学位論文要旨



No 125076
著者(漢字) 押木,守
著者(英字)
著者(カナ) オシキ,マモル
標題(和) 活性汚泥法による有機物除去過程でのポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の生成とそれに関与する微生物群の分子生物学的同定
標題(洋) Occurrence of Polyhydroxyalkanoate (PHA) in Activated Sludge during The Removal of Organic Pollutants and Molecular Identification of PHA-accumulating Organisms
報告番号 125076
報告番号 甲25076
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第494号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 辻,誠一郎
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 准教授 中島,典之
 東京大学 准教授 佐藤,弘泰
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、活性汚泥が蓄積する有機性一時貯蔵物質であるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)に注目し、活性汚泥による有機物除去へのPHA 蓄積の寄与およびそれに関与する微生物群に関して知見を収集した。活性汚泥プロセスにおいて有機物除去は中心的役割を担う生物反応であり、その除去機構に関して知見を収集することは意義深い。そして、PHAを蓄積する微生物群に関する知見は、活性汚泥によるPHA 蓄積を理解・制御するために有用な情報になると期待される。

本論文の構成は以下の通りである。

第一章および二章では、活性汚泥によるPHA 蓄積に関して既存の研究および課題を整理し、本研究の位置付けを示した。

第三章では、活性汚泥による有機物除去の過程でPHA が蓄積され、有機物除去機構としてPHA 蓄積が寄与した割合を実下水処理プロセスで調査した。

第四章では、3 つのテーマに取り組んだ。1) 有機物除去へのPHA 蓄積の寄与を詳細に評価する、2) 有機物の間欠投与がPHA 蓄積を促進する理由を検討する、3) PHA 蓄積を促進させることで有機物除去に必要な酸素量を低減でき、活性汚泥に固定される有機物量が増加することについて検討を行なった。

第五章では、PHA 蓄積に関与した微生物群に関して、微生物学的知見を収集した。

最後に第六章において、研究成果を整理し、今後の展望を示した。

以下に、第三章~五章までの各章で行なった研究の内容と成果をまとめる。

第三章では実下水処理プロセスにおいて、PHA の蓄積量および有機物除去へPHA 蓄積が寄与した割合を調査した。嫌気好気法、標準法など運転法の異なる計14 種の実下水処理プロセスにおいて調査した結果、それら全てからPHA が検出され、活性汚泥プロセスにおいてPHA が一般的に蓄積されていることが確かめられた。PHA の蓄積量としてはおおむね乾燥汚泥重量あたり0.1~1%程度であった。

続いて、溶存態有機物の除去へPHA 蓄積が寄与した割合を"寄与率"から評価した。その結果、溶存態有機物除去におけるPHA 蓄積の寄与率は、-17%~100%以上であった。算出された寄与率は、二箇所のプロセスを除けば正の値であり、実下水に含まれる溶存態有機物の除去へPHA 蓄積が寄与していたことが確認された。また、算出された寄与率はしばしば10%を超え、無視できない量の溶存態有機物がPHA 蓄積を介して除去される場面があった。実下水処理プロセスにおいて生ずる時間的・空間的変動を考慮せずに算出した寄与率ではあるが、有機物除去機構としてPHA 蓄積が重要な役割を担う場面があることを確認した。

第四章では、有機物として酢酸を間欠的または連続的に投与する実験室リアクター(間欠投与型および連続投与型)を運転し、馴致された活性汚泥に酢酸を投与した回分培養を実施した。そして、酢酸消費、PHA 蓄積および酸素消費をモニタリングした。さらに、酢酸を摂取した細菌とPHA を蓄積した細菌をそれぞれ検出し、定量した。4-4-1 節ではこれら一連の実験を実施し、データの収集を行なった。4-4-2~4 節では実験データから次のような考察を行なった。

