学位論文要旨



No 125936
著者(漢字) 片山,憲和
著者(英字)
著者(カナ) カタヤマ,ノリカズ
標題(和) 海馬CA1領域でのSNAP-25のリン酸化によるプレシナプス短期可塑性の調節機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 125936
報告番号 甲25936
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3415号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,謙造
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 特任准教授 河崎,洋志
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 狩野,方伸
内容要旨 要旨を表示する

<序文>

PKCは、開口放出の調節に関与しているキナーゼの一つである。神経細胞や内分泌細胞において、PKCを活性化するphorbol ester( diacylglycerolの類似体 )を投与すると、神経伝達物質の開口放出が増加することから、開口放出の調節にPKCが重要な役割を担っていることが明らかになっている。phorbor esterによるPKCの活性化は、神経細胞や内分泌細胞において、readily relesable pool( RRP )サイズの増大やRRPへのシナプス小胞の補充速度の増加、細胞内のCa2+感受性の増加、開口放出におけるrelease kineticsの調節などが引き起こされることが明らかになっている。PKCによってリン酸化される基質は、SNAP-25、Munc18などが知られているが、一方で、PKC非依存的にMunc13を直接活性化することも明らかになっている。以上のことから、phorbol esterを用いた実験では、PKCによるexocytosisの調節機構を解明することを困難にしている。

SNAP-25は、PKCによってリン酸化を受ける基質の一つである。SNAP-25は、phorbol esterの投与や生理的な刺激によってリン酸化され、主要なリン酸化部位はSer187であることが明らかとなっている。SNAP-25 Ser187のリン酸化は、syntaxinとSNAP-25の結合の促進、RRPへのシナプス小胞の供給速度の調節、Ca2+ channelを介したCa2+電流量を負に制御することが明らかになっている。また、caged Ca2+を用いた実験では、SNAP-25のリン酸化によってhighly Ca2+-sensitive pool( HCSP )と呼ばれるシナプス小胞のプールサイズが増大することが報告されている。しかしながら、SNAP-25 S187のリン酸化は、exocytosisに影響しないという報告や、また、SNAP-25は、PKCによるリン酸化ではなくPKAによるSNAP-25 T138のリン酸化によって、RRPのサイズを増大させるという報告もあることから、SNAP-25のリン酸化の効果は未だ不明な点が多い。さらに、これらの結果は、内分泌細胞を用いた実験によって得られた結果であり、実際に中枢神経系においてSNAP-25のリン酸化がプレシナプス機能の調節に重要な役割を担っているかどうかは明らかになっていない。そこで、SNAP-25の187番目のセリンをアラニンに置換したknock-inマウスを用いて、中枢神経系におけるSNAP-25 S187のリン酸化のシナプス伝達における役割について電気生理学的に検討した。

<実験方法>

実験動物: SNAP-25 knock-inマウスとSNAP-25 KOマウスは、北里大学医学部生化学教室の高橋正身教授のグループより提供を受け、実験を行った。

Western Blot: P25のマウスから脳を取り出し、Western blotにより、タンパク質の発現量を定量した。

電気生理学実験: 麻酔したマウスから海馬を摘出し、スライスを作製した。リンゲル液( 119 mM NaCl, 26.2 mM NaHCO3, 1 mM Na2HPO4・2H2O, 2.5 mM KCl, 11 mM Glucose, 2.5 mM CaCl2, 1.3 mM MgSO4; 95% O2, 5% CO2で常時飽和 )で潅流しながら、双極性タングステン刺激電極によりシャッファー側枝を刺激し、CA1領域から細胞外電位記録法により興奮性シナプス後電位( EPSP )を測定した。PPF( paired-pulse facilitaion )は、25 ・M D-AP5存在下で、300、200、100、50、30ミリ秒の間隔で2発の連続刺激を与えることで誘導した。input-output relationshipは、25・M D-AP5と1 ・M CNQX存在下で、実験を行った。テタヌス後増強( post-tetanic potentiation: PTP )と短期抑圧( short-term depression: STD )は、50 ・M D-AP5存在下でそれぞれ100 Hz( 1秒 )刺激、5 Hz( 3分 )刺激によって誘導した。RRPサイズは、5 Hz( 3分 )刺激中の応答から算出したcumulative EPSPをもとに推定した。

