学位論文要旨



No 124889
著者(漢字) 井上,啓太
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ケイタ
標題(和) 毛包由来細胞移植による毛髪再生
標題(洋) Hair regeneration by hair follicle derived cell transfer
報告番号 124889
報告番号 甲24889
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3309号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 准教授 神野,茂樹
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 特任准教授 五條,理志
 東京大学 講師 菅谷,誠
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

近年われわれは、毛包由来細胞移植による毛髪再生治療の研究を行ってきた。毛包は上皮系細胞・間葉系細胞・色素細胞など多系統の細胞から構成される器官である。毛包上皮系幹細胞は毛包バルジに存在し、毛根に存在する毛乳頭との上皮間充織間相互作用によって、毛包を形成することが知られている。間葉系細胞である毛乳頭細胞に毛包誘導能があることが示されて以降、培養ヒト毛乳頭細胞を用いた毛包再生の研究が盛んに行われるようになった。しかし、臨床応用に当たり解決すべき問題点として、ヒト毛包上皮系幹細胞の単離培養が困難であること、および毛乳頭細胞が培養により毛包誘導能を失ってしまうことが挙げられる。これらの問題点を解決するために、毛包上皮系細胞の幹細胞マーカーによる単離を試みた。また毛乳頭細胞の毛包誘導能を維持する培養方法を開発するために、培養毛乳頭細胞が発現する毛包誘導能の分子生物学的解析をおこなった。

第1章 ヒト毛包上皮系細胞の幹細胞関連マーカーの発現様式の解析

過去に報告されている毛包上皮系幹細胞マーカーとしてcytokeratin 15 (K15)、CD200、CD34などがある。新鮮ヒト毛包由来細胞における、これらマーカーの発現様式を免疫染色およびcell sorterを用いて解析した。

方法

患者の同意のもとに得られた頭皮から毛包を摘出し、剥切切片を作成した。これらをK15、CD200、CD34、CD271などの幹細胞マーカーの発現様式を免疫組織化学により分析した。また新鮮細胞を毛包から採取し、cell sorterを用いて毛包由来細胞と表皮由来細胞のマーカー発現様式を比較した。また毛包上皮系幹細胞と考えられる分画をcell sorterによって分取して培養し、コロニー形成能を分析した。

結果

毛包の免疫組織化学では、K15およびCD200がバルジ周辺に発現しており、CD34およびCD271は毛根部に近い外毛根鞘に発現していた。特にCD200とCD34は表皮には発現せず毛包特異的マーカーであることがわかった(Fig.1, Fig.2A)。バルジにおける外毛根鞘最外層(基底層)の細胞はCD200+CD34-K15+ 、基底上層の細胞はCD200+CD34-K15-であることがわかった(Fig.2B)。

これらの発現様式をもとに、新鮮毛包由来細胞をcell sorterにより分析すると、毛包由来細胞に特異的にCD200+CD34-の分画が含まれていることがわかった(Fig.3A)。また、この分画をK15の発現の有無により更に解析すると、CD200+CD34-K15+ 細胞とCD200+CD34-K15-細胞の大きさ(forward scatter値; FSC値)には有意差が存在し、前者が後者より大きいことがわかった(Fig.3B)。

K15の染色は細胞の固定を必要とするため、生きたまま幹細胞を分取するためには、K15の発現に拠らない分取方法が必要とされる。そこで、上の結果をもとに、K15を用いずに外毛根鞘最外層(基底層)の細胞(すなわちCD200+CD34-K15+細胞)を、FSC値をもとに分取することを試みたところ、CD200+CD34-FSC(high) 細胞はすなわちK15-richな細胞集団であることが確認できた(Fig.4A)。そこでCD200+CD34-FSC(high) (すなわちCD200+CD34-K15(-rich))とCD200+CD34-FSC(low)(すなわちCD200+CD34-K15(-poor))の細胞集団を生きたままcell sorterにより分取し、コロニー形成能を比較したところ、両者とも高いコロニー形成能を示したが、前者においてより大きなコロニーを形成することがわかった(Fig.4B,C)。

