学位論文要旨



No 122827
著者(漢字) �y谷,紀夫
著者(英字)
著者(カナ) トギヤ,ノリオ
標題(和) デジタルアーカイブにおける「資料基盤」統合化モデルの研究
標題(洋)
報告番号 122827
報告番号 甲22827
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第11号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬場,章
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 吉見,俊哉
 東京大学 教授 根本,彰
 国際資料研究所 所長 小川,千代子
内容要旨 要旨を表示する

 1990年代より世界各地において、デジタルアーカイブなどに代表される文化資源をデジタル化して公開する動向が顕著となった。しかし、現状のデジタルアーカイブは、各資料群の統合的な運用や、ユーザフィードバックによる情報更新の未発達など様々な問題が指摘されており、今後解決すべき多様な課題を抱えている。本研究ではこれらにあたり、まずデジタルアーカイブは(1)資料基盤、(2)社会基盤、(3)システム基盤の三基盤によって成立していると考え、各基盤と三基盤をあわせた全体においてどのような問題があるかを捉えた上でその解決方法を導く。

 最初の(1)資料基盤における課題については、各組織や資料群、資料の形態によって資料のメタデータや整理・分類方法などの、資料基盤の諸要素が分離して扱われている問題を第一にあげることができる。次の社会基盤に関しては、デジタルアーカイブとリアルアーカイブの資料保存機関との関係、また刊本などのメディアとの相互補完的な関係の未確立、運営者と利用者との関係など、社会の中でのデジタルアーカイブの位置づけが明確でない点が大きな問題となっている。さらに、システム基盤においては、資料関連情報をマネージメントするシステムや様々なユーザからのフィードバックなど、主に資料基盤と社会基盤の確立によってその活用が可能となる技術の開発が遅れている。また三基盤の全体に関する課題としては、これまでは「システム基盤」が重視され、「資料基盤」「社会基盤」への視野が不足したデジタルアーカイブの構築が行われて来た点に問題がある。そのため、今後のデジタルアーカイブは、「資料基盤」と「社会基盤」を重視し、特に「資料基盤」における統合性を重視したデジタルアーカイブを設計することが必要である。

 これらのデジタルアーカイブを実現するためには「資料基盤」の統合性を重視したデジタルアーカイブの「[1]基本モデル」の構築が必要である。またそれらを実現する方法を示す「[2]構築フローモデル」と実現されたアーカイブを評価する「[3]評価モデル」がサブモデルとして構築される必要がある。このような3つのモデルに関しては現在では「[2]構築フローモデル」に類似するモデルのみが存在するが、技術的なガイドラインや、より抽象的なモデルを示すのみに留まるものが多い。そのため現在の課題を解決し、資料基盤の統合性を重視したデジタルアーカイブを設計・評価する3モデルを構築し、それらを実際に使用したプロジェクトを行うことでその実用性の評価を行うことが本研究の主要な目的である。

 デジタルアーカイブの「[1]基本モデル」の構築においては、リアルの文化資源保存施設や、目録や図録のメディアとの比較、さらにデジタル技術の特性を考察した結果、図-1に示されるモデルを構築した。モデルの構成要素は「(あ)様々な資料に適応できる汎用性を保つことができ、多様な情報を格納することのできるメタデータの設計」「(い)様々な観点から資料を構成・整理できる分類体系」「(う)ユーザの指摘に基づいて事後的にデータの編集ができる運用システム」「(え)組織だけではなく個人などの資料も共同で公開するシステム」「(お)デジタルアーカイブの関係権利のガイドライン」「(か)ユーザ同士と、運営者とユーザ間のコミュニケーションが可能な運用体制」「(き)リアルの『資料存在空間』や各種のメディアとの連携に関するガイドライン」「(く)上記の(あ)〜(き)を実現するデジタルアーカイブに必要なシステム基盤の構築」の主な7つの要素によって成り立つ。

