No | 125214 | |
著者(漢字) | 酒井,俊典 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカイ,シュンスケ | |
標題(和) | 教師のメディア・リテラシー実践を支援するオンライン学習環境のデザインに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125214 | |
報告番号 | 甲25214 | |
学位授与日 | 2009.07.17 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学際情報学) | |
学位記番号 | 博学情第30号 | |
研究科 | 学際情報学府 | |
専攻 | 学際情報学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究は、教師のメディア・リテラシー実践を支援するオンライン学習環境に関する研究である。その目的は、メディア・リテラシーの教師支援の動向、課題を踏まえ、理論的検討を行い、実際にメディア・リテラシーの教師支援のオンライン学習環境をデザインし実践する。その結果から、「教師のメディア・リテラシー実践を支援するオンライン学習環境とは如何なる原則に基づいてデザインされるべきか、そのデザイン原則を探求する」。 第1章では、メディア・リテラシーと教師の特異な関係性の来歴について取りあげる。メディア・リテラシーは、イギリスのカルチュラル・スタディーズ、文化研究と呼ばれた思想思潮に関わる実践的な営みから派生したものである。イギリスでは、1930年代にメディア教育(イギリスでは、メディア・リテラシーとは呼ばず、メディア教育と呼ぶ)において、当初啓蒙主義的で、俗悪かつ低俗な文化と捉えられてきた大衆文化から伝統的な高尚文化を守ろうとする機運が高まった。 しかし、文化を「低俗/高尚」で分けるのではなく、「文化」を人々にとって日常的で当たり前のこととして位置付け、また、文化が重層的な、せめぎ合いの力学の中で選び取られていくものとするカルチュラル・スタディーズの影響を受け、それまでの、メディア教育の啓蒙主義的性質が批判されていくことになる。 この背景には、大衆文化に馴染みのある教師層が増大していったこと、カルチュラル・スタディーズの提唱者たちが、そもそも初等中等教育とは異なる社会や大衆文化との端境にある教育の場、主に成人教育の場で、「教師」としての経験を積み、教師という枠に囚われない幅広い活動を行っていったこと。そのこととカルチュラル・スタディーズの生成が、深く関わっていることが、今日に至るメディア・リテラシー、メディア教育と教師のアンヴィヴァレントな関係の基層にあると考えられる。また、そうしたメディア・リテラシーやメディア教育は、学校だけではなく様々な主体から提唱されており、教育方法は非常に似通っているが、実践の内容が帯びるトーンが異なる傾向にある。 第2章では、メディア・リテラシーにおける教師支援の課題と要請を扱う。 近年、メディア・リテラシーやメディア教育は、イギリス、カナダだけでなく、西欧、北欧、アメリカ、オーストラリア、そして日本、韓国、台湾、香港といった東アジア圏でも活発に展開されている。そこにはメディア・リテラシーにおける教師支援の要請があると共に、共通する問題が指摘されている。2つのアプローチから問題を明らかにする。 一つは、共通する問題群を先行研究から明らかにすることだ。その第1は、教師自身のメディア・リテラシー理解に関わる問題である。メディア・リテラシーにおいては概念と教育方法が分かちがたく結びついている。これらを教師がどのように学ぶか、理解するかの問題である。第2は、教師のメディア・リテラシーの授業デザインの問題である。教師の授業デザインは、専門家としての固有な「実践的知識」の共有と交換の問題である。 これらの問題は既に今や、メディア・リテラシーを展開する世界各国で意識されており、克服への方途が模索されている。二つにイギリス・カナダ・オーストラリア・日本・韓国・台湾・香港を事例に、メディア・リテラシーと教師のアンヴィヴァレンス、メディア・リテラシーと近代学校制度の壁を乗り越えるための営みを探る。近年では、全体的にこれまで個別にメディア・リテラシーに取り組んできた諸機関がアライアンスを組んだり、組織間でネットワークを構築したりする傾向が見られる。だが、課題解決は模索の途中である。 第3章では、第1章と第2章の研究知見を踏まえ、本論文全体で解決すべき、教師のメディア・リテラシー実践支援の問題解決の方法への理論的検討を行う。教師とメディア・リテラシーを巡る、社会・文化・経済的ファクター・アクターとの繋がり、関係性の欠落や全体性の欠如、循環性の寸断状況をどのように解決するか。これまで別個に論じられることの多かったメディア・リテラシー研究、批判的教育学、批判的リテラシー、教師研究・授業研究、社会文化的アプローチの学習理論に基づいた教師支援CSCL(Computer Supported Collaborative Learning)、教師支援のオンライン学習環境に関する研究群の整理、理論的検討を通じて、「メディア・リテラシーの教師支援においては、どのようなデザイン方針に基づき、どのような特徴を有するオンライン学習環境がデザインされるべきなのか」という問題解決の志向性を導出する。ここでは、体系的なカリキュラムの改良や授業案の開発といったプログラム的介入ではなく、教師のメディア・リテラシーの素養そのものにアプローチする。 第4章では、第3章で理論的検討が行われた教師支援のメディア・リテラシーの問題群へのソリューションの一つである、「教師が異なる専門家(メディアの送り手・研究者・ベテラン実践者)」との相互作用を志向したオンライン学習環境である「Media Teachers Village(以下、MTV と略)」について述べる。 