学位論文要旨



No 122921
著者(漢字) 並木,志乃
著者(英字)
著者(カナ) ナミキ,シノ
標題(和) 地域コミュニケーションを円滑にする評価指標の開発と評価
標題(洋)
報告番号 122921
報告番号 甲22921
学位授与日 2007.08.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第14号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,修
 東京大学 教授 姜,尚中
 東京大学 教授 橋元,良明
 東京大学 准教授 田中,秀幸
 東京大学 准教授 北田,暁大
内容要旨 要旨を表示する

近年、日本において地方分権化への動きが本格化し、地方自治体の窮状が取り上げられるようになった。この事態は、中央政府から脱却し、地域に見合う行政サービスを展開しようとする地方自治体にとっては格好の機会でありながらも、一方では、自治体破産というリスクを背負う、「諸刃の剣」として深刻に受け止めるべきものである。このように、地域社会の発展方向を真剣に模索する必要性に迫られている状況下においては、地域住民による創造性の発揮や協働に基づいて、地域の価値観や長期的な目標を明確に定め、地域の取るべき方向性を具現化していくことが解決策の一つとして考えられる。このような鳥瞰的な視点とともに、地域社会を取り巻く、自然環境や産業、人口属性などの複雑な地域特性をふまえ、地域住民の目線に合わせた、日々安心感のある生活を送ることができるような、きめ細やかな地域社会システムの構築を進める必要があるといえる。

こうしたなか、現代の地域社会の再構築を研究するのであれば、地方自治体という公共を担う組織と、多元的な価値を持つ住民との間での「関係性」の構築が重要な意味をもつものと考えられる。無論、地域社会は地域住民、行政、企業やNPO、教育機関、公共施設など様々な構成要素から成り立っており、人々の要求や価値観が複雑な状況を呈している。

確かに、そういった要望の全てを政策や地域づくりに反映させることは非常に難しいことではあるが、地域を構成する多様な主体が一体となって認識を深め、人々の意思疎通をより円滑にするためのコミュニケーション回路を構築していくことが急がれる。それにはまず、地域に関して人々が持っている情報を共有・交流することを前提として、地域の状況を可視化し、社会的な議論を進めていくことが必要である。その場合、特に、従来までの地域社会というなかでは、こぼれ落ちてしまいがちだった地域を構成する多様な主体を、評価や議論の場においてあらかじめ設定することは重要である。一握りのリーダーシップの発揮や行政主導型の地域社会の維持や再生には限界がある。そもそも地方自治の本質に立ち返るならば、地域住民の関与や意思表示が反映される地域社会システムづくりというものは当然である。地域社会の多様な住民間の対話や学びをより充実させる仕組みづくりや地域情報の交流があってこそ、コミュニケーションが活性化する。従って、地域情報の交換や人々の学習が成立することで、新たな地域社会の発展方向に進化する契機と考えられる。

情報通信技術の活用が地域社会の発展や維持に向けた新たな試金石となり始めていることがうかがえる。このことは、情報化によって生活の24時間化や国際化が促進されるなか、地域コミュニティをどのように捉え、どのような社会を実現していくかということにも関わってくる。例えば、地域社会における情報システムの構築によって、地域行政における加重投資と組織の効率化が目指されるなかで、行政組織は業務の多様化に如何に対応し、同時に、地域住民はどこまで自助努力をしなければならないのかということになるであろう。そのため、こうした関係性を再考するにあたっては、地域情報や住民間のコミュニケーション機会を有効活用し、地域の現状を評価することで山積している課題を浮き彫りにし、模索すべき地域社会の姿というものを見出すことが問題解決の糸口となってくると考えられる。

しかしながら、地域情報化を対象とする研究の現状としては、情報発信やコミュニケーションは、人々の関係性を橋渡しするものとして、その重要性が認識されながらも、具体的な評価指標という形では表されてこなかったのであり、この評価指標の開発が急がれるのである。

そこで本研究では、新たな地域コミュニケーションの回路を築くツールとしての評価指標の可能性に着目し、その開発を行っていくことを目的とする。地域情報の量的限界はあるにせよ、地域住民が日常持っている地域に対する関心や出来事などの、多様かつ散在している地域情報をもとに評価を行うことで、情報の共有化を目指すべく、新たなコミュニケーションの機会を作ることができるのである。