4-4-2 節では、酢酸摂取へのPHA 蓄積の寄与について考察し、有機物除去機構としての寄与を調べた。ここでは、PHA 蓄積の寄与率を第三章よりも信頼性高く算出するために、ATP の供給に消費された酢酸等を考慮して、計算を行なった。そして、投与した酢酸の7割(間欠投与型)または4 割(連続投与型)がPHA 蓄積を介して摂取されたことが寄与率から明らかとなり、有機物除去機構としてPHA 蓄積が大きく寄与したことを確認した。これは、有機物除去機構としてPHA 蓄積が重要な役割を担う場面があるという第三章の結論を裏付ける結果だった。第三章および4-4-2 節から、活性汚泥による有機物除去機構としてPHA 蓄積が重要な役目を果たす場面があることを確認した。これらの知見は活性汚泥による有機物除去機構を理解するための学術的知見として役立てられることが期待される。

4-4-3 節では、間欠投与型の方が連続投与型よりもPHA 蓄積の寄与率が高かった原因を考察した。間欠投与型ではPHA 蓄積細菌が酢酸投与に素早く応答し、他の細菌より多くの酢酸を摂取していたことが、物質収支および単位細胞当たりの酢酸摂取速度から判明した。そして、間欠投与型ではPHA 蓄積細菌が優占しており、全体の3~4 割を占めた。これらのことから、間欠投与型ではPHA 蓄積細菌がより多くの酢酸を摂取することで優占化し、結果的にPHA 蓄積の寄与率が高まったと考えられた。有機物を間欠投与することでPHA 蓄積が促進されることは従来から知られていたが、その理由をここで提示することができた。間欠投与によってPHA 蓄積が促進されるという知見は、PHA 蓄積を利用する廃水処理プロセスを検討する際に有用となるであろう。

4-4-4 節では、PHA 蓄積の寄与を促進することで、有機物除去に必要な酸素量を低減できることを確かめた。PHA 蓄積の寄与が高い間欠投与型では、酢酸を摂取する際に消費された酸素量が連続投与型よりも約2 割少なかった。また、PHA を消費させるための内生呼吸区間を省略することで、内生呼吸のために消費される酸素量を間欠投与型では連続投与型よりも約8 割削減できた。これらの酸素消費量削減効果を併せて評価すると、間欠投与型では連続投与型の約1/2~1/3 量の酸素消費で有機物除去を行なえることがわかった。また、投与した有機物量と総酸素消費量から、活性汚泥に固定された有機物量を評価した。間欠投与型の活性汚泥には連続投与型の約2~5 倍の有機物が固定されたことが間接的に確認された。これらの結果から、PHA 蓄積を介した有機物除去を行なうことで、処理に必要な酸素量を削減でき、活性汚泥が持つ有機物量を増加させることができることが確かめられた。

第五章では、PHA 蓄積に関与した微生物群について、知見を収集した。

1 節では、活性汚泥試料を標準活性汚泥法で稼働する8 カ所の実下水処理場から採取した。そして、酢酸を投与した回分培養を行ない、活性汚泥にPHA を蓄積させた。活性汚泥試料からそれぞれ異なるPHA の蓄積速度が観察されたが、これはPHA 蓄積に関与した微生物叢に違いがあることを示唆する結果だった。

続いて、PHA 蓄積に関与した微生物群が全菌に占める割合を、DAPI とNile blue A の二重染色法で調査した。この際に、PHA 蓄積細菌に加えて、Nile blue A で検出されるがDAPIで検出されない"Nile blue A 陽性粒子"を観察した。そして、PHA 蓄積細菌およびNile blue A陽性粒子は全菌に対してそれぞれ11~15%、6%~18%を占めた。

