学位論文要旨



No 126231
著者(漢字) 新山,龍馬
著者(英字)
著者(カナ) ニイヤマ,リュウマ
標題(和) 跳躍・走行のバイオメカニクスを踏まえた俊敏な脚式・筋骨格ロボットの構成論的研究
標題(洋)
報告番号 126231
報告番号 甲26231
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第35号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 教授 河口,洋一郎
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 深代,千之
 東京大学 准教授 鈴木,高宏
内容要旨 要旨を表示する

ヒトを含む脊椎動物の振る舞いは,しなやかで俊敏な身体運動と,その基盤である筋骨格系によって特徴づけられる.機能解剖学・運動生理学・バイオメカニクス・神経科学の各分野で動物の身体運動が調べられているが,その原理は十分に明らかになっているとはいえない.一方,生物を模した機械であるところのロボットも,脊椎動物のような巧みで機敏な身体運動を獲得するには至っていない.実世界における俊敏な運動の実現という制約のもとで,ロボットと動物の身体機構および運動制御がある設計解に収斂すると考えると,俊敏な運動を行う生物規範型ロボットを用いて身体運動を解明しようとする構成論的研究が有望である.

そこで,本論文では,ダイナミックな身体運動における筋骨格系のバイオメカニクスを踏まえて,人体の特長を備えた筋骨格ロボットを工学的に実現し,それを用いて筋骨格系を基盤とした身体運動の原理を明らかにすることを目指す.提案する筋骨格ロボットは,生体を対象とした身体運動の研究手法の制約を補う新しい手法を提供するものである.また,従来のロボットでは難しかったダイナミックな身体運動を可能にする機構と制御を提案するものである.

本論文は8章から構成される.各章の概要を以下に示す.

第1章「序論」

脊椎動物の身体運動に関する研究の背景と学術的課題をまとめ,身体運動の基盤としての筋骨格系の重要性について述べた.また,ロボットを用いた構成論的研究を提案し,本論文の目的を示した.

第2章「ダイナミックな身体運動と筋骨格系」

動物のしなやかで俊敏な運動が,どのような生物学的構造によるものであるか考察した.ダイナミックな運動の特徴は,1)大きな瞬発力,2)短時間での運動調節,3)多数の筋による全身の協調,などの課題を解決しなければならない点にある.一方,計測技術や実験環境の制約によって,生体に関する知見は,要素や特定のタスクに限られている.そこで,それを補うような実証的な工学的手法の有効性ついて述べ,筋骨格系を備えたロボットによる構成論的アプローチを提案した.

第3章「ロボット・アーキテクチャとしての筋骨格系」

脊椎動物が備える筋骨格系とその制御機構を機能的に考察し,その工学的実現について検討した.工学的な観点からは,1)高速・大出力の筋アクチュエータと,腱による関節のダイレクトドライブ,2)筋張力による反力(外力)の制御,が俊敏な運動を実現する筋骨格系の本質的要素と考えられる.既存のアクチュエータ,および機械システムと比較しても,生体筋の特性および筋骨格系の特徴は俊敏な運動に適したものであった.筋骨格系について機能的に考察することで,機構と制御に関する本質的要素の抽出と,生体特有の生理学的要素の捨象が可能になり,工学的実現に向けての方策を得ることができた.

第4章「人工筋骨格系の構成論」

脊椎動物だけのものであった筋骨格系の機構と制御を人工的に実現しようとする「人工筋骨格系」の概念を提案し,その構成論について体系的に述べた.具体的には,前章で論じた俊敏な運動を行う筋骨格系に不可欠な各要素に対応して,1)筋型アクチュエータ,2)力制御のための筋骨格系の力学特性解析,3)筋指令による運動表現と運動学習,について詳しく述べた.

ダイナミックな全身運動を実現する外力(反力)の制御については,筋骨格系がどのような出力を発揮できるか記述する"MOF Profile"を提案し,その具体的な計算方法を述べた.また,MOF Profileを利用した筋の配置・配分の設計方法を示した.さらに,筋指令による運動制御を実…現するためのコンパクトな運動表現として"Sparse Coding of Activation"と呼ぶ形式を提案し,筋骨格系を備えたロボットによる跳躍・着地の実現および運動学習においてその有効性を実証した.

