学位論文要旨



No 122824
著者(漢字) 小松,亜紀子
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,アキコ
標題(和) 製品スタイルにおける消費者選択の相互依存性と独立性
標題(洋)
報告番号 122824
報告番号 甲22824
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第8号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋元,良明
 東京大学 教授 佐々木,正人
 東京大学 助教授 田中,秀幸
 東京大学 助教授 石崎,雅人
 杉山デザイン研究所 代表 杉山,和雄
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は,工業製品のデザインにおいて,製品・メーカーを横断する相対的な類似性として定義する「製品スタイル」を取り上げ,製品スタイル選択における社会心理的な諸要因の影響を実証的に研究することによって,「自分らしい」選択をしているとの消費者意識と,選択結果の相互依存性(他者動向)との関係について論じたものである。

 一般に,身近な工業製品における製品スタイルにおいては,流行が移り変わっており,工業製品を購入する消費者側,工業製品を設計・生産するメーカー,社会・市場の動向を探るメディアなど,多様な主体の関心を集めている。しかし,製品スタイルにおいては流行の発生が一般的であるにもかかわらず,消費者における工業デザイン選択の意識の主流は,流行を理由とした選択ではなく,「自分らしい」選択をしているとの意識である。このように,消費者の意識としての「自分らしさ」と,製品スタイルの選択結果における流行発生の間には,解明すべきギャップが存在する。欧米を中心に展開されてきた流行理論の多くは社会階層の存在を前提としており,日本の社会的背景に即した理論構築が必要である。本研究は,特に他者動向(相互依存性)の影響に着目し,製品スタイルによって消費者が充足している欲求の相互依存的性と独立性,消費者が製品スタイルに求める自分らしさと選択結果の相互依存性との関連性を明らかにすることによって,現代日本の消費者における製品スタイルの選択に関する意識と行動の関係を理論化することを目的として行った。

 まず,工業製品の例をいくつかあげて製品スタイルの多様化・変化の現状について検討し,製品スタイルは工業デザインの需要動向を左右し,経済・社会に影響を及ぼしていることを示すとともに,製品スタイル選択における集団性・相互依存性を示唆する傾向として,製品スタイルの消費において流行現象が発生していることを確認した。次に,製品スタイルを需要している消費者の意識,製品スタイルを供給する生産者の方策について検討し,消費者では製品スタイルに対して独自に有している需要を満たしているとの考え方が主流で,流行によって発生する需要についての認識は乏しいことを明らかにした。また,消費者の製品スタイル選択そのものに関する既往研究は少ないため,社会心理学分野を中心とした関連の既往研究について検討し,消費者が製品スタイルに関して独自に有している需要を満たすという考え方と,流行現象に関連して消費者における選択の相互依存性から生じる需要・欲求があるとする考え方の2つに大別した。これらを踏まえ,本研究は,流行現象が生み出す需要の有無について言及し,消費者の製品スタイル選択を直接の研究対象とした実証的な研究として,意義あるものであることを示した。

 次に,製品スタイルの選択に関する既往理論での知見を実証するため,大学生を対象者,携帯電話を対象製品として,消費者における製品スタイルの選択と評価に関するアンケート調査を実施した。これにより,製品スタイルに対する社会心理的評価の構成要因を抽出し,製品スタイルの満足度と社会心理的評価要因についてのモデル化を行って,製品スタイルの満足度に寄与する社会心理的評価要因を特定した。人が製品スタイルに感じる満足度との有意な関連が確認できたのは「自分らしさ」と「訴求力」の評価要因で,ともに短期的には周囲における製品スタイルの分布状況との有意な関連のない独立的要因であり,異なる製品スタイルに対する需要は他者の動向によって喚起される需要ではなく,独自に有している欲求であることが分かった。「自分らしさ」は主に社会関係において生じる欲求,「訴求力」は主に反射として自発的に生じる欲求といえる。この実証研究により,製品スタイル選択の理由として,社会との結びつきが強いものと推測される製品スタイル上の「自分らしさ」に関し,具体的な定義や認識を実証すべきことが明らかになった。

 さらに,異なる製品スタイルの選択に対応した一貫した消費者特性を実証的に明らかにするため,消費者個人の特性を説明する変数として「ライフスタイル」と「関与」を取り上げ,アンケートを分析した。これにより,製品スタイルの選択グループと,ライフスタイル変数(情報欲求,流行志向,相互依存性),デザイン関与との関連が確認された。異なる製品スタイルを選択したグループはそれぞれ,初期採用者,前期採用者,後期採用者とみなせるものであり,ライフスタイル変数の上でも,製品スタイルの特徴からも,整合的に説明されることが確認できた。そのため,製品スタイルと自己との適合感(自分らしさ)は,製品スタイルの流行上の位置づけと流行志向との対応によって得られており,消費者が流行に対して有している受容性の指標である流行志向は,消費者が選んでいる具体的な製品スタイルの代理変数として扱うことができることを示した。

