが明らかになった。

本稿における課題の設定は、政軍関係理論と国際政治学双方で見失われてきた問題に着目するという性格をもっている。これまでの研究は、デモクラシーの戦争が必ずしも自衛的な性格ばかりでなかったことや、「シビリアニズム」が本当に平和的であるのかについて正面からとりあげることはなかった。本稿は、国家や政治指導者の「異常な」(pathological)性格を仮定せずとも、デモクラシーにおいて政治指導者による軍の掌握と高い軍事力、正義やコスト・ベネフィット計算などの動機に基づく、シビリアンによる攻撃的な戦争が起こってきたことを指摘する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、戦争に消極的な軍を押し切って文民指導者が戦争を主導するという現象に注目し、四つの事例研究によってそのような現象を確認することで、これまでの国際関係論、なかんずく政軍関係論が前提としてきた概念に修正を迫る試みである。

政軍関係論、すなわち政府と軍との関係を議論する分野においては、いわゆる軍部の独走、つまり文民政治指導者の指示を押し切って国軍が戦争に踏み切ってしまう状況を避けるべき病理として捉え、その病理を避ける方法として文民統制の確立が求められてきた。そこには軍部の暴走によって民主政治が失われることへの憂慮ばかりでなく、軍の主導によって不必要な戦争が引き起こされることへの懸念もあった。

ここには、文民政治指導者の方が軍よりも戦争に関して慎重な判断を行うことが期待できるという暗黙の前提が置かれている。この前提が破られた場合、すなわち文民指導者が軍よりも戦争に積極的になり、軍の方が文民指導者よりも戦争について慎重な態度を示す場合は、文民統制によって戦争を抑制することは期待できない。三浦瑠麗氏の論文は、この、いわば政軍関係論の盲点を突いた業績である。

以下、論文の要旨を述べる。

第一部では、軍とシビリアンが戦争で果たしてきた役割について、これまでの研究では重要な脱落があったことが指摘されている。伝統的には国家の政策の手段として戦争が認められてきただけに、攻撃的な戦争や非合理的な戦争などという観念は、所与として存在したわけではない。だが、第一次大戦におけるドイツ政府の国際法上の責任が問われて以後、さまざまな戦争の中でも攻撃的戦争を区別し、その攻撃的な戦争とは文民統制が存在しないかごく弱体な権威的支配の下で軍の独走によって引き起こされるものだとする観念が、広く受け入れられていった。ここでは、戦争の攻撃性と、特定の政府の形態、特に権威的支配と文民統制の不在とが結びついた現象として捉えられている。

「ミリタリズムの病弊」に戦争の原因を求めるこのような従来の研究に対し、著者は「シビリアニズムは抑制的か」と問いかけ、民主化とシビリアニズムの拡大が戦争の制限につながるとは限らないと主張する(第2章)。そして、古典的権威主義、動員型権威主義から不安定型デモクラシーや安定型デモクラシーに至る国家群の九つの類型と、それぞれの下で展開された諸戦争の概観を通じ、安定型デモクラシーの下でも数多くの戦争が戦われており、しかもそれらの多くにおいて、軍は開戦に消極的な態度を示していたと議論している。戦争に積極的な文民と消極的な軍、という組み合わせである(第3章)。

もっとも、何が「攻撃的戦争」に当たるのかを明確に捉えることは難しい。著者は第4章において、「防衛的な意図を持つが軍事力行使が釣り合わない戦争」と「攻撃的な性格の強い戦争」を大別し、さらにそれらのなかでも古典的な国家間戦争から対ゲリラ戦争に至るまでいくつかのカテゴリーを区別しているが、それらの数多くのカテゴリーを踏まえた上でも、軍部の暴走や特異な独裁者によって説明することのできる戦争は決して多いとはいえないと述べている。戦争の類型は多様であり、一般的な判断を下すことは難しいが、「デモクラシーにおいて政治指導者が主導する攻撃的戦争」を検討する意味はある、という議論の運びである。

第二部では、「シビリアンの戦争」、すなわち文民政治指導者の主導の下に戦われた戦争のなかでも、イラク戦争以前の事例として、クリミア戦争、第一次・第二次レバノン戦争、フォークランド戦争という三つの事例を取り上げている。

