学位論文要旨



No 122828
著者(漢字) 福田,雅樹
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,マサキ
標題(和) 情報通信分野における独占禁止法的規律の限界 : 電気通信設備の接続の不実行と独占禁止法の規定との関係
標題(洋)
報告番号 122828
報告番号 甲22828
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第12号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 濱田,純一
 東京大学 教授 須藤,修
 東京大学 教授 橋元,良明
 東京大学 助教授 石崎,雅人
 東京大学 助教授 田中,秀幸
内容要旨 要旨を表示する

 電気通信設備の接続の不実行(一定の接続を一定の条件により実行しないことをいう。以下同じ。)についての立法論を検討するに当たっては、電気通信設備の接続の不実行に対する現在の独占禁止法の規定による規律の限界を念頭に置くことが必要であり、しかして、電気通信設備の接続の不実行と私的独占及び不公正な取引方法との関係を整理することが必要である。しかしながら、独占禁止法の解釈及び運用については、「論理性に欠ける」等の批判が提起されている。特に私的独占の要件である「他の事業者の事業活動を排除」することについては、厳密な議論が忌避されてきた。このため、電気通信設備の接続の不実行については、私的独占との関係及び不公正な取引方法との関係の双方が未だ論理的かつ厳密に解明されていないことが窺われる。

 そこで、本稿においては、まず、電気通信設備の接続の不実行が積極的な助力(一定の条件により一定の物又は役務を給付することをいう。以下同じ。)の不実行の一種であることにかんがみ、積極的な助力の不実行一般と「他の事業者の事業活動を排除」することとの関係を整理する。この整理に当たっては、あらかじめ、「他の事業者の事業活動を排除」することの意義を整理する。次いで、同じく電気通信設備の接続の不実行が積極的な助力の不実行の一種であることにかんがみ、積極的な助力の不実行一般と不公正な取引方法との関係をも整理する。この整理に当たっても、あらかじめ、不公正な取引方法に該当する行為の範囲を整理する。かくして出揃った双方の結論を電気通信設備の接続の不実行に当てはめることにより、電気通信設備の接続の不実行と私的独占及び不公正な取引方法との関係を整理し、もって電気通信設備の接続の不実行に対する現在の独占禁止法の規定による規律の限界を明らかにする。

 第1章から第11章までにおいては、第12章の準備として、「他の事業者の事業活動を排除」することの意義について検討する。

 第1章においては、あらかじめ、「他の事業者の事業活動」の意義を整理する。その結論として、独占禁止法における「事業」と「事業活動」との使い分けにかんがみると、「他の事業者の事業活動」が事業のために遂行される個々の具体的な行為と解されることが明らかになった。

 第2章においては、独占禁止法が米国の反トラスト法(以下「米国法」という。)を継受したものであることにかんがみ、米国法に関する判例、学説等(以下「米国の判例等」という。)を概観しつつ、「他の事業者の事業活動を排除」することと米国法との関係を整理する。第3章においては、「他の事業者の事業活動を排除」することの意義に関する従来の説明として、起草者による説明、公正取引委員会及び同委員会事務局による説明、学説並びに裁判例及び審決例(以下「学説等」という。)を概観する。第4章においては、「他の事業者の事業活動を排除」することの意義を検討するに当たって出発点のありかについて検討し、「他の事業者の事業活動を排除」することと独占禁止法1条のうちの趣旨規定の部分との関係を出発点として採用することとした。

 第5章においては、独占禁止法1条のうちの趣旨規定の部分について、学説等及び米国の判例等を参照しつつ、これを検討したところ、独占禁止法に規定する行為規制の客体となる行為が事業活動の自由に制限を加える行為でなければならないことが明らかになった。第6章においては、「他の事業者の事業活動を排除」することと同条のうちの趣旨規定の部分との関係について、学説等及び米国の判例等を参照しつつ、これを検討したところ、「他の事業者の事業活動を排除」することが他の事業者の事業活動の自由に制限を加えることという性格を有するものでければならないことが明らかになった。その上で、「他の事業者の事業活動を排除」することの意義に関する論点として、次の4点を提示した。

(1) 一定の行為が「他の事業者の事業活動を排除」することに該当するためには、当該行為の客体である他の事業者の事業活動の自由に対する制限の増加という変化が必要であるのか

