学位論文要旨



No 122825
著者(漢字) 筧,康明
著者(英字)
著者(カナ) カケヒ,ヤスアキ
標題(和) テーブル型実世界指向インタラクティブメディア技術の創出とアート表現への展開
標題(洋)
報告番号 122825
報告番号 甲22825
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第9号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 苗村,健
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 佐々木,正人
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
内容要旨 要旨を表示する

 情報技術の発展に伴い,コンピュータはその形態や機能を変え,日常生活に目覚しい勢いで浸透してきている。その一方で,コンピュータが便利にしたのは我々の生活の未だ一部に過ぎないとも言える。我々が本来の人間らしさを失うことなく,コンピュータのもたらす恩恵をより一層享受するために,コンピュータと実世界および人とを効果的に結びつける技術の重要性が高まっている。また,これからのメディア技術は単なる技術開発に留まらず,その技術ならではの用途や,またその上でのコンテンツや表現までを含めてデザインする必要がある。

 このような背景のもと,本研究では実世界に即した情報環境の構築を目指し,情報技術およびメディア表現の両方の観点から検討を行う。中でも本論文では,実世界の場として``テーブル"に着目し,テーブル上およびその周辺の情報環境のデザインを目的とする。テーブルは食事や作業,会合など,我々の日常生活において欠かすことのできない道具である。このテーブル面に電子画面を組み込んだものをテーブル型ディスプレイと呼び,実作業空間上に情報空間を重ねて提示できることから,実空間の拡張,作業支援およびコミュニケーション支援など多様な用途に対し有効なデバイスの一つと言われている。

 実世界において効果的なテーブル型ディスプレイの開発に向けて,情報提示とインタラクションという大きく2つの課題に対して従来から様々な角度から検討がなされてきた。テーブル上での情報提示における課題とは.例えばテーブルを複数人で囲む場合の方向の概念を有する情報の提示位置・向きの問題(天地問題)である。また,テーブルを囲んで行われる非言語モダリティを含んだコミュニケーションを阻害しない形で,さらに有用な情報を提示する仕組み作りも重要な課題である。もう一方のトピックは,自然で多様な入力を可能とするインタラクションの実現である。実世界の作業空間でもあるテーブル上では,マウスやキーボードのみならず,ユーザの動きや,テーブル上の実オブジェクトなどを利用し,ユーザに負担を掛けずに直感的に情報にアクセスできることが求められる。本研究では,これらの課題に対し,光学設計とソフトウェアデザインを組み合わせて取り組むことにより新たな提案を行う。

 まず,本研究全体の基盤となる重要な成果として,視界制御フィルムを用いた方向依存性を有するディスプレイ手法の構築が挙げられる。これは,ユーザに特殊な装置を装着させることなく実世界中に効果的な情報提示を行うために,``方向により光の振る舞いが変化する"映像ディスプレイの開発を行ったものである。具体的には,視界制御フィルムを映像投影スクリーンとして利用し,その特性に合わせた角度でプロジェクタから映像を投影することで,以下のような特徴を持つディスプレイ手法を構築した(第3章)。

●単一スクリーン上で方向により光の拡散と透過が切り替わる

●入射方向に応じて光の拡散方向・範囲が制限される

●観察方向に応じた選択的(多重的)映像提示が可能

 本研究では,このディスプレイ技術をテーブル上の水平ディスプレイとして発展させることで,従来のテーブル型ディスプレイの抱える問題の解決および新たなインタラクティブメディアの提案を行った。主な成果を以下にまとめる。

(第4章)

インタラクティブなテーブル型多人数用方向依存ディスプレイ Lumisight Table

 従来の一般的な平面ディスプレイを用いたテーブル型システムでは,複数人による利用を想定した場合に,情報の天地問題や,共有情報と個人化情報の提示手法などに関する課題を抱えていた。これらの課題に対し,本研究では視界制御フィルムとフレネルレンズで構成されるスクリーンをテーブル面に組み込み,テーブル内部に複数プロジェクタとカメラを設置することで,以下のような特徴を持つディスプレイシステムを実装した。

●単一スクリーン平面上における,見る角度に応じた異なる映像提示が可能

●スクリーンの透明性を利用したテーブル内部からのカメラによるテーブル上の撮影が可能

 これにより,天地問題の解消と,手指および実オブジェクトを用いた直感的なインタラクションを可能にし,さらにプロジェクタ投影映像の位置あわせを行うことで,全てのユーザに同じ情報を同じ場所・向きに提示する手法を構築した。これは,このディスプレイシステムに単一画面上で共有すべき情報と個人化すべき情報を同時に表示できるという新たな機能を付与した。

 本システムの応用可能性を示すために,以下のアプリケーションを実装した。

●ユーザ毎に個別の情報を個別の向きに提示する``書類閲覧アプリケーション"

●地図情報を同位置・同方向に,地名情報をそれぞれの読みやすい向きに提示し,実オブジェクトで操作可能な``地図閲覧アプリケーション"

