学位論文要旨



No 124005
著者(漢字) 河西,由美子
著者(英字)
著者(カナ) カサイ,ユミコ
標題(和) 初等中等教育における情報リテラシーの育成に関する研究
標題(洋)
報告番号 124005
報告番号 甲24005
学位授与日 2008.06.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第16号
研究科 学際情報学
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山内,祐平
 東京大学 教授 根本,彰
 東京大学 准教授 水越,伸
 東京大学 准教授 中原,淳
 メディア教育開発センター 教授 三輪,眞木子
内容要旨 要旨を表示する

本論文の要旨を以下に記す。

1.本論文の目的

本論文の目的は以下のとおりである。

(1)図書館情報学領域を基盤とした情報リテラシー研究の知見や方法論を、日本の初等中等教育に導入し、学校図書館における実証研究により、日本の教育実践における情報リテラシー教育の意義と課題について実証データに基づくボトムアップ型の研究知見を提供する。

(2)初等中等教育において学習者の情報問題解決1を指導・支援するために必要な知識および技能を、実証研究の成果から導出し、情報リテラシー教育の実践レベルおよび操作レベルの提言を行い、日本の初等中等教育における情報リテラシーの育成について総合的な提言を行う。

2.本論文の構成と内容

論文各部の内容と構成について以下に要約する。

第一部の構成

第1章では、1970年代に英語圏で使われ始めた情報リテラシーという用語が、1980年代のコンピュータの爆発的普及を経て、特に米国という土壌において図書館行政と強く結び付いて概念化され、図書館専門職集団によって1990年代以降、情報化社会における図書館の存在価値を訴える戦略として用いられた経緯についてひもとく。情報リテラシーの概念の世界各地域への伝播の状況を図書館情報学分野の文献からたどり、特に米国において学校図書館に情報リテラシー教育が導入された経緯を明らかにする。

(第1章の結論: 英語圏発祥の情報リテラシー概念は情報化社会への対応概念として図書館領域の活動を通して世界各地域へ伝播した。情報リテラシー研究の理論的背景である図書館情報学分野の情報行動研究は、欧米諸国の大学院教育と結び付いて展開され、近年ではオーストラリアの研究が高く評価されていることがわかった)。

第2章では、米国と異なる地理的社会的要件の中で、学校図書館専門職制度について日本と類似性を持つオーストラリアの学校図書館2において、情報リテラシーという概念が現地の専門職コミュニティにどう受容され、実践現場に波及したかを、1980年代から2000年代までの専門ジャーナルのレビューを通して概観する。

(第2章の結論: オーストラリアの学校図書館専門職は、日本の司書教諭と近い位置づけながらオーストラリア図書館協会の課程認定によって大学院レベルの養成がなされている点に特徴がある。ジャーナル分析から、オーストラリアの学校図書館界では、情報リテラシーの概念が理論や制度、実践、研究の各レベルにおいて逐次詳細に紹介されており、情報リテラシーの専門知識を共有・媒介する専門職コミュニティの存在が示唆された。)

第3章ではLIPER3学校図書館班のフォーカスグループインタビュー調査を通して、日本の学校図書館で展開されている業務の実態と課題について検討する。2005年に実施された同インタビューは、前年に実施された「学校図書館業務の実態に関する質問紙調査」4の結果から、職務群別の統計結果から特徴が見られた6校の学校図書館担当者を調査対象として抽出し、質問紙調査の背景を探るため実施された。

(第3章の結論: フォーカスグループインタビューから、日本の学校図書館と情報教育が施設・教育の両面で分断されている学校制度における分掌上の課題や、司書教諭制度や養成制度の問題点、他の学校業務を兼任する司書教諭の学校図書館業務の優先順位および意欲の低さといった問題点が示された。)

第一部のまとめ: 米国や豪州の初等中等教育における情報リテラシー教育は、学校図書館の実践研究者コミュニティの存在によって、理論研究と実践の循環が保たれ、研究・実践両面での質の向上と維持が図られている点(第1章・第2章)が、日本の学校図書館との決定的な違いであることが考察された。対して第3章のフォーカスグループインタビューの結果からは、日本の初等中等教育における情報教育と学校図書館の分離や、担当者としての司書教諭の機能不全など、情報リテラシー教育の導入・遂行以前の学校図書館の問題点が浮上した。

第二部の構成

第4章では、第3章で記述された日本の学校図書館の問題の背景として、これまで日本の教育実践において学校図書館が有効に機能しなかった理由を、日本の教育思想史や教育行政の問題の中に追究する。一方で、過去の日本の教育実践の中に情報探索と関連する実践の存在を確認する。さらに日本における情報リテラシー教育のフィールドとして、情報教育制度と学校図書館実践との接合可能性について検討する。

(第4章の結論: 戦後の日本の教育制度においては歴史的政治的な制約により、教育学上の議論に基づいた教育展開が必ずしも優先されず、情報に関わる多様な教育実践についても、学校図書館との接点に欠け、図書館活用や情報リテラシー教育の発展に結び付かなかった経緯が明らかになった。)

