学位論文要旨



No 125502
著者(漢字) 山本,匡
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,キョウ
標題(和) ヘッジファンドの数量分析と特異摂動展開法の確率的ボラティリティモデルへの応用
標題(洋) Quantitative Analysis of Hedge Funds and Applications of a Singular Perturbation Method to a Stochastic Volatility Model
報告番号 125502
報告番号 甲25502
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第283号
研究科 経済学研究科
専攻 金融システム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,明彦
 東京大学 教授 小林,孝雄
 東京大学 教授 新井,富雄
 東京大学 准教授 柳川,範之
 東京大学 講師 中村,恒
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文はヘッジファンドの数量分析(PartI)と特異摂動展開法の確率的ボラティリティモデルへの応用(PartII)の二つのテーマからなる。

1990年代以降ヘッジファンドの運用資産や数が急増し、金融市場におけるヘッジファンドの存在感が非常に大きくなってきた。ヘッジファンドは専門性の高いマネージャーが投資戦略を練り、機関投資家や個人富裕層の巨額の富を運用している。ヘッジファンドの情報の透明性は非常に低い一方で、ヘッジファンドの投資行動の金融市場へのインパクトは非常に大きくなってきている。LTCMの破綻が世界の金融市場を震撼させたことは記憶に新しい。また、サブプライム危機の発端となったのはABS証券に投資を行っていたベア・スターンズやBNPパリバの運用ファンドの破綻である。

学界においては1990年代後半以降ヘッジファンドに関する研究が盛んに行われ、膨大な文献が出版されてきた。先述の理由から、ヘッジファンドのパフォーマンスやリスクに関する研究が重要性を増してきたのは必然であろう。しかし、それらの研究は欧米が中心で日本・アジアにおいては研究がほとんどなされてこなかった。

そこで chapter 1 では、アジア太平洋地域のヘッジファンドを対象に実証研究を行った。ヘッジファンドの投資対象資産や投資戦略は多種多様で、伝統的資産と比較して、リターンの分布は高い歪度や尖度を示す場合が多い。この場合、ポートフォリオ最適化によく用いられる平均分散法は適切な手法とは言えない。そこで負のテイル・リスクあるいはドローダウンをコントロールするため、コンディショナル・バリュー・アット・リスクまたはコンディショナル・ドローダウンというリスク指標に制約を課した上での期待リターンの最大化を行った。平均分散最適化によって得られるポートフォリオやそのパフォーマンスとどのように異なるかを精緻に分析した。サブプライム・リーマン危機の期間でヘッジファンドのパフォーマンスの悪化が指摘されたが、これらの最適化を用いれば優れたファンドを選択し、それらの期間においても非常に良好なパフォーマンスを残すことが示された。

さらに、ヘッジファンドのファクター分析を行い、戦略別・地域別の特性を調査した。最後に、ポートフォリオ最適化とファクター分析を統合し、実際のファンド・オブ・ヘッジファンズ運用への適用例を示した。

ヘッジファンド投資は(1)低い透明性(2)低い流動性(3)高いコストなど、投資家の懸念材料も多い。そこで、戦略やポジションなどの透明性を保ちながら流動性のある資産に投資し、ヘッジファンドと似たリターンを安く投資家に提供することを目的としたヘッジファンド複製商品が近年投資銀行や運用会社によって提供され始めた。Chapter 2 では、このヘッジファンド複製商品に関する包括的な研究を行った。既存のヘッジファンド複製手法は(1)戦略複製(2)ファクター・エクスポージャー複製(3)分布複製の3つのアプローチに分類される。ここでは、(2)と(3)に関しては実際のデータを用いて分析を行い、それぞれのアプローチの長所・短所や複製の可能性を分析した。

Chapter 3 では分布複製によるヘッジファンド複製の新手法を開発した。既存の手法では投資家の既存ポートフォリオと1つの資産にしか投資することができず、さらにその資産に対してロング・ポジションしか取ることができない。したがって、投資資産をどのように選択するかが大きな問題となる。そこで、多資産にロング・ショートポジションを共に取ることができる新手法を提案した。また、目的のペイオフの周辺分布と投資家の既存ポートフォリオとの同時分布を複製する手法をそれぞれ示した。目的の周辺分布を最小コストで複製することは、ある von Neumann-Morgenstern 効用を最大化することと同値であることが証明される。この定理により、ここで開発した新手法が経済学における効用に基づく動的ポートフォリオ最適化と繋がり、理論的にも正当化される。これはヘッジファンド複製商品というホットな話題がファイナンス、経済学の理論と交わる非常に興味深い結果であろう。