MTV はメディア・リテラシーに必要とされる専門性を有する、メディア業界に勤務する人々(広告、TV)、メディア・リテラシー研究者(メディア論、教育学)、先進的にメディア・リテラシーに取り組み、アカデミズムや異業種との交流も盛んに行ってきたベテラン実践者と相互作用することが可能なオンライン学習環境である。第3章の目的は、教師支援の問題のうちの一つ「教師自身のメディア・リテラシー理解」を促すことにある。 デザイン方針として以下、4点に配慮した。(1)電子掲示板設置の順序性、相互作用の期間を限定すること、(2)専門家に対応したコンテンツ(ストリーミング映像・PDF資料)の提供、(3)メディア・リテラシーの内容そのものから、教授方法へと知識獲得と内省を可能にする電子掲示板とコンテンツの配列(4)各専門家から得た知見を自身の授業アイデアに引きつけて内省・改良する機会の提供。その結果、メディア・リテラシーの内容と教授方法に関する知識の獲得が確認された。 第5章では、第3章で理論的検討が行われた教師支援のメディア・リテラシーの問題解決のソリューションのもう一つとして、「教師のメディア・リテラシーの授業デザインにより特化した、教師のメディア・リテラシーの実践的知識獲得」を志向するオンライン学習環境Media Teacher's Antenna(以下、MTA と略)について述べる。メディア・リテラシーの授業デザインには、メディア・リテラシーの概念的特性がもたらす諸課題に対処し、授業実践として結実させるための「実践的知識」が求められる。教師の実践的知識とは、教師が授業をデザインする際に駆使している、教師という専門家特有の専門的かつ総合的な知識で、特定の教育手法や、学問領域に回収されない知識といわれている。暗黙知や信念の影響を大きく受け、教師のアイデンティティに作用するものと言われている。また、その向上には、個人的な実践経験の交流と共有の機会、事例研究が求められる。MTA は、メディア・リテラシーの概念的特性に配慮し、授業をデザインできるベテラン実践者との相互作用が可能なオンライン学習環境である。そのデザイン方針には、以下5 点を設けた。1)身の回りから、幅広く教材としてメディアを選択・収集し、その選択理由やプロセスを他の教師と共有し、比較する場を設ける。(2)選択したメディアについて、次の4つの観点から振り返り、関連づけを行う場を設ける。a)メディアの社会的な背景、b)メディア・リテラシーの理論的な背景、c)メディア・リテラシーに適した教授方法,d)子どものメディア文化への対応。(3)自己のメディア・リテラシー実践体験を振り返り、成功事例と失敗事例を挙げ、何故、そのように判断したのか理由を共同的に探求する場を設ける。(4)ベテラン実践者の授業デザインの志向を類推する場を設ける。(5)a)時代性に即した幅広い教材選択、b)メディア・リテラシーに固有な視点、c)メディア・リテラシーの授業を実践する際のリスク・制約の類推と回避について、常に関連づけて知識の運用が可能な場を設ける。分析の結果、MTA においては、ベテラン実践者と教師の間での相互作用により、メディア・リテラシーの実践的知識のうち、メディア・リテラシー固有の視点と、実践で陥りやすいリスクの類推と回避の2 点について知識獲得が確認された。 第6章では、結論として、1章から5章まで得られた知見をもとに、メディア・リテラシーに取り組む教師を支援するには、如何なるデザイン方針に基づいて、学習環境をデザインすれば良いかを述べた上で、モデル化・図式化を試みた。 メディア・リテラシーにおいては、従来の教師を授業デザインの専門家として捉える「専門性」と他の組織や属性を持つ人々と対話し、違和を感じることが可能な「開放性」、そして、あえて教師を教師として捉えず、「教師として成長することで、失ってしまった部分」を学ぶ、市民としての「市民性」という3つの場を様々なヴァリエーションで組み合わせることが必要となる。 結論として、教師支援の教師と社会・文化・経済的ファクター・アクターとの違和感をトリガーとした批判的共振ネットワーク関係の再意識化と再編成の観点から新たな教師支援が必要であるという知見が得られた。これを通じることで、教師は社会に偏在する社会的・文化的・経済的ファクターを担うアクターと対話可能な、教育言説以外の言語を獲得し、翻訳する契機をえるとともに、混沌の舞台に初めて上がることになる。 最後に、第7章で、今後の展望として、これまで位置付けられてきた反省的実践家、適応的熟達者としての教師像を補完する「越境する教師」の専門家像の可能性を示唆した。 | |
審査要旨 | 本論文は、初等中等教育の教員のメディアリテラシー実践を支援するオンライン学習環境のデザイン原則について、Media Teachers Village, Media Teachers Antennaという2つのプロジェクト研究をもとにまとめたものである。プロジェクト研究で明らかになったデザイン原則を帰納的に分類した結果、「専門性」「開放性」「市民性」という志向性が得られ、これらを基盤とした批判的共振ネットワーク関係の再編成が必要であることが明らかになった。委員からはデザイン原則やメディアリテラシー概念の整理にやや荒削りな部分があるという指摘もあったが、総合的にみて本研究が博士号に値することについて審査委員全員が合意した。 よって、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。 | |
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