クリミア戦争は、まだ民主化の途上にあるイギリスによる「シビリアンの戦争」の事例である。アバディーン首相はもちろんパーマストン内相も当初はロシアとの開戦には消極的であった。だが、1853年シノープの海戦におけるトルコの敗退をきっかけとして、ロシアへの対抗を求める世論と議会を背景として、パーマストンは開戦派に一転し、アバディーン首相も兵力不足を危惧するイギリス軍を押し切って開戦を決断する。これはプロフェッショナルな軍人の懸念を押し切って文民政治家が戦争に訴えた事例としてごく早い時期のものであったと著者は結論を下している(第5章)。

第一次レバノン戦争は1982年6月にイスラエル軍がレバノン国境を越えて進軍したことから始まった。内乱の続くレバノンに介入してマロン派キリスト教徒勢力を支援する構想は当時農相であったシャロンが立案したがベギン首相はこの提案を採用し、反対したワイツマン国防相は辞職に追い込まれる。第一次戦争の開戦においてはイスラエル軍は目立った反対をしていないが、戦争継続とともにベギン政権への不満が激化し、軍務を拒否する予備役兵も増加した。20数年を経て開始された第二次レバノン戦争においては、開戦当初から軍将校による反対意見が公表されている。シビリアンが主導した点では二つのレバノン戦争に共通点を認めることができるが、軍の反対について見れば、第二次戦争においてより顕著にそれを認めることができる (第6章)。

第3の事例、フォークランド戦争は、まさにサッチャーの戦争だった。アルゼンチン軍によるフォークランド諸島進駐に対して国連は停戦交渉を、アメリカは調停を求めており、イギリス軍は防衛予算を大幅に削減された現状では作戦が失敗する可能性が高いことを指摘していたが、サッチャー首相がそのような懸念を押し切って開戦に踏み切ったからである。もっとも、イギリス軍が首相の指導に正面から反対することはなく、政府内部では懸念を表明しつつ、公衆に対しては沈黙を守り続けた(第7章)。

論文全体の三分の一弱に及ぶ第三部では、イラク戦争、すなわちアメリカを中心とした多国籍軍による2003年のイラク介入が取り上げられている。著者はイラク介入への過程を湾岸戦争後におけるイラク政策の模索の中に位置づけており、クリントン政権の下で共和党内部にイラクの体制転換を求める集団が生まれ、その集団がブッシュ(子)大統領候補の選挙チームに、さらに閣僚など就任することによって、イラク封じ込めを模索した過去の政権と異なる攻撃的政策への転換が実現したと主張する(第8章)。

パウエル国務長官を始め、イラク戦争に対しては閣内にも批判があったことは知られているが、著者は軍の反対に注目する。ラムズフェルド国防長官と米軍との間には政権発足当初から軍再編をめぐる対立が続いており、イラク開戦前夜には陸軍参謀本部を中心としてイラク攻撃そのものに懐疑的な意見が公然と表明されるに至った。軍の反対を前にしたブッシュ大統領とラムズフェルド長官は開戦決定過程から統合参謀本部を外し、なお懸念を示す軍を押し切って開戦に踏み切った (第9章)。だが、軍事作戦と占領統治に対して軍が示した懸念は、占領政策の混乱と治安悪化によって現実のものとなってしまう(第10章)。

第11章ではイラク戦争への反対と賛成という態度表明によって閣僚、政府官僚、議会、マスメディアなど多様な主体の態度が分析されているが、そのなかでも米軍による戦争批判について詳細な検討が行われている。文民統制の下で政府批判を公言することの難しい現役将校に代わってその役割を果たしたのが退役軍人であり、クラーク元NATO軍司令官やシェルトン統合参謀本部元議長による批判が開戦前から繰り返し表明された。一般の従軍兵士においては開戦前の批判は少ないものの、イラク情勢が不安定となった後は、帰還兵・退役兵を中心とした反対運動がわき起こる。イラク戦争は、「戦いを渋る兵士」がこれまでになく顕在化した戦争であった。

