学位論文要旨



No 125125
著者(漢字) 中洲,俊信
著者(英字)
著者(カナ) ナカス,トシアキ
標題(和) 似顔絵作成における誇張表現の分析およびコンピュータ支援システムの開発
標題(洋)
報告番号 125125
報告番号 甲25125
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第24号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 佐藤,隆夫
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 山口,泰
 東京大学 准教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

相手に対して抱いている印象をより具体的な形として表現する際に,似顔絵はとても身近で親しみやすいメディアである.最近では,雑誌や新聞などのマスメディアだけでなく,名刺などの個人的な媒体でも目にするようになった.最近では,以下のような要因によって,「似顔絵を作成する」ことに対する一般市民の需要が急速に高まっていると考えられる.

・描く描かれるという行為を通したコミュニケーションツールとしての似顔絵の浸透

・似顔絵による自己表現の機会の増加

・ユーザジェネレイテッドコンテンツの台頭

プロの似顔絵画家は自分が抱いた印象を似顔絵として表現する能力に長けているが,絵心の無い人にとっては,敷居の高さも感じるだろう.誰にでも「プロの似顔絵画家が描いたような面白みのある似顔絵」を作ることができるようになれば,似顔絵を通じたコミュニケーションがより活性化されると期待できる.本論文では,誰にでも「プロの似顔絵画家が描いたような面白みのある似顔絵」を作ることができるような支援を目指し,主に工学的な立場から以下の方法で支援を試みた.具体的には,図1のような質の似顔絵を目指した.なお,研究を進めるにあたって,似顔絵作成過程をモデル化し,作者によって個人差が生じる部分を整理した(第3章).

・コンピュータによる似顔絵作成支援システムの開発(第4章,第6章)

・似顔絵作成における経験者および初心者の誇張表現の分析(第5章)

第2章では,従来の似顔絵作成システムとして最も代表的なモンタージュ方式による対話型似顔絵作成システムと,コンピュータの情報処理技術を用いた似顔絵作成システムを紹介した.さらに,ユーザが抱いた印象を反映できるような似顔絵作成システムについて考察した.従来研究と比較したときの本研究の新規性を以下に示す.

・似顔絵作成過程をモデル化し,個人差が生じる要素を整理したこと

・作者によって生じる個人差が似顔絵の本質だと考え,個人差をできるだけ生かすような似顔絵作成方法を考えたこと

・似顔絵作成のためのインフラ設計

・似顔絵画家の視点やノウハウを入れたこと

第3章では,似顔絵を体系的に扱うために,「似顔絵作成過程」をフローチャートとしてモデル化し(図2),似顔絵に個人差を生じる要素を整理した.さらに,そのフローチャートをもとに,本研究で行う似顔絵作成支援の形を議論した.その結果,以下のような項目が挙げられた.

・「ユーザからみて『似ている』似顔絵」を目指す

・できるだけユーザの個性が出せるような支援を目指す

・「対象人物の印象を捉える部分」をユーザに任せ,他の部分をコンピュータで支援する

なお,似顔絵作成システムに必要な条件としては,以下のものが考えられた.本研究では,これを指針として似顔絵作成システムを設計した.

似顔絵モデル:表現範囲が広く,絵としての完成度が高い

似顔絵作成インタフェース:印象を反映できるように似顔絵モデルの表現力を引き出すことができる

第4章では,「似顔絵モデル」および「似顔絵モデルから所望の似顔絵を導き出すインタフェース」の点から検討し,似顔絵作成システムNIGAOを設計・実装した(図3).

似顔絵モデルに関しては,従来研究で使用されていたものよりも自由度の高い似顔絵パラメータを設計することにより,従来研究の似顔絵合成と比べてより多くの表現パターンが実現でき,似顔絵の表現力を向上させることができた.

似顔絵作成インタフェースに関しては,顔の印象には「顔部品の位置形状」と「(形状だけでは表現できない)顔全体の雰囲気」が影響しているという観点から,主に「顔全体の雰囲気」を操作する「対話型GAを用いた似顔絵進化機能」の他に,ユーザが直接「顔部品の位置形状」を操作できる「顔部品選択・位置形状調節機能」を導入し,これら2つを適宜組み合わせた似顔絵作成方法を提案した.