第5章「筋骨格アスリート・ロボットの開発」

人工筋骨格系を備え,俊敏な運動を行う"筋骨格アスリート・ロボット"の開発を通じて,これまでにないヒト筋骨格系の特徴を備えたロボットを構築する技術要素を体系的に述べた.筋骨格ロボットを実現するために不可欠な技術要素は,試作過程の試行錯誤から抽出された.それらの技術要素は,軽量で強靭な骨格の実現,性能の良い空気圧筋,複数本の空気圧筋の堅固な固定,腱に対応する弾性要素,圧力制御を実現する制御系,であった.技術要素の連携によって,俊敏な運動を実現する筋骨格ロボットとその制御系を構築することができた.開発した筋骨格アスリート・ロボットの基本性能の評価では,跳躍と走行の計測で知られている関節可動域や,関節角速度やトルクが満たされるかを確かめた.

第6章「筋骨格アスリート・ロボットによるダイナミックな身体運動」

筋骨格ロボットの実機および計算機モデルによって,提案した人工筋骨格系とその運動制御手法について検討し,ヒトの機構と制御によるダイナミックな全身運動について調べた.計算機シミュレーションでは,提案した運動制御手法によって最高速度4m/s,距離約12mの連続疾走が実現できた.その時,下腿ブレード(板ばね)によるエネルギーの回生が行われており,接地期後半に発揮したエネルギーの約40%がアキレス腱に対応する下腿ブレードによるものであった.基礎実験では,遊脚期の脚の素早いスイングに二関節筋が関与していること,接地時間は下腿ブレードのばね定数が支配的であること,離陸速度に対して効果的な蹴りのタイミングとばね定数が存在することが示された.実機実験では,筋指令の調節によって望みの床反力ベクトルが得られることが示された.また,計算機シミュレーションと同様に,下腿ブレードの弾性を利用したバウンスによって,約1mのストライド(1歩あたりの距離)を得ることができた.さらに,床反力の制御によって,体幹の姿勢を調節できることが示された.生体と同様に筋の応答遅れがあることから,実際の走行においては,予測的な筋指令が重要であることがわかった.

第7章「ヒトの身体運動と筋骨格アスリート・ロボット」

開発した筋骨格ロボットでは,ヒト筋骨格系と対応づけが可能であるという特長を活かして,ロボットの動作とヒトの動作と比較を行った.直立姿勢のバランス制御を行った基礎実験では,筋骨格系のコンプライアンスに起因する重心揺動が見られた.同様の現象がヒトの直立でも報告されている.また,疾走動作においてもヒトの競技走動作との比較を行なった.筋指令においては,ヒトとロボットは似たパターンによって走行を実現していた.一方,シミュレーションで計測されたロボットの床反力はヒトと異なっていた.これは,ヒトでは接地直前に地面との相対速度を小さくする筋の働きがみられるためと考察された.ヒトとの比較によって,ヒトの動作と筋指令パターンを力学的な観点から考察することができた.

第8章「結論」

得られた結果を考察し,結論および課題と展望を述べた.本論文では,脊椎動物の身体運動原理の解明を目指して筋骨格ロボットによる構成論的研究を行った.工学的な観点から,筋骨格系が俊敏な運動を行うために適した機構と制御方式をもっていることを考察し,工学的な実現について検討した.筋型アクチュエータ,筋骨格系の力学特性の表現,筋指令による運動の表現の各項から成る人工筋骨格系の構成論と,実際のアクチュエータや機構を実現する技術要素の組み合わせによって,筋骨格系を備えたこれまでにないロボットを構築した.開発した筋骨格アスリート・ロボットによる実験では,予測的な筋指令による走行を実現した.基礎実験および,ヒトとの比較からは,単関節筋と二関節筋の協働や,腱に対応する下腿の弾性要素の,俊敏な運動における寄与が明らかになった.本論文は,これまで脊椎動物だけのものであった筋骨格系の機構と制御を解明し,工学的に応用する萌芽的研究分野の端緒となるものと期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「跳躍・走行のバイオメカニクスを踏まえた俊敏な脚式・筋骨格ロボットの構成論的研究」と題し,バイオメカニクスを踏まえつつ人体の特長を備えた筋骨格型二脚ロボットを工学的に実現し,これにより俊敏な身体運動の原理を明らかにする構成論的研究をまとめたものであり,8章からなる.ヒトを含む脊椎動物の振る舞いは,しなやかで俊敏な身体運動と,その基盤である筋骨格系によって特徴づけられるが,その運動原理は十分に明らかになっていない.また,既存の多関節ロボットにおいても,脊椎動物のような巧みで機敏な身体運動を獲得するには至っていない.これに対して,以下の各章では,生物規範型ロボットを用いた構成論的アプローチに基づき,筋骨格系の力学的機能の分析と工学的実現の方法について記述し,筋骨格系の機構と制御について学術的考察を行っている.

