学位論文要旨



No 124554
著者(漢字) 田川,義之
著者(英字)
著者(カナ) タガワ,ヨシユキ
標題(和) 界面活性剤水溶液中における単一気泡の3次元挙動
標題(洋)
報告番号 124554
報告番号 甲24554
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6988号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 高木,周
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 竹村,文男
 東京大学 准教授 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

静止流体中を3次元運動しながら上昇する気泡運動は,水質浄化システムのエアレーションなど工業的に数多く見られる重要な現象でありながら,その運動を記述する基礎的なモデルが確立されているとは言い難い.特に水中不純物を模した界面活性剤が気泡の運動に及ぼす影響に関しては,鉛直方向の直線上昇運動ついては多くの研究が行なわれてきたが,らせん・ジグザグ運動など上昇気泡の3次元運動については,詳細な研究が行なわれていない.

しかし,これら3次元運動に関する解析は,後流や気液界面のすべり条件の変化が気泡運動に大きく影響することから,工業的な応用だけでなく学術的にも非常に興味深い現象である.

そこで本研究は界面活性剤水溶液中を上昇する単一気泡の3次元運動について基礎的な知見を得ることを目的とし,気泡直径と水中の界面活性剤濃度をパラメータとした気泡の運動軌跡・気泡形状・気泡周囲流動場の3次元計測結果に基づき,運動のメカニズムについて流体力学的な議論を展開した.

2.単一気泡の3次元運動に関する理論

Mouginら[1]は,気泡を変形のない回転楕円体と仮定した直接数値計算によって,後流不安定性が3次元運動の主要因であり,後流構造と軌跡には一対一対応であることを示した.さらにMagnaudetら[2],Yangら[3]は,気泡後流構造における分岐現象が剛体球と共通性をもつことを指摘した.すなわち気泡表面から後流へ供給される渦度が増加すると,後流軸対象渦構造が崩れ,回転方向の異なる2つの縦渦が通常分岐によって生じる.さらに増加すると超臨界ホップ分岐現象が生じ,主流方向の渦度分布が周期的に変化する構造が発生する.この分岐現象の理論についてまとめた.

また非定常な気泡運動にかかる力を軌跡と瞬時速度から算出するための基礎理論式となる一般キルヒホッフ-ケルビン方程式の導出を行った.

3.3次元運動の軌跡と形状の計測

3次元運動の軌跡と形状を詳細に計測するために,同期した2つのカメラを気泡の上昇に沿って約1m移動させて撮影した.予備実験として超純水中で鉛直に上昇する気泡の抗力係数を計測し,Mooreの理論解[4]と比較した.その結果,本実験で用いた超純水中の不純物が気泡に与える影響は無視できることを確かめた.

本実験では界面活性剤として吸着脱離定数が異なるTritonX-100と1-Pantanolを用いた.界面活性剤は気泡の上昇運動に伴って表面に吸着し,界面濃度分布に応じて気液界面の境界条件をせん断応力0のフリースリップ条件から界面すべり速度が0のノンスリップ条件へ変化させることが知られている.これは気泡表面の界面活性剤の濃度勾配によってひきおこされる濃度マランゴニ効果が発生しているためで,鉛直上昇気泡を対象としたZhangら[5]の実験などから,本実験で用いた活性剤について以下の重要な知見が得られている.

TritonX-100は脱離定数が非常に低く,低濃度でも長距離にわたって気泡の運動に影響を与え,終端速度はノンスリップ境界条件と等しくなる.一方1-PenatnolはTritonX-100に比べ脱離定数は大きく,濃度に応じて終端速度が変化する.このときノンスリップとフリースリップとの中間的な「ハーフスリップ」というべき境界条件を満たしている.

以上の活性剤を含む水溶液中と含まない超純水中で3次元運動する気泡について計測を行い,以下の結果を得た.パラメータは気泡径と活性剤濃度である.

超純水中での軌跡計測の結果,従来の研究と一致する結果を得た.すなわち気泡径により,直線運動,らせん運動,ジグザグ運動,ジグザグかららせんへの遷移運動を観測した.

一方,TritonX-100の低濃度溶液中においては2.0mm直径の気泡で上昇中にらせんからジグザグへの遷移運動がみられた.さらに3.2mmの気泡ではらせんからジグザグ,さらにらせんへ遷移する運動が見られた.これらの遷移は超純水中では全く報告されてこなかった現象であり,活性剤溶液中でもきちんと詳細に報告されていない.TritonX-100の高濃度溶液中ではジグザグ運動のみ計測した.