 最後に,異なる製品スタイル選択の代理変数として特に流行志向を取り上げ,そこに消費者が製品スタイルとの適合を求める「自己」についての認識と,既往研究を踏まえた消費行動の相互依存性に関連した諸指標を含めて,因果モデルを構築した。(図 1)。

 このモデルによれば,自己認識に関連する自尊感情と相互協調的自己観の2つが消費者の流行志向にともにプラスの影響を与えている。文化心理学の知見によれば,日本人では相互協調的自己観の傾向が強い。そのため,製品スタイルを選択する動機は,「自分らしさ」にあるのだが,自己を他者動向の中での位置づけとして認識することで,結果として流行に乗じた相互依存的な選択結果になるものと推測される。また,「相互協調的自己観」の傾向が強い場合には,流動的な社会現象である流行に対する「不安」も増大している。一方,「自尊感情」の高さが求める「評価」は,自身の選択した製品スタイルが他者によって共有され,流行することによって実現される。したがって,周囲の他者動向を見極めて製品スタイルを選択しようとする「相互協調的自己観」の強い人々と,他者からの肯定・追随を必要とする「自尊感情」の強い人々は,製品スタイルにおける流行を生じる上で,相補的な関係にあるといえる。製品スタイルに求められる「自分らしさ」の視点からみると,「相互協調的自己観」の傾向が強い場合は自己の定義を他者動向に依存するため,「自尊感情」の傾向が強い場合は他者から評価を得て自己実現を図っているため,それぞれ「自分らしさ」が結果的に製品スタイル選択における流行と結びついていると考えられる。欧米を中心とした既往の流行理論は社会階級差の存在を前提としているが,日本においては,製品スタイル選択において重視されている「自分らしさ」といった適合感の基準となる自己についての決定そのものが他者動向に依存していることが明らかになった。

 これにより,消費者の選択意識と相互依存的な選択結果の間にみられたギャップに対しての整合的な理解が可能となるとともに,さらに日本の文化・社会背景に根ざした流行発生の一つの原因として,自己の定義方法を発見した。

 本研究によれば,消費者は製品スタイルに対して,「訴求力」をもった視覚的刺激とともに,社会心理的な欲求として「自分らしさ」といった自己との適合感を求めていることが明らかになった。その「自己」の定義の仕方について,文化心理学における既往研究を踏まえれば,日本人は相互協調的自己観の傾向が強いために自己を他者との関係の中で位置づけて定義することにより,製品スタイルの選択結果に相互依存性が色濃く反映し,結果として流行と連動した製品スタイル選択を行っているものと考えられる。この結果としての選択の相互依存性は,他者との差異化(または模倣)という行動によって満足感を得るという,競争的な消費行動の捉え方とは,「自分らしさ」への欲求が起点であるという意味で,本質的には異なったものである。欧米を中心とする流行に関する既往研究には,社会階級間での模倣を強調する,競争的な消費行動の捉え方をした研究が多い。本研究の因果モデルから,消費における流行発生の原因について,日本の場合と欧米の場合を包括的した説明を試みると,製品スタイルに求める「自分らしさ」の基準となる自己観が,それぞれの社会で支配的な社会・文化的傾向(他者との関係性を重視する社会,競争的な社会,階級的な社会)に対応して異なっていることが推測される。つまり,製品スタイルが競争や階級を生み出すのではなく,各社会での自己の定義が,各社会での意識や構造に独自のあり方で結びついているために,ある特定の社会では,「自分らしさ」の表現が競争上や階級上の地位といったものを誇示する形で,製品スタイルを利用すると考えることができる。

 特に,相互独立的自己観が基調となっている欧米と,相互協調的自己観が基調となっている日本を含む東洋との文化的な背景の違いは,流行の製品スタイルを先行的に選択するグループの他者との関わりの内容に表れるものと推測できる。本研究の因果モデルから推測すると,東洋の流行上の先行グループでは,後行グループに製品スタイルが模倣されることが「評価」としての肯定的な意味をもっている。しかし,相互独立的自己観が基調で,生まれもった能力・才能などの絶対的な価値を重視する傾向の強いとされる欧米の場合には,自己の自立性を維持するためにも,上位グループにおいては製品スタイル選択についての評価を求めることがむしろ反流行志向に向かう可能性があり,日本における「協調的消費」とみられる流行の状況とは,消費者の行動意識が異なるものと推測できる。