●皆で見える情報と自分にしか見えない情報をテーブル上で共存させた``カードゲーム"

●情報の天地問題を解消し,地図を囲んだ情報閲覧・シミュレーションを行う``対面協調支援アプリケーション"

 簡単な被験者実験の中ではあるが,天地問題を解消した情報提示を行うと対面コミュニケーションにおける発話回数が増加するという結果が得られ,本システムがテーブル型ディスプレイにおける対面協調作業支援への有効性を示した。

(第5章)

鏡の中の世界を演出するインタラクティブアート through the looking glass

 第5章では,方向依存ディスプレイの技術を新たな表現を生み出すインタラクティブアートに昇華させることを目的とした。ここでは``本物の鏡"を用いて鏡の中の世界を演出し,その世界とのインタラクションを可能にするthrough the looking glassを提案・実装した。この作品では,我々の生来抱く鏡に対する常識を覆し,本物の鏡の中に手前とは異なる振る舞いをする映像空間を作り出し,参加者とその鏡像との間に非対称なインタラクションを誘発する。具体的には,以下のような成果を得た。

●方向依存ディスプレイと鏡の組み合わせにより,鏡の中に映るスクリーンに手前とは異なる映像を提示する機構を実装した

●鏡の手前にあるディスプレイ映像と,鏡の中に写るディスプレイ映像を連携させることで,本物の鏡を介した多様な映像効果を可能にした。

●画像処理によるオブジェクト認識を用いて,映像のインタラクティブな操作を実現した。また,鏡の中の自分自身と対戦するホッケーゲームを実装し,アート展を中心に実際の展示を行った。

(第6章)

Lumisight スクリーンを用いた透明卓上インタフェース

 テーブル型ディスプレイの特徴として,実オブジェクトを画面の上に置くことができるという点がある。従来テーブル上の実オブジェクトを入力インタフェースとして用いる場合には,テーブル上でのマーカやデバイスの氾濫やオブジェクトを置くことによる映像の遮蔽の解消が課題であった。この課題に対し,以下のような特徴を持つ透明卓上インタフェースを提案・実装した。

●テーブルを囲むユーザからは透明に見え,テーブル面の映像を遮蔽しない

●テーブル内部のカメラからはその位置を認識することができ,システムへの入力として機能する

 このような特徴を持つ透明卓上インタフェースの実現のために,透明断熱素材レフテルをマーカとして用い,赤外線領域での観察を行うことにより,オブジェクトの下に投影される映像を遮蔽することなく,かつオブジェクトの位置・ID等の情報をリアルタイム認識できる仕組みを構築した。さらに,その有用性を示すために対面協調作業支援向けアプリケーション上への実装を行った。

(第7章)

卓上オブジェクトへのインタラクティブな映像提示 Tablescape Plus

 第7章では,実オブジェクトをインタラクティブな映像スクリーンとして利用するテーブル型ディスプレイTablescape Plusに関して述べた。機能・特徴として以下の3つを挙げる。

1. テーブル面とその上に置かれた実オブジェクトの両方に異なる映像表示を行える。この際,ユーザは特殊な機器の装着を必要とせず,またテーブル内部から映像を投影することで,ユーザの手やオブジェクトによる映像の遮蔽の影響を軽減する。

2. テーブル上に置かれた実オブジェクトのID・位置・向きを実時間で認識し,システムへの入力とする。実オブジェクト自体には電気的な仕掛けをせず,テーブル内部に設置されたカメラとオブジェクトの底面に貼付されたマーカのみを用いる。

3. テーブル上でユーザが実オブジェクトを動かした際に,その位置や動きに応じてオブジェクトごとに適切に映像を投影する。また,垂直面に投影された映像とテーブル水平面に投影された映像を有機的に連携させた情報提示を可能にする。

 本章では,このシステムの応用可能性を示すために以下のアプリケーションを実装した。

●デジタルキオスク

●多面ビューア

●テーブルシアター

 さらに,展示等における利用およびその様子の観察を通して,システムの有効性を調べた。

 本論文でまとめた成果は,実際に我々の日常空間に配置して利用することを念頭に検討しており,今後さまざまな分野・用途に実際に応用可能である。また,画像認識のみならず,他の入力手法と組み合わせることにより,より多彩なインタラクションが実現できると考えられる。今後,本研究で提案したシステムが,CSCWやメディアアート,エンタテインメントなどの分野におけるプラットフォームとなり,さらには新たなインタラクションの実現への道筋を示すものとなることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「テーブル型実世界指向インタラクティブメディア技術の創出とアート表現への展開」と題し、指向性のある光学技術を駆使した新たなテーブル型ディスプレイの提案を通じて、従来のシステムが抱えてきた問題点を解消すると共に、インタラクティブメディアの特徴を活かしたアプリケーションやアート作品への展開を進めたもので、全体で8章から構成される。

