学位論文要旨



No 125124
著者(漢字) 袖山,慶直
著者(英字)
著者(カナ) ソデヤマ,ヨシナオ
標題(和) 筋骨格型ヒューマノイドにおける多自由度柔軟肩構造の開発と行動実現研究
標題(洋)
報告番号 125124
報告番号 甲25124
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第23号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 國吉,康夫
内容要旨 要旨を表示する

日常生活環境内で人と直接触れ合って,人の傍らで人の介護や支援を行うヒューマノイドロボットは,将来の社会が潜在的に抱える大きな要求の一つである.現在までに実現されてきている多くの一般的なロボットは,工場内作業用ロボットのハードウェアを規範として開発されたものである.その身体は人間と比較して自由度が小さく,可動範囲は小さい.また,触れることがためらわれるような硬い動きや外観のデザインになっている.人の傍らで多様な作業を遂行するには,「行為の多様性」や「人との親和性」が求められる.これらは言い換えると,

(1) 大きな自由度と可動範囲

(2) 積極的に人と接触することの可能な柔軟さ

(3) 人の傍らで人を支援するにふさわしい外観印象

をヒューマノイドロボットの身体が持つことが求められる,ということである.

本研究では,このような背景の下,「対人直接接触を伴う活動が可能な,真に人の傍で人を支えることの可能な,次世代ヒューマノイドロボット・ハードウェアの構成法を提案し評価すること」を目指した.そのようなハードウェアを構成するには人体の骨格や筋の構造と動きの柔軟さを適度に抽象化したものとして,ロボットの身体を設計することが重要であるとした.特に本研究では,人体の肩に相当する部分の構造と柔軟さを,作業性の高い等身大筋骨格型ヒューマノイドの多自由度柔軟肩構造として実現することを行った.

実際に,バイオミメティックなアプローチで,3通りの異なる抽象度の肩の試作開発と行動実現を行った結果,

(1) 肩甲骨と鎖骨からなる2つのリンクと,上腕‐肩甲骨間摺動部と肩甲骨‐胸郭間摺動部という大小二種類の球面関節からなる5自由度の肩構造を設ける

(2) 剛性可変筋を導入し,全ての筋を張力制御可能とする

(3) 骨格の構成と形態によって人との同型性の高い設計を可能にするために,外観の統制を困難にする筋ユニットを,人の皮膚や衣服としての形態を上手く取り込んで意匠設計された骨格の内部へ配置する

という方法を取ることによって,目的とするロボットの肩部の機能を実現することが可能であった.このことから提案手法の有用さが示された.

以下では各章に沿って論文の内容を要約する.

一章 序論 序論は上述の内容である.

二章 ヒューマノイドに求める存在と身体機能デザイン

7年以上に亘る福祉分野での活動を通して,ヒューマノイドがその良さを最大限に活かすアプリケーションの一つは,被介護者個人の趣味趣向や個性に委ねられた一見些細でも多様な身辺支援作業を行うことであると筆者は洞察した.これは実際にニーズも存在しており,この課題に取り組むことは重要であるといる.この,一見些細な支援作業とは例えば「髪を結び直したい」「鼻が痒い」「絵を描きたい」等という要求に応える支援作業であり,これを本論文では「身辺些事支援」と名づけた.この身辺些事支援とは,(1)多様な動作や,(2)人との接触,また(3)人への親和的な印象を与えることが求められる支援である.これらに応えるには

(1) 大きな自由度と可動範囲

(2) 積極的に人と接触することの可能な柔軟さ

(3) 人の傍らで人を支援するにふさわしい外観印象

の実現が求められる.そしてこれを実現するためには,

(1)特異点が無く,可操作性楕円体の大きなリンク構造が実現する自然な動き

(2)剛性の可変な複数の筋での駆動による柔軟な動き

(3)人との形態と動作の同型性

を活かして設計することが重要である.

