学位論文要旨



No 124122
著者(漢字) 小笠原,紀行
著者(英字)
著者(カナ) オガサワラ,トシユキ
標題(和) チャネル内上昇気泡流乱流のマルチスケール構造に対する界面活性剤の影響
標題(洋)
報告番号 124122
報告番号 甲24122
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6891号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 高木,周
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 竹村,文男
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 准教授 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

気泡流は,化学プラントや水質浄化施設の曝気槽,熱交換器などを代表例として幅広い工業装置に応用されている.さらに,マイクロバブルを用いた船舶推進抵抗低減の技術など,低い環境負荷やシステムの簡便性といった点で注目を集めている.しかしながら,気泡流のもたらす数々の効果に関するメカニズムには依然として不明瞭な点が多く残されている.物質・熱交換の促進や壁面摩擦抵抗の低減など産業的利用価値の高い効果のメカニズムの解明には,乱流場に気泡が存在する場合の乱流変調に関する普遍的かつ詳細な理解が求められる.また,個々の気泡運動の微視的な流動構造と流動場全体の巨視的な乱流構造の相関については未解明であり,これら異なるスケール間における相互作用を的確に捉えられる実験に基づいたより深い物理現象の理解が気泡流研究に求められる最大の課題となっている.

濃度マランゴニ効果で説明される水道水中における気泡の終端速度の低下で知られるように,水中における気泡挙動は液相に含まれる微少量の界面活性剤に大きく影響される.単一気泡を対象とした従来の研究では水中に含まれる不純物の影響が不可欠なパラメータとして設定され,上昇過程の気泡変形や非定常挙動,三次元運動の安定性などに関する考察がされている.また,球体が受ける流体力に関しても理論解析や高精度な数値解析の進展による多くの知識の蓄積がある.そこで,本研究では液相に混入する界面活性剤を実験条件として設定した上で気泡群の挙動を個々の気泡運動に着目して解析し,気泡-液相間の相互作用を明らかにすることを目的として実験を行った.気泡流の大域的な構造特性を解析する際,気泡表面における界面活性剤分子の存在やそれに伴う気泡-液相間の相互作用の変化など,気泡流のマルチスケール構造を強く意識した上で内在する力学の理解に努める点が本研究の特色である.

2.実験装置・条件

実験対象として,高さ2.5m,断面が40mm×400mmの鉛直チャネル内における上昇気泡流を採用した.気泡は内径0.1mmのステンレス細管474本から構成した気泡発生装置から空気を加圧することにより発生させた.測定領域は,単相時に完全発達乱流が得られる気泡発生装置より2.0m下流とした.液相には水道水,添加する界面活性剤には1-Pentnaol, 3-PentanolとTriton X-100を用いた.実験条件としては,バルクレイノルズ数(10100,7700,4600,1350),平均ボイド率(1%以下),界面活性剤の種類・濃度をパラメータとして設定した.計測手法及び計測対象は,高速度カメラによる気泡挙動の撮影及び,レーザードップラー流速計(LDV)による液相流速の計測である.また,各条件における界面活性剤溶液中でのマランゴニ効果の強度を評価するために,静止流体中において単一上昇気泡実験を行い気泡の抗力係数を測定した.

3.チャネル内上昇流中における気泡の壁面方向への移動傾向と界面活性剤の影響

図に界面活性剤溶液の種類別(1-Pentanol 20ppm, TritonX-100 2ppm)にそれぞれの気泡流の様子を示す.まず,界面活性剤の添加による気泡合体の抑制効果により,どちらの場合も平均気泡径1mm程度の単分散の微小球形気泡群が得られる.しかしながら,1-Pentanol 20ppm溶液では気泡が壁面近傍へ著しく集積し気泡クラスタを形成しているのに対して,TritonX-100 2ppm溶液中では気泡がチャネル全体に一様に分散しており,全く異なる流動構造を呈している.前者のような壁面ピーク型の局所ボイド率分布は,過去にも多くの報告がなされている(例えばSerizawa et al. 1975, Wang et al. 1987, So et al. 2002)が,その因子に関しては不明な点が多い.

単一上昇気泡の抗力係数の測定から,低濃度のPentanol 溶液とTriton X-100 2ppmのそれぞれの条件では気泡に引き起こされるマランゴニ効果の強度が異なり,前者では表面がハーフスリップの状態であるのに対し,後者ではほぼノースリップの状態になっていることがわかった.従来の数値計算結果から,表面が滑りなしの剛体球と自由に滑ることができるクリーンな気泡とでは,周囲のせん断に起因する揚力の大きさが異なることが示されている(Legendre & Magnaudet 1998, Bagchi & Balachandar 2002).これらから,マランゴニ効果による気泡表面の境界条件の変化がせん断に起因する揚力に影響を及ぼし,ノースリップの気泡表面に近づくにつれて揚力が減少した結果,壁面集積傾向が弱まったものと考えられる.また,チャネル内上昇層流内に1mm程度の単一気泡を導入する実験を行い,Pentanol濃度を増大することで気泡の揚力係数が減少して壁面方向への移動傾向が弱まり,ノースリップ状態になるTriton X-100 2ppmの場合には気泡がせん断の影響をほとんど受けずに鉛直に上昇する様子を確認した.マランゴニ効果による気泡表面の固体化に伴う揚力の減少はFukuta et al. (2007)による高精度な単一気泡の数値計算結果とも定性的な一致を見ている.以上より,本研究における気泡の壁面方向への移動傾向は平均せん断に起因する揚力がメカニズムの要因であると考えられ,水中の界面活性剤の存在に多大な影響を受けるもとの判断できる.(Takagi et al., 2008)