投資資産がマルコフ型の確率微分方程式に従う場合、マリアヴァン解析を適用することにより動的複製ポートフォリオを具体的に求めることができる。この動的最適複製戦略によって Global CTA/Managed Futures Index の複製を行った。CTA/Managed Futures の戦略をとるファンドは、世界中の先物や為替市場でロング・ショートやレバレッジを活用し、ダイナミックな投資を行っている。したがって、多資産へのロング・ショートポジションに拡張することによりこの投資行動も反映することができる。複製の結果、サブプライム・リーマンショックの期間においても十分に良い複製パフォーマンスを残すことが確認され、従来の手法による複製をかなり改善することが示された。

特異摂動展開法は元来偏微分方程式の近似解を求めるための有力な手法であるが、Fouque et al. (1999) の研究で確率的ボラティリティ下における金融派生商品の価格付けに応用された。以降多くの関連研究が行われ、主たる内容はFouque et al. (2000c)の本にまとめられている。

Chapter 4 ではこの手法を応用し、確率的ボラティリティモデルの下でドローダウンというリスク指標の分析とドローダウンに対するオプションの価格付けを行った。ドローダウンは資産価値の過去の最大値から現在資産価値がどれ位下がったかを表すリスク指標である。最大ドローダウン等の指標はヘッジファンド投資家の間で頻繁に参照されている。ブラウン運動や幾何ブラウン運動の最大ドローダウンやドローダウンの分布の研究は先行研究によって行われている。ここでは解析的な分析を行うために特異摂動展開法を適用し、これらの研究を確率的ボラティリティモデルに拡張した。特異摂動展開法をドローダウンの分布関数に適用した場合の数学的な正当性を証明した。また、ドローダウンに対するオプションを用いることでドローダウン・リスクの管理を行うことを提案した。具体的な分析としては、ドローダウンの期待値や標準偏差とオプション価格を特異摂動展開法による近似値を求め、モンテカルロ法による推定値と比較することにより近似精度を分析した。さらに解析的な計算とモンテカルロ法によるカーネル密度から、資産価値とボラティリティの間の相関係数がドローダウンの分布やオプション価格に大きく影響を与えることを示した。

Chapter 5 では、Fouque et al. (2000c) の特異摂動展開法による確率的ボラティリティ下におけるオプションの価格付け手法の近似精度の分析を行った。先述のように、この手法による金融派生商品の価格付けの研究が数多く行われてきたが、その近似精度の研究はなされてこなかった。そこで、この手法がオプションの価格付けに実際にどの程度使えるのかを検証するため、その近似精度の検証を行った。

この近似手法は、ボラティリティが高速で平均回帰する場合に正当化される。一方、Fouque et al. (2000c)で想定しているよりもっと遅い平均回帰であるという実証結果も存在する。高速平均回帰と非高速平均回帰の2つのケースについて、異なる満期と行使価格のオプションの価格を計算し、その精度を検証した。

Fouque et al. (2000c) が公式を提示している1次のオーダーの近似では非高速平均回帰のケースは全くワークしないが、高速平均回帰のケースは十分に良い精度の近似であることが示された。また、高速平均回帰のケースでは近似の精度は、マネーネスと満期までの時間とともに上がることが分かった。次に、2次のオーダーの近似項を導出し、近似精度が向上するかを検証した。2次のオーダーの近似項を追加することにより、高速平均回帰のケースでは近似の精度が相対的に良くなかった短期のオプションと最もOTMのオプションの近似精度が向上することが確認された。非高速平均回帰のケースでは長期のオプションとATMのオプションの近似を改善することが示された。

Chapter 6 では特異摂動展開法を用いて確率的ボラティリティ下におけるダブルノックアウト・ルックバックオプションの価格付けを行った。ファインマン・カッツの公式によって金融派生商品の価格付けの問題を偏微分方程式に落とし込めば、対象資産の価格の過去の最大値や最小値に依存するペイオフをもつ商品の価格付け問題は境界値問題に帰着されるため、偏微分方程式の近似解法である特異摂動展開は非常に有力なテクニックとなる。ブラック・ショールズ経済におけるダブルノックアウト・ルックバックオプションの価格付けは Muroi (2006) によって行われているが、ここで特異摂動展開法を適用することにより確率的ボラティリティへの拡張を行った。数値実験を行うことにより、高速平均回帰ボラティリティの下ではこの近似価格式がブラック・ショールズ価格式より精度の高い近似を与えることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