 この中で最も重要なのは、統合的な資料基盤の形成に関わる(あ)〜(う)である。本研究では(あ)においては、様々なデジタルアーカイブとの統合を実現する汎用的なメタデータを設計した。また(い)においては、記録資料に掲載された多様な事物・概念をオントロジの技術を利用して相互に関連付ける多面的な事物概念体系を構築した。これらによって、資料と関連する場所・空間、人・組織、時間・時代、出来事などが歴史的な史実に基づき相互に結びつく事物・概念ツリーを構築した。これらの事物・概念の関係性を可視化したグラフを使用することで、ユーザは様々な事物の関連性の中より各資料にアクセスすることが可能となる。また事物・概念ツリーは、多くの資料に適用することを目的としているため、形態、主題などが違う資料群に適応することが可能となり、資料群の違いを超えて様々な概念・事物の関係性より多様な資料にアクセスすることが可能となる。

 さらに、(う)を実現することによって、ユーザのフィードバックなどにより、事物・概念ツリーや、メタデータの加筆・更新を行うことが可能となり、より精度の高い情報の更新を可能とするフローが確立される。さらに、これらのデジタルアーカイブを支える基盤として、社会基盤やシステム基盤の両面から各要素を支える仕組みについてそれぞれのモデルを構築し、「[1]基本モデル」の全体を構成した。

 次に、「[2]構築フローモデル」は図-2に示されるような、主に8のフェーズに分けて設計が行われた。その内容は資料に関する調査を主とする「(1)事前調査」とデジタルアーカイブとその他のメディアや保存施設との関連を捉えた全体プランニングを行う「(2)リアル・デジタルメディアの総合プランニング」が最初に配置される。次に「(3)資料内容情報の取得」と「(4)各資料存在空間とリアルメディアの構築」を実行した後で、デジタルアーカイブ全体を設計する「(5)デジタルアーカイブ化プランニング」を行う。その後で「(6)構築」と「(7)運用」を行い「(8)評価項目の設定と評価」を実施する。特にこのフローで重要な、「(5)デジタルアーカイブ化プランニング」においては、「<1>資料情報化」、「<2>ユーザ設定」、「<3>運営設定」、「<4>全体構成・基本機能」、「<5>他の『資料存在空間』やメディアとの連携」、「<6>メディア環境、対応知覚」の各項目を設計する必要がある。以上のような過程を順に経ることで目的と利用対象が明確となるデジタルアーカイブの設計が可能となる。

 さらに、「[3]評価モデル」は主に、「資料基盤」、「社会基盤」、「システム基盤」の三要素の評価から形成される。ここでは主に、「[2]構築フローモデル」の「(5)デジタルアーカイブ化プランニング」に適合させた検証を行い、デジタルアーカイブを構築した初期の目的が達成されたかを中心に評価を行う。評価の中で特に重要な資料基盤に対する評価では「資料の統合性」「複製資料情報の質と閲覧機能」「資料の分類・構成」「資料内容情報の量と質」などが重点的に評価される。また、システム基盤に対する評価では、システムの安定的な要素とともに、ユーザビリティの観点からのヒューマンインターフェイスの評価なども取り入れられる。

 以上が「[1]基本モデル」「[2]構築フローモデル」「[3]評価モデル」の3モデルの概要であるが、本研究ではこれらのモデルに基づいて実際のデジタルアーカイブを構築する実証実験を行った。アーカイブ構築の題材となったのは主に「歴史写真資料」「坪井正五郎資料」「坪井邸建築資料」「赤水図資料」の4つの資料群である。各資料群は題材や資料自体の形態が異なる資料であるが、それらに対しては、「[1]基本モデル」で示したように、汎用的なメタデータを付与するとともに、資料と関連する事物・概念統制を行い、資料相互の関連性が可視化できるアーカイブを構築した。またメタデータに対する加筆・修正を担うコミュニティ機能を付与し、ユーザからのフィードバックによって情報が更新されるシステムを構築した。これらのアーカイブは「[2]構築フローモデル」に則り構築され、最後に「[3]評価モデル」を使用してユーザと専門家などからの評価を受けた。