三章 人体筋骨格構造に学ぶヒューマノイド柔軟身体構造デザイン

人体の肩は,肩甲・上腕機構と肩甲・胸郭機構の二つの機構を構成する関節の複合体である.前者は上腕骨頭と肩甲骨関節窩による球体関節であり,後者は胸骨と肩甲骨との間の鎖骨によるクランク機構である.この肩甲骨が胸郭上を滑るように運動して肩甲・上腕機構が胸郭面上を移動することによって,広い可動域が確保されている.また肩甲骨と体幹とが鎖骨とのリンク以外では筋肉のみで接合されており,柔軟性を有する.また同時に胸郭内部の容積が確保されている.ヒューマノイドの肩構造を研究する様々な例は存在するが,この広い可動範囲とそこからくる柔軟さ,大きな胸郭内容積,人との同型性という,ロボットの身体と行動を実現する上で重要な機能を併せ持つものは実現されていなかった.それは,肩部の関節が,他の肘や膝などといった関節と同様の抽象化された構造,つまり,直列なリンク配置と,ジョイント部やその付近に設けられた回転アクチュエータという構造で実現されていたことによる.これは言い換えると,リンクの数と配置,ジョイントの構造が人間のそれと乖離しすぎていたということである

これに対し,上述のような人間の骨格のリンクに倣って,肩甲骨,鎖骨,胸骨,上腕骨の四つの骨と,球体関節,肩甲骨が胸郭上を回転摺動するクランク機構という形を,自由度の高い骨格形状を設けることの可能な3D‐CADとRP技術による造型方法を積極的に採用することによって,これを実現することが出来る.これが,本論文で提案する肩の構造である.

柔軟さの実現のために,剛性可変なアクチュエータを利用することと,張力センサを全ての筋に搭載し力制御することを行っている.筋骨格構造を伴う上記の多自由度肩構造により,外力に対する負荷分散の効果が期待でき,それに馴染む制御を行うことも可能となる.エンドエフェクタが繋がる肩の多自由度化はこの効果に直接的に寄与するものであると言える.

人との形態上の同型性は,骨格の構造とその動きを模倣することに軸足を置いて実現した.外観の意匠設計としては人体の意匠を模倣し過ぎる事による違和感を避け,あくまで人間ではないものとしてSFロボットに見られるような親しみを持てるキャラクターが垣間見える受け入れることのできるものとした.構造と動きの模倣を目指すことで,動作に違和感が無く親和性を持たせられることと,多様な動作実現に繋がると考えた.各骨格のリンク長は日本人12歳男子の平均リンク長から割り出し決定している.骨格形状として人体とはかけ離れた形状を持たせる必要のある部位もあり,そういった部位の意匠としては,人の皮膚に見えるものではなく,衣服やアクセサリーを身に付けている形態として認識されるよう設計を施した.このようにして,人との形態上の同型性と機能性を両立した.この両立の上で,肩甲骨を含む4つの骨と球体関節や球状胸郭上回転摺動する肩甲骨構造という関節構造とRP技術の積極的採用は重要な役割を果たしている.それは,骨としてのリンク数やレイアウト自体が骨格構造とその動きの模倣をなし,その表面の滑らかな自由形状が皮膚や衣類的な形態を可能にするからである.

この具体的実現方法を示し,またそれを評価するためには,全身行動の可能なヒューマノイドロボット全体を開発する必要がある.四章,五章ではそのために開発したヒューマノイド「小太郎」と「小次郎」について述べた.

四章 人体構造に倣う筋骨格型ヒューマノイドの全身構造構成法

人体の骨格構成,筋配置に倣い筋骨格型ヒューマノイド小太郎を開発した.開発の概要を本章で詳細に示す.

五章 柔軟多自由度大可動空間を有するヒューマノイドの設計開発

小太郎からさらにディフォルメする形で,自由度数,筋配置,骨格形状を再設計しなおし,人の能動的動作の模倣を目指した筋骨格型ヒューマノイド小次郎を開発した.開発の概要を本章で詳細に示す.

六章 筋骨格型ヒューマノイドにおける多自由度柔軟肩構造の開発

三章で提案した肩の構造は三通りの抽象度を持つロボットの開発を通して得られたものである.人の骨格構造やその機能の効率の良い抽象化はどのような過程で行われるべきか.人の構造,機能の適度な抽象化は,人に類似していないものから順に人の機能や形態を付与して行くという方向性と,逆に人との類似度の高いものから順に不必要な形態や機能を削ぎ落としてゆくという方向性の二通りがあるといえる.バイオミメティックなアプローチは後者のアプローチに近いが,実際に機能や形態の簡単化を意識して設計解を探ることは行われてきていない.後に述べる,最終的に得られた設計解のポイントは,リンクの数や配置を骨のそれと一致させつつ,摺動部の幾何的形態を保って関節の自由度の複雑な組み合わせを駆使することであったが,これは,一般的なバイオミメティックなアプローチ,あるいは,前者のアプローチでは得られにくいものである.何故なら人体の構造は複雑に多種類の機能要素を持っており,その要素の全てを再現することは難しく,どの部分に倣いディフォルメし構造化すれば目的の形態と動作を実現可能であるかというのは,得られるアクチュエータや素材などにも依存してきており,十分な試作開発を行い吟味する必要があるからである.