本研究は、地域や地域コミュニティの定義が諸説あるなかで、市区町村という規模に基づいて考察を進める。なぜなら、財源の再配分をめぐって、地域社会の意志表示が顕在化していく可能性を秘めていると考えられるからである。

地域社会は政治経済、文化、法律、教育、などの社会制度や環境相互作用を含むものである。このことから、地域研究については、本来的に、文献及びフィールドワークという理論及び実証の両面からの分析に加えて学際研究が求められる。こうした学際性を横断する研究分野の一つとして、評価がある。評価は、それ自体が目的ではなく、既に述べてきたように、知や学習と補完関係を持ち、問題の発見や地域の改善に結びつく道具の一つとなる。しかし、地域情報化をめぐる評価の現状としては未開拓な状態であり、情報技術を用いた地域情報の交換や伝達に対する文献研究やフィールド研究が存在する一方で、地域住民の情報発信のプロセスにおける、地域社会への影響や学習という側面からの研究は未成熟なものとなっている。そこで、コミュニケーションや情報発信という伝達過程を通じてみられた学習に着目して、地域コミュニケーションを円滑にする評価指標を開発することの意義が認められる。

このように、地域情報というものが極めて多岐にわたる性質ゆえ、その整理の視点や活用方法には一定の限界があり、その結果地域情報が分断的に存在してきたといえる。地域社会をめぐる諸課題に応えるためにも、住民が持つ地域情報というものをより強く認識し、問題解決に向けた一手段として、評価を実際に活かしていく必要がある。そこで特に、地域住民による地域情報の発信過程で生じている一連の学習に着目し、地域社会との接点や住民間での相互作用について着目する。従って、研究の方法論として、文献・資料による理論分析と実践に基づく応用・展開という2つの視点から相補的に把握し、研究を行う。

本研究は、理論と実践の双方から、以下の手順により進める。第一に、理論面では地域コミュニティに関する学問領域のなかから、「地域コミュニティ」、「政策・行政評価」、「学習評価」を取り上げ、現状と課題について検討する。第二に、地域社会で実践されてきたケーススタディをもとに、評価指標を開発していく。第三に、この評価指標を3つのフィールドにおいて展開し、その結果から、今後の検討課題や方向性を考察する。

第2章では、先行研究を通して、「地域コミュニティ」、「政策・行政評価」、「学習評価」という3つの観点を中心に考察を進める。まず、我が国の地域開発政策の展開と地域情報化政策について検討を行い、今日の地域社会に与えた影響とその限界について考察する。その上で、地域コミュニティ論の展開をふまえ、特に、地域の状況に即した地域情報の活用という見地から、地域社会のコミュニケーションと住民参加について検討する。また、近年の地域社会の状況から、地域の価値観構築との関わりについても考察を加えることで、地域のコミュニケーション回路について、その問題点と課題を明らかにする。そして、こうした諸問題を考察するために、地域社会で行われてきた評価活動をとりあげ、評価の意義と歴史的展開、及び評価の方法を先行研究から検討する。評価は様々な地域において取り入れられており、それらの実践例からは、地域社会におけるコミュニケーションと市民参加の関係に、形成的な評価や内省等の学習が寄与していることが分かる。しかしながら、地域住民のコミュニケーション過程にみられる学習に着目した評価指標というものがほとんど存在しておらず、本研究において開発していくことは意義があると考えられる。地域社会での評価活動が多面的に行われることが、地域社会の現状をよりよく把握することにつながるといえる。特に、評価者間のコミュニケーションを重視しており、その場合に用いられている評価指標やベンチマークが定性的なものであることから、質的な側面に焦点をあてた評価指標を開発していく。

第3章では、評価指標を開発していく。その際、特に、第1章及び第2章での理論面からの関わりを述べるならば、地域社会でのコミュニケーションの円滑化ということが地域社会の発展方向に関わってくることが分かる。その一手段として着目したのが、地域住民を主体とする評価活動である。そのため、地域コミュニティにおいて、人々の間で交わされている地域情報の内容や、情報発信のプロセスに生じた学習メカニズムを具体的に探っていく。そこで、評価指標の開発にあたっては、熊本県人吉球磨地域における情報発信活動をケーススタディとして取り上げることにした。そして、質的研究法の一種であるグラウンディッド・セオリーを用いて、インタビュー・データをベースとして評価指標を構築する。評価指標の妥当性を高めるため、形成的評価をかけ、評価指標を改良する。