さらに1 節では、FISH 法および逐次Nile blue A 染色法を用いてPHA 蓄積細菌の種構成を門レベルで解析した。門レベルにおけるPHA 蓄積細菌の種構成は試料間で類似しており、優占する PHA 蓄積細菌はいずれの試料でもα-proteobacteria またはβ-proteobacteria に属する細菌だった。また、先のNile blue A 陽性粒子はいずれのFISH プローブでも検出されなかった。回分培養で観察されたPHA 蓄積速度とPHA 蓄積に関与した微生物群との相関を調査した結果、Nile blue A 陽性粒子およびα-proteobacteria に属する細菌がPHA 蓄積に強く寄与した可能性が示唆された。

2 節では、PHA 蓄積細菌の種構成をより詳細に調査するためにFISH プローブを作成し、種構成を属・種レベルで調査した。Percoll を用いた密度分離で回収した試料から16S rRNA遺伝子を遺伝子増幅し、クローンライブラリを作成した。そして、α-proteobacteria またはβ-proteobacteria へ帰属されるクローンの全長配列を決定し、FISH プローブを作成した。

新たに作成したFISH プローブを用いてPHA 蓄積細菌の種構成を属・種レベルで解析した結果、α-proteobacteria またはβ-proteobacteria へ帰属される次のPHA 蓄積細菌を同定した; Accumulibacter、Comamonas、Dechloromonas、Thauera、Zoogloea、Candidate PHAAO-2、4、6、7、8、10、11。PHA 蓄積細菌の種構成はこれら複数の細菌種から構成される複雑な構成となっており、その種構成は試料ごとに異なった。すなわち、PHA 蓄積細菌の種構成は門レベルでは類似するものの、属・種レベルでは活性汚泥ごとに異なった。

3 節では、Nile blue A 陽性粒子を同定するための検討を行なった。染色法や観察方法について検討したが、ついにNile blue A 陽性粒子から核酸染色剤のシグナルを観察することはできなかった。一方、Nile blue A 陽性粒子がPHA と同程度の浮遊密度を持つことが密度勾配遠心分離法で確認された。さらに、Nile blue A 陽性粒子の周囲に細胞様の構造が存在しないことが、電子顕微鏡観察で確認された。これらの結果から、Nile blue A 陽性粒子が細胞外PHA 顆粒である可能性が示唆された。

五章では一連の解析により、PHA 蓄積に関与する微生物群に関してその全体像を明らかにすることができた。すなわち、活性汚泥におけるPHA 蓄積細菌およびNile blue A 陽性粒子の存在比を明らかにし、PHA 蓄積細菌の種構成については門レベルでほぼその全容を明らかにすることができた。さらに、属・種レベルでは種構成が活性汚泥試料ごとに異なることも明らかにした。そして、活性汚泥から比較的多く検出されたNile blue A 陽性粒子については、細胞外PHA 顆粒である可能性が示唆された。

以上、本研究では、活性汚泥による有機物除去機構としてPHA 蓄積が寄与することを実証し、有機物除去機構としての重要性を確認した。さらに、PHA 蓄積を促進させるために基質の間欠投与が有効であることを示し、PHA 蓄積を活用することで有機物除去に必要な酸素量を削減できることを確かめた。PHA 蓄積に関与した微生物群については、存在比および種構成について知見を収集することができた。また、細胞外PHA 顆粒と考えられるNile blue A 陽性粒子の存在を確認し、その特徴について知見を収集した。

審査要旨 要旨を表示する

活性汚泥法による下廃水処理の過程で、除去される有機物の一部が活性汚泥中の微生物によって一時貯蔵されることが知られるようになってきた。有機物が一時貯蔵される現象は下水処理の基本メカニズムの一つとして重要であり、工学的にも利用価値のある現象だと思われるが、関連する知見がきわめて限られている。本研究は、活性汚泥中に有機物が一時貯蔵される現象について基礎的な検討を行ったものであり、特に、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)とよばれる貯蔵物質に着目している。そして、i)下水処理の過程でPHAの一時貯蔵を介して除去される有機物の割合、ii)PHA蓄積を促す活性汚泥プロセスの運転方法、iii)PHAを蓄積する細菌群の系統遺伝学的な位置付けについて検討を行なっている。

