学位論文要旨



No 122920
著者(漢字) 中村,直行
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ナオユキ
標題(和) わが国の代替医療情報の研究
標題(洋)
報告番号 122920
報告番号 甲22920
学位授与日 2007.08.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第13号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,修
 東京大学 准教授 山本,隆一
 東京大学 准教授 田中,秀幸
 東京大学 教授 馬場,章
 東京大学 教授 佐倉,統
内容要旨 要旨を表示する

以下の構成で研究を纏めた。第1に、代替医療の定義を明確にするとともに、その歴史や先行研究等から代替医療を体系的に捉え、その生成過程を鳥瞰した。第2に、代替医療の現状を、科学的根拠に基づく医療、市場規模、法的な問題、医療教育、非医療者への啓蒙活動という視点から分析した。第3に、セカンドオピニオンを受けられた延べ600名の非医療者の相談内容で代替医療情報に関するものを抽出した上、入手ルート、情報内容、治療へどのように活かそうと考えたのか、何故そのように考えたのか等々、可能な限り実態を把握し整理した。第4に、得られた結果を分析し課題と対策素案を考察し検討した。

第1章では、代替医療とはそもそも如何なる医療を指すのか、その定義を把握し、歴史的な背景を確認すると共に、何故注目され実際に利用されてきたのかを俯瞰した。具体的には、アメリカにおいて代替医療と総称されるようになった1970年代から、同国の国立補完代替医療センター(National Center for Complementary and Alternative Medicine:以下NCCAMと称する)の定義を審らかにしつつ、補完医療・相補医療という総称はおもにヨーロッパでみられるという実態に言及した。また、ヨーロッパにおける補完医療・相補医療の意味が、元来、主流の正統的現代医療を補ったりお互いに補い合ったりする医療として認識されているのに対し、アメリカにおける代替医療は主流の医療に代わる独自の医療として捉えられているということも再確認した。したがって、一般的に補完代替医療と総称される場合も少なくないが、実は最初から補完代替医療という医療があったのではなく、ヨーロッパの補完医療・相補医療とアメリカの代替医療とを一括りにして補完代替医療と呼称されているという現状にも触れた。一方、日本補完代替医療学会による補完代替医療が定義している「現代西洋医学領域において科学的未検証および臨床未応用の医学・医療体系の総称」というのは、NCCAMの定義に近似のものであり、科学的に未検証であったり臨床に未応用であったりするからこそ、これらを体系的に分類整理し学術的に研究を深めようとする方向性に基づいていることに論及した。

第2章では、代替医療の国内外の現状を把握しながら、学術的な研究活動の現況や問われている科学的根拠についても言及した。具体的には、わが国で実践されているおもな代替医療を分類し、それぞれが実際にどのように国内で展開されているのかを整理して纏めると共に、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、北欧3国、ロシア、インド等々における代替医療の現状を照射した。また、学術的な研究活動のひとつである学会活動の概要を審らかにした。結果として、医療者・研究者が何らかの形で代替医療に係わっているか、あるいは関心を持つようになってきているか、さらにはITの急進展による医療に関連する情報の入手に伴う非医療者からのニーズという社会的な背景により、医療者や研究者も看過できずに代替医療に関心を持たざるを得なくなってきているということが窺われることになった。また、東洋医学などのようにもともと歴史的に確立された医療体系と新興の療法とが介在するのも、わが国における代替医療に関する学会活動の特色であることも判った。一方、科学的根拠については、Pub Med、Cochrane Library、を分析して、代替医療に関する文献や体系的評価が年々増加傾向にあることが判ったが、他方では代替医療に関する科学的根拠がまだまだ不足しており、より大がかりで精度の高い臨床試験の積み重ねが今後の課題のひとつであることも見えてきた。