よって本研究では,後者の,人との類似度の高いものから順に不必要な形態や機能を削ぎ落としてゆくアプローチを採った.筆者の試みた設計は三通りである.

一通り目は,リンク数,関節部の構造,自由度数,筋配置や筋の形態や弾性を全て人と同様のものにするという抽象化である.これは具体的にはBLADEと名づけた上半身型のロボットとして実装された.面状の筋は前鋸筋の効果を模倣した肩甲骨と胸郭の間に挟まれるものであり,伸縮する素材であるためばね性も持っている.人との同型性は高く,物理的ばねによる柔軟さが得られるが,摩擦の問題やアクチュエータ配置の難しさ,モデル化の難しさ,能動的可動域の小ささが問題であった.

二通り目は,リンク数,関節部の構造と自由度を人と同様のものにするという抽象化である.これは具体的には小太郎と名づけた全身型ロボットの肩部として実装された.自由度数は人と同様の9自由度として実現された.アクチュエータ配置の問題は,肩甲骨内部にアクチュエータを格納することによって解決され,能動的可動域やアクチュエーションの困難さが克服されたが,依然として摩擦が大きいためにアクチュエータに求められる出力が大きすぎるという問題や,肩甲骨の位置の計測が困難であることによるモデル化の難しさが残された.

三通り目は,リンク数は人と同様の構造を残しつつ,関節部の構造を簡単化し,自由度数を絞って劣駆動性を排することによって,摩擦によるアクチュエーションの困難さや,モデル化の困難さの問題が克服された.これは具体的には小次郎と名づけた全身型ロボットの肩部として実装された.構造を簡単化したことから,肩甲骨の鉛直方向の上下運動が不可能であるという点で,人間との動作の同型性が損なわれるものとなったが,初めに挙げたように,特異点や可操作性楕円体,剛性の可変性,人との形態上の同型性を,作業性の高いロボットの上で実現することの出来る設計法を得ることが目的であるため,本質的問題ではなくむしろ能動的動作の同型性が得られた.

七章ではこの小次郎を用いた行動実現を通して,最終的に得られた肩甲骨等の設計の身辺些事支援行動の実現上の有用さを評価する.

七章 ヒューマノイドに求めた存在様式の行動実現

身辺些事支援行動の実現に求められるのは,動作の多様さと人との接触の可能な柔軟さであった.これらは,より詳しくは,

広い可動域/動作の再現性/動作の継続性/大きな可搬重量/大きな手先速度/両腕リンク一部に拘束のある場合における可動域の大きさ/手先のバックドライバビリティ

であると言える.これらを満たすかどうかをそれぞれに該当する実験群(クランク回し/机拭き/太鼓叩き/餅つき/背中拭き/肩たたき)から確認した.

八章 結論

この研究を通して,ロボットの身体の高次の安全性を身体構造に求める際に,リンクの数や配置を骨のそれと一致させつつ,摺動部の幾何的形態を保って関節の自由度の複雑な組み合わせを駆使することで,人体の骨格のもつ複雑な構造と柔軟さや人との形態上の同型性を,身体に盛り込むことの有用さの一つを示した.このことは,従来,骨格の構成という視点の欠如しがちであった,人の傍らで多様な作業を遂行する等身大ヒューマノイドロボットの設計に対する,新たな方針を示したといえる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「筋骨格型ヒューマノイドにおける多自由度柔軟肩構造の開発と行動実現研究」と題し,人体の骨格や筋の構造と動きの柔軟さを備える等身大筋骨格型ヒューマノイドにおいて,肩の構造を多自由度柔軟肩構造として構成する方式を人体に近い構成法から機能を抽象化した構成法まで比較検討し,実システムの試作を行い,人や外界と接触したり衝撃力を受ける動作を肩と腕の構造を利用して実現する方法を示し,その肩構造を備えた筋骨格型ヒューマノイドの行動実現の可能性を示したものであり,8章からなる.

第1章「序論」では,従来のロボットハードウェアデザインに対する新たな設計手法としての筋骨格型ヒューマノイドの構成法を論じ,本研究におけるアプローチについて述べている.