博士論文の構成とその概要は以下の通りである。

第一章および二章では、活性汚泥によるPHA蓄積に関して既存の研究および課題を整理し、本研究の位置付けを示している。

第三章では計14種の実下水処理場又は実験室規模の実下水処理プロセスについて調査を行なっている。全ての下水処理プロセスではないが、有機物除去の過程でPHAが生成されることを明らかにした。また、一部のプロセスでは流入する有機物の半分以上がPHAとして蓄積されていた。第三章を通じて、有機物除去過程においてPHAの生成が重要な位置を占めることを確認した。

第四章では、有機物として酢酸を間欠的または連続的に投与する実験室リアクター(間欠投与型および連続投与型)を運転し、馴致された活性汚泥に酢酸を投与した回分培養を実施した。2節では、酢酸摂取へのPHA蓄積の寄与について考察し、有機物除去機構としての寄与を調べた。反応過程で必要とされたATPの供給に消費された酢酸等を考慮して、計算を行なったところ、投与した酢酸の7割(間欠投与型)または4割(連続投与型)がPHA蓄積を介して摂取されたことがわかった。また、3節では、放射性標識された酢酸を摂取した細胞をmicroautoradiography法により特定し、かつ、その細胞のPHA蓄積の有無を蛍光染色法で確認することで、酢酸を資化するPHA蓄積細菌とそれ以外の酢酸資化微生物を見分けることに成功した。また、それぞれの酢酸摂取速度を大まかに見積り、PHA蓄積性の酢酸資化PHA蓄積細菌の方が他の酢酸資化微生物よりも酢酸摂取速度が大きいことを明らかにした。さらに、4節では、活性汚泥中に有機性一時貯蔵物質が生成されることを利用し、省エネルギー型の新たな活性汚泥プロセスを提案した。

第五章では、PHA蓄積に関与した微生物群について、系統遺伝学的な分類を試みた。

1節では、標準活性汚泥法で稼働する8カ所の実下水処理場から活性汚泥試料を採取し、PHA蓄積細菌が全菌に占める割合を、核酸染色剤(DAPI)とPHAの蛍光染色剤(NileblueA)による二重染色法で調査した。この際に、PHA蓄積細菌に加えて、Nile blueAで検出されるがDAPIで検出されない"NileblueA陽性粒子"を観察した。PHA蓄積細菌およびNile blueA陽性粒子は全菌に対してそれぞれ11~15%、6%~18%を占めた。さらに、蛍光遺伝子プローブ法(FISH法)とNile blueA染色法を用いることでPHA蓄積細菌の種構成を門レベルで解析し、そのほとんどがa-proteobacteriaまたはβ-proteobaceriaに属することを明らかにした。

2節では、PHA蓄積細菌の種構成をより詳細に解明した。その結果、Accumulibacter、Comamonas、Zoog/oea、といった既知の微生物群の他、既知の細菌群からは離れた7つの細菌群をPHA蓄積細菌として同定した。また、PHA蓄積細菌の種構成が、属・種レベルで異なる様々な細菌から構成されることを明らかにした。

3節では、Nile blueA陽性粒子を同定するための検討を行なった。密度勾配遠心分離法を適用した結果、Nile blue A陽性粒子はPHAと同程度の浮遊密度を持つことが明らかとなった。さらに、NileblueA陽性粒子の周囲に細胞様の構造が存在しないことが、電子顕微鏡観察で確認された。これらの結果から、Nile blue A陽性粒子が細胞外PHA顆粒である可能性が示唆された。

以上のように、本研究では活性汚泥による有機物除去過程で見られるPHA蓄積について、工学的および科学的にさまざまな角度から検討を行なっており、きわめて有用な知見をもたらしている。

なお、本論文3章および5章はそれぞれ共著論文として公表されているが、論文提出者が主体となって実施した研究内容であり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上より、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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