山本匡君は、ヘッジファンドにおけるファンド・オブ・ヘッジファンズ(Fund of Hedge Funds)の分析に関し、新しいポートフォリオ構築手法及びリスク管理法を提案し、アジア太平洋地域のヘッジファンドの実際のデータを用いてその有効性を確認した。また、最近実務において急速に発展している「ヘッジファンド複製(Hedge Fund Replication)」に関しても新しい手法を導入した。特に、ヘッジファンドとは一見無関係に見えるDybig(1988a)の結果を、ブラウン運動で不確実性が表現される連続時間モデルに拡張、新しい定理を導出し、その応用として、Malliavin 解析などを活用して、サブプライム・リーマンショックの期間においてパフォーマンスが良く、その再現が極めて困難なCTA/Managed Futures 戦略と同等以上の効果をあげる運用方法を提案していることは特筆に値する。

また、山本君は主に偏微分方程式論において研究されてきた``Singular Perturbation Method"が最近ファイナンスにおいても活発に応用されていることに着目し、同手法の理論、応用両面の発展において貢献した。特に、資産価値が確率的ボラティリティモデル(stochastic volatility model)により記述される場合に、投資・運用など実務的にも重要な、資産価値のドローダウン(drawdown) の分布及びそのオプション価値の解析に初めて``Singular Perturbation Method"を適用し、その数学的正当性を証明すると共に、導出した近似公式を用いて分布やオプション価値の特性を分析した。さらに、これまでこの手法によるオプション価値の近似精度が実際の市場で使用するに耐え得る水準か否かの研究が十分になされていなかったことにも注目し、新たに高次の近似公式を導出すると共にこれを用いて現実的なパラメータに基づく数値実験を行い、近似公式の精度分析を実施した。また、確率的ボラティリティの下でexotic option の一つであるダブルノックアウト・ルックバック・オプションに対し価値評価の新しい解析近似式も導出した。

以上より、本論文が博士学位授与に値するものであると審査委員は全員一致で判断した。

本博士論文は (1) ヘッジファンドの数量分析と(2)特異摂動展開法の確率的ボラティリティモデルへの適用の二つのテーマからなり、全体で2部6章により構成されている(第1部1-3章:(1)のテーマ, 第2部4-6章:(2)のテーマ)。 以下において、各章の内容を概観する。

1990年代以降ヘッジファンドの運用資産や数が急増し、金融市場におけるヘッジファンドの存在感が非常に大きくなってきた。ヘッジファンドは専門性の高いマネージャーが投資戦略を練り、機関投資家や個人富裕層の巨額の富を運用している。ヘッジファンドの投資戦略等の情報の透明性は非常に低い一方で、その投資行動の金融市場へのインパクトは非常に大きくなってきている。例を挙げれば、ロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の破綻が世界の金融市場を震撼させたことは記憶に新しい。また、サブプライム危機の発端となったのはABS証券に投資を行っていたベア・スターンズやBNPパリバの運用ファンドの破綻である。

学界においては Fung and Hsieh (1997) の研究論文を初めとして1990年代後半以降ヘッジファンドに関する研究が盛んに行われ、膨大な文献が出版されてきた。先述の理由から、ヘッジファンドのパフォーマンスやリスクに関する研究がファイナンスの分野において重要性を増してきたのは必然であろう。しかし、それらの研究は欧米が中心で日本・アジアにおいては研究がほとんどなされてこなかった。

そこで 第1章では、アジア太平洋地域のヘッジファンドを対象に実証研究を行った。ヘッジファンドは投資家にとって間口が狭く、多くの場合投資家はファンド・オブ・ヘッジファンズ等のゲートキーパーを通じてヘッジファンド投資を行う。したがって、ファンド・オブ・ヘッジファンズ運用におけるファンド選択やリスク管理は実際的に非常に重要である。そこで、ファンド・オブ・ヘッジファンズ運用において数多くあるヘッジファンドの中からどのように投資対象ファンドを選択し、継続的にリスク管理を行っていくかという観点から分析を行った。

