No | 123102 | |
著者(漢字) | 小川,昭 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オガワ,アキラ | |
標題(和) | 産業組織に関する研究 | |
標題(洋) | Essays in industrial organization | |
報告番号 | 123102 | |
報告番号 | 甲23102 | |
学位授与日 | 2007.11.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(経済学) | |
学位記番号 | 博経第225号 | |
研究科 | 経済学研究科 | |
専攻 | 現代経済専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本学位論文には、産業組織について分析した論文を3篇収めた。このうち、2章が商業立地に関するもので、3章・4章は混合経済に関するものである。これらはいずれも、地域(地方)経済を分析する上で必要とされる点である。 各章の内容は以下の通り。 <2章:An analysis of retailers' location choices> 2章では、品揃えを考慮し、小売店舗の立地がどのようになされるかを検討した。具体的には、各企業(店舗)が販売する商品の価値に不確実性があるもとで、2企業が同時に立地を選択し、次いで同時に価格を選択するというモデルを考えた。立地の選択肢はある程度離れた2地点であり、それぞれに同数の消費者が存在している。消費者は店舗の立地と財の価値を踏まえて行動する。 結果の概要は以下の通りである。なお、消費者の地域間移動に要するコスト(以下「移動コスト」)によって比較静学を行っている。 1.均衡立地は以下のようになった。 ・移動コストが小さい場合には、分散・集積は無差別(両方ともに均衡)。 ・移動コストが中程度の場合には集積立地のみが均衡。 ・移動コストが大きい場合には分散立地のみが均衡。 2.均衡立地は必ずしも経済厚生を最大化しない。分散立地が均衡となるにも拘わらず集積立地の方が経済厚生上望ましいことも、その逆もともにありうる。 このような結果となる理由は以下の通り。 1.ここでは、各企業の販売している財の価値に不確実性があることを仮定している。このため、2企業が集積立地している方が、各企業が分散立地している場合に比べて、消費者がその地点を訪れることに伴う期待効用が大きい(集客力が高い) 。 従って、移動コストが中程度のもとで他地域の消費者を呼び込むには価格引き下げを要するものの、その際の引き下げ幅は分散立地の方が大きいということになる。これが分散立地における利潤を損ない、均衡で集積立地をもたらす。 一方、移動コストが大きいときには、集積立地では片方の消費者を2企業で奪い合うことになるのに対し、分散立地では住み分けが生じ、各地域で独占企業として行動できる。このため、均衡で分散立地をもたらす。 2.経済厚生は均衡価格と移動コストによって規定されるため、 ・分散立地において(低い集客力を補うために)低価格を設定する場合には、分散立地の方が望ましい。 ・分散立地において住み分けが生じる(店舗に近い消費者しか相手をしないような、高い価格を設定する)場合には、集積立地の方が望ましい。 ということがあり得る。 本章の結果は企業立地への政策的な介入が正当化されうることを示しているものの、これは必ずしも集積立地を支持するものではない。むしろ、現実の郊外出店が企業間の住み分けをもたらしており、競争は活発化していないということでもない限り、現在採られようとしている郊外立地規制は望ましくないということが示唆される。 このような含意になるのは、郊外にも相応の消費者が存在している(というモデルの設定)に依存している。換言すれば、実際にコンパクト・シティを実現させる必要があるのであれば、まず実施すべきなのは集客施設の郊外立地抑制ではなく、住居の郊外立地抑制策や中心地回帰促進策だということを意味している。 <3章:Price competition in mixed duopoly> 3章では、公的企業と民間企業が価格競争を行う状況について検討した。具体的には、対称な逓増的費用関数を想定し、公的企業1社と民間企業1社が価格競争を行う場合を扱った。このもとで、 ・価格設定のタイミングが同時か、前後関係があるか。 ・民間企業が域内(国内)企業か、域外(海外)企業か。 ・公的企業はどの程度民間企業と異なる行動原理を持つか 。 といった点が、均衡価格にどのような影響を及ぼすかを検討した。その結果として得られたのは以下3点である。なお、均衡価格は常に両企業で同一となるが、これは相手企業と異なる価格をつけることは少なくとも片方の企業にとって最適反応ではないためである。 1.民間企業が域内企業である場合には、民間企業が価格設定の面で先行すると、民間企業のみの複占に比べても均衡価格が高止まりすることがありうる。これに伴い域内の経済厚生は損なわれる。このようなことが生じるための必要条件は費用のパラメータが一定範囲にあることで、公的企業の行動原理が民間企業と完全に同一でない限り、その範囲は非空である。 2.民間企業が域外企業である場合には、民間企業が価格設定の面で先行しても、均衡価格は民間企業のみの複占の場合以下に留まる。 3.民間企業が域内企業である場合と域外企業である場合を比べると、価格設定のタイミングに拘わらず前者の方が均衡価格は高いか、または等しい。 公的企業が経済厚生に配慮するという性質がこの結果を招来している。公的企業の競争相手が域内企業である場合、公的企業による価格引き下げは民業圧迫によってしばしば経済厚生を損なう。このため、公的企業は価格引き下げに消極的になる。民間企業もこれを認識していることから、自社が価格設定のタイミングで先行できる場合には、あえて高めの価格を設定する。一方、競争相手が域外企業である場合には、公的企業は民間企業の利潤に(少なくともモデル上は)注意を払わないので、均衡価格は域内企業の場合と比べて低くなるか等しくなる。 従って、公的企業の役割は必ずしも否定されるべきものではないものの、それは域内企業が自立するまでの「つなぎ」にとどめることが妥当である、というのが本章の含意である。民間企業撤退後の受け皿として公的企業を組織・運営する場合には、いわゆる「出口戦略」、すなわち将来の民営移行の手法とそのための条件をあらかじめ検討しておくべきであろう。 <4章:Partial privatization and endogenous timing in mixed oligopoly> 4章では、公的企業と民間企業が数量競争を行う状況について検討した。具体的には、公的企業に費用面での劣位がある もとで、公的企業1社と民間企業1社が数量競争を行うことを前提に、observable delay game を分析した。3章と同様に、公的企業の行動原理については経済厚生と利潤の加重平均とした。経済厚生に係るウェイトをθで表し、比較静学を行っている。 この結果は以下の通りである。 1.θがある閾値よりも小さい場合、すなわち公的企業が民間企業に近い行動原理を持っている場合には、両企業とも1期を選択するというのが均衡になる。それよりも大きい場合には、民間企業が1期、公的企業が2期を選択するというのが均衡になる。 2.θが1に近い場合、すなわち公的企業の行動原理が経済厚生の最大化に近い場合には、上記以外に、民間企業が2期、公的企業が1期を選択するというのが均衡になる。 3.1項の閾値と2項の閾値を比較すると、1項の閾値の方が小さい。つまり、公的企業先行のタイミング選択が均衡となるときには、必ず複数均衡となっている 。 4.θ=1のときには複数均衡となるが、このとき民間企業が先行する均衡が公的企業の先行する均衡をリスク支配する 。 つまり、3章で分析した状況とは対照的に、このもとでは公的企業が追随的な立場を取る(遅いタイミングを選択する)ことや、民間企業が追随的な立場を取ることが均衡になりうる 。つまり、たとえ公的企業と民間企業の複占競争であっても、競争の様態によって結果は大きく異なるということである。従って、公的企業の役割については全体的に是非を論じるのではなく、個別具体的な状況に即して判断すべきだということが示唆される。3章で示した結論についても具体的な状況に即して適用方法を考えるべきことはいうまでもない。 | |