また,NIGAOの印象反映インタフェースの評価実験として,実験参加者15人に対し,NIGAOを用いて頭の中のイメージをもとに似顔絵を作成してもらった.その結果,「顔部品選択・位置形状調節機能」のみを用いてユーザの直接操作によって作成した似顔絵よりも,その後さらに「対話型GAによる似顔絵進化機能」を用いることでよりイメージに近づくことがわかり,NIGAOの似顔絵作成インタフェースの有効性が示された.また,アンケートにより,NIGAOがユーザ操作に耐えうるシステムであることも示された.

第5章では,「似顔絵作成の際,経験者は初心者よりも大きく誇張する傾向にある」という仮説のもと,似顔絵作成の経験者と初心者13名ずつを実験参加者として似顔絵作成実験をおこなった.対象人物の無表情顔写真をトレースした線画をスタートとし,対象人物の顔動画を参照しながら似顔絵描画ツールを用いて「対象人物の特徴を上手に表現した似顔絵」を作ってもらった.作成してもらった似顔絵例を図4に示す.また,そこで得られた似顔絵に対し,定性的比較および特徴量による定量的比較をおこない,仮説を示唆する結果を得た.さらに,経験者と初心者の誇張表現の違いについても考察した.その結果,以下の項目が挙げられた.

・対象人物から特徴を捉える段階での違い

・表現データベースの違い

・表現のための目的意識の違い

ここでは,経験者が対象人物から印象を取得する際に,動き,特に,「表情」が大きな手がかりになっていると考えられる.そして,それを表現するためには,多くの表現方法を知っている必要があるとも考察できた.さらに,似顔絵作成において,経験者は一から作ることができるのに対し,初心者は提示されたものを頼りにしていることも考えられた.

第6章では,対象人物の無表情顔写真をトレースした線画を用いることで,ある程度特徴を捉えた状態で探索空間を絞りつつ,そこから多様な誇張表現を備えた似顔絵を自動生成することで,ユーザが所望の誇張表現を反映できるような似顔絵作成支援を目指した.まず,第5章で13人の似顔絵画家が作成した似顔絵の誇張表現をニューラルネットワークで学習することにより,「似顔絵画家の誇張規則」を実装した.さらに,「平均顔からの差分操作」「突然変異」を加えた3タイプの誇張によって初期顔集団を作成し,そこから対話型GAで似顔絵を作成するシステムを実装した.

また,「似顔絵画家の誇張規則」と「平均顔からの差分操作」の特徴を明らかにするため,13人の実験参加者を対象に,それぞれの誇張で自動生成した初期顔集団から似顔絵を作成してもらった.その結果,前者は「個性的な似顔絵」「面白みのある似顔絵」に,後者は「対象人物を忠実に表現した似顔絵」になることがわかり,両方の誇張を用いることでユーザの嗜好に柔軟に対応できることが示唆された.

第7章では,本論文の似顔絵作成システム(第4章,第6章)の結果を通じて明らかになった点を,第3章で作成した似顔絵作成過程フローチャートをもとに議論し,本論文の似顔絵作成支援システムが似顔絵作成過程のどの部分を支援しているのか考察した.その結果,以下のような支援をしていることが明らかになった.

・トレースなどの提示によって,対象人物から新たに「形状」の印象を取得する

・候補を提示することで,無意識に取得した「対象人物の印象」を意識に上らせる

・候補を提示することで,表現データベースを大きくする

・ NIGAOによって描画部分を支援する(目標とする品質を達成できた)

また,経験者と初心者との誇張表現比較(第5章)から導かれた結果をふまえ,今後どのような似顔絵作成支援システムの可能性があるかを検討した.その結果,「対象人物を見ながら似顔絵を作成する状況」で支援を考えるときは,「対象人物からの印象取得の粒度を細かくするような支援」が必要になるということがわかった.また,「ユーザが提示されたものを単に組み合わせるだけではなく,提示されたものに発想を得て,『どういう似顔絵を作りたいか』という大まかな目標を掲げながら似顔絵作成をできるようにする支援」も必要であると考えられた.