ヘッジファンドの投資対象資産や投資戦略は多種多様で、株や債券、ミューチュアル・ファンドと比較して、リターンの分布は高い歪度や尖度を示す場合が多い。

この場合、ポートフォリオ最適化によく用いられる平均分散法は適切な手法とは言えない。

そこで負のテイル・リスクあるいはドローダウンをコントロールするため、Rockafellar and Uryasev (2000, 2002) と Chekhlov et al. (2005) によって開発された手法を用い、コンディショナル・バリュー・アット・リスク(CVaR)またはコンディショナル・ドローダウン(CDD)というリスク指標に制約を課した上での期待リターンの最大化を行った。これらの手法は過去のリターンのデータをそのままリターンの分布と考えるサンプルパス・アプローチであり、最適化問題は線形計画法に帰着する。

ヘッジファンドのポートフォリオ最適化にこれらの手法を適用し、平均分散最適化によって得られるポートフォリオやそのパフォーマンスとどのように異なるかを従来の研究よりもかなり精緻に分析した。

サブプライム・リーマン危機の期間でヘッジファンドのパフォーマンスの悪化が指摘されたが、これらの最適化を用いれば優れたファンドを選択し、それらの期間においても非常に良好なパフォーマンスを残すことが示された(Appendix A.2)。

さらに、ヘッジファンドのファクター分析を行い、戦略別・地域別の特性を調査した。ここで、各国の株価インデックスや債券インデックス、為替等の金融市場で高頻度で観測可能なものをファクターとして採用した。

ヘッジファンドの戦略の透明性は非常に低いため、これらのファクターへのエクスポージャーを捉えることができれば日々そのリスクをモニターでき、さらにファクター自身あるいは相関が高い資産が取引可能であれば、リスク・ヘッジ等のエクスポージャー・コントロールを効率的に行うことができる。最後に、ポートフォリオ最適化とファクター分析を統合し、実際のファンド・オブ・ヘッジファンズ運用への適用例を示した。

ヘッジファンド投資は(1)低い透明性(2)低い流動性(3)高いコストなど、投資家の懸念材料も多い。

そこで、戦略やポジションなどの透明性を保ちながら流動性のある資産に投資し、ヘッジファンドと似たリターンを安く投資家に提供することを目的としたヘッジファンド複製商品が近年投資銀行や運用会社によって提供され始めた。第2章では、このヘッジファンド複製商品に関する包括的な研究を行った。

既存のヘッジファンド複製手法は(1)戦略複製(2)ファクター・エクスポージャー複製(3)分布複製の3つのアプローチに分類される。ここでは(2)と(3)に関しては実際のデータを用いて分析を行い、それぞれのアプローチの長所・短所や複製の可能性を分析した。

まず、戦略複製は文字通り複製対象のヘッジファンドがとっていると考えられる投資戦略を模倣するものである。複製対象はヘッジファンド特有のアービトラージ戦略等が多いが、戦略の透明性をいかに保つかが重要で、投資ルールを設定し人的な判断を排除してそのルールを着実に守ることが必要となる。

次に、ファクター・エクスポージャー複製は対象のヘッジファンドのファクター・エクスポージャーを捉え、そのエクスポージャーを透明性・流動性の高い資産で複製するものである。

この複製戦略でまず重要なのは対象のヘッジファンドのリターンを説明するファクターを見つけ出すことであるが、これは1990年代後半以降行われてきたヘッジファンドのパフォーマンス分析の研究が直接的に役立つ。

続いてそれらのファクターへのエクスポージャーの推定を行う必要があるが、ヘッジファンドはエクスポージャーを動的にコントロールしているため、エクスポージャーの変化をいち早く察知し、ポジション調整を行うことが重要となる。

実際のデータを用いた分析では、ローリング・ウィンドウ回帰による推定と一般状態空間モデルを用いてエクスポージャー変化をモデリングし、カルマン・フィルターによる推定を比較した。

カルマン・フィルターによる推定の方が早くエクスポージャーを捉えることができ、その結果複製のパフォーマンスもローリング・ウィンドウ回帰によるものより改善された。

特に、ローリング・ウィンドウ回帰による複製では、ヘッジファンドのリターンの歪度や尖度は複製できなかったが、カルマン・フィルターを用いればそれらの値も対象のヘッジファンドに近づけることができた。

分布複製は対象のヘッジファンドのリターンの分布を複製するものである。ファクター・エクスポージャー複製は毎月のリターンを複製するが、リターンを説明するファクターの発見やエクスポージャー推定が困難な場合、このアプローチで複製することはできない。

