学位論文要旨



No 126445
著者(漢字) 石渡,幹雄
著者(英字)
著者(カナ) イシワタリ,ミキオ
標題(和) 防災、復興分野における深刻化する課題への開発援助手法に関する研究
標題(洋) Study on Development Assistance Method on Emerging Issues in Disaster Management and Reconstruction
報告番号 126445
報告番号 甲26445
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第635号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 国際協力学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,幹康
 東京工業大学 准教授 阿部,直也
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 准教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

1.本課題を選択した経緯

防災、復興分野の開発援助において近年さまざまな課題への対応が迫られている。この背景には以下のように深刻化する自然災害や武力紛争における傾向がある。

(1)自然災害による被害が甚大化している:1975-2008年に発生した死者数上位10件の巨大災害のうち、半数はここ5年間(2003-08年)に発生した(インド洋大津波、サイクロンナギス、四川大地震、カシミール地震、ヨーロッパ熱波) 。2010年1月には死者20万人を超えるハイチ地震が発生した。

(2)気候変動により洪水被害の増大が予測されている: 気候変動により多くの地域で豪雨などの極端現象の強度と頻度が強まり洪水被害が増大すると予測されている。特に、現在でも洪水に対して脆弱である発展途上国が気候変動による影響を最も被ることになる。途上国の多くは熱帯低気圧の影響を受け豪雨が発生しやすい熱帯地域に位置し、防災対策の整備も進んでいない。

(3)平和構築が重点課題として取り組まれている:2003年政府開発援助(ODA)大綱や2005年ODA中期政策において平和構築は重点課題に位置づけられ取り組まれている。紛争後、住民が正常な生活に戻り平和の恩恵を実感できるよう平和の配当を実現するには、基礎的ニーズを満たす緊急支援から復旧・復興そして中長期開発まで一連のプロセスをつなげることが重要である。

筆者はこれまで国土交通省、アジア開発銀行、在ネパール日本大使館、国際協力機構(JICA)において国内外の防災業務に携わってきた。こうした経験を通じて開発援助においては、現在、以下のような問題に直面していると認識している。

(1)巨大自然災害復興、気候変動適応策、紛争復興といった深刻化する課題について、援助手法が確立されておらず場当たり的な手探り状態でプロジェクトを形成、実施している。

(2)防災分野のODAにおいては、「日本が国際的に高い比較優位を有する自国の経験や技術を生かす 」とされるが具体の事例は乏しい。たとえば、阪神淡路大震災の教訓や経験を実際のプロジェクトにどう生かすのか、といった手法は開発されていない。

2.本論文の目的

防災・復興分野における深刻化する課題に対して開発援助手法を確立することを目的とする。こうした検討をJICAの分野別アプローチに反映するなど、プロジェクトの質の改善に繋がる政策提言を行なう。

3.本論文の構成

実施、計画、政策の3つのレベルにおいて、それぞれ対応する事例研究を行った。

(1)実施レベル:巨大自然災害復興におけるコミュニティ支援でのNGOとの協働態勢

1995年の阪神淡路大震災での教訓のひとつは、災害復興や防災には自助、共助、公助の連携が必要であり特に共助が重要となる、ことである。この教訓はJICAの防災分野アプローチに取り入れられ2004年のインド洋大津波後の災害復興においてはコミュニティの持つ共助機能に注目して支援が行われた。コミュニティ支援には現地事情に精通するNGOと協働することが望ましいとされている。JICAが実施したコミュニティ型プロジェクトにおいて、プロジェクト報告書の精査と現地インタビュー調査により、以下の3つのNGOとの協働手法を比較検討した。

(a)インドネシアにおけるNGO補助金型

(b)スリランカにおけるNGO委託契約型

(c)モルジブにおけるJICA直営型

NGO補助金型がプロジェクト実施上、最も多くの問題を抱えプロジェクトの質が低くなる、また、経験のある外国専門家が監理するJICA直営型やNGO委託型は質が高くなる、ことが明らかとなった。NGOを通じてのコミュニティ支援は平常時には有効であるとしても、災害後の混乱期においてはNGO自身も被災し活動に支障をきたすことがあり、またNGOの能力評価が難しい。災害復興においては緊急性が求められ被災者ニーズも復興の進捗とともに変化していくため、現地事情に精通したNGOと協働しつつ専門家によりプロジェクトを監理する手法が望ましい。

(2)計画レベル:気候変動に適応した洪水対策

気候変動により河川計画の重要な前提条件である定常性、過去の降雨パターンが将来も変わらないという仮定、は成立しなくなった(定常性の死)。変動し続ける気候に対応し予測の不確実性を踏まえた新たな計画手法を確立することが求められている。