 デジタルアーカイブの評価においては「資料基盤」「社会基盤」「システム基盤」に関する設計内容の多くを支持する評価が見られ、人文科学の研究ツールとしても一定以上のユーザから有用なツールであるとの評価を受けた。また、デジタルアーカイブ、リアルアーカイブ双方の専門家からもアーカイブ自体とモデル自体に対する理解を得た。そのため「[1]基本モデル」を骨格とするアーカイブの構造とそれらの構築に使用した「[2]構築フローモデル」及び「[3]評価モデル」は実践的に活用可能なモデルであると考えられる。しかし、今後はユーザの意見を反映した改善点を踏まえ、より汎用的なメタデータや事物・概念ツリーなどを使用した外部との連携を進展させる必要がある。

 これらの実証実験の結果を踏まえて「[1]基本モデル」に基づく今後のシステムについて考察すると、これらのシステムは資料やそれらに対するユーザから寄せられる知識、またはその他のリアルの場である「資料存在空間」との連携など、様々な場所からの知識を複合的に情報化し、情報自体が成長、更新していく特質を持つ。これらは既にアーカイブの概念を超えており、改めて上述のようなシステムをKnowledge Formalized Complexと名付けることとした。今後資料を中心とした人文科学の研究においては、デジタル化された資料を格納し、その上に様々な知識が複合的に蓄積されていくKnowledge FormalizedComplexのスタイルを持ったコンテンツ・システムが、様々な資料相互のシームレスな連携を可能とし、知の蓄積を行うツールとして重要な役割を果たしていくと考えられる。

図1:資料基盤の統合性を重視した[1]デジタルアーカイブの基本モデル

図2:[2]デジタルアーカイブの構築フローモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本審査委員会は、平成19年3月2日に、論文提出者に対して、学位申請論文「デジタルアーカイブにおける『資料基盤』統合化モデルの研究」の内容及び専攻分野に関する学識について口頭による試験を行った。

 本学位申請論文は、1990年代より世界各地において顕著な傾向を示した文化資源をデジタル化して公開するデジタルアーカイブの動向を整理して、現状のデジタルアーカイブにおいては、各資料群の統合的な運用や、ユーザフィードバックによる情報更新の未発達などの問題が取り残され、今後解決すべき多様な課題を抱えていることを指摘する。さらに本学位申請論文では、そのような動向をふまえ、デジタルアーカイブが「資料基盤」・「社会基盤」・「システム基盤」という三基盤によって成立していると考え、それぞれの基盤、ならびに三基盤をあわせた全体の構造にどのような問題があるかを把握し、その具体的な解決方法を導いている。

 論文審査においては、まず、論文提出者から学位申請論文の概要に関する説明があり、それを受けて、論文提出者から示された研究業績一覧に掲載されている査読論文と学位申請論文の構成との関係を問うことから始めた。論文提出者から既発表論文の要旨が説明され、さらに、それらの要旨と学位申請論文の章立てとの関係が明らかにされた。その結果、本審査委員会は、論文提出者のこれまでの研究業績がさらに発展させられて、学位申請論文に結実していることを確認した。

 次いで、学位申請論文の核心であるデジタルアーカイブの「資料基盤」とその統合について集中的に審査した。学位申請論文では、「資料基盤」における課題として、各資料組織や資料群の形態によって、個々の資料のメタデータや整理・分類方法など「資料基盤」の諸要素が分離して扱われている問題を重視し、さらに「社会基盤」において、デジタルアーカイブと資料の原物を保存する機関との関係、また、デジタルアーカイブと刊本などのメディアとの関係という相互補完的な関係の未確立や、運営者と利用者との双方向的な関係の未成熟など、社会の中でデジタルアーカイブの位置づけが明確でない点を問題とする。また「システム基盤」においては、資料関連情報をマネージメントするシステムや多様なユーザからのフィードバックなど、主として「資料基盤」と「社会基盤」の確立によってその活用が実現する技術の開発が遅れている点が問題とされる。