(2) (1)について積極に解される場合において、他の事業者の事業活動の自由に対する制限の増加という変化の有無を判断する際の比較の対象をどうするのか

(3) 事業活動のうち「排除」の客体となることが論理的にあり得るものの範囲如何

(4) 「排除」の結果として他の事業者の事業活動の自由に加えられる制限の程度如何

 第7章から第10章までにおいては、学説等及び米国の判例等を参照しつつ、(1)から(4)までを検討する。

 第11章においては、第1章から第10章までの成果を取りまとめ、もって「他の事業者の事業活動を排除」することの意義について、これを他の事業者の個々の具体的な事業活動について当該事業活動が可能であったという状態から当該事業活動が不可能であるという状態へと変化するという結果を惹起する行為と整理した。

 第12章においては、積極的な助力の不実行一般と「他の事業者の事業活動を排除」することとの関係について、学説等及び米国の判例等を参照しつつ、問題となる助力を得て事業活動を行うことの自由の有無に着目してこれを整理したところ、次のことが明らかになった。

【I】 ある事業者が他の事業者の一定の事業活動についての積極的な助力をしないことは、次の場合に限り「他の事業者の事業活動を排除」することに該当する。

(1) 既存の助力の不継続にあっては、当該他の事業者が当該事業活動を行うためには当該事業者から当該助力を得ることが必要かつ十分である場合(★)

(2) 新規の助力の不実行にあっては、★に該当するとともに、当該助力の不実行が私的独占の禁止に関する規定以外の法令の規定に違反する場合

 第13章においては、不公正な取引方法の要件である「公正な競争を阻害するおそれがあるもの」について、学説等を参照しつつ、これが現に事業活動を立ちいかせることができる事業者と比べて効率において同等以上の事業者の事業活動が立ちいかない状態をもたらす可能性がある行為と解されることを明らかにした。その上で、不公正な取引方法に該当する行為の範囲を整理し、積極的な助力の不実行一般と不公正な取引方法との関係について、問題となる助力と同等の助力を得る第三者の有無に着目してこれを整理したところ、次のことが明らかになった。

【II】 ある事業者の他の事業者の一定の事業活動についての積極的な助力の不実行という行為が不公正な取引方法に該当するためには、少なくとも、当該行為が次のいずれかに該当しなければならない。

(1) 当該他の事業者と第三者とを差別的に取り扱う行為にあっては、当該他の事業者が当該事業活動を行うためにはほかならぬ当該事業者から当該助力を得ることが必要かつ十分であること(★★)。

(2) 当該他の事業者と第三者とを差別的に取り扱わない行為にあっては、★★に該当し、かつ、当該行為が不公正な取引方法の禁止に関する規定以外の法令の規定に違反すること。

 第14章においては、積極的な助力の不実行と米国法の規定との関係に関し、米国の判例等を概観し、その上で、その結論と第12章及び第13章の結論とを比較する。

 第15章においては、第12章及び第13章の結論を電気通信設備の接続の不実行に当てはめることにより、電気通信設備の接続の不実行と私的独占及び不公正な取引方法との関係を整理し、もって電気通信設備の接続の不実行に対する独占禁止法の規定による規律の限界を整理する。

 本稿の成果によると、電気通信設備の接続の不実行と現在の独占禁止法の規定との関係については、次のとおりである。

○ 新規の接続の不実行という行為が私的独占に該当するためには、少なくとも、当該行為が私的独占の禁止に関する規定以外の法令の規定に違反することが必要である。

○ 自己以外のすべての電気通信事業者に対する電気通信設備の接続の不実行という行為が不公正な取引方法に該当するためには、少なくとも、当該行為が不公正な取引方法の禁止に関する規定以外の法令の規定に違反することが必要である。

 すなわち、自己以外のすべての電気通信事業者に対する新規の接続の不実行という行為は、現在のところ、少なくとも独占禁止法の規定以外の法令の規定に違反しない限り、独占禁止法の規定に違反することもあり得ないということに、電気通信設備の接続の不実行に対する現在の独占禁止法の規定による規律の限界の1つが見いだされる。