<結果および考察>

SNAP-25 S187A knock inマウスを用いて、電気生理学的な実験を行った。SNAP-25 knock- inマウスにおいて、PPFは、WTマウスと比べて、どの刺激間隔においても有意に増強していた。また、input-output relationshipは、WTマウスと比べて有意に減弱していた。さらに、SNAP-25 knock-inマウスにおいて、細胞外Ca2+濃度を4.5 mMに上げると、PPFは、2.5 mMのWTマウスと同程度まで減弱した。以上の結果から、SNAP-25 knock-inマウスでは、release machinaryのCa2+感受性の低下によって、神経伝達物質の放出確率が顕著に低下した可能性が示唆される。

次に、SNAP-25 knock-inマウスにおける短期可塑性への影響について検討した。SNAP-25 knock-inマウスにおけるPTPは、WTマウスと比べて、有意な増強が見られた。このとき、細胞外Ca2+濃度を2.5 mMから4.5 mMに変えても、PTPはわずかに低下するにとどまり、WTマウスと比べて、依然増大したままであった。。一般的に、PTPは高頻度刺激後にシナプス終末に生じる残存Ca2+によって、一過的な神経伝達物質の放出確率の上昇とRRPサイズの増加が引き起こされることによって生じるとされている。そこで、5 Hz刺激によって誘導されるEPSPからRRPサイズを推定したところ、SNAP-25 knock-inマウスでは、RRPサイズの増大が示唆される結果が得られた。以上の結果から、SNAP-25 S187のリン酸化は、RRPサイズの調整に関与している可能性が示唆された。また、海馬CA1領域におけるPTPは、神経伝達物質の放出確率の変化よりもRRPの変化によってダイナミックに制御されている可能性が示唆された。しかしながら、今回RRPサイズの推定に用いた刺激は、一般的にRRPサイズの推定に用いられている高頻度刺激とは異なり、持続的な低頻度刺激を用いて行われた。この刺激頻度ではRRPを十分枯渇することができているかどうか明らかではないことや、RRPへの供給量がどの程度であるかも明らかではない。したがって、SNAP-25 S187のリン酸化がRRPサイズの調節に重要な役割を担っているかどうかについては、今後、より一般的な刺激条件を用いた更なる検討が必要である。

SNAP-25 knock-inマウスにおいて、5 Hz( 3分 )刺激によって誘導されるSTDの減弱のピークは、WTマウスと比べてやや強い減弱傾向を示すものの、有意差は見られなかった。一方、減弱からの回復速度は、WTマウスと比べて有意に低下していた。一般的に、STDはRRPの小胞が枯渇することによって生じるとされ、一方、STDからの回復は、endocytosisやreserve poolからのRRPへのシナプス小胞の供給が働くことによって生じると考えられる。また、内分泌細胞において、SNAP-25 S187のリン酸化は、reserve poolからRRPへのシナプス小胞の供給を促進することが明らかになっている。以上の結果から、SNAP-25 knock- inマウスでは、RRPへのシナプス小胞の供給速度が低下している可能性が示唆される。

SNAP-25 knock-inマウスでは、おそらくネオマイシン耐性遺伝子による影響のために、SNAP-25の発現量が半減していた。SNAP-25は、SNARE複合体の構成タンパク質であり、神経伝達物質の放出に直接関係している。したがって、SNAP-25の発現量の半減が神経伝達物質の放出確率の低下や短期可塑性の変化に関係しているかどうかを検証するために、SNAP-25 KOマウスのHeteroマウスを用いて実験を行った。HeteroマウスのPPFはWTと比べて有意な差は見られなかった。また、PTP、およびSTDに関してもWTマウスと比べて顕著な差は見られなかった。これらの結果から、少なくとも海馬CA3-CA1シナプスにおいて、SNAP-25の発現量の半減は、シナプス伝達には影響はしないことが明らかになった。

