No | 125126 | |
著者(漢字) | 林,摩梨花 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハヤシ,マリカ | |
標題(和) | 対人密着反応行動する人型ロボットにおける肉としての全身被覆柔軟外装の構成論 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125126 | |
報告番号 | 甲25126 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学際情報学) | |
学位記番号 | 博学情第25号 | |
研究科 | 学際情報学府 | |
専攻 | 学際情報学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 人の傍らで働く未来のロボットが,その良さである対人心理的効用を活かした形で現実のものとなるためには,作業的行動の可能な機能性と適度に人らしくかつ好ましい外観や触感とを併せ持つことが必要であると考える.本研究では特に,人型ロボットの外装を研究対象とし,上記のようなロボットが人からの接触に対して期待される反応を返す(=対人密着反応行動する)ことの可能な外装の実現を目指した.そしてこのような多面的な問題に対しては,人や既存の人工物の身体の双方の特長をどのようにバランスよく実現するかが重要であるとした. 対人密着反応行動の分析や,従来のロボットの外観とセンサ能力,行動能力の分析から,外装の厚みや柔軟さが担う, 1.センサやアクチュエータ,その間の配線の保持と保護の機能性 2.柔軟さや大まかな形態の上での,人との類似性 を活かして外装を設計することが重要であると考えた.これは「肉」の機能と印象を実現することであると捉えることも出来る.これを発展させた形で,外装を「肉」と捉えて,人や人工物の双方の特長を,全身被覆外装,表面感覚系,外観のそれぞれの観点で抽出すると,より具体的には, 1.外装の外面の形状と,センサ保持や可動性確保などのための形状の分離 2.皮膚に見えるような面(=皮膚面)の位置や,身の詰まり方の表れ(=たるみ方)を設計すること が重要であるといえた.本論文ではこのような設計方法の提案と,その具体的な方法が述べられている. 実際に,肉を持った人型ロボットと行動システムを開発し実験を行った結果, 1.形状の復元性のある発泡樹脂とデバイスや空隙の埋め込みの可能な成形方法によって, (ア) 可動性確保のための逃げや排気経路の機能的形状によって,外装の内面が行動のための機能性の一部を担う (イ) 外装内部に立体的に多種,多軸のセンサを設けて肉の立体的な変形も含めてセンシングする 2.色分けや形状により操作される皮膚面と,身の位置が一致するように設計するという方法をとることによって, ・歩行や寝返りなどが可能な全身の作業的行動の機能性をもつ ・対人密着反応行動のためのセンサ能力を持つ ・対人的接触を誘発する程度の人らしさと,好ましい印象を持つ 全身被覆外装を持つロボットが実現された.このことから目的とする外装の実現が可能であることが示され,提案する設計方法の有用さが示された. 以降では,各章に沿って論文を要約する. 二章 人と触れるロボットの外装 二章では問題の分析と,「肉」の精密化を行った. 人からの接触に対して期待される反応を返す(=対人密着反応行動する)ことは,人同士のように触れられた際に人のように反応を返すことであるとした.具体的にはヒト生態学における13通りの接触部位と,16種類の接触の名称(蹴り,撫で等)を受けて,人の動機づけ系のうちの「反射/アフェクト/言語に基く動機」の三つの動機づけを元として列挙した接触~反応の180通りのパターンがこの対人密着反応行動であるとした.ここから,求めるセンサ能力は『状態』『視野内』『継続』『強度』のそれぞれ2から3段階の状態の識別であると捉えた.また,従来のロボット外装の比較から,本研究で目指す外装は作業的行動の機能性と人らしく好ましい外観の観点で,「ひとつらなりの,ある程度の厚みを持った柔軟外装/内部に立体的にセンサやアクチュエータ,配線系を持つ外装/ビニル程度よりも人や動物により近い触感と外観を持つ外装/人や動物を必ずしも模倣しない外装/よく動くロボットのための外装」と捉えた.これを,外装としての「肉」(=全身柔軟肉質外装)と定義した. この「肉」としてロボットの外装を見るという考えを押し広げ,人の皮膚肉質の構造や,人工物のデザインを参照し.本研究における,表面感覚系としての「肉」は,内部にセンサや配線系などのデバイスを立体的に持つ厚肉の柔軟外装であるとした.また,デザイン対象としての「肉」は「皮膚面」と「身」の詰まり方のレイアウトであるとした. 上記のような「肉」というコンセプトでの外装設計の提案と実現法を示すことが本論文の目的である.この,「肉」の提案の実現可能性や有効性を検証するため次の点について述べた. 