学位論文要旨



No 126289
著者(漢字) 河島,茂生
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,シゲオ
標題(和) インターネット上のコミュニケーション集団の凝集性に関するシステム論的分析 : コミュニケーション連鎖における限定化作用を中心に
標題(洋)
報告番号 126289
報告番号 甲26289
学位授与日 2010.05.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第37号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西垣,通
 東京大学 教授 水越,伸
 東京大学 教授 林,香里
 東京大学 准教授 山内,祐平
 東海大学 講師 竹之内,禎
内容要旨 要旨を表示する

本論文の狙いは、システム論的分析を用いて、インターネット上のコミュニケーション集団―いわゆる「インターネットコミュニティ」―の凝集性にかかわる事象を検討することである。

インターネット上のコミュニケーションでは、数多くの多様な利用者が入れ替わり立ち替わりしているにもかかわらず、ある方向性をもってコミュニケーションが連鎖している。たとえ直接対面したことのない人たち同士であっても、たとえ地縁や血縁、社縁のない人たちであっても、その会話は一定方向に導かれている。

しかしながら、このようなインターネット上のコミュニケーションの凝集性が立ち上がっていく仕組みは、あまり注視されてこなかった傾向がある。もし先行する議論を強いて挙げるならば、それはいわゆるインターネットコミュニティ論に行きつくだろう。

インターネット上のコミュニケーション集団は、インターネットコミュニティ(internetcommunity)やバーチャルコミュニティ(virtual community)、オンラインコミュニティ(onlinecommunity)などと呼称され、価値―目的や目標、関心、テーマなど―が共有された集合体として語られてきた。

とはいえ、従来のインターネットコミュニティ論、すなわちインターネット上のコミュニケーション集団の凝集性を価値共有によって語る議論は、一定の範囲内で説得力を有しているが、それだけでは限界があり、コミュニケーション集団のありようを細かく分析できない面を抱えている。価値共有に依拠した立論では、過去の集積にのみ秩序形成の契機をみており、コミュニケーションの変化を捉え難い。また、その立論では、コミュニケーション集団内の部分的な連結を把握することが難しい。価値共有による立論のみでは限界があるのである。価値共有による議論とは異なった理路で、インターネット上のコミュニケーション集団の凝集性に接近しなければならない。

そこで、本論文は、システム論的分析―オートポイエティック・システム論(autopoiesis theory)の概念装置を使って種々の現象を捉える分析手法―を援用しながら、各領域および領域間で働いている限定化作用に着目してコミュニケーション連鎖にかかわる事象を説明することにした。システム論的分析によれば、心理領域は、先行する思考が次なる思考を限定しながら、みずからを内的に規定するオートポイエティック・システムである。また、社会領域は、先行するコミュニケーションが後続するコミュニケーションの可能性を狭めながら、みずからを統一体として構成する自己言及的システムである。そのシステム内部もしくはシステム間で限定化作用が働いている。本論文でいう限定化作用とは、特定の選択肢の選び出しの蓋然性を高め異なる選択肢の選び出しの蓋然性を低める働きのことであり、心理領域と社会領域の交差領域においては「拘束」と呼称される機能を指している。本論文は、種々の限定化作用が働くことにより、ある選択肢の蓋然性が高められインターネット上のコミュニケーション集団の凝集性が生成するという立場をとっている。

この手法により、従来のインターネットコミュニティ論では捉え難い点を補完しながらコミュニケーションの纏まりを考察することが可能となった。たとえ個々人が同一の価値を保持していなくても、インターネット空間の凝集性は生成する。ある選択は、次なる選択の範域を限定する。すなわち、なんらかの選択は、後続する選択の前提となり、一定方向に選択過程を導くのである。このようにして、まるで年輪のように選択の連鎖が積み重なり、コミュニケーションが纏まりを有していく。また、選択の継起は、コミュニケーションの凝集性をもたらすと同時に、目新しい事象を生みだす。というのも、選択は、常に不確定さが付随しているからである。ある選択は、後続する選択の可能性を限定し選択肢の幅を狭めるが、選択連鎖の行方を一義的に定め切るわけではない。次なる選択は、常に別様でありうる。このような状況下により、予測できないかたちの変形が生み出され、目新しい事象が生起していくのである。

さらに、システム論的分析によって、インターネット上のコミュニケーション集団内の一部分だけで起こっているコミュニケーション連鎖に説き及ぶことができた。インターネット上のコミュニケーション集団は、必ずしも単一の話題のみで強固に結ばれているわけではない。ブロゴスフィア(blogosphere)のように、種々の話題に関する書き込みが投稿され、それぞれ後続のメッセージを指し示すかたちで凝集性を得ていく場合もある。こうした場合においては、インターネット上のコミュニケーション集団全体にわたる同一の価値を見出すことは困難であり、価値共有によってインターネット上のコミュニケーションの凝集性を説明することは難しい。システム論的分析の視角によれば、ある特定の書き込みは、次なる書き込みを制限しながら導いていく。多彩な話題が別個に複数のメッセージで取り扱われている状況下では、それぞれのメッセージが後続の書き込みを絞り込みながら、いわば緩やかな凝集性を帯びていくのである。