4.局所ボイド率分布の相違による液相乱流構造の変化

以上までに,マランゴニ効果によるせん断に起因する揚力の変化が気泡の壁面方向への移動傾向に大きく関与し,低濃度のPentanol溶液中では壁面ピーク型の局所ボイド率分布をとるのに対し,Triton X-100 2ppm溶液中にでは一様型をとることが示された.さらにこの両者に対して2次元LDVを用いて液相流速の測定を行い,速度の二次の相関項までの評価を行った.

局所ボイド率分布が壁面ピーク型となる1-Pentanol 20ppmの場合,チャネル中央部の広い領域において平均速度分布の平坦化,変動速度分布(主流方向,壁面垂直方向共に)の減少と平坦化が確認された.このときレイノルズ応力は単相流と比較して著しく減少しており,これらの傾向は平均ボイド率が増加するほど顕著になった.これは,壁面近傍では集積した気泡群が壁面せん断によって生産される乱れエネルギーのチャネル中央部への伝達を遮蔽するのに対して,チャネル中央部では気泡運動に由来する乱れ,いわゆる擬似的な乱流が変動速度の強度を支配するためであると考えられる.このとき,壁近くで形成される気泡クラスタのスパン方向の最大サイズはz+で500(Re_tau=300のとき40mmに相当)程であり,単相乱流における壁近傍の縦渦や低速ストリークに代表される準秩序的構造が大きな変調を受けていることが示唆される.一方,局所ボイド率分布が一様型となるTriton X-100 2ppmの場合,単相流と比較して平均流速分布は変化せず,主流方向の変動速度分布はさらに増大する.これに対して壁面垂直方向の変動速度は極僅かに増加する程度であるが,これはほぼ鉛直に上昇する気泡が誘起する乱れの非等方性による.また,レイノルズ応力分布も単相流とほぼ同様となる.つまり,気泡が一様に分散している場合には単相乱流の構造が維持され,その上にさらに気泡運動によって生産される擬似的な乱れが加算されるような乱流構造となっている.

壁乱流における気泡混入による乱流変調は気泡が壁面近傍に極度に集積することによって効果的に引き起こされるわけであるが,その過程において気泡クラスタの果たす役割は非常に大きい.気泡クラスタ生成の詳細なメカニズムについては未解明の点が残されているが,壁面近傍に集積した気泡が二次元的な面内でその運動を拘束されるという,気泡運動に対する幾何学的な拘束条件が重要であると考える.

5.結言

チャネル内上昇気泡流乱流では局所ボイド率分布の相違により気泡混入によってもたらされる乱流変調が大きく異なる.特に壁面ピーク型のボイド率分布を取る場合,気泡クラスタに象徴される壁面近傍に極度に集積した気泡群により壁面せん断による乱れのエネルギーがチャネル中央に伝わりにくくなる乱れの遮蔽効果が生じ,単相乱流とは全く異なった流動構造となる.これらの巨視的な乱流変調のメカニズムには,水中に含まれる界面活性剤によるマランゴニ効果という微視的な影響が深く関与している.本研究では,この微視的な影響が気泡に働く揚力という言わばメゾスケールの気泡-液相間相互作用を介して大域的な流動構造の変化へとつながる過程を明らかにした.

Bagchi, P. & Balachandar, S., Phys. Fluids, 14, 2719-2737. (2002)Fukuta, M. et al., Phys. Fluids, 20, 040704. (2007)Legendre, D. & Magnaudet, J., J. Fluid Mech., 368, 81-126. (1998)Serizawa, A. et al., J. Fluid Mech., 2, 235-246. (1975)So, S.-H. et al. Exp. Fluids, 33, 135-142. (2002)Takagi, S. et al., Phil. Trans. R. Soc. A, 366, 2117-2129. (2008)Wang, S. K. et al., J. Multiphase Flow, 13, 327-343. (1987)
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,水中に含まれる界面活性剤による気泡流乱流の大域的な構造への影響を実験的に明らかにし,気泡流の流動構造を決定する様々なスケールの現象及びその相互作用に関する力学について基礎的な知見を得ることを目的としている.工業プロセスにおける気泡流の代表としては,水質浄化施設での曝気槽や発電施設での冷却系統であるが,いずれの場合も水の汚れは無視できず,また様々な状況が考えられる.界面活性剤は水中の汚れを模擬するものであるが,従来の気泡流研究においては深く考慮されることのなかったパラメータである.したがって,本論文のように気泡流に対する界面活性剤の効果を解析することは,工業分野における気泡流現象のより深い理解に直結するものであり,工学的に意義深い.