終部と結論において、著者は改めて開戦における政府と軍の動機を整理している。文民政治指導者による戦争主導は、個人の性癖などに還元のできない、軍と政府による戦争のコスト・ベネフィット認識の差から生まれるものであった。内政における権力強化に魅惑されるシビリアンと異なって、軍は戦争のコストをより直接的に引き受けなければならない立場に置かれているからである。そして、民主政治と文民統制の下では開戦や戦争拡大の決断を文民政治指導者が担う以上、軍がどれほど戦争に消極的であったとしても、その軍の懸念を政策決定に反映することは容易ではない。デモクラシーであるからこそ生まれる政軍関係のジレンマに触れて、本論文は終わっている。

以下、本論文の評価に入る。

本論文は、これまでの政軍関係論において見過ごされてきた現象に光を当てたことが最大の貢献である。第一次世界大戦におけるドイツや第二次世界大戦の日本などを主な事例として議論してきたこともあって、政軍関係におけるこれまでの分析は文民統制の働かない軍部が無謀な戦争に走ることをどう食い止めることができるのかという一点に集中してきた。もちろん政軍関係論の主張は一様ではなく、文民による統制拡大を求めるファイナーなどの伝統的な議論と、軍内部でプロフェッショナリズムが発展することによって文民統制が実現すると考えるハンティントンなどの政軍関係論には違いが大きが、「軍部の暴走」を阻止することに関心が集中していた点においては違いが少ない。そして、先進工業国における民主制が安定に向かうとともに、政軍関係論はラテンアメリカや東南アジアなどの地域における軍政の分析に関心を転じ、先進民主主義国が政軍関係論のなかで取り上げられることはごく少なくなっていた。

だが、イラク戦争に典型的に示されたように、文民統制が存在するからといって不合理な戦争が回避されるとは限らない。本論文は、消極的な軍を文民政治指導者が押し切った戦争が無視できない数に上っており、イラク戦争は決して例外ではないことを示すことに成功しており、これまで共有されてきた前提を問い直すことによって政軍関係論に新たな課題を提起した論文として評価することが可能だろう。

だが本論文にも弱点がないわけではない。そのなかでも重要な問題点として考えられるのは以下の点である。まず、本論の対象となる「シビリアンの戦争」とは何か、その概念の外延が必ずしも明確ではない。文民統制が実現している限り、民主政治の下で行われた戦争は全て著者のいう「シビリアンの戦争」だということになりかねないが、そのような対象の拡大を抑制するために著者の掲げる条件が戦争の攻撃性と軍の消極性である。だが、前者については攻撃的戦争の概念がどのように展開されてきたかを論じることによって著者自らの概念の設定については詳細な議論をかわしており、どの戦争が合理的でどの戦争が不合理なのかという判断基準は必ずしも明確ではない。著者は戦争のコスト・ベネフィットの比較によって戦争の攻撃性の整理を試みているが、それでも結果として代償の大きかった戦争が攻撃的戦争として議論されているのではないかとの疑いは拭えないだろう。

また後者、すなわち軍の消極性については、文民統制の下では軍が公然と戦争を批判できない(批判すれば文民統制が破れたことになる)というジレンマを抱えている。本論で展開される軍の消極性とは、実例を見れば開戦に対する軍の懸念であり、必ずしも戦争一般に対する軍の組織的抵抗ではない。その結果、どの事例が「シビリアンの戦争」であり、どの事例がそれに当たらないのかを明確にすることは、必ずしも容易ではないといわざるを得ない。

また、著者はデモクラシーの下では常に軍が戦争に消極的だと主張しているわけではなく、文民政治指導者も軍もともに開戦に同意している戦争が数多いことを認めているが、それではどのような戦争に対しては軍が積極的となり、どのような戦争には消極的となるのか、その違いを説明する要因が本論文において示されているとはいえない。本論文で取り上げられたおよそ五つの事例も、著者のいう「シビリアンの戦争」に当てはまる事例の列挙となっており、なぜある戦争が「シビリアンの戦争」となり、ある戦争はそうではないのかという説明を可能とするような戦略的比較が行われていない。問題提起としての事実の指摘ばかりでなく、さらに踏み込んで「シビリアンの戦争」を招く要因が特定されたならば、理論モデルとしての「シビリアンの戦争」が提示され、本論文はさらに大きな成果を手にすることができたであろうと考えられる。

だが、このような弱点と限界を持つとはいえ、本論文が政軍関係論に投げた一石は極めて重要なものであり、本論文の価値を大きく損なうものではない。本論文は、その筆者が高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文として認められる。以上の理由により、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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