そこで、複製対象のリターンの分布特性だけでも複製しようというのが分布複製アプローチである。

投資家はリターンの分布だけでなく、株や債券等の伝統的資産からなる既存のポートフォリオとの依存性の低さの魅力からヘッジファンド投資を行っている場合も多い。したがって、このアプローチでは投資家の既存のポートフォリオとの依存構造も複製する。

Kat and Palaro (2005)によって提案された手法では、以下のステップで複製を行う。

(1)投資家の既存ポートフォリオと1つの投資資産の月中の確率過程を推定する。(2)対象のヘッジファンドと投資家の既存ポートフォリオとの月次リターンの同時分布を推定する。(3)投資家の既存ポートフォリオと投資資産の月次リターンの同時分布を投資家の既存ポートフォリオとヘッジファンドの月次リターンの同時分布に変換するペイオフ関数を作成する。(4)投資家の既存ポートフォリオと投資資産のダイナミック・トレーディングにより(3)で構成されたペイオフを複製する。ここではリターンを説明するファクターを見つけることが困難な Global Macro Index と Global CTA/Managed Futures Index の複製結果を示した。第2章での複製結果は非常に良いものであったが、その後の分析によりサブプライム・リーマンショックの期間ではこの手法が機能しないことが明らかになった。

この実験結果より、第3章 においてこの問題点を解決するための新手法を開発した。Kat and Palaro(2005) と Papageorgiou it et al. (2008) の手法は投資家の既存ポートフォリオと1つの資産にしか投資せず、さらにペイオフ関数の作成の仕方からその資産に対してロング・ポジションしか取ることができない。したがって、投資資産をどのように選択するかが大きな問題となる。そこで、多資産にロング・ショートポジションを共に取ることができる新手法を提案した。また、目的のペイオフの周辺分布と投資家の既存ポートフォリオとの同時分布を複製する手法をそれぞれ示した。さらに、この手法と経済学における効用に基づく動的ポートフォリオ最適化との接点を発見し、理論的な正当性を証明した。

Kat and Palaro (2005) と Papageorgiou et al.(2008) で示されているように、投資家の既存ポートフォリオと1つの資産さえあれば目的のペイオフと既存ポートフォリオとの同時分布は複製可能である。また、目的のペイオフの周辺分布を複製する場合は1つの資産のみで十分である。 複数の資産に投資する場合、目的のペイオフの分布を作成する方法は無限に存在する。ここでは Dybvig (1988a) の結果を連続時間における完備市場に拡張し、最も初期コストの低いペイオフを作成した。 また、目的のペイオフと状態価格密度の分布関数が連続である場合は、最小コストのペイオフの一意性が証明される。 これは Dybvig(1988a) でも示されていない新しい結果である。

また Dybvig (1988a) の連続時間への拡張により、目的の周辺分布を最小コストで複製することは、ある von Neumann-Morgenstern 効用を最大化することと同値であることが証明される。 この定理によりここで開発した新手法が経済学における効用に基づく動的ポートフォリオ最適化と繋がり、理論的にも正当化される。 これはヘッジファンド複製商品というホットな話題がファイナンスや経済学の理論と交わる非常に興味深い結果であろう。

投資資産がマルコフ型の確率微分方程式に従う場合、Malliavin解析におけるClark・Oconeの定理を適用することにより動的複製ポートフォリオを具体的に求めることができる。 この動的最適複製戦略によって Global CTA/Managed Futures Index の複製を行った。 CTA/Managed Futures の戦略をとるファンドは世界中の先物や為替市場でロング・ショートやレバレッジを活用し、ダイナミックな投資を行っている。 したがって、複数資産へのロング・ショートポジションに拡張することによりこの投資行動も反映することができる。 複製の結果サブプライム・リーマンショックの期間においても十分に良い複製パフォーマンスを残すことが確認され、従来の手法による複製をかなり改善することが示された。

特異摂動展開法は元来偏微分方程式の近似解を求めるための有力な手法であるが、Fouque et al. (1999)の研究で確率的ボラティリティ下における金融派生商品の価格付けに応用された。 以降多くの関連研究が行われ、主たる内容は Fouque et al. (2000c)の本にまとめられている。

第4章ではこの手法を応用し、確率的ボラティリティモデルの下でドローダウンというリスク指標の分析とドローダウンに対するオプションの価格付けを行った。ここで、 ドローダウンは資産価値の過去の最大値から現在資産価値がどれ位下がったかを表すリスク指標である。