日本ではこれまで堤防やダムといった構造物を主体とする対策を進め、洪水から人命と財産を守ってきた。気候変動適応策として、流域全体でさまざまな対策を組み合わせることで最低限人命を守る、との新たな方針が提示されている 。主流であった河川内の構造物に加え、土地利用規制、予警報・避難など流域全体で様々な対策を組み合わせるものである。

途上国では人口増加や都市化が進んでおり、堤防など対策が未整備なこと、組織能力が限られているなど、日本とは条件が異なる。条件の異なるフィリピンにおいて日本の新たな方針が適用可能か、を検証するため、マニラ首都圏・カビテ州にて気候変動の影響も含めた洪水対策について検討した。

カビテ州では統計的ダウンスケーリング手法を用いた将来の降雨量変化予測によると、都市化の影響も相まって2050年には被害戸数が現状の2~3倍となる。堤防を主体とする従来型の洪水対策では住民移転が多数に上り、堤防建設では洪水水位上昇により堤防破堤時に危険性が増すことから、対策としては不適切である。遊水地の段階的な拡張により洪水貯留を進め、氾濫危険地域での開発や上流域での荒廃を防ぐよう土地利用を規制し、予警報・避難体制を整備しコミュニティ防災により対応する、という流域全体での多層な取り組みにより洪水被害を軽減することが有効となる。

日本で適応策として提案されている流域でのさまざまな対策を組み合わせる手法が、その知識を持つ職員の関与により社会経済条件が異なるフィリピンにおいても適用され、実効性が明らかとなった。

(3)セクター政策レベル:戦災復興における交通セクター復興

通常、交通セクターでは道路が主流であり内陸水運が支援の対象となることは極めてまれである。これは専門家、経験が少ないためである。日本においては1900年頃より鉄道の発展と共に河川舟運は衰退を始め現在では観光等の限られた役割に活用されているのみである。しかしながら、阪神淡路大震災において、道路や鉄道などの陸上交通が破壊された中、緊急物資や人員の輸送、日常生活の輸送にと船舶が活躍した。災害時の内陸水運の機能が見直され首都圏では将来発生する地震の救援手段として活用すべく船着場整備や訓練等が推進されている。

南スーダンにおいては20年以上わたる紛争が終結した後、河川港の復旧が行われた。これは紛争中からナイル川が交通路として活用されておりその重要性が明らかであったためである。点である港の施設を修復し効率的な支援となった。線である道路の修復は長距離、長い期間と多額の費用を要し、交通は治安の問題により妨害を受けやすい。阪神淡路大震災と同じく戦災復興においても船舶が有効な交通手段であることが明らかになった。スーダンの道路、鉄道の整備の遅れから引き続き水運が重要な交通手段を担うと考えられる。

政府能力の欠如により河川港を建設後1年間は十分に運営できなかった。復興支援においては施設建設に目が行きがちであるが、維持管理能力への支援も重要である。日本の阪神淡路大震災を教訓とする内陸水運整備においては平常時からの利用のためのキャパシティ強化が重要であるとされている 。こうした教訓が南スーダンのプロジェクトでは必ずしも活用されなかった。

4.結論と提言

防災・復興分野において直面する課題については従来手法が必ずしも適切ではないことが明らかとなった。巨大自然災害復興におけるコミュニティ支援ではNGOとの協調は不可欠であるもののプロジェクトの質を確保するにはNGOへの直接補助ではなく専門家が介在してプロジェクトを監理すべきである。気候変動適応においては従来型の構造物中心の対策ではなく都市域も含めた流域全体で多層な対策を組み合わせることが望ましい。紛争後復興における交通セクター支援は道路だけでなく内陸水運が有効な手段となりうる。

これらの事例においてプロジェクトの形成、実施に日本の知見、経験がどのように生かされたかを検証したところ、以下の通り個々の職員の能力に頼っていることが明らかとなった。

・スリランカ・モルジブ復興支援:阪神淡路大震災の知見を生かそうとする職員によりプロジェクトが形成された。プロジェクト合意文書に異例な形式で阪神淡路大震災の教訓が含まれている 。

・インドネシア復興支援:日本の知見を持つ職員が関わっておらず生かすことができなかった。

・フィリピン洪水対策:日本の国交省の適応策の検討状況をフォローしていた職員が関わることによりプロジェクトに反映させることが可能となった。

・スーダン内陸水運:日本の防災船着場についての問題点、改善点の知見を有する職員が途中より関わったことで、能力強化の追加プロジェクトが形成され河川港の運営が開始された。

JICAでは現場主義を掲げ在外事務所に権限を大幅に移譲しつつあり、職員の知識、知見が十分でないままプロジェクトに関与していく恐れがある。過去の経験や日本国内の事例を組織の知識資産として蓄積、整理し、職員が選択、活用できるよう整備する必要がある。具体的には過去のプロジェクト書類のデータベース整備、プロジェクトの最低限の質を確保するために指針や参考資料の整備を進めることを提言する。