第3章では、医療供給体制と代替医療の市場規模がどのように関連性を持っているのかということや、アメリカの代替医療の市場規模を観ながら代替医療を経済的側面から分析した。また、保険と医療費の削減という観点からも市場を見てみた。結果として、わが国における代替医療の市場規模は、2002年時点においておよそ2兆円という見方がひとつの推計値として参考になるということや、アメリカは医療費についてはわが国より高いが、両国それぞれの医療費に比較した代替医療費への個人負担比率は日本の方が高いといえることも判明した。さらに、代替医療費が膨張する医療費の対策として本当に有効なものかどうかという経済的側面からのアプローチをも内包しているという点でアメリカも同様の模索を行っているのではないかということを窺い知ることができた。

第4章では、おもに法的側面から代替医療を検討した。その結果、健康食品総てが悪徳商法によって販売されていたり、薬事法に抵触しかねなかったりしている状況にあるとはいえないが、利用者が自らの責任で健康食品を利用する場合でも、健康食品には表示や成分あるいは形状や容器等までもが法律による規制の対象になっており、実際に薬事法違反の判例もあることを事前に承知した上で、適切な選択がなされることが望まれるという結論を導き出した。

第5章では、代替医療を医学教育のカリキュラムに組み込んでいる医学校が増加している現状について考察した。具体的には、アメリカにおいては医学教育のカリキュラムの中に代替医療を取り入れているところが増えつつあったり、NCCAMによって代替医療に関連する研究をしている大学や研究機関に対してサポート体制ができつつあったりするなど、国家的に代替医療に対する教育や研究の基盤づくりが進められているといえるのに対し、わが国の場合は、代替医療の講座が開設され実際に講義も行われているのだが、講義時間や科目がアメリカに比べて少なく卒業後の臨床につながるものは殆んどないのが現状であることが判った。したがって、講義内容だけでなくカリキュラムそのものが患者やご家族のニーズや医療現場と相関していく実践的なものになっていく必要性があるという結論に辿り着いた。さらに、がん患者の代替医療を受ける理由についての調査や患者の東洋医療に対する意識調査、さらには学生の補完・代替医療に関する認知度調査の結果においては、非医療者で代替医療を受けたり利用したりした人の多くは代替医療に効能や効果を期待していたり、未だ受けてない人も施療を希望したり、さらには代替医療を認知している医科系の学生も少なくないことが審らかになっているという現状も確認することができた。このような背景の中で、非医療者が代替医療のことを、正統的現代医療に取って代わるまったく新しい効能効果が期待できる救世主的な医療と受け止めていると明言はできないが、施療を受ける患者や希求する患者がいる限り、有効性だけでなく安全性という面からも医学教育とともに非医療者への啓蒙が必要であることも判った。

第6章では、わが国で実際に発信されている代替医療情報の中で、健康食品を中心に情報の中身を観ると共に、医療相談支援活動での非医療者の代替医療情報の受け止め方を整理し分析した。その結果、健康食品に関しては、成分や使用法等の情報が少ない物ほど価格のばらつきが大きいことが判明したり、代替医療の意味をしっかりと理解していないという非医療者のリテラシー不足が浮き彫りになったりした。

ところで、さまざまな価値観のなかのどれを優先させて最適な治療法を選択するべきなのかの判断は普段でも難しいのに、癌を宣告された時の思考的混乱状態のもとで簡単に判断できる人はいない。したがって、そうした混乱状態の中での迷いが含まれていることも考えられ、単純にその中に代替医療が出てきたからといって、すべてが代替医療のニーズであると判断するのは早計な場合もあることを留意しておきたい。また、インターネットにおける情報は、その中で患者、利用者のために良質の医療情報を社会的資源として蓄積していこうという努力が必要である。そのためには、情報の発信者単一の努力だけでなく、情報の中身を評価し、いいものとそうでないものを淘汰させていくような新たな社会的な仕組みが必要になってくるのはいうまでもないが、医療情報の利用に関しても最終利用者である消費者(患者)の視点も大事になってくる。すなわち、情報の供給者側と需要者側の協同作業が大きな意味を持ってくるのではなかろうか。換言すれば、複合的ネットワークの形成によって、自治体・医療機関・企業・研究機関・大学・市民・NPO等地域を構成するさまざまな主体が情報や知識を交換し、自らの構想力を向上させ、協働して創意を発揮してこそ、有益な医療情報のインフラが構築されると思われる。とくにインターネット上における代替医療情報という未成熟な領域においては喫緊の課題といえよう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、代替医療の定義を明確にするとともに、その歴史や先行研究等から代替医療を体系的に捉え、その生成過程を鳥瞰し、代替医療の現状を、科学的根拠に基づく医療、市場規模、法的な問題、医療教育、非医療者への啓蒙活動という視点から分析している。そしてセカンドオピニオンを受けた延べ600名の非医療者の相談内容で代替医療情報に関するものを抽出した上、入手ルート、情報内容、治療へどのように活かそうと考えたのか、何故そのように考えたのか等々、可能な限り実態を把握し整理し、得られた結果を分析し課題と対策素案を考察し、これからの医療のあり方について提言を行っている。