第4章では、評価指標の展開という側面から考察を進めていく。第2章の先行研究からも既に明らかなとおり、地域社会において展開されてきた評価活動では、評価指標やベンチマークなどによる現状認識への深まりに加え、コミュニケーションを媒介とした相互作用が発生している。その場合のコミュニケーションは、情報交換や社会的な議論も含めて様々なレベルがあり、それらが、地域情報の活用や地域人材の再発見、地域づくりのプロジェクトや政策等に有機的に結びつくことで意味を持ってくる。それゆえ、第3章において開発した評価指標を、地域コミュニティのなかで実装する。そこで、評価指標を用いて地域住民による評価のワークショップを行った。対象地域としては、前章で取り上げた人吉市、他地域の代表例として札幌市・藤沢市においても実装した。その結果として、上記3地域においてみられた議論の内容や評価指標の展開における課題などを考察する。

第5章では、各章において示唆を得た評価展開から、情報を活用することについて改めて問い直し、情報やコミュニケーションのもたらす地域社会システムの方向性について考察する。特に、地域社会の諸制度や仕組みづくりという視点から地域の基盤づくりについて検討を加え、人材にも焦点をあてて、地域住民が心理的に安心できるコミュニケーションの円滑化と今後のあり方について展望する。

審査要旨 要旨を表示する

<論文趣旨>

本論文は、地域の情報発信能力向上、コミュニケーションの円滑化を行うための評価指標の開発を行い、その評価指標自体を地域社会の構成員との協働による自省的学習を通して地域社会の実情に応じた改善を行い、もって地域社会構成員自身の評価能力、学習能力、コミュニケーション能力を向上させようとするものである。

地方分権化が進展する中、地域社会を再構築しようとするのであれば、地方自治体という公共を担う組織と、多元的な価値を持つ住民との間での「関係性」の構築が重要な意味をもつものと考えられる。地域社会は地域住民、行政、企業やNPO、教育機関、公共施設など様々な構成要素から成り立っており、そのような地域を構成する多様な主体が一体となって認識を深め、人々の意思疎通をより円滑にするためのコミュニケーション回路を構築していくことが急がれる。それにはまず、地域に関して人々が持っている情報を共有・交流することを前提として、地域の状況を可視化し、社会的な議論を進めていくことが必要である。地域社会の多様な住民間の対話や学びをより充実させる仕組みづくりや地域情報の交流があってこそ、コミュニケーションが活性化する。従って、地域情報の交換や人々の学習が成立することで、新たな地域社会の発展方向に進化する契機と考えられる。

しかしながら、情報発信やコミュニケーションは、人々の関係性を橋渡しするものとして、その重要性が認識されながらも、具体的な評価指標という形では表されてこなかったのであり、評価指標の開発が急がれている。その点、本論文は、新たな地域コミュニケーションの回路を築くツールとしての評価指標の可能性に着目し、その開発を行っていくことを目的としており、地域情報の量的限界はあるにせよ、地域住民が日常持っている地域に対する関心や出来事などの、多様かつ散在している地域情報をもとに評価を行うことで、情報の共有化を目指すべく、新たなコミュニケーションの機会を作ることに寄与しようとしている。

本論文は、以下の5つの章、引用・参考文献一覧、資料から構成されている。

第1章では、上述の問題設定、研究アプローチについて述べられている。すなわち、地域社会をめぐる諸課題に応えるためにも、地域住民による地域情報の発信過程で生じている一連の学習に着目し、地域社会との接点や住民間での相互作用について着目している。そして研究の方法論として、文献・資料による理論分析、実践に基づく応用・展開という2つの視点から相補的に把握し、研究を行う旨が述べられている。理論面では地域コミュニティに関する学問領域のなかから、「地域コミュニティ」、「政策・行政評価」、「学習評価」を取り上げ、現状と課題について検討し、地域社会で実践されてきたケーススタディをもとに、評価指標を開発し、この評価指標を3つのフィールドにおいて展開すると述べている。