以降の章では実際のロボットの実現方法を示しながら,下記の項目について述べた. (1)外装としての「肉」の実現可能性 第三章と第五章に相当 (2)対人密着反応行動の実現可能性 (問題分析の妥当性) 第七章に相当 (3)対人密着センシングにおける表面感覚系としての「肉」の有用性 第四章に相当 (4)受け入れられる印象のための「肉」の外観特徴の設計 第六章に相当 (5)ロボットの行動研究における「肉」の展開可能性 第七章に相当 三章 センサ分布埋め込み成形可能な全身柔軟肉質外装 三章では各種の柔軟材料の特性や,現実的な成形法の検討を行い,発泡樹脂の軽量さと,海綿状の構造が可能にする厚肉さと形状の復元性の利点から,下記のような成形法によって,外装としての「肉」(=全身柔軟肉質外装)が実現できることが示された. a) 軟質ウレタンフォームをモールド成形し,伸縮する布で覆うこと b) コア型に突起のある着脱可能部分を設けて外装内部へ立体的にデバイスを埋め込むこと 四章 対人密着状態センシングのための柔軟外装での感覚機能 全身の広い範囲に表面感覚を持ちせん断方向の力を含む接触を感じるという機能を持った外装を,下記の方針で実現した. (a) 厚い柔軟外装の内部に二種類の市販のセンサを立体的に配置すること (b) センサのための配線を外装に埋め込むこと 表面感覚系としての「肉」の利点は,高機能な感覚系を比較的容易に実現することができるのではないかということである.高機能な感覚系になったかどうかについては,既存のロボットの表面感覚系ではできなかったつねりや誘導,つかんで引っ張る接触の方向の検知ができることが確認された,という意味で肯定できる.また,容易に作ることができたかどうかということの評価は,新規のセンサを開発する以前に市販のセンサで上記の接触状態の検知が可能になったという意味で,肯定できる. 五章 全身柔軟肉質外装を持つロボットの骨格部の設計と動作能力 外装としての「肉」が「よく動くロボットのための外装」として実現可能であるかについて五章では検証した.実際に二から三歳児程度の大きさの人型ロボットの骨格部を製作し,各種の動作をさせることで検証した.開発したロボットは全身柔軟肉質外装を備えた状態で歩行動作,立ち上がり動作などが可能であり,全身行動能力があることを確認した.対人密着反応行動に関しても同様である.「肉」を持つロボットに自然と期待されるような乱暴な接触に耐える能力は,ロボットの関節に,ラチェット方式の自動復帰可能な脱臼機構を設けたところ,起立時から衝撃を受けて転倒する場合でも関節部のギアの破損による故障は回避できることが確認され,行動の機能性の面でも外装としての「肉」の実現可能性が示された. 外装の設計は可動性と排熱を考慮してなされたが,この具体的方法についても述べられている.大まかな形状はコア型で,実際の性能を確認しながらの調整は発泡樹脂の加工の容易さを活かして追加工する形で作られ,噛み込みの無いような逃げ範囲,付加的な切り抜き,補強板の設置箇所が示されている. 六章 受け入れられる印象のための「肉」の外観特徴の設計とその効果 「肉」の操作(=「肉」のデザイン)とは皮膚面の位置と身の詰まり方をレイアウトすることであると捉えた.本章ではロボットの外装が,受け入れられる柔らかさの設計にとってこれらが実際に有用な指標となるかどうかを確かめた.本研究で開発した,全身柔軟肉質外装を持つロボットについて,たるみを設ける,色の異なる箇所を設けるなどの操作を行い,アンケート調査を行ったところ, ・皮膚面は幾何的な好ましい特徴を殆ど変化させずに操作することが可能である ・皮膚面の位置と身の詰まり方は不気味さにとって重要である ・好意的接触頻度は全体的違和感よりもその箇所の身の詰まり方による ことが示された.開発した,張りと丸みの有る全身柔軟肉質外装を有するロボットは好ましい印象を感じさせるものであった.このことから,「肉」の操作の有用さが確かめられた. 七章 全身柔軟肉質外装とその感覚機能が可能にする対人密着反応行動 二章で分類整理した対人密着反応行動の妥当性を(1) システムとしての実現可能性,(2) 想定した接触状態の妥当性,の観点で検証した. (1) システムとしての実現可能性 対人密着反応行動系に必要な機能のうち主なポイントは, (1) 動作レベルでのいくつかの調停方式を採用できること (2) 動作より上位のレベルでの調停器が少なくとも一つ必要であること (3) 同時多発的な接触に即応的に反応すること だと分析した.実際に,上位のコンテキストに応じた行動の変更,多種の調停による行動実現を伴う,同時多発的な対人密着反応行動の一例が実現された. (2) 想定した接触状態の妥当性 自由に人に触れてもらい,抱擁時は単純な反応動作でも実際に対人的な接触が生じることを確認した.腕が届く程度の距離では,非対人的な接触も生じたが,質感やその挙動を探り確かめようとするような接触と表現できると考察し,今後への手がかりを示した. 八章 結論 この研究を通して,生物的なキーワードで人と人工物の双方の特長を捉え,人体の柔軟さと機能素子の配置を踏襲しつつ,人工物にも見られる人らしさの外観特徴の再現を行うことの有用さの一つが示された.このことは,従来,生物的外観を模倣するアニマトロニックな設計方針かもしくは作業的機能性の優先されるメカトロニックな設計方針に二極化しがちであったロボットの外装,ひいてはロボットのアプリケーションを含めた全体の設計に対する新たな方針を示したと言える. | |