第2章「ヒューマノイドに求める存在と身体機能デザイン」では,福祉分野での活動を通して,ヒューマノイドがその良さを最大限に活かすアプリケーションの1つは,被介護者個人の趣味趣向や個性に委ねられた一見些細でも多様な身辺支援作業を行うことであると洞察し,それを実現する為のアプローチを考察している.「鼻や顔,背中が痒い」「姿勢を変えたい」等という要求に応えるためには,(1)多様な動作や,(2)人との接触,(3)人への親和的な印象を与えることが求められ,それを実現する為,(1)大きな自由度と可動域を備え,特異点が無く,手先の可操作性楕円体の大きなリンク構造が実現する自然な動き,(2)人との接触を実現する力制御可能な筋駆動による柔軟な動き,(3)人との形態と動作の同型性を活かした親和性の高い外観意匠設計が重要であると論じている.

第3章「人体筋骨格構造に学ぶヒューマノイド柔軟身体構造デザイン」では,人体の筋骨格駆動,体幹脊椎構造,肩甲骨鎖骨構造に関してヒューマノイドがその利点に倣うことで得られる効果について纏めており,人体における広い可動範囲と柔軟性のもたらす効果について詳細に記述し,これをヒューマノイドにおいて抽象化し適用することの意義と実現性について述べている.

第4章「人体構造に倣う筋骨格型ヒューマノイドの全身構造構成法」では,人体構成に倣い,既存のロボットにはない冗長多自由度筋骨格,柔軟多節脊椎,肩甲骨鎖骨構造等といった構成要素を持つ事で,身体に広可動域と柔軟性を獲得することを目指した,ヒューマノイド小太郎について詳説し,人体構造の抽象化により,実現された構造の有効性について述べている.

第5章「柔軟多自由度大可動空間を有するヒューマノイドの設計開発」では,小太郎において課題となっていた,骨格間摩擦,筋経路摩擦,モータの温度上昇等の問題を解決し,骨格自由度,筋配置等の構成の抽象化レベルでの最適化を行い,自由度を少なく,筋配置をより工学的に効果的なものとすることで,能動的可動域が大きくロバストな全身行動の実現を目指したヒューマノイド小次郎の開発プロセスを詳説している.

第6章「筋骨格型ヒューマノイドにおける多自由度柔軟肩構造の開発」では,ロボット手先を用いた環境や人との柔らかな接触を実現可能とする多自由度柔軟肩構造の実装法について論じ,3通りの抽象度における肩構造の構成法に関して示している.最終試作となる小次郎の肩部では,リンク数は人と同様の構造を残しつつ関節部の構造を簡単化し,自由度数を絞って劣駆動性を排することによって制御性を向上させ,更に摩擦の問題を解決した.そして実装した肩構造を用いて可動域と柔軟性に関する評価実験を行い,人と同等の大きな能動的可動域の獲得,肩を駆動する10本の筋を用いた力制御による肩の柔軟馴染み動作を示し,得られた効果について論じている.

第7章「ヒューマノイドに求めた存在様式の行動実現」では,身辺些事支援行動の実現に求められるのは,動作の多様さと人と接触可能な柔軟さであるとし,広い可動域/動作の再現性/動作の継続性/大きな可搬重量/負荷最適化/可操作性の拡大/大きな手先速度/両腕拘束時の可動域確保/外力に対する手先の逆可動性であると指摘している.これらの実現可能性を総合的に評価する全身行動実験群(クランク回し/机拭き/太鼓叩き/餅つき/背中拭き/肩たたき)を行いこれらの効果を,肩の広可動域と柔軟性の観点から確認し考察を述べている.

第8章「結論」では,各章で述べた内容をまとめつつ本研究を総括し,人の側で真に活躍の期待できるヒューマノイドロボットハード開発の,今後の発展方向について述べている.

以上,これを要するに本論文は,人の傍らで多様な作業を柔らかく遂行する機能を有する等身大ヒューマノイドの構成法として,全身の外観と生成動作における人との類似性に基づく親和性が重要であると考え,人体が備える肩甲骨鎖骨構造による多自由度と柔軟性をロボットの身体に付与することで,行為の多様性,人との親和性を実現する新たな身体構成法とその行動実現法を示したものである.行動実現評価実験において実現された行動は外界との衝撃力を吸収する身体構造を必要とするものであり,これまでのヒューマノイド研究では示されなかったものとなっており,学際情報学上貢献するところが大きい.

よって本論文は博士(学際情報学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25305