第1章「序論」では,脊椎動物の身体運動に関する学術的課題と背景から,人体の特長を備えた筋骨格ロボットによって生物学的構造における身体運動の原理を解明することを本論文の目的としている.

第2章「ダイナミックな身体運動と筋骨格系」では,動物のしなやかで俊敏な運動を支える生物学的構造について考察し,筋骨格系の機能について詳述している.生体に関する知見を補う実証的な工学的手法の有効性について述べ,筋骨格系を備えたロボットによる構成論的アプローチを提案している.

第3章「ロボット・アーキテクチャとしての筋骨格系」では,脊椎動物が備える筋骨格系とその制御機構を機能的に考察し,その工学的実現について検討している.工学的な観点から,俊敏な運動を実現する筋骨格系の本質的要素を,筋アクチュエータと腱駆動による反力(外力)の制御としている.

第4章「人工筋骨格系の構成論」では,筋骨格系の機構と制御を工学的に実現しようとする「人工筋骨格系」の概念を提案し,その構成論について体系的に述べている.俊敏な運動を行う筋骨格系に不可欠な各要素に対応して,筋型アクチュエータ,力制御のための筋骨格系の力学特性解析, 筋指令による運動表現と運動学習,について記述している.特に,筋骨格系の出力特性を記述する"MOF Profile"とその具体的計算方法の提案と,筋指令による簡潔な運動表現である"Sparse Coding of Activation"を提案し,跳躍・着地の実現および運動学習においてその有効性を実証している.

第5章「筋骨格アスリート・ロボットの開発」では,人工筋骨格系を備え,俊敏な運動を行う"筋骨格アスリート・ロボット"の技術要素として,軽量で強靭な骨格,高性能空気圧筋,複数本の空気圧筋の堅固な固定,腱相当の弾性要素,圧力制御系について体系的に述べている.生体運動計測での指標である関節可動域や関節角速度,関節トルクに関して,開発した筋骨格ロボットの評価を行っている.

第6章「筋骨格アスリート・ロボットによる俊敏な運動」では,筋骨格ロボットの実機および計算機モデルによって,提案した人工筋骨格系とその運動制御手法について検討し,ヒトの機構と制御によるダイナミックな全身運動について詳しく分析している.計算機シミュレーションでは,提案した運動制御手法によって,弾性によるエネルギーの回生を利用した疾走動作が実現されている.基礎実験では,脚運動への二関節筋の関与や,蹴りの強さとばね定数の関係が明らかにされている.実機実験では,計算機シミュレーションと同様に,約1mのストライド(1歩あたりの距離)による3歩の走行が実現でき,さらに,床反力の制御によって体幹の姿勢を調節できることを示している.

第7章「ヒトの身体運動と筋骨格アスリート・ロボット」では,開発した筋骨格ロボットとヒトの動作を比較検討し,動作と筋指令パターンの関連を力学的な観点から考察している.

第8章「結論」では,以上を総括し,工学的な観点からヒト筋骨格系の特長を備えたロボットの実現方法が示され,実験によって身体運動における筋骨格系の役割が明らかになったと結論づけている.

以上これを要するに,本論文は,従来ロボットでの実現が困難であった跳躍・疾走といった俊敏な動作を対象とし,脊椎動物の筋骨格系の構造,特性,制御の如何なる要因がこれを可能とするかをバイオメカニクスとロボティクスの融合的方法により解明し,これに基づき独自の筋骨格型二脚ロボットを構成し,人間の筋指令データに基づき生成した制御指令を用い,床反力制御の観点からの指令改善を経て,実機による3歩の走行動作に成功したものであり,バイオメカニクスとロボティクスにまたがる新たな学術的知見を呈示し,さらなる学際的な発展が見込まれる.

以上の理由から,本論文は学際情報学上重要な貢献と見なされる.よって本審査委員会は,本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する.

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