図1.本論文で目標とする筆者の手描き似顔絵(左:武田鉄矢,中:松岡修造,右:間寛平)

図2.似顔絵作成過程フローチャート(簡易版)

図3.NIGAOで作成した似顔絵例(左:朝青龍,中:マイケル・ジャクソン,右:アーノルド・シュワルツネッガー)

図4.経験者と初心者が作成した似顔絵例(上:経験者,下:初心者)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「似顔絵作成における誇張表現の分析およびコンピュータ支援システムの開発」と題し、絵心が無い一般人であってもプロの似顔絵画家と同様な面白みのある似顔絵を描けるようになることを目的として、コンピュータによる対話型の似顔絵作成支援システムを開発し、さらには似顔絵のプロと初心者の誇張表現の分析をおこない、これを支援システムに適用して似顔絵作成過程を体系的に論じたものであり、全体で8章からなる。

第1章は「序論」であり、近年の似顔絵の大衆化にともない、自らが作者となって似顔絵を作成することに対する需要が高まっている背景を述べた上で、絵心の無い初心者が似顔絵を作成する際の敷居の高さを指摘し、似顔絵作成支援を目的とした本論文の背景を明らかにしている。

第2章は「関連研究」と題し、従来の似顔絵作成システムとして代表的なモンタージュ方式による対話型似顔絵作成システムと、コンピュータの情報処理技術を用いた似顔絵自動作成システムの特徴をそれぞれ比較するとともに、従来研究に対する本研究の新規性を明らかにしている。

第3章は「似顔絵作成システム体系化の枠組み」と題し、最近の似顔絵画家の作品を例に、似顔絵描画の多様性を明らかにしている。また、多様な似顔絵作成を統一的に論ずることを目的として、一般的な似顔絵作成過程のモデル化をおこない、似顔絵作成に関わる様々な要因を整理している。さらに、ここでの考察をふまえて本研究の似顔絵作成支援の考え方を位置づけている。

第4章は「対話型似顔絵作成システムNIGAO」と題し、対象人物の印象を捉える部分を人間に任せ、その印象を似顔絵として表現する部分をコンピュータで支援することによりユーザと対話的に似顔絵を作成するシステムNIGAOを開発した結果について述べている。ここでは、実際に似顔絵画家としても活動している論文提出者の経験をふまえ、似顔絵の表現力の向上を目指して、従来研究よりも自由度の高いパラメータを持つ似顔絵モデルを構築し、また作成者特有の似顔絵表現を引き出すことを目的として対話型遺伝アルゴリズムを活用したインタフェースを設計している。さらに、このNIGAOにおける似顔絵モデルの表現力をユーザ評価実験によって検証し、システムの有効性を示している。

第5章は「似顔絵作成における経験者および初心者の誇張表現に関する分析」と題し、似顔絵作成の経験者(プロ)と初心者それぞれ13名を実験参加者として似顔絵作成実験をおこない、似顔絵作成の際の経験者と初心者における誇張表現の違いについて検討している。ここでは、対象人物の無表情顔写真をトレースした線画を原画として、対象人物の顔動画を参照しながら、似顔絵描画ツールを用いて対象人物の特徴を表現した似顔絵を実験参加者に作成させている。似顔絵における誇張表現の違いの検討は、目の角度や目頭の間の距離などの特徴量の誇張の程度を比較することによっておこない、経験者は初心者よりも大きく誇張する傾向にあることを定量的に明らかにしている。また、経験者は対象人物の顔形状だけでなく、動画における対象人物特有の表情に注目する傾向があることなどを示している。

第6章は「似顔絵画家の多様な誇張表現手法を反映した似顔絵作成システム」と題し、似顔絵作成者に最初に提示される似顔絵候補を、第4章で設計したNIGAOよりも多様にすることで、より作成者の嗜好に合った誇張表現が可能となる似顔絵作成システムを提案している。似顔絵候補の作成にあたっては、第5章において示されたプロの似顔絵画家の誇張表現を教師として機械学習した結果を取り入れた誇張アルゴリズムが使われており、その有効性が明らかにされている。

第7章は「考察」であり、本論文におけるシステム開発と評価実験によって明らかになった結果を、第3章で作成された似顔絵作成過程のモデルと対応させながら考察している。さらにその知見をもとに、似顔絵作成支援システムの今後の方向を論じている。

第8章は「結論」であって、本論文の主たる成果をまとめるとともに、今後の課題と展望について述べている。

以上を要するに、本論文は、似顔絵作成支援を目的として、コンピュータによる対話型作成支援システムを開発して評価実験によってその有効性の検証をおこない、さらには、経験者と初心者における誇張表現の分析・考察などを通じて、似顔絵作成支援の方向性にについて体系的に論じたものであって、学際情報学の進展に寄与するところが大である。

よって本論文は博士(学際情報学)の学位請求論文として合格と認められる。

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