念のため付言しておけば、システム論的分析の観点からみても、インターネット空間において価値は一定の機能を果たしている。管理者などによって価値が提示されることにより、コミュニケーションに限定化作用がかかり凝集性が生まれていく。本論文の狙いは、あくまで凝集性の淵源として専ら価値共有を設定する従来の立論を補うことであって、価値の機能を完全に否定しているわけではない。

本論文では、限定化作用に照準を絞りつつインターネット上のコミュニケーション集団を論じるが、その際、社会領域だけでなく心理の次元まで視野に入れ、インターネット空間をめぐる心理とコミュニケーションとの関係にも検討を加える。というのも、コンピュータ・プログラムによる書き込みを除けば、インターネット上の発言はなんらかのかたちで個々の人間の思考を介し発せられているからである。

さらに、議論の過程で、人格/心理や信頼(trust)、内的規範意識(internal normative consciousness)などの心理領域、そしてインターネット技術とコミュニケーションとのかかわりを取り上げながら、コミュニケーションの連なりを読み解いていく。以下、これらの論点について順番に述べる。

改めていうまでもなく、心理領域は、孤独感や対人不安、抑うつ、低自尊心、罪の意識、恥など多数の心理状態を抱えている。そのなかで、本論文は、コミュニケーションの凝集性に関連が深い心的作用に的を絞り議論を進めることにした。

インターネット空間における人格は、コミュニケーションの限定化作用を受けて発言が制約されており、インターネット空間における凝集性に寄与している。インターネット空間では、利用者の匿名性が高いが、利用者の傍若無人な態度が許容されているわけではないのである。とはいえ、その社会領域に属す人格のありようが心理領域に直接的な影響を与えるかといえば、そうではない。心理領域は、心的システム内の制約のなかで動いているからである。本論文では、人格と心的システム内の限定化作用との関連を考察した。

信頼や内的規範意識もまた、インターネット空間におけるコミュニケーションの凝集性に関与している。信頼は、コミュニケーションの限定化作用に関与している。というのも、インターネット空間における集団内のコミュニケーションが制約されておらず完全なる無秩序であるならば、利用者は、いかなるコミュニケーションが次に連結するか読めず、信頼を置いてコミュニケーションサイトを利活用できないからである。内的規範意識も、コミュニケーションの限定化作用に深く関わっている。というのも、内的規範意識は、コミュニケーションにかかる制約の無効化に抗する心的態度であって、「~すべし」といった言明を表明することによって、特定の領域にコミュニケーションを収めようとするからである。信頼や内的規範意識は、心理領域に属しており、その様相を直接観察して社会領域への展開を予測することは事実上できない。それゆえ、本論文は、信頼や内的規範意識を発言との関わりにおいて調査した。本論文は、信頼と内的規範意識の機能を別々に調査したが、調査方法や分析手法に共通性をもたせてある。調査の結果、信頼および内的規範意識がいずれも発言頻度や発言内容に関与していることが見出された。

さらに、本論文は、コミュニケーションの連なりを検討するにあたって、心理領域だけでなく、インターネット空間を支える技術にも着目している。インターネット技術は、インターネット空間におけるコミュニケーション集団の物質的支持基体であり、インターネット技術なくしてはインターネット上の集団は存立しえない。また、インターネット技術は、一定方向にコミュニケーションの様態を手引し、凝集性に深く関わっている。

本論文では、インターネット技術のなかでも、アプリケーション層の技術に焦点を定め議論を進めた。特に、書き込み技術やウェブパーソナライゼーション技術に関してそれぞれ事例研究を行い、インターネット技術が社会システムのありように一定の限定化作用を加えていることを検討した。2 件の事例研究は、異なったインターネット技術の制約を調査した研究であるが、似通った規模の調査場所を選ぶなどデータ収集法に通有性をもたせている。調査の結果、インターネット技術が一定の限定化作用を及ぼしていることを確認した。

以上のように、本論文は、オートポイエティック・システム論の理論体系を踏まえ、インターネット空間におけるコミュニケーション連鎖の分析に際して欠かざるべき事項を多面的に検討した。このような事項の検討を通じ、価値共有に代わり、インターネット空間の集合体を限定化作用に着目して分析する可能性を模索することで、一定の知見を得ることができた。

最後に、本論文で採用したシステム論的分析は、インターネット空間におけるコミュニケーション連鎖だけでなく、よりマクロなレベルにも展開できる可能性を有している。また、インターネット上のコミュニケーションが社会的に負の影響をもたらす側面の分析にも有用性をもつと考えられる。今後は、こういった課題に取り組んでいく必要がある。