そして第2章においては、先行研究を通して、「地域コミュニティ」、「政策・行政評価」、「学習評価」という3つの観点を中心に考察を進めている。まず、我が国の地域開発政策の展開と地域情報化政策について検討を行い、今日の地域社会に与えた影響とその限界について考察している。その上で、地域コミュニティ論の展開をふまえ、特に、地域の状況に即した地域情報の活用という見地から、地域社会のコミュニケーションと住民参加について検討している。また、近年の地域社会の状況から、地域の価値観構築との関わりについても考察を加えることで、地域のコミュニケーション回路について、その問題点と課題を明らかにする。そして、こうした諸問題を考察するために、地域社会で行われてきた評価活動をとりあげ、評価の意義と歴史的展開、及び評価の方法を先行研究から検討している。評価は様々な地域において取り入れられており、それらの実践例からは、地域社会におけるコミュニケーションと市民参加の関係に、形成的な評価や内省等の学習が寄与していることを明らかにしている。しかしながら、地域住民のコミュニケーション過程にみられる学習に着目した評価指標というものがほとんど存在しておらず、本研究において開発していくことは意義があると主張している。地域社会での評価活動が多面的に行われることが、地域社会の現状をよりよく把握することにつながると述べ、特に、評価者間のコミュニケーションを重視し、その質的な側面に焦点をあてた評価指標を開発するとしている。

第3章では、評価指標を開発している。筆者は、地域住民を主体とする評価活動に着目し、地域コミュニティにおいて、人々の間で交わされている地域情報の内容や、情報発信のプロセスに生じた学習メカニズムを具体的に調査・分析している。評価指標の開発にあたっては、熊本県人吉球磨地域における情報発信活動をケーススタディとして取り上げ、質的研究法の一種であるグラウンディッド・セオリーを用いて、インタビュー・データをベースとして評価指標を構築している。評価指標の妥当性を高めるため、形成的評価をかけ、評価指標を改良している。このような作業を通して、地域社会でのコミュニケーションの円滑化が地域社会の発展方向に関わってくることを明らかにしている。

第4章では、評価指標の展開という側面から考察を進めている。本論文によれば、地域社会において展開されてきた評価活動では、評価指標やベンチマークなどによる現状認識への深まりに加え、コミュニケーションを媒介とした相互作用が発生しており、その場合のコミュニケーションは、情報交換や社会的な議論も含めて様々なレベルがあり、それらが、地域情報の活用や地域人材の再発見、地域づくりのプロジェクトや政策等に有機的に結びつくことで意味を持ってくる、と述べている。そして第3章において開発された評価指標を、地域コミュニティのなかで実装し、評価指標を用いて地域住民による評価のワークショップを行っている。対象地域としては、人吉市、他地域の代表例として札幌市と藤沢市の3地域で実装している。その結果として、上記3地域においてみられた議論の内容や評価指標の展開における課題などを考察している。

第5章では、前章の評価展開から、改めて情報を活用することについて問い直し、情報やコミュニケーションのもたらす地域社会の発展方向について考察している。特に、地域社会の諸制度や仕組みづくりという視点から地域の基盤づくりについて検討を加え、人材に焦点をあてて、地域住民が心理的に安心できるコミュニケーションの円滑化と今後のあり方について言及している。

関係する多分野の先行研究、諸資料を丹念に渉猟した上で、インタビュー等のフィールドワークも加えた労作である。本研究は、地域コミュニティの崩壊が指摘される中で、住民参画による地域づくりの必要性の高まりに対して、地域情報化を対象とした評価指標を開発しようとする意欲的で独自性を有する試みであり、社会的意義のある研究として評価できる。また、具体的なフィールドでの研究を通じて、理論と実証とのフィードバックを心がけて研究を進めようとしている点も高く評価できる。

社会調査・統計処理などの計量的技法などにおいて今後さらなる研鑽を必要とする面もあるが、論文の問題設定、アプローチにおいて独自性を有し、関連領域の先行研究も十分に踏まえ、学術的にも、社会的にもきわめて有意義な論文として評価する。

よって、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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