濃度マランゴニ効果で説明される水道水中における気泡の終端速度の低下で知られるように,水中における気泡挙動は液相に含まれる微少量の界面活性剤に大きく影響される.単一気泡を対象とした従来の研究では水中に含まれる不純物の影響が不可欠なパラメータとして設定され,上昇過程の気泡変形や非定常挙動,三次元運動の安定性などに関する考察がされている.また,球体が受ける流体力に関しても理論解析や高精度な数値解析の進展による多くの知識の蓄積がある.一方,大スケールの気泡流を対象とした既存の研究では,マランゴニ効果はもとより,個々の気泡運動に着目した解析という点においては不十分であった.そこで,本研究では液相に混入する界面活性剤を実験条件として設定した上で気泡群の挙動を個々の気泡運動に着目して解析し,気泡-液相間の相互作用を明らかにすることを目的として実験を行っている.気泡流の大域的な構造特性を解析する際,気泡表面における界面活性剤分子の存在やそれに伴う気泡-液相間の相互作用の変化など,気泡流のマルチスケール構造を強く意識した上で内在する力学の理解に努める点がこの研究の特色である.

本論文は,「チャネル内上昇気泡流乱流のマルチスケール構造に対する界面活性剤の影響」と題し,全5章からなる.

第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,また過去に行われた気泡流および気泡に関する研究を挙げ,これらに対する本論文の位置づけを述べている.

第2章は「実験装置及び実験条件」であり,はじめに本論文において中心的役割を果たす垂直チャネルを用いた上昇気泡流のための実験装置及び径のそろった球形気泡を発生する気泡発生装置の説明を行っている.また,流量条件や添加する界面活性剤の条件について記述している.

第3章は「気泡の壁面方向への移動傾向に対する界面活性剤の影響」であり,まず界面活性剤溶液を用いた気泡流に関して,ppmオーダーの界面活性剤の添加によって,チャネル内上昇気泡流における局所ボイド率分布が壁面ピーク型から一様分散型へと劇的に変化することを示している.この現象のメカニズムを説明するため,静止流体中における単一気泡の実験によりマランゴニ効果による気泡への影響を定量的に評価し,さらに層流場における単一気泡実験により気泡に働く力を求めることで,気泡の壁面方向への移動傾向を決定するせん断に起因する揚力に対する界面活性剤の影響に関する詳細を解析している.さらに,マランゴニ効果の強度を端的に表し,かつ計測が容易な抗力によって,揚力係数や気泡流の状態がスケーリングし得ることを示している.局所ボイド率分布はマクロスケールの気泡流構造を特徴付ける重要なパラメータであるが,それが界面活性剤によるマランゴニ効果というミクロな現象から個々の気泡に働く揚力というメゾスケールの現象を通じて決定される素過程を明らかにしている点は意義深い成果である.最後に,局所ボイド率が壁面ピーク型となる際に生じる壁面近傍に集積した気泡群によるクラスタ化現象について調べ,気泡群が壁面近傍において壁面に押し付けられる力によって幾何学的な拘束条件を受け,2次元面内で運動することが重要であることを示している.

第4章は「レーザードップラー流速計による気泡流の計測」であり,計測対象として局所ボイド率分布が「壁面ピーク型」の場合と「一様分散型」の場合を設定し,両者の比較を行っている.壁面ピーク型の場合,チャネル中央部の広い領域において平均速度分布の平坦化,変動速度分布(主流方向,壁面垂直方向)の減少と平坦化,レイノルズ応力の著しい減少を確認している.一方,一様分布型の場合,平均流速分布とレイノルズ応力分布には単相乱流との比較において変化がなく,変動速度分布が全領域において増加することを示している.以上の結果から,壁面ピーク型では単相乱流とは全く異なり,壁面近傍に集積した気泡群の乱れの遮蔽効果によりチャネル中央部における乱れの生産は気泡運動に起因するものが支配的になるが,一方で,一様分散型の場合には,単相流の乱流構造が維持されつつ,さらに気泡運動による乱れた加えられた流動構造となることを明らかにしている.つまり,局所ボイド率分布の相違が気泡混入による乱流変調に多大な影響を与えることを実験的に示した結果である.

第5章は「結論」であり,大域的な乱流構造に対して,界面活性剤や個々の気泡に働く揚力といった気泡流中における微視的な現象の詳細について得られた知見がまとめられている.

先に述べたような背景から,現状の気泡流研究においては,異なるスケール間における流体力学的な相互作用をしっかりと捉えられる,より深い物理現象の理解が求められている.本論文は,気泡流現象のキーポイントとなる力学を的確に抑え,個々の現象の解析に留まることなく,ミクロスケールの現象からマクロスケールの現象に至るまでの一連のプロセスを丁寧に解析した点が大きく評価できる.また,本論文での,水中における汚れが単一気泡のみならず大規模な気泡流構造にも大きく影響するという結論は,実際的な気泡流の工業応用に対して重要な意味を持つ.特に,乱流制御を目的とした気泡流利用に際しては,導入気泡径や気相流量と共に水中の界面活性剤を制御することによって大きな効果が期待され,工学的に価値の高い知見である.

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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