考察

毛包バルジにはCD200+CD34-FSC(high) (すなわちCD200+CD34-K15(-rich))とCD200+CD34-FSC(low)(すなわちCD200+CD34-K15(-poor))という、コロニー形成能が高い2つの幹細胞集団が存在し、それぞれがバルジ基底層細胞および基底上層細胞と考えられた。また、表面抗原をもとに細胞を生かしたまま毛包上皮系幹細胞を分取することが可能であることが示された。

第2章 ヒト毛乳頭細胞におけるTGF-β2発現と毛包再生における機能解析

過去に毛乳頭細胞の毛包誘導能関連因子として、TGF-βやBMP、FGF、プロテオグリカン、アルカリフォスファターゼなどいくつかの重要な候補分子が報告されている。このなかでTGF-β2はマウスの毛包発生において毛包誘導因子として機能していることが報告されているが、ヒトの毛包再生での詳細な機能は不明である。また、ケラチノサイトの培養上清を培養毛乳頭細胞に添加すると、その増殖能および毛包誘導能が維持されることが報告されており、ケラチノサイト分泌物質により毛乳頭細胞の毛包誘導能が調節されていることが示唆される。

方法

ヒト頭皮毛包から毛乳頭細胞を培養し、毛包誘導関連因子を網羅的にマイクロアレイおよびリアルタイムPCRにより検索した。リアルタイムPCR では過去に報告されている遺伝子群を検索した。また、ケラチノサイト培養上清の成分をサイトカインアレイにより分析し、これが培養毛乳頭細胞のTGF-β2を含む遺伝子発現に与える影響を調べた。動物実験ではヒト培養毛乳頭細胞とラット足底皮膚を組み合わせてヌードマウスの皮下に移植して毛包再生を起こすモデル(Fig.5)を作成し、ここにTGF-βシグナル伝達阻害剤および、TGF-β2中和抗体を投与して、毛包再生におけるTGF-β2の機能を解析した。

結果

マイクロアレイにより培養ヒト毛乳頭細胞と線維芽細胞の遺伝子発現を網羅的に比較解析するとTGF-β2が発現の増強している遺伝子群に含まれていた。また発現増強している遺伝子群を、継代により発現が減少する遺伝子群に絞ると、TGF-β2はその上位10位内に含まれることがわかった(Table)。培養継代数P2 の細胞を用いてリアルタイムPCRを行うと、培養ヒト毛乳頭細胞と線維芽細胞の毛包関連因子の発現比はTGF-β2が他の因子に比較して有意に高かった(Fig.6A)。またTGF-β2の発現は早い継代数の培養細胞だけでなく、少なくとも継代数P8まで維持されていることが分かった(Fig.6B)。

ヒト表皮ケラチノサイト培養上清中のサイトカインを検索すると細胞増殖や遊走に関与しうるinterleukinやMCP-1、Gro、MIP、ENA-78など多種のケモカインに加えて、VEGF、PDGF-BBなどの細胞増殖因子も含まれていることがわかった(Fig.7A)。この結果をもとに、ヒト表皮ケラチノサイトが分泌すると考えられる物質が培養ヒト毛乳頭細胞のTGF-β2分泌に与える影響を調べたところ、活性型ビタミンD3を添加したときに顕著に増加することがわかった(Fig.7B,C)。また毛乳頭細胞マーカーであるアルカリフォスファターゼの活性も増強した(Fig.7D)。活性型ビタミンD3は10 nMから100 nMにおいてTGF-β2 mRNAの発現を増強し、この変化は添加後8時間で現れることがわかった(Fig.8A,B)。また細胞あたりのTGF-β2分泌は活性型ビタミンD3濃度依存的に上昇した(Fig.8C)。

培養ヒト毛乳頭細胞を毛包再生モデルに移植し、再生毛包組織におけるTGF-β2の発現を調べると、TGF-β2は再生毛包の繊維性毛根鞘に強く発現していた(Fig9.A)。このモデルにTGF-βタイプI受容体キナーゼ阻害剤(SB431542)を持続投与して、再生した毛包の成熟度および毛包数を調べると、阻害剤投与群で成熟度Stage5からStage7の成熟度の高い毛包が減少し、毛包数も有意に減少することがわかった(Fig9.B-D)。またTGF-βの3つのサブタイプTGF-β1/2/3を阻害する中和抗体を持続投与すると、毛包成熟が抑制され、毛包数も有意に減少した。さらにTGF-β2のみを中和する特異的抗体を投与するだけでも同様の結果が得られることがわかった。