第5章では、第1章・第2章でも概観した英語圏諸国や北欧地域で活発な図書館情報学分野の情報行動研究の理論や方法論を日本の情報リテラシー研究に導入する試みを行う。高等学校の教科・情報の授業が学校図書館において展開されている事例を対象とし、情報行動研究の理論や方法論を援用し、高校生のウェブ検索5の学習過程を行動観察および質的研究法によって分析する。

(第5章の結論: 実証研究の結果から、以下の知見が得られた。

(1)ウェブ検索の初心者の検索過程に多くのつまずきが存在していることが判明し、教授方法の未確立が示唆された。

(2)検索プロセスで生じる情緒的・認知的なトラブルには、過去の情報行動研究が指摘している諸点との合致が見られた。

これにより情報行動研究の有効性が示されたとともに、学習者の情報探索行動において実証データに基づいた指導・支援の必要性が示唆された。)

第二部のまとめ: 第一部第3章で提示された日本の学校図書館の問題点について、日本の教育史の中にその原因を探る試みを行った(第4章)。本格的な実践研究が少ない6という日本の情報リテラシー教育研究の課題(第4章)に対し、情報行動研究の知見および方法論に基づく高校生の情報検索過程に関する実証研究を行った(第5章)。その結果、大半の学習者に検索技能上のミスが発生している状況から、学習者個別の情報ニーズに即した情報リテラシー育成のための学習支援の必要性が示唆された。

第三部の構成

第6章では、第二部第5章の実証研究の知見から、流動的で多様な検索のプロセスに対応した指導・支援策として、学習者個別の情報ニーズに即して段階的に情報リテラシーを育成するために、以下の開発研究を行う。

1)情報源の記録支援および情報探索過程管理のための記録カードの開発

2)情報検索時の検索語の発想を支援するインタフェースの開発

(第6章の結論: 第5章の実証研究の知見を受け、学習者の検索活動の支援方策としての開発研究を通して、序章で定義した情報リテラシーの実践的定義に対応した提言とした。)

第7章では、第6章の実践的な情報リテラシー教育の提言をより効果的に展開するための操作レベルの提言として、既存教科の教育実践と情報リテラシー育成を統合したカリキュラムの開発を行う。

さらに、第6章と第7章の情報リテラシーの実践レベルおよび操作レベルの提言を総括し、日本の初等中等教育における情報リテラシーの育成に求められる専門性について考察し、総合的な提言を導き出す。

(第7章の結論: 第6章で開発・提言した情報リテラシー教育のための学習支援方策に基づき、初等中等教育における情報リテラシー育成のための統合カリキュラムを開発し、情報リテラシーの操作的定義に対応する提言とした。さらに論文全体のまとめとして、日本の初等中等教育における情報リテラシーの育成に関する総合的な提言を行った。)

第三部のまとめ: 第一部(第1章・第2章)の概念研究・第二部(第5章)の実証研究を踏まえ、情報リテラシー育成に関する開発研究を行い、実践レベルの提言とした(第6章)。さらに、日本における教育制度および教育実践上の諸問題(第3章・第4章)に対して、実践レベルの提言をより効果的に布置するため、情報リテラシー教育の統合カリキュラムを開発し、情報リテラシー育成の操作レベルにおける提言とした(第7章)。最後に総括的な考察と検討を行い、日本の初等中等教育における情報リテラシーの育成に関する総合的な提言を導き出した。

以上が本論文の要旨である。

Information Problem Solving. 情報行動研究や情報リテラシー研究の中で使用される用語で、Eisenberg, M.B. & Berkowitz, R.E.(1990)による研究:Information Problem-Solving: The Big Six Skills to Approach to Library and Information Skills Instructionなどがある。2 米国では school library media specialist という大学院修士レベルの養成教育を受けた学校図書館専門職が設定されている。対してオーストラリアの teacher librarian は教員職である点で日本の学校図書館法で規定される司書教諭に近い設定である。大学院での1年程度のディプロマ(筆者注:修士などの学位取得を含まない)取得により、基本資格が得られる。3 「情報専門職の養成に向けた図書館情報学教育体制の再構築に関する総合的研究」平成15年度~平成17年度科学研究費補助金(基盤研究(A))研究代表者 上田修一。筆者は研究協力者として学校図書館班の研究に参加し、フォーカスグループインタビューの主分析者を務めた。4 学校図書館の101の業務項目の達成度を問う目的で実施され、全国の私立・公立・国立の小・中・高等学校から無作為抽出で1,042校を対象とし、364校から回答を得た。5 ウェブ検索は欧米の情報リテラシー教育の下部要素である情報スキルの項目の一つにあたり、日本の情報教育とも共通する学習項目であるため、研究主題とした。6 三輪眞木子(情報検索のスキル 中公新書 2003年 pp.199-203)などに指摘がある。
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、初等中等教育における情報リテラシーの育成方法について、1)情報リテラシー概念の誕生と地域による受容の差 2)日本における情報リテラシー教育の課題 3)今後の情報リテラシー教育の発展のための教育方法および人材の専門性に関する提言という観点からまとめたものである。日本の教育実践現場に構成主義的学習観に基づく情報リテラシー教育を適用することの意義を明らかにし、これに基づいた新しい提言を行った。委員からは理論枠組み・実証的研究・提言の関係にやや荒削りな部分があるという指摘もあったが、総合的にみて本研究が博士号に値することについて審査委員全員が合意した。

よって、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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