 この成果は、積極的な助力の不実行一般と現在の独占禁止法の規定との関係について第12章及び第13章の結論を電気通信設備の接続の不実行に当てはめたことにより見いだされたものである。したがって、この成果については、事業一般にこれを拡張することができる。すなわち、本稿の成果によると、およそ事業一般について、自己以外のすべての事業者に対する新規の助力の不実行という行為は、現在のところ、少なくとも独占禁止法の規定以外の法令の規定に違反しない限り、独占禁止法の規定に違反するということがあり得ないのである。

 本稿の成果の限界としては、本稿において私的独占の要件の一部及び不公正な取引方法の要件の一部を整理していないことによる限界及び本稿の対象とする電気通信設備の接続の不実行として捉える行為の範囲を議論の便宜上限定していることによる限界が挙げられる。これらの未整理の論点について検討することが今後の課題となる。

審査要旨 要旨を表示する

 提出論文である「情報通信分野における独占禁止法的規律の限界−電気通信設備の接続の不実行と独占禁止法の規定との関係−」は、電気通信設備の接続の不実行(一定の接続を一定の条件により実行しないこと)についての法的取扱いを素材として、それが電気通信役務の提供における競争の問題にかかわることから通常はこうした行為への適用が想定される、競争の一般ルールである独占禁止法的規律の限界を論じたものである。筆者は、電気通信設備の接続の不実行は、「積極的な助力の不実行の一種」にあたると捉えた上で、独占禁止法に定める規律要件の一つである「他の事業者の事業活動を排除」という文言規定をこれに適用する際の限界を以下のとおり検討している。

 論文は、全体で15の章と序章及び終章からなる。序章における上記のような問題提起を受けて、筆者はまず「他の事業者の事業活動を排除」するという文言の意義を理解することに焦点をあてて、第1章では「他の事業者の事業活動」の概念、第2章及び第3章では「排除」の概念をめぐって、米国法や各種の判例・学説等を踏まえた意義の整理を行う。また、第4章ないし第6章では、観点を変えて、独占禁止法1条の趣旨規定(「私的独占・・を禁止し・・一切の事業活動の不当な拘束を排除すること」)に照らした考察を行っている。次いで、「他の事業者の事業活動の自由に対する制限の増加の要否」、こうした自由に対する「制限の状態の比較の対象」、あるいは「排除」の客体など、第1章ないし第6章での考察を通じて得られた、「他の事業者の事業活動を排除」するという文言の構成要素それぞれにつき、第7章ないし第10章において、学説や米国の判例等を参照しながら検討をくわえる。そして、第11章では、こうした検討結果がまとめられ、「他の事業者の事業活動を排除」するということの意義が明確にされる。その上で、「積極的な助力の不実行」をめぐって、「排除」の概念との関係(第12章)や「不公正な取引方法」との関係(第13章)が分析され、また、米国法との比較(第14章)が行われる。そして、最後に第15章で、これらの検討結果を電気通信設備の接続の不実行の場面にあてはめて、これと独占禁止法との関係を整理する。その結論の核は、「ある電気通信事業者による自己以外のすべての電気通信事業者に対する新規の接続の不実行という行為は、少なくとも電気通信事業法その他の公法の規定に違反しない限り、独占禁止法2条5項の『他の事業者の事業活動を排除』することによる私的独占及び不公正な取引方法のいずれにも該当せず、ここに、電気通信設備の接続の不実行に対する現在の独占禁止法の規定による規律の限界が存在する」ということである。

 本論文は、全体によく構造化された段階的な論文構成及び厳密な概念定義・論理構成、さらには丹念な関係文献の渉猟によって十分な説得力をもって展開されており、すぐれた水準の論文であると評価することができる。そこでは、たんに、電気通信設備の接続の不実行にかかわる独占禁止法適用の限界が示されたという具体的な意味合いにとどまらず、しばしば論理性に欠けるとも指摘されてきた独占禁止法の解釈につき、同法の本質にかかわる部分の一つである規定について丹念な論理実証主義的な解釈論が試みられていることの学問的意義は大きい。あえて指摘すれば、筆者が解釈論のみにとどまらず当該課題の社会的経済的文脈や競争法一般の土俵での考察にまで議論を展開しておれば課題をより立体的に描きえたであろうとも思われるが、解釈論の高密度な展開とそれにより読み手に印象付けられる解釈論のいわば妙味は、そうした点を補ってあまりある学問的水準を示しているものと評価することができる。

 上記一切についての考慮を踏まえて、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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