また興味深いことに、ヒト培養毛乳頭細胞にビタミンD3を添加すると、TGF-β2だけでなく、毛包誘導因子のひとつであるWnt10bの発現も増強することがわかった(Fig10.A-C)。

考察

TGF-β2は培養ヒト毛乳頭細胞の継代初期に強く発現しており、継代と共に発現が減少することから、ヒト毛乳頭細胞の毛包誘導能を反映するバイオマーカー遺伝子として利用できると考えられる。また再生毛包モデルを用いた実験結果から、実際に生体内でもTGF-β2が毛包誘導因子として機能していることがわかった。また活性型ビタミンD3によりTGF-β2発現と同時に毛包誘導因子であるWnt10b発現や毛乳頭細胞マーカーであるアルカリフォスファターゼ活性が増強することが示された。活性型ビタミンD3が培養毛乳頭細胞を未分化な細胞から、毛包誘導細胞として機能する、より分化した細胞へ変化させると考えられる。培養毛乳頭細胞移植による毛包再生治療を実現するには、毛包誘導を維持した培養法の開発が必要であるが、活性型ビタミンD3を使用した毛乳頭細胞の培養方法はひとつの候補となると考えられる。

まとめ

ヒト毛包由来細胞を用いた毛髪再生治療を実現する上で不可欠であろう、毛包上皮系幹細胞の単離、および毛乳頭細胞の毛包誘導能に関連する遺伝子解析をおこなった。ヒト毛包上皮系幹細胞はCD200やCD34の表面抗原だけでなく、細胞の大きさも利用することで、コロニー形成能の高い細胞群を生きたまま分取することが可能であることがわかった。また培養ヒト毛乳頭細胞におけるTGF-β2の発現および生体内で機能することが毛包再生において重要であることが示された。これらの結果は、将来的な毛髪再生治療の開発において、基盤となる研究結果であると考えられる。

Figure 1

ヒト成長期毛包におけるバルジの位置(左)と各種マーカーの発現様式(右)

Figure 2

ヒト成長期毛包におけるK15,CD200, CD34, CD271の発現様式(A)長軸断面 (B)横断面

Figure 3

(A) ヒト毛包由来新鮮細胞と表皮細胞のK15,CD200, CD34発現のFACSによる比較。(B) CD200+CD34-K15+ 細胞とCD200+CD34-K15-細胞の大きさ(FSC値)の比較

Figure 4

(A) ヒト毛包由来新鮮細胞のCD200, CD34, FSCをもとにしたソーティング。(B) (A)の各分画毎のコロニー形成能 (C) コロニー数と大きさの分析

Figure 5

ヒト毛乳頭細胞を用いた毛包再生モデル

Table

培養ヒト毛乳頭細胞(継代数P2およびP8)において繊維芽細胞と比較して発現増強または発現減弱している遺伝子群

Figure 6

(A) ヒト培養毛乳頭細胞における既知の関連マーカーの発現(線維芽細胞との比較)。(B) P2とP8のヒト培養毛乳頭細胞におけるTGF-β2の発現(線維芽細胞との比較)

Figure 7

(A) サイトカインアレイによるヒト表皮ケラチノサイト培養上清の成分分析

(B) ヒト培養毛乳頭細胞にケラチノサイト分泌物質等を添加したときのTGF-β2 mRNA発現

(C) 同じくTGF-β2蛋白の発現 (D)同じくアルカリフォスファターゼの発現

Figure 8

ビタミンD3投与がヒト培養毛乳頭細胞のTGF-β2 mRNA発現に対して与える、濃度(A)および時間(B)依存的な影響 (C) ビタミンD3濃度とTGF-β2蛋白分泌に与える影響