これらの結果は、SNAP-25 S187のリン酸化が中枢神経系において、神経伝達物質の放出確率やRRPサイズ、短期可塑性の調節とったプレシナプス機能の調節に重要な役割を担っていることを強く示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、中枢神経系におけるSNAP-25 S187のリン酸化のシナプス伝達における役割を明らかにするために、SNAP-25の187番目のセリンをアラニンに置換したknock-inマウス、もしくはSNAP-25 knock-outマウスのHeteroマウスを用いて電気生理学的に検討を行い、下記の結果を得た。

1. 海馬急性スライスを用いて、CA1領域から細胞外電位記録により、EPSPを記録した。25・M D-AP5存在下で、2発刺激促通( paired-pulse facilitation: PPF )を記録したところ、SNAP-25 knock-inマウスでは、WTマウスと比べてPPFの増強が明らかになった。また、25 ・M D-AP5と1・M CNQX存在下で、AMPA受容体を介したinput-output relationshipを記録したところ、fiber volley amplitudeに対するEPSP slope値は、WTマウスと比べて有意に減弱していた。以上の結果から、SNAP-25 knock-inマウスではプレシナプス終末からの神経伝達物質の放出確率が低下していることが示された。

2. 50・M D-AP5存在下で、100 Hz( 1秒 )によって誘導される短期可塑性( post-tetanic potentiation: PTP )について記録したところ、SNAP-25 knock-inマウスでは、WTマウスと比べてPTPの著しい増強が示された。また、50 ・M D-AP5存在下で、5 Hz( 3分 )によって誘導される短期可塑性( short-term depression: STD )について記録したところ、SNAP-25 knock-inマウスにおける5 Hz刺激中の応答は、WTと比べて著しく異なり、最終的な減弱率にも有意差が見られた。さらに、5 Hz刺激後の減弱率には有意な差は見られなかったが、減弱からの回復速度は、WTマウスに比べて有意に低下していた。

3. western blotにより、プレシナプスタンパク質の発現量を解析したところ、SNAP-25 knock-inマウスでは、SNAP-25の発現量の半減が示された。そこで、SNAP-25の発現量の低下が神経伝達物質の放出確率や短期可塑性の変化に直接関係しているかどうかを検討するため、SNAP-25 knock-outマウスのHeteroマウスを用いて電気生理学的に検討したところ、WTマウスと比べて、PPFやPTP、STDに違いは見られなかった。以上の結果から、SNAP-25 knock-inマウスで見られた表現型は、SNAP-25の発現量の低下によるものではなく、SNAP-25がリン酸化されないことによるものであることが明らかになった。

4. SNAP-25 knock-inマウスで見られた表現型がrelease machinaryのCa2+感受性の変化で説明できるかどうかを検討するために、細胞外Ca2+濃度の短期可塑性に対する影響を検討したところ、SNAP-25 knock-inマウスにおいて、細胞外Ca2+濃度を2.5 mMから4.5 mMに上げると、PPFはWTマウスにおける2.5 mM Ca2+のときと同程度の値を示した。一方、PTPは細胞外Ca2+濃度を変化させても、ほぼ同程度の値を示し、WTマウスと比べて依然有意に高い増強を示した。また、5 Hz刺激中に見られる応答は、細胞外Ca2+濃度を4.5 mMに上げると、刺激開始直後の一時的な増強は依然として見られるものの、最終的にWTマウスにおける2.5 mMと同程度まで減弱した。

5. PTPの著しい増強がreadily releasable pool( RRP )の増大によって説明できるかどうかを検討するために、5 Hz刺激によって誘導されるEPSPを再解析することによってRRPサイズを推定したところ、今回用いた刺激条件では不明な点があるものの、SNAP-25 knock-inマウスのRRPサイズは、WTマウスと比べて有意に増大している可能性が示された。

以上、本論文は、SNAP-25 knock-inマウス、およびSNAP-25 knock-outマウスのHeteroマウスを用いて電気生理学的に解析することにより、中枢神経系のプレシナプス終末に発現するSNAP-25のリン酸化におけるシナプス伝達に対する役割について明らかにした。本研究は、これまで明らかにされていなかった開口放出関連タンパク質のリン酸化による開口放出の調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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