審査要旨 | 本博士論文は、地域経済に於ける産業政策の役割という統一テーマを、大別2方向から理論的に考察した業績で、その時事性と汎用性とのバランスの良さは、産業組織論に於ける諸研究のうちでも一際優れていると言ってよい。先ず論文前半(第2章)では、地域経済に於ける寡占的な商業立地の内生性を、比較静学的に明らかにし、それを社会厚生最適立地と比較する。そこでは所謂「過剰参入定理」等と異なり、商業立地の集積(agglomeration)と分散(separation)の何れに加担するインセンティヴが過剰となるかについて、単調な結論が一般的には得られない事を示す。この事は、例えば一昔前まで我が国で広く施行されてきた所謂「大店法」が、既存商業地への集積を抑制する政策効果をもたらすことの経済的是非や、その反動であるところの近年の立地法改正が逆に新規商業地開発の郊外移転を抑制することで集積を促進することの経済的含意を論じるに際し、何れの方向にも偏らぬ分析が必要であることを示す。論文後半(第3・4章)では、政策の施行の一方法として、単なる規制に留まらず、社会厚生をその目的関数(の一部)に据えた公企業が実際にその産業に参入し、民業との間で展開する所謂「混合寡占」を比較静学する。価格(Bertrand)競争か、数量(Cournot)競争か、或いは民間企業が内資(その利潤は国内厚生の一部を成す)か、外資(利潤が国内厚生に貢献しない)か、により、公企業が販売価格や数量といった戦略的意思決定を民業に対して先導(Stackelberg leadership)すべきか否かが論ぜられる。本論文の貢献は、単に既知の理論的成果を補完するのみに留まらず、近年隆盛な民営化論議の正当性如何を検証するに必要なミクロ経済理論的な前提認識を扱ったものとして注目に値する。 斯く本論文は、その理論的貢献、時事的・政策的有用性の両面で、価値の高いものと認められる。 本博士論文の構成は以下の通り。 第一章概説 第二章An analysis of retailers' location choice 第三章 Price Competition in a Mixed Duopoly 第四章 On the Robustness of Private Leadership in Mixed Duopoly 各章の概要 第一章 経済格差の拡大が懸念される昨今であるが、地域経済を考える上で、この問題には両義の含意がある。一面それは、中央と地方の間の経済格差の問題を含み、地域経済全体の発展的振興が目される。同時にそれは他面、地方経済内部に於ける格差の問題をも含み、よりミクロ的な突っ込んだ分析が望まれる。 第二章 寡占企業が集積立地と分散立地の何れを選択するかは、集積による集客力向上と競争激化との得失により決せられる。本章では、地域間の移動費用という意味での距離を軸に、比較静学を行なう。先ず距離が近ければ、立地に関係なく各企業(店舗)が全地域の消費者を商圏内に収めることができるので、企業戦略として立地は無差別となる。距離が中程度の場合、各企業は他地域の消費者を商圏内に組み入れるには移動費用を考慮して価格を下げる必要に迫られるが、もし各地域に地場企業が割拠している場合だと、その地域の消費者を他地域企業が「奪う」には価格を大幅に下げねばならず、商圏争奪戦が激化するのに対し、全企業が一地域に集積し他地域に地場企業が無ければ、他地域の消費者を惹きつけるのは比較的容易で、そのための価格の引き下げは小幅で済むため、企業にとっては高価格維持の目的で集積立地が有利となる。しかしもし距離が遠く、地域間の商圏拡張が望み薄な場合は、一企業ずつ各地域に割拠し地域独占を布くことのできる分散立地が明らかに有利となる。 次に厚生面から言えば、地域間の移動費用距離が中程度の場合、分散による価格廉化が望まれる事は言うまでもない。逆に地域間移動費用の比較的高い場合でも、もし集積立地で激しい価格競争が起これば、他地域も全て商圏に組み入れられ、全体として厚生の向上する可能性もある。 第三章 公企業と私企業の混合寡占に於いて、公企業が販売価格を先決して私企業が後決する場合、逆に私企業が先決して公企業が後決する場合、同時決定の場合、を比較静学する。製品差別化の無い寡占では、均衡に於いては全企業が同一価格をつけるが、よく知られているように、均衡として維持され得る価格は、同時手番(不完全情報)寡占では一意に定まらず一定の幅を有する場合があるのに対し、逐次手番(完全情報)寡占では一般に一意に定まる。 先ず民業が内資の場合、民業が価格付けを先導すると、公企業は民業を圧迫しないよう配慮するため、結果的に民業同士のStackelberg均衡と比較してより高価格が維持される場合が(一定の費用パラメータの下に)存在する。