1-Pentanolの低濃度溶液中においてはらせん運動を,高濃度溶液中ではジグザグ運動が見られた.

以上すべての軌跡計測結果をもとに,気泡表面のスリップ条件と気泡径をパラメータに運動モードをマッピングした.本実験条件下では気泡はノンスリップではジグザグ運動を,ハーフスリップにおいてらせん運動を,フリースリップで気泡径に応じた運動を行うとまとめることができる.

4.気泡周囲流動場のデジタルホログラフィー計測

気泡周りの3次元流動場を測定するためにデジタルホログラフィーを用いた測定を行った.ホログラフィーの手法についてIn-line光学配置を基本とし,1軸ホログラフィー,2軸ホログラフィー,レンズホログラフィーについて検討を行った.また1度の計測から得られる情報は3次元流動場に対して不足している問題を解決するために,気泡の発生方法を工夫することでほぼ同じ運動を行う気泡を発生させ,周囲流動場の繰り返し計測を行い,結果を重ね合わせて3次元速度場を得た.速度場の算出には3次元粒子追跡計測(PTV)の4時刻追跡法を採用し,渦度など速度微分量は,距離の逆数補間を用いた格子状データから算出した.

計測対象は超純水中のフリースリップで螺旋運動する気泡,1-Pentanol溶液中の螺旋運動する気泡,TritonX-100中のノンスリップでジグザグ運動する気泡である.

計測の結果,どの運動モードの場合でも気泡後流には回転方向の異なる2つの縦渦が存在しており,これまでの研究[1][2][3][6]などによって示唆された3次元渦構造が活性剤溶液中でも存在することがわかった.

5.気泡運動と後流に関する考察

本研究で初めて詳細に報告されるらせんからジグザグへ遷移する気泡運動について考察を行った.瞬時上昇速度と形状の計測結果から界面活性剤の吸着状況すなわちスリップ条件を推定すると,この気泡は発生直後に界面に界面活性剤はほとんど吸着しておらず境界条件はほぼフリースリップであるが,上昇するにつれ吸着がすすみ,最終的に境界条件がノンスリップ化している.これと運動モードと対応させると,気泡発生直後のフリースリップのときらせん運動を行い,ノンスリップになるとジグザグ運動を行っている.このらせん運動とジグザグ運動は超純水中のフリースリップ条件における同気泡径のらせん運動と活性剤高濃度溶液中ノンスリップ条件下でのジグザグ運動と一致するものであるため,本実験条件下で表面のすべり条件が運動モードを決定付けている主要因であると考えられる.

代表的な運動モードに関する3次元計測の結果から,フリースリップでらせん運動する気泡の回転方向の異なる2つの縦渦は,気泡上から見ると常に一定の位置に存在している.これは1-Pentanol溶液中の螺旋気泡にも見られており,界面条件にかかわらずらせん運動を行うときにはこのような流動構造が形成されていることがわかる.これは構造から通常分岐によるものと考えられる.一方,TritonX-100中のジグザグ運動する気泡ではJennyら[6]による剛体球まわりの結果と同様に回転方向が異なる周期的な渦度放出が行われており,気泡のノンスリップ条件において後流構造は剛体球と等しくホップ分岐現象が起こっていると考えられる.

6.結論

本研究は,3次元運動を考える上で活性剤の濃度や気泡径の大きさに特に留意した実験を行い,界面活性剤溶液中の気泡運動に対して以下の結論を得た.

・界面活性剤水溶液中の気泡運動としてらせん運動からジグザグ運動への遷移運動を初めて詳細に報告した

・活性剤吸着によるスリップ条件の変化が運動モード変化の主要因であることを示した

・螺旋運動の気泡周囲流動場を計測し,対応する後流構造がフリースリップでもハーフスリップでも同様の構造を有することがわかった

・ジグザグ運動について,ジグザグ運動する剛体球まわりの流れ場結果と同様の周期的な渦度放出を観測した

[1] Magnaudet J. & Mougin G., J. Fluid Mech., vol.572 (2007), pp.311-327[2] Yang B. & Prosperetti A., J. Fluid Mech., vol. 582, pp. 53-78[3] Mougin G. & Magnaudet J., Physical Review Letters, vol88(2002), 014502[4] Moore DW., J. Fluid Mech., vol. 23 (1965), pp.749-66[5] Zhang Y. & Finch, J. A., J. Fluid Mech.,pp.63-66.[6] Jenny, J.D., & Bouchet, G., J. Fluid Mech., vol.508 (2004), pp201-239
審査要旨 要旨を表示する