 第1章は「序論」であり、従来のテーブル型ディスプレイが抱えてきた問題点を指摘し、本研究の対象領域を明確化することにより、本論文の背景と目的を明らかにしている。

 第2章は「テーブル型ディスプレイに関する研究動向」と題し、本論文の主題であるテーブル型ディスプレイについて、(1)コンピュータによる実世界の拡張、(2)対面コミュニケーションの支援、(3)直感的なインタラクション、(4)アート・エンタテインメントへの応用という4つの観点から関連研究を概観し、本論文の位置付けを明らかにしている。

 第3章は、「方向依存ディスプレイLumisight」と題し、視界制御フィルムを用いた方向依存ディスプレイLumisightに関して述べている。視界制御フィルムとは、特定方向から入射する光のみを拡散し、それ以外の光を透過させる特性を持つ素材であり、これを映像スクリーンとして利用して、そこに複数のプロジェクタで映像を投影している。これにより、スクリーン上での映像の拡散方向を制御し、観察方向に応じた選択的(多重的)映像提示を可能にした。この手法は、本論文で提案するテーブル型ディスプレイの技術的基盤となるものである。

 第4章は、「インタラクティブなテーブル型多人数用方向依存ディスプレイLumisight Table」と題し、観察方向によって異なる映像を提示可能な多人数用テーブル型ディスプレイを提案している。これは、テーブルを囲む複数人のユーザによる対面協調支援を目的としたものであり、Lumisightの映像提示手法を基盤とし、視界制御フィルムとフレネルレンズで構成されるスクリーンとプロジェクタを組み合わせることで、テーブルを囲むユーザごとに異なる映像を提示可能にした。また、スクリーンの光学特性を活かし、テーブル内部からのカメラ撮影による手指や実オブジェクトを用いた直感的インタラクションを実装した。本章では、設計・実装に関して詳述すると共に、光学特性に関する実験を行っている。さらに、情報の天地問題や情報の共有・個人化など、従来のシステムが抱える課題を解消することを目的として、4つの具体的なアプリケーション(書類閲覧、情報キオスク、カードゲーム、地図を用いた協調作業支援)の実装を通じてその有効性を示した。

 第5章は、「鏡の中の世界を演出するインタラクティブアートthrough the looking glass」と題し、鏡の拡張をテーマとしたインタラクティブシステムに関して述べている。これは、方向依存ディスプレイと鏡との組み合わせにより、ディスプレイを直接手前から見るときと鏡の中に映った状態で見るときで、異なる映像が見えるようにしたシステムである。すなわち、鏡の外と中で違う世界が展開しているように見せることが可能になる。従来のメディアアート作品やAugmented Reality研究のような、電子デバイスで鏡を模倣するというアプローチではなく、本物の鏡を用いながらその対称性を崩した情報提示を可能にしている。このシステム上に実オブジェクトを用いたインタラクション機能を付与し、「自分自身と対戦するホッケーゲーム」を実装した。さらに、アート展等での展示における参加者の反応や意見聴取を通して作品の考察を述べている。

 第6章は、「Lumisightスクリーンを用いた透明卓上インタフェース」と題し、テーブル型ディスプレイにおける卓上オブジェクトによる映像遮蔽問題を指摘し、それを解決するインタフェースを提案している。具体的には、人には透明に見えながら、機械にはマーカーを認識できるような透明卓上インタフェースの構築を目的とし、視界制御スクリーン、透明断熱材を用いたマーカ素材および赤外線カメラによる観察を組み合わせたシステムを設計した。さらにこれをLumisight Table上にて実装し、テーブル環境に溶け込むインタフェースとして、対面協調支援アプリケーションの制作を通じてその有用性を述べている。

 第7章は、「卓上オブジェクトへのインタラクティブな情報提示 Tablescape Plus」と題し、水平なテーブルスクリーンと直立した卓上オブジェクトの両方に同時に映像をインタラクティブに提示するディスプレイシステムを提案している。これは、テーブル型ディスプレイにおいて直感性と汎用性を同時に満たすタンジブルインタラクションを可能にするものであり、システム設計・実装と共に、投影映像の解像度や焦点ぼけの程度などシステム特性に関して考察し、システムの有効性を明らかにしている。さらに、システム上で3つのアプリケーション(デジタルキオスク、多面ビューア、映像シアター)を実装し、展示における参加者の反応および意見聴取を通してその有効性を明らかにしている。

 第8章は「結論」であり、本論文の主たる成果をまとめるとともに今後の課題と展望について述べている。

 以上を要するに、本論文は、ディスプレイ光学・コンピュータグラフィックス・ヒューマンインタフェース・メディアアートの各分野を融合し、新たなテーブル型ディスプレイの創出を通して、従来研究の抱える問題点の解消、新たな情報提示およびメディア表現に取り組んだものである。これは単なる新規技術の提案に留まらず、コンテンツデザインやアート表現など学際的な研究に対しても新たな知見を提供するものであり、今後の学際情報学の分野の進展に寄与するところが顕著である。

 以上のことから、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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