従って同様の効果は、民業が外資の場合にはその利潤が国内厚生に貢献しないため現れず、均衡価格は必然的に民業のみのStackelberg均衡価格以下に抑えられる。民業先導以外の手番の下でも一般に、民業が内資の場合の公私混合寡占の均衡価格は、民業が外資の場合のそれより低くなることはない。 このように、国内厚生をその目的関数とする公企業は一面、民業内資への利益保護をもその目的関数の一部とする故、この要素が支配的となるようなパラメータ環境の下では却って競争制限的な行動を顕わし逆効果を招致しかねない。公企業による寡占産業政策に於いては、この点を須らく警戒し、民業内資の利潤のみならず消費者厚生をも損なわぬような配慮が望まれる。 第四章 前章と同じく混合寡占を扱うが、本章では数量競争の場合に注目した均衡分析を行う。既存研究により、民業寡占の場合には、Stackelberg leaderになる方がStackelberg followerになるより有利で、各企業は先導を目指していち早く数量決定することが支配戦略となるため、結果的に支配戦略均衡として同時手番が選択される。公私混合寡占だと、民業が先導し公企業が後手に回る均衡が存在する。更に、公企業が民業利益を十分顧慮することが先見的に周知している場合、斯かる公企業が先導し逆に民業が後手を待つ均衡が副次的に存在するも、これは先述の民業先導均衡にrisk dominateされる。 評価 本博士論文は、地域経済振興を論ずるにあたり重要な謂わば車の両輪であるところの(一)地場産業全体の育成、(二)域内の地域別商圏再編、という二面をミクロ経済理論的に分析する、との頭書の目的を、比較的短い紙幅にも拘らず簡潔に達成した佳作である。 先ず後者の域内商圏の観点を扱ったのが、同論文前半の第二章である。一昔前までの所謂「大店法」が、実は在来の中心商業地から顧客を奪い、その空洞化に資している、との指摘が近年の研究により実証されてきている。法改正により最近では逆に、新規商業地の郊外立地のほうを抑制する政策が施かれている。このように(特に我が国に於いて顕著な傾向として)商業立地に関する法規整が専ら在来商店街の利益保護を旨として発達してきたのに対し、本章における理論的発見は消費者余剰をも含めた社会厚生全体としての観点から、例えば「顧客を奪う」という意味に於ける商圏争奪競争が必ずしも憂慮の対象となるべきであるとは限らず、寧ろ分散・集積の何れの立地パターンが競争促進的で、何れが競争制限的となるかはパラメータに依存するのだ、という警鐘を鳴らすものである。 本章はその理論的性格ゆえ、現実の地域経済なり地場産業なりがどのようなパラメータの下でどのような立地パターンを社会的最適としているかを計測する実証的なマニュアルを用意するに到ってはおらず、あくまで理論的な政策提言に留まっている。その実行面については、将来の研究を待たねばならない。しかしこのことは、本章における理論的貢献の有効性をなんら否定するものでもなければ、その価値を減殺するものでもない。 次に、寡占産業全体の効率化という側面で、公企業の役割を論じたのが本博士論文後半の第三・四章である。寡占に於ける手番の選択、わけてもその内生化如何に関わる理論モデルは研究史上、既に相当数が考案され研究し尽くされた感があるが、現実経済に目を向ければ、そのような手番選択が尤も意味を持つと考えられるのがこの公企業対私企業といういわゆる混合寡占の文脈に於いてであろう。即ち、公企業が政策意図を以て生産量や価格といった戦略的意思決定を先導したり、或いはこれまた意図的に民業にその先導を委ねたり、という選択は比較的容易に政策変数として操作可能と考えられるからである。そのような選択自体を政策手段として捉え、その厚生上の含意を論じた本論文は、寡占政策、わけても世紀を超えて論ぜられてきたところのpublicly provided private goodsの理論に一石を投ずる、眼の着け所の良い貢献と言ってよい。 総じて本博士論文は、その理論性・政策性のバランスよい貢献のみならず、将来の研究へ向けた発展的課題に富み、それは即ち著者・小川氏の研究者としての将来性の証に他ならない。斯かる評価を以て、審査委員全員一致にて本論文を博士(経済学)の学位授与相当と認定する。 審査委員松村敏弘 同田渕隆俊 同澤田康幸 同神取道宏 同主査佐々木 弾 | |
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