本論文は、7つの章と参考文献、資料編からなる。内容的には第1章から第6章において問題設定と展開がなされ、第7章「結語に代えて」では第6章までの考察を踏まえた提言と今後取り組むべき課題について言及されている。

第1章では、代替医療とはそもそも如何なる医療を指すのか、その定義を把握し、歴史的な背景を確認すると共に、何故注目され実際に利用されてきたのかを俯瞰している。具体的には、アメリカにおいて代替医療と総称されるようになった1970年代から、同国の国立補完代替医療センター(National Center for Complementary and Alternative Medicine:以下NCCAMと称する)の定義について述べ、補完医療・相補医療という総称がおもにヨーロッパでみられるという実態に言及している。また、ヨーロッパにおける補完医療・相補医療の意味が、元来、主流の正統的現代医療を補ったりお互いに補い合ったりする医療として認識されているのに対し、アメリカにおける代替医療は主流の医療に代わる独自の医療として捉えられているということも再確認している。したがって、一般的に補完代替医療と総称される場合も少なくないが、実は最初から補完代替医療という医療があったのではなく、ヨーロッパの補完医療・相補医療とアメリカの代替医療とを一括りにして補完代替医療と呼称されていると述べている。一方、日本補完代替医療学会による補完代替医療の定義、「現代西洋医学領域において科学的未検証および臨床未応用の医学・医療体系の総称」は、NCCAMの定義に近似のものであり、科学的に未検証であったり臨床に未応用であったりするからこそ、これらを体系的に分類整理し学術的に研究を深めようとする方向性に基づいていると述べている。

第2章では、代替医療の国内外の現状を把握しながら、学術的な研究活動の現況や問われている科学的根拠について言及している。具体的には、わが国で実践されているおもな代替医療を分類し、それぞれが実際にどのように国内で展開されているのかを整理してまとめ、それとともにアメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、北欧3国、ロシア、インド等々における代替医療の現状について考察している。また、学術的な研究活動のひとつである学会活動にも触れ、結果として、医療者・研究者が何らかの形で代替医療に係わっているか、あるいは関心を持つようになってきているか、さらにはITの急進展による医療に関連する情報の入手に伴う非医療者からのニーズという社会的な背景により、医療者や研究者も看過できずに代替医療に関心を持たざるを得なくなってきている現状を明らかにしている。また、東洋医学などのようにもともと歴史的に確立された医療体系と新興の療法とが介在するのも、わが国における代替医療に関する学会活動の特色であると述べている。一方、科学的根拠については、Pub Med、Cochrane Library、を分析して、代替医療に関する文献や体系的評価が年々増加傾向にあることが明らかになっているが、他方では代替医療に関する科学的根拠がまだまだ不足しており、より大がかりで精度の高い臨床試験の積み重ねが今後の課題のひとつであると述べている。

第3章では、医療供給体制と代替医療の市場規模の関連性について、アメリカの代替医療の市場規模を観ながら代替医療を経済的側面から分析している。また、保険と医療費の削減という観点からも市場について考察している。結果として、わが国における代替医療の市場規模は、2002年時点においておよそ2兆円という見方がひとつの推計値として参考になるということ、アメリカは医療費についてはわが国より高いが、両国それぞれの医療費に比較した代替医療費への個人負担比率は日本の方が高いことを明らかにしている。