図1 本論文で取り扱った議題

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、インターネット上のコミュニケーションの連鎖、ならびにこれのもたらすネット・コミュニティの成立プロセスについて、オートポイエティック・システム理論にもとづく分析を理論、実証の両面から加えたものである。論文は序章と終章をのぞき以下の四章から構成されており、これにアンケート調査の集計結果が付録として付加されている。

第1章では、生命、心理、社会の各領域におけるオートポイエティック・システムのモデルを振り返り、それがインターネット上のコミュニケーションといかなる関連をもつかを論じている。オートポイエーシス理論は元来、生物学者であるマトゥラーナやヴァレラにより生命体の本質をとらえるモデルとして構築されたが、これを社会学者ルーマンが現代社会を機能的にとらえるモデルとして発展させた。さらにこの流れを受け、生命、心理、社会を通底する情報現象をあつかう情報学的なモデルも提案されている。本論文では、これらの先行する議論を、とくにインターネット上のコミュニケーションの観点から再検討し、コミュニケーション連鎖という現象がいかにオートポイエティック・システム論的にとらえられるかを述べている。

第2章では、ベイムらによる従来のインターネット・コミュニティ論を分析し、それが何らかの価値共有にもとづくものであること、すなわち、メンバーが目的や目標、関心、テーマなどを共有することでインターネット・コミュニティの秩序が形成されるという考え方にもとづくものであることを明らかにし、その上で、このような考え方の限界や問題点について考察している。また、タークルによる多重自己論とインターネット内の人格の関係についてのべ、ポストモダニズムにもとづくその議論の限界を指摘するとともに、人格に加えられる限定化作用に着目することの重要性を強調している。

第3章では、信頼や内的規範意識という心理領域の作用が、「書きこみ」という発言行為を通じ、いかにインターネットという社会領域のコミュニケーションに関わっているかを、二つのアンケート調査によって実証的に分析した。第一の調査は口コミサイト「Enjoy 愛知万博」、第二の調査はコミュニケーション・サイト「ぱどタウン」に関するものである。第一の調査から、個々の発言者の評判よりは調査場所のほうが信頼性における比重が高いことなど、種々の知見がえられた。また第二の調査からは、コミュニケーション・サイトのルールを遵守する内的規範意識が書きこみ頻度をむしろ減じる効果をもつ、といった興味深い知見がえられた。これらは、信頼や内的規範意識という心的システムの特性と、口コミサイトへの書きこみという社会システムの作動とのあいだの関連性、限定化作用をしめす実例といえる。

第4章では、技術的な限定化作用のもつ影響についてのべている。すなわち、書きこみにおける利用者登録やウェブ・パーソナライゼーション(個々のユーザが自分の好みに応じてウェブのサイトをカスタマイズすること)といったインターネットの技術的な機能が、コミュニケーション連鎖にあたえる影響を実証的に分析している。まず、ストーリーキューブというウェブ絵本の交流サイトについて、利用者登録機能の有無に着目して分析調査をおこなった結果、利用者登録なしにすると、サイト全体の書きこみ数が増加するとは限らないが、ユーザ中の書きこみメンバーの比率は高まる、などといった知見がえられた。ついで、MuZicJamという音楽作品共同制作サイトについて、ユーザの利用行動を調査した。この結果、ウェブ・パーソナライゼーションを行うことによって、当サイトのページ・アクセス数自体はむしろ減少するものの、アクセス対象のクラスター化が生じ、幾つかの小さなまとまりの中で緊密なコミュニケーションが行われる、といった傾向がみられた。

従来、インターネット上のコミュニケーションのまとまりについては、主にいわゆるネット・コミュニティ論のなかで論じられてきた。そこでは、ユーザすなわち当コミュニティへの参加メンバーが共通の価値をもっていること、すなわち、関心、目的、テーマなどを共有していることが前提とされてきた。これはかなり妥当性のある議論であるが、コミュニケーションの局所的連結や動的様相は対象外となり、必ずしもこれだけでインターネット上のコミュニケーション連鎖という現象をすべて覆いつくすことはできない。本論文は、オートポイエティック・システム理論の諸概念をふまえ、コミュニケーション連鎖をもたらすシステム的な限定化作用に着目して、この問題の分析に新しい角度から取り組んだものである。これは挑戦的な試みであり、とくに理論的な検討のみならず実証的な調査をもおこなって、インターネット上のコミュニケーション連鎖という現象を分析し、興味深い知見をえた点は高く評価できる。むろん、えられた知見そのものは未だ体系的なものとは言い難く、今後ひきつづき検討をつづけ議論を深化させていくことが望ましい。とはいえ、本論文はインターネット上のコミュニケーションの分析についてきわめて斬新なアプローチを試みたものであり、その意味で現代情報社会に関する学術的議論において十分な貢献を果たすと考えられる。よって本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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