審査要旨 | 本論文は,「対人密着反応行動する人型ロボットにおける肉としての全身被覆柔軟外装の構成論」と題し,人と物理的にも精神的にも密着する人型のロボットにおいて,「肉」としてとらえた全身被覆型の柔軟外装の構成論を述べたものであり,厚みのある外装内部に機能的構造を備えることで豊かな感覚機能を持ちつつ全身運動が可能な柔軟外装の物理的構成法と,その外装の外観が与える印象と対人接触反応行動の実現法を示しており,8章からなる. 第1章「序論」では,人と触れる人型ロボットの外装の設計という問題が,印象面,機能面の両面にかかわる多面的な問題であることを指摘し,「肉」という生物的なキーワードが示す特長を抽出して,ロボットの設計に活かす方針の意義を論じている. 第2章「人と触れるロボットの外装」では,対人密着反応行動の分類と,従来のロボットの外観と触感による行動能力の分類を行い,生物の肉の役割や人工物の外装デザインでの議論を考察することで,厚みのある「肉」としての柔軟外装の提案をしている.柔軟外装の内部を準外装空間と呼び,その準外装空間の機能設計と,「皮膚面」や「身」の詰まり方を示す外観特徴による印象設計とを考慮することで全身柔軟外装を構成するという本研究でのアプローチを示している. 第3章「センサ分布埋込成形可能な全身柔軟肉質外装」では,外装としての「肉」の構成法を示している.機能性を持たせた柔軟外装を構築するには,設計どおりに製作でき,軽量で,複雑な形状が可能であるとともに十分な試作容易性が求められ,各種の試作を通して常温成形可能で形状復元性のある軟質発泡ウレタンを使用してモールド成形型の内部に着脱可能な突起部を設け,その先端にデバイスを付着させて一体成形後に突起部のみを取り外すという新たな成形法を採ることが,求める外装の構成法となることを示し,実際にロボットの全身を覆う肉状の柔軟外装を構築してデバイスを埋め込むことで,その実現可能性を示している. 第4章「対人密着センシングのための柔軟外装での感覚機能」では,提案するセンサとしての「肉」が対人密着状態のセンシングに有効であることを示している.従来のロボットの全身表面感覚は,薄い皮状の分布圧力センサや殻状の構造に取り付けられた力センサからなっているために,局所的せん断力分布やつかめる程度の小型の構造に収めることは難しく,せん断方向の力を含む接触やつかみといった接触状態に対応することが難しいものであったが,厚肉の全身被覆外装の構成法が得られたことから,曲面上へ薄く実装するなどの空間的制約を緩めることで,深部に分布した厚みのある三軸力トルクセンサで方向を感じ,表面付近に一体成形した衝撃センサで補完的に応力変化の小さな接触や時間変化の大きな接触状態を検知する方式を提案している.実際に人型ロボットに実装し,対人密着状態のセンシング実験を通してその効果を示している. 第5章「全身柔軟肉質外装を持つロボットの骨格部の設計と動作能力」では,外装としての「肉」が全身行動の中で十分な機能性を確保するものとなっているかについて,骨格部も含めたロボットの開発と行動実現を通して検証している.ここでは準外装空間の構築により,可動性確保や排熱のための機能を外装に持たせる具体的方法が示されており,開発したロボットにこの外装を装着して歩行,寝返り,起立,物体の運搬動作を実現することで,開発した外装の機能面での有用性を示している. 第6章「受け入れられる印象のための「肉」の外観特徴の設計とその効果」では,人に受け入れられる好ましいものとするためのデザイン対象としての「肉」の外観印象上の特徴の設計とその効果を示している.アンケート実験から,人型ロボットを用いた実験の範囲では「身」が詰まっていることは不気味さの回避にプロポーションなどよりも効果的で,さらに「皮膚面」に「身」が詰まっていることが重要であると示唆されることを述べている. 第7章「全身柔軟肉質外装とその感覚機能が可能にする対人密着反応行動」では,開発したロボット上での対人密着反応行動の実現について述べ,対人密着反応行動として想定したものの妥当性と,提案する肉としての全身被覆柔軟外装の有用性を論じている.イベント会場での公開実験を通したロボットと人との接触の観察から,抱き上げてあやすなど対人的接触がみられ,また,開発したシステム全体が継続して人からの接触に反応し,密着しながら行動するものとなっていることが示されている. 第8章「結論」では,各章で述べた内容を統括し,「肉」という生物的キーワードが示す特長に関して,ロボットにおける効果,外観と機能の更なる両立の課題へ向けた展望について述べている. 以上,これを要するに本論文は,人に対する密着反応行動を行う人型ロボットにおいて,生物が持つ「肉」と同様に厚みのある柔軟外装を実現することが重要であるとの考えに基づき,「肉」を構成する準外装空間の材質選定と成型法,「肉」への多種センサの埋め込み実装法,運動を阻害しない準外装空間構成法と関節部構成法,「肉」への感覚に基づく対人密着反応行動の実現法を示し,人型ロボットの試作実験を通してその構成法を評価し人型ロボットにおける対人密着反応行動を豊かに発展させる可能性を示したものであり,学際情報学上貢献するところが大きい. よって本論文は博士(学際情報学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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