Figure 9

(A) 毛包再生モデルにおけるTGF-β1 およびTGF-β2 の発現

(B) TGF-β受容体阻害剤(SB431542)投与時の毛包再生モデルにおける再生毛包組織像

(C) 阻害剤(SB431542)投与時の再生毛包数

(D) 阻害剤(SB431542)投与時の再生毛包成熟度

Figure 10

(A) ヒト培養毛乳頭細胞にケラチノサイト分泌物質等を添加したときのWnt10b mRNA発現

(B) ビタミンD3添加後48時間までのWnt10b mRNA発現の変化

(C) ビタミンD3添加によるWnt10b蛋白発現の変化(細胞免疫染色)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒト毛包由来細胞移植による毛髪再生治療の開発を行うため、ヒト毛包を用いて毛包上皮系細胞の幹細胞マーカーによる単離および毛乳頭細胞の毛包誘導能の解析を行ったものであり、下の結果を得ている。

ヒト毛包を各種幹細胞マーカーで免疫染色したところ、K15およびCD200が毛包バルジ周辺に発現しており、CD34およびCD271は毛根部に近い外毛根鞘に発現していた。バルジにおける外毛根鞘最外層(基底層)の細胞はCD200+CD34-K15+ 、基底上層の細胞はCD200+CD34-K15-であることがわかった。

新鮮毛包由来細胞をcell sorterにより分析すると、毛包由来細胞に特異的にCD200+CD34-の分画が含まれていることがわかった。また、この分画をK15の発現の有無により更に解析すると、CD200+CD34-K15+ 細胞とCD200+CD34-K15-細胞の大きさ(forward scatter値; FSC値)には有意差が存在し、前者が後者より大きいことがわかった。

CD200+CD34-FSC(high) (すなわちCD200+CD34-K15(-rich))とCD200+CD34-FSC(low)(すなわちCD200+CD34-K15(-poor))の細胞集団を生きたままcell sorterにより分取し、コロニー形成能を比較したところ、両者とも高いコロニー形成能を示したが、前者においてより大きなコロニーを形成することがわかった。

毛包バルジにはCD200+CD34-FSC(high) (すなわちCD200+CD34-K15(-rich))とCD200+CD34-FSC(low)(すなわちCD200+CD34-K15(-poor))という、コロニー形成能が高い2つの幹細胞集団が存在し、それぞれがバルジ基底層細胞および基底上層細胞と考えられた。また、表面抗原をもとに細胞を生かしたまま毛包上皮系幹細胞を分取することが可能であることが示された。

次に、毛包誘導能関連因子の検索のため、マイクロアレイおよびリアルタイムPCRによって、培養ヒト毛乳頭細胞と線維芽細胞の遺伝子発現を網羅的に比較解析したところ、毛乳頭細胞においてTGF-β2の発現が増強していた。

この結果をもとに、ヒト表皮ケラチノサイトが分泌すると考えられる物質が培養ヒト毛乳頭細胞のTGF-β2分泌に与える影響を調べたところ、活性型ビタミンD3を添加したときに顕著に増加することがわかった。さらに、毛包誘導因子のひとつとされるアルカリフォスファターゼ活性も著明に増強した。

培養ヒト毛乳頭細胞を毛包再生モデルに移植し、TGF-βタイプI受容体キナーゼ阻害剤(SB431542)を持続投与して、再生した毛包の成熟度および毛包数を調べると、阻害剤投与群で成熟度の高い毛包が減少し、毛包数も有意に減少することがわかった。またTGF-β2の中和抗体を持続投与すると、毛包成熟が抑制され、毛包数も有意に減少した。

TGF-β2はヒト毛乳頭細胞の毛包誘導能を反映するバイオマーカー遺伝子として利用できると考えられ、再生毛包モデルを用いた実験結果から、実際に生体内でもTGF-β2が毛包誘導因子として機能していることがわかった。また活性型ビタミンD3によりTGF-β2発現が増強することから活性型ビタミンD3を使用した毛乳頭細胞の培養方法が毛包誘導能の維持のために有用である可能性が示された。

以上、本論文は、ヒト毛包上皮系幹細胞の単離のためにCD200とCD34および細胞の大きさが有用であるという新たな可能性を示した。また培養ヒト毛乳頭細胞の毛包誘導能の指標としてTGF-β2が有用であることをin vitro, in vivoの双方の実験系で示し、活性型ビタミンD3がTGF-β2発現を増強するという新たな知見を述べた。本研究はこれまで未知に等しかったヒト毛包誘導メカニズムの解明および毛包再生治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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