最大ドローダウン等の指標はヘッジファンド投資家の間で頻繁に参照されている。ブラウン運動や幾何ブラウン運動の最大ドローダウンやドローダウンの分布の研究は Magdon-Ismail et al. (2002),Magdon-Ismail and Atiya (2004), Belentepe (2003)等によって行われている。本章では、解析的な分析を行うために特異摂動展開法を適用し、これらの研究を確率的ボラティリティモデルに拡張した。さらに、特異摂動展開法をドローダウンの分布関数に適用した場合の数学的な正当性を初めて証明した。

さらに、ドローダウンに対するオプションを用いることでドローダウンリスクの管理を行うことを提案した。 具体的な分析としては、ドローダウンの期待値や標準偏差とオプション価格を特異摂動展開法による近似値を求め、モンテカルロ法による推定値と比較することにより近似精度を分析した。さらに解析的な計算とモンテカルロ法によるカーネル密度から、資産価値とボラティリティの間の相関係数がドローダウンの分布やオプション価格に大きく影響を与えることを示した。

第5章では Fouque et al.(2000c) の特異摂動展開法による確率的ボラティリティ下におけるオプションの価格付け手法の近似精度の分析を行った。先述のように、この手法による金融派生商品の価格付けの研究が数多く行われてきたが、その近似精度の研究はなされてこなかった。そこで、この手法がオプションの価格付けに実際にどの程度使えるのかを検証するため、その近似精度の検証を行った。

この近似手法はボラティリティが高速で平均回帰する場合に正当化される。Fouque et al. (2000c) では、S&P 500 Index の高頻度のデータを用いて推定を行い、ボラティリティは約1.5日で平均の水準に戻ってくることを示し、この手法が妥当であるとしている一方、Boswijk (2002) はAmsterdam Stock Exchange (AEX) Index の日次データを用いて推定を行った結果、もっと遅い平均回帰速度であったことを示している。そこで、この2つの推定結果を踏まえて高速平均回帰と非高速平均回帰の2つのケースについて、1, 3,6ヶ月のATM と2つの異なるOTMの行使価格のヨーロピアン・コール・オプションの価格を計算し、その精度を検証した。

Fouque et al.(2000c) が公式を提示している1次のオーダーの近似は非高速平均回帰のケースは全く機能しないが、高速平均回帰のケースは十分に良い精度の近似であることが示された。また、いくつかの例外はあるが、高速平均回帰のケースでは近似の精度はマネーネスと満期までの時間と共に上がることが分かった。次に、2次のオーダーの近似項を新たに導出し、近似精度が向上するかを検証した。(Fouque et al.(2000c) の研究グループは高速平均回帰を想定し、1次のオーダーで十分であると判断し、2次のオーダーの近似項を提示していない。) 2次のオーダーの近似項を追加することにより、高速平均回帰のケースでは近似の精度が相対的に良くなかった1ヶ月のオプションと最もOTMのオプションの近似精度が向上することが確認された。非高速平均回帰のケースでは6ヶ月のオプションとATMのオプションの近似を改善することが示された。

第6章では特異摂動展開法を用いて確率的ボラティリティ下におけるダブルノックアウト・ルックバックオプションの価格付けを行った。ファインマン・カッツの公式によって金融派生商品の価格付けの問題を偏微分方程式に落とし込めば、対象資産の価格の過去の最大値や最小値に依存するペイオフをもつ商品の価格付け問題は境界値問題に帰着されるため、偏微分方程式の近似解法である特異摂動展開は非常に有力なテクニックとなる。

ブラック・ショールズ経済におけるダブルノックアウト・ルックバックオプションの価格付けは Muroi(2006) によって行われているが、ここで特異摂動展開法を適用することにより確率的ボラティリティへの拡張を行った。数値実験を行うことにより、高速平均回帰ボラティリティの下ではこの近似価格式がブラック・ショールズ価格式より精度の高い近似を与えることを示した。

なお、博士論文を構成する6章のうち、査読付き国際英文専門誌に、掲載済み2(第1, 5 章)、掲載予定1(第4 章,2010 年3 月予定)及び、英文専門書の1章に掲載予定(第2 章)となっている。また、学会発表も審査付き国際学会4 度の報告・報告予定を含め2009 年度末迄に10 回実施する予定である。

以上より、山本君の論文は、博士学位を授与するに十分な水準に達していると審査委員全員一致で判断した。

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