第4章では、おもに法的側面から代替医療を検討している。その結果、健康食品総てが悪徳商法によって販売されていたり、薬事法に抵触しかねなかったりしている状況にあるとはいえないが、利用者が自らの責任で健康食品を利用する場合でも、健康食品には表示や成分あるいは形状や容器等までもが法律による規制の対象になっており、実際に薬事法違反の判例もあることを事前に承知した上で、適切な選択がなされることが望まれるという結論を導き出している。

第5章では、代替医療を医学教育のカリキュラムに組み込んでいる医学校が増加している現状について考察している。具体的には、アメリカにおいては医学教育のカリキュラムの中に代替医療を取り入れているところが増えつつあり、NCCAMによって代替医療に関連する研究をしている大学や研究機関に対してサポート体制ができつつあることなど、国家的に代替医療に対する教育や研究の基盤づくりが進められているといえるのに対し、わが国の場合は、代替医療の講座が開設され実際に講義も行われているが、講義時間や科目がアメリカに比べて少なく卒業後の臨床につながるものは殆んどなく、講義内容だけでなくカリキュラムそのものが患者やご家族のニーズや医療現場と相関していく実践的なものになっていく必要性があると主張している。

第6章では、わが国で実際に発信されている代替医療情報の中で、健康食品を中心に情報の中身を観ると共に、医療相談支援活動での非医療者の代替医療情報の受け止め方を整理し分析している。その結果、健康食品に関しては、成分や使用法等の情報が少ない物ほど価格のばらつきが大きいことを明らかにし、代替医療の意味をしっかりと理解していないという非医療者のリテラシー不足を浮き彫りにしている。

第7章では、これまでの考察を踏まえて、あらたな医療情報のあり方について考察し、展望を行っている。筆者によれば、複合的ネットワークの形成によって、自治体・医療機関・企業・研究機関・大学・市民・NPO等地域を構成するさまざまな主体が情報や知識を交換し、自らの構想力を向上させ、協働して創意を発揮してこそ、有益な医療情報のインフラが構築されると考えられると述べている。

本論文は、いわゆる代替医療について、できるだけ多面的にその実態を把握しようと努め、問題点を析出しようとしている。とりわけ評価指標を作成してインターネット上の関連情報の質について精査し、今後の対応策を提言しようとしている。(補完)代替医療の定義やそれをとりまく科学的実態から始まり、諸学会の動向を踏まえて、市場規模、法的状況、人材教育制度の現状など、関連分野における状況と先行研究についてサーベイし、さらに、実際に日本で流通している健康食品の実態を独自の評価指標によって定量的に分析しようと努め、自らが積極的に関与した苦情処理・救済NPOに寄せられた苦情などの情報の内容を分析した筆者の力量は、理論面と実践面を総合したものとしては高く評価すべきである。

医療における不均衡(格差)の問題は、従来は経済的な見地からのみ議論されることがほとんどだったが、筆者は社会情報学の知見を取り入れることで、医療情報における情報弱者の立場に立った分析と提言を試み、一定の成功を収めている。情報社会において、今後ますます重要になるであろう、このような枠組みを設定したことも、本論文の先駆的な価値として評価できる。

また、とくに、インターネット上の情報に限られているとはいえ、膨大な数の健康食品の情報について、一次情報に基づき代替医療情報に関する実情を分析している点は貴重な研究であり、質に関する定量的な尺度を考案して相互比較を可能にした試みは、その独自性と共に、筆者の地道な努力を反映した作業として高く評価できる。全体としてはオリジナリティも目的の意義も高く、新たな研究領域を開拓する可能性をも有する、この研究を達成しようとする筆者の意欲と力量は高く評価されるべきものと考える。

なお、第6章の計量的分析はさらなる計量分析技法の習得による精緻化があればより説得的な議論を行うことができたものと考えられる。また、最終章の統合医療福祉情報に関する提言に関しては、やや大胆でもあり、より詳細な制度的分析によって主張を精緻化すべきものと考えられる。しかし、本研究の学術的な独自性、社会的意義はきわめて高く、博士論文として十分な水準にあることは明らかである。

よって、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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