UN/ISDR, Global Assessment Report on Disaster Risk Reduction. (United Nations, Geneva, 2009).外務省 政府開発援助に関する中期政策 (外務省, 2005).社会資本整備審議会 水災害分野における地球温暖化に伴う気候変化への適応策のあり方について(答申)(2008).三浦裕二、陣内秀信、吉川勝秀 舟運都市水辺からの都市再生 (鹿島出版会、東京, 2008).5 国際協力機構 スリランカ国インド洋津波災害復旧・復興支援プログラム緊急開発調査事前調査報告書 (国際協力機構,2005).

表:事例研究の概要

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、防災・復興分野における深刻化する課題に対して開発援助手法を確立することを目的とする。全5章から構成されその概要は以下に記すとおりである。

第1章では、(1)激甚化する自然災害被害、(2)気候変動による洪水被害増大、(3)日本の政府開発援助(ODA)の重点課題として取り組まれている紛争後復興、という課題が深刻化していることを検証している。これらの課題について、援助手法が確立されておらず場当たり的な手探り状態でプロジェクトを形成、実施しており、ODA中期政策では「日本が国際的に高い比較優位を有する自国の経験や技術を生かす」とされるが具体の事例は乏しい、といった問題を指摘している。

第2章以下ではこれらの課題に対応する3つのODAプロジェクトを事例として検証・分析している。第2章では巨大自然災害復興における実施レベルでの非政府組織(NGO)やコミュニティとの協働態勢について、インド洋大津波後のコミュニティ復興支援の事例を分析している。1995年に発生した阪神淡路大震災での教訓のひとつは、災害復興や防災には自助、共助、公助の連携が必要であり特に共助が重要となる、ことである。この教訓を生かし実施されたプロジェクトについて、コミュニティ、援助機関、NGO間の協働手法の現場実験ととらえ、(1)インドネシアにおけるNGO補助金型、(2)スリランカにおけるNGO委託契約型、(3)モルジブにおけるJICA直営型、の3手法を比較検討した。NGO補助金型がプロジェクト実施上、最も多くの問題を抱えプロジェクトの質が低くなる、また、経験のある外国専門家が監理するJICA直営型やNGO委託型は質が高くなる、ことを明らかにしている。NGOとの協調は不可欠であるもののプロジェクトの質を確保するにはNGOへの直接補助ではなく専門家が介在してプロジェクトを監理すべきことを論じている。

第3章では洪水対策分野での気候変動適応策の計画手法についてフィリピン・マニラ首都圏郊外を事例に分析している。変動し続ける気候に対応し予測の不確実性を踏まえた新たな計画手法として、主流であった河川内の構造物対策に加え、土地利用規制、予警報・避難など流域全体で様々な対策を組み合わせる流域多層対策について論じている。この流域多層対策が、提案された日本だけではなく社会経済条件が異なるフィリピンにおいても適用可能であることを明らかにしている。

第4章では武力紛争後の交通セクター復興での政策選択について、南スーダンでの内陸水運復興を事例に分析している。通常、交通セクターでは道路が主流であり内陸水運が支援の対象となることは極めてまれである。日本においては阪神淡路大震災において、陸上交通が破壊された中、緊急物資や人員の輸送、日常生活にと船舶が活躍し、現在、首都圏では将来発生する地震の救援手段として活用すべく船着場整備や訓練等が推進されていることを論じている。南スーダンにおける紛争後復興では、河川港の復旧が効果的な支援であったことを指摘している。線である道路の修復は長距離、長い期間と多額の費用を要し、交通は治安の問題により妨害を受けやすいことから、阪神淡路大震災と同じく戦災復興においても水運が有効であることを明らかにしている。さらに、政府能力の欠如により河川港を建設後1年間は十分に運営できなかったことから、紛争後社会での維持管理能力への支援の重要を論じている。

第5章では本研究の結論として2-4章の3事例につき包括的に分析し、プロジェクトの形成、実施に日本の知見、経験が十分に生かされておらず、個々の職員の能力に頼っていることを指摘し、ODAの改善に向けてガイドライン作成などセクター分析やデータベース構築などJICAとしてのノレッジマネジメントについて具体的な政策提言を行っている。

本研究は国際協力の現場で直面しながらも学術的な研究が少ない援助手法を扱った実証研究である。防災・復興分野の新たな課題に対する開発援助について従来手法が必ずしも適切ではないことを明らかにし、新しい視点から日本の経験を開発援助に生かす具体的な改善策を提示することに成功している。

したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

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