 論文審査では、論文提出者の言う「資料基盤」が文化資源の原資料における「資料基盤」とデジタル化後のデジタルデータにおける「資料基盤」の双方を意味する点について、論文提出者の見解を問うた。その結果、論文提出者は、原資料の調査・整理のみならず、デジタルデータの整備をも含めて「資料基盤」としていると説明し、「資料基盤」は、「社会基盤」と「システム基盤」とによって支えられるもので、三基盤のうちもっとも重要なものと考えているとの見解が示された。さらに、論文提出者は、三基盤の全体に関する課題として、これまでは「システム基盤」が重視され、「資料基盤」と「社会基盤」への配慮が不足したデジタルアーカイブの構築が行われて来た点に問題があり、今後のデジタルアーカイブは、「資料基盤」と「社会基盤」の整備をも重視して、「資料基盤」における統合性を重視したデジタルアーカイブを設計することが必要であると説明した。

 次いで、本論文審査委員会は、文化資源のデジタルアーカイブにおいて、統合が必要とされる理由とそのモデルについて問うた。論文提出者は、これまでのデジタルアーカイブが個別分散していることの弊害を指摘し、その効率的な運用と利活用の活性化のためにデジタルアーカイブが統合されることが必要であり、デジタル技術やコンピュータ技術の発達によって統合が可能になったと説明した。さらに論文提出者は、これらのデジタルアーカイブを実現するためには、根拠の無い統合ではなく、「資料基盤」の存在とその統合性を重視したデジタルアーカイブの「基本モデル」の構築が必要であり、またそれらを実現する方法を示す「構築フローモデル」と、実現されたものを評価する「評価モデル」がサブモデルとして構築される必要があるとした。そして、このような三モデルのうち、現在は「構築フローモデル」に類似するモデルのみが存在しているが、それは技術的なガイドラインや、より抽象的なモデルを示すのみに留まるものが多いと指摘する。論文提出者は、現在のデジタルアーカイブの課題を解決して「資料基盤」の統合性を重視したデジタルアーカイブを設計・評価する三モデルを構築し、それらを実際に使用したプロジェクトで、その実用性の評価を行う必要があると説明した。本審査委員会は、以上のような論文提出者の見解と方法の独創性を認め、また、学位請求論文における実証研究の意義を確認した。

 最後に、本審査委員会は、論文提出者が提案する「基本モデル」を実証するために構築した文化資源統合デジタルアーカイブシステムに使用されている要素技術に関して審査した。論文提出者は、このシステムが約6年以前に開発されたiPallet-nexusのエンジンをもとにしつつも、デジタルアーカイブの統合機能を実現する目的で、新たにKUMUエンジンとして開発されたものであることを説明した上で、そのシステムの設計を論文提出者が担当したことを明らかにし、あわせてシステムの技術的な概要について詳述した。本審査委員会は、それらの事実に基づき、統合デジタルアーカイブシステムが旧来のシステムとは異なり新規性の高いシステムであることを確認した。

 本審査委員会は、本学位申請論文が、1990年代以降にわが国で積極的に進められてきた文化資源のデジタルアーカイブの今日的到達点に立って、その問題点を、「資料基盤」・「社会基盤」・「システム基盤」の側面から整理し、その克服と、その結果展望される新たなデジタルアーカイブの姿を考察し、なかでも、「資料基盤」の側面における問題点に基づいて、デジタルアーカイブの統合手段の必要性を考察したものと判断した。さらに、本審査委員会は、学位申請論文では、統合の具体的な方法として、メタデータのあり方とオントロジによる連携に注目し、3種類の資料群を用いて文化資源統合デジタルアーカイブシステムを構築した上で、その評価にまで踏み込んでいることを確認した。このような研究は国内外においてまだ類を見ず、その新規性は国際的にも高く評価されるものである。本審査委員会は、学位請求論文の審査に加えて、論文に展開されている論点に関する論文提出者の学識の高さも確認した。よって、本審査委員会は、本学位申請論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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