水中を上昇するミリサイズの気泡を流れは水質浄化システムや化学反応器など工業的に数多くの応用が見られる重要な現象である.この流れを予測するための数値計算モデルでは,気泡の運動を記述するモデル方程式が用いられるが,従来のモデルは直線運動をする気泡の挙動を基にモデリングされており,不純物を含んだ水中における3次元の複雑な運動に対しては,その運動を詳細に記述できるモデルが構築されていない.これは,不純物の中でも気泡運動に特に大きな影響を与える表面活性剤に関して,気泡の3次元運動に対する定量的な評価が十分になされていないことによる.そこで本論文では界面活性剤水溶液中を上昇する単一気泡の3次元運動について基礎的な知見を得ることを目的とし,活性剤の濃度・種類と気泡の大きさをパラメータとした実験を行い,気泡の軌跡・形状・周囲流動場の3次元計測に基づいた議論を行っている.本論文は,「界面活性剤水溶液中における単一気泡の3次元運動」と題し,全6章からなる.

第1章は「序論」であり,研究の背景と目的について述べている.また過去に行われた気泡の3次元運動に関する研究をあげ,本研究の位置づけを明らかにしている.

第2章は「単一気泡の3次元運動に関する理論」であり,気泡の3次元運動と後流構造の間には密接な関係があるため,物体の後流構造について従来の知見をまとめている.また,計測した3次元運動軌跡から気泡にかかる抗力・揚力を求めるための基礎理論式となる一般キルヒホッフ-ケルビン方程式の導出を行っている.

第3章は「3次元運動の軌跡と気泡形状の計測」であり,気泡の運動軌跡と形状をとらえるための独自の測定装置と計測結果について報告している.超純水中では気泡径に依存して,直線運動,らせん運動,ジグザグ運動を観測し,従来の研究結果と一致する結果を得ている.一方,界面活性剤TritonX-100の低濃度溶液中において,らせん運動からジグザグ運動へ遷移する運動を観測している.この遷移運動はこれまで報告されてこなかった現象である.

第4章は「気泡周囲流動場のデジタルホログラフィー計測」であり,3次元流動場測定として用いたホログラフィックPIVについて述べ,気泡後流の測定結果を示している.ホログラフィー計測の最大の問題は瞬時流動場に対して得られる速度情報が不足していることであったが,ほぼ同じ3次元運動を行う気泡を発生させ,周囲流動場を繰り返し計測し,結果を重ね合わせることで解決している.また,速度場の算出には4時刻追跡法を採用し,渦度など速度微分量は距離の逆数補間を用いた格子状データから算出している.計測は超純水中でらせん運動する気泡,TritonX-100中でジグザグ運動する気泡について行っている.

第5章は「気泡運動と後流に関する考察」であり,測定結果を踏まえて3次元運動メカニズムについて議論している.本研究で初めて詳細に報告したらせんからジグザグへ遷移する気泡運動は,表面の瞬時すべり条件が運動モードを決定付けているとしている.また,すべり条件の非定常変化がもたらす影響について考察し,本実験で影響は少ないことを明らかにしている.さらに,運動モードをRe数- CD*のグラフにプロットし,ノンスリップ条件,フリースリップ条件では従来の結果と一致する臨界Re数を確認し,新しい知見であるハーフスリップ条件では全てのRe数範囲でらせん運動する結果を示している.また,らせん運動する気泡の後流の3次元計測結果から,2つの縦渦が気泡上から見て常に一定位置に存在することを示している.一方ジグザグ運動する気泡からは周期的な渦放出を観測している.これは,軸対象構造が崩れ,定常な非軸対象構造が現れ,さらに周期的構造へ遷移する剛体球の後流で起きる現象と類似していることを示している.

第6章は「結論」であり,得られた結果について総括している.

本論文に報告されている研究は,3次元運動を考える上で活性剤の濃度や気泡径の大きさに留意した実験を行い,統一的な見解が得られていなかった不純物中の気泡運動に対して新たな知見を与えている点で高く評価されるべきものである.特にらせん運動からジグザグ運動への遷移という運動を初めて詳細に計測し,非定常な気泡表面活性剤吸着量の変化と運動モードの関係を明らかにした意義は非常に大きい.ここで得られた知見は,気泡の3次元運動モデルを構築する際に,瞬時濃度分布を用いて気泡の運動を記述できる可能性を示唆しており,数値計算モデル構築の観点からもその工学的意義は大きい.

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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