図 1 流行志向における自己認識の影響についての因果モデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「製品スタイル」(工業製品群において、外観デザインを形態の観点で類型化することにより抽出できる表現上の特徴)を取り上げ、製品スタイル選択における社会心理的な諸要因の影響を実証的に研究することによって、「自分らしい」選択をしているとの消費者意識と、選択結果の相互依存性(他者動向からの影響)との関係について論じたものである。

 一般に、身近な工業製品のデザインにおいては流行が明確に移り変わっており、他者と同調的な選択を行っている消費者が多い。しかし、消費者意識においては、自分の特性や性格に応じた「自分らしい」選択をしているとの回答が多くを占めている。高度消費社会を考える上で、この2つの傾向が示す消費者像は、商品の差別化要素である工業デザインが、消費者の社会心理的な面での生活の質の向上に果たしている役割について、相反する解釈を含んでいる。本論文は先行研究から得られたデータに加え、独自に実施した質問票調査により、デザイン選択における「商品のもつ訴求力」「自分らしさの追求」「他者動向への配慮」等の関連を実証的に明らかにした。

 本論は以下の六章からなる構成をとる。

 第1章では、研究の目的について設定し、研究方法と論文の構成、本研究に用いる重要な術語の定義が示されている。第2章では、工業デザインに関する一般論(工業製品の普及と製品スタイルの多様化・変化の現状、工業デザイン選択における消費者の意識、生産者による工業デザインへのアプローチ等)を踏まえ、製品スタイルの今日的意義の大きさが示されている。また、消費者の製品スタイル選択に関する既往研究のレビューを行ない、日本における実証的研究が不足していることが述べられている。第3章では実証研究(質問票調査分析)により、消費者の満足度に有意に寄与する社会心理的要因として「自分らしさ(自己と製品スタイルの適合感)」と「訴求力」を抽出し、製品スタイルに対する欲求を消費者が独自に有していることを論じている。第4章では実証研究(質問票調査分析)により、選択した製品スタイルごとに個人特性を抽出し、「流行志向」が消費者の選択する製品スタイルの代理変数になりうることを分析している。第5章では、調査データから製品スタイル選択に関する因果モデルを構築し、「自尊感情」と「相互協調的自己観」がともに流行志向を高めることが明らかにされている。第6章では、以上の結果を総括し、日本の社会的風土に立脚した相互依存的な製品スタイル選択の仕組みについて考察を展開している。

 本研究により、消費者は、製品スタイルに対して、「訴求力」をもった視覚的刺激とともに、社会心理的な欲求として「自分らしさ」といった自己との適合感を求めていることが明らかにされた。その「自己」の定義の仕方について、文化心理学における既往研究を踏まえれば、日本人は相互協調的自己観の傾向が強いために自己を他者との関係の中で位置づけて定義する傾向が強く、製品スタイルの選択結果に相互依存性が色濃く反映し、結果として流行と連動した選択を行っているものと考えられる。この「相互依存性」は、他者との差異化・同一化という行動によって満足感を得るという、製品スタイルにおける競争的選択に流行発生の原理を求める相互依存的な消費行動の捉え方とは、「自分らしさ」への欲求が起点であるという意味で、本質的には異なったものである。欧米を中心とする流行に関する既往研究には、社会階級間での模倣を強調するものが多い。本研究の因果モデルから、消費における流行発生の原因について、日本の場合と欧米の場合を包括的した説明を試みると、製品スタイルに求める「自分らしさ」の基準となる自己観が、それぞれの社会で支配的な社会・文化的傾向(他者との関係性を重視する社会、競争的な社会、階級的な社会)に依存していることが推測される。つまり、製品スタイルが競争や階級を生み出すのではなく、文化に根ざした自己の定義が、各社会独自のあり方で競争や階級等の属性に強く結びついているために、「自分らしさ」の表現が競争上や階級上の地位といったものを誇示する形で、製品スタイルを利用すると考えることができる。

 特に、相互独立的自己観が基調となっている欧米と、相互協調的自己観が基調となっている日本を含む東洋との文化的な背景の違いとして推測できることは、流行の製品スタイルを先行的に選択するグループの他者との関わりの内容である。本研究の因果モデルから推測すると、東洋の流行上の先行グループでは、後行グループに製品スタイルが模倣されることが「評価」としての肯定的な意味をもっている。しかし、相互独立的自己観が基調で、生まれもった能力・才能などの絶対的な価値を重視する傾向の強い欧米の場合には、自己の自立性を維持するためにも、上位グループにおいては製品スタイル選択についての評価を求めることがむしろ反流行志向に向かう可能性があり、日本における「協調的消費」とみられる流行の状況とは、中身が大きく異なることが推測される。

 なお、本論文には以下のような不足点も見られる。

 本実証研究の一部は携帯電話を対象としたものであるが、価格や使用状況等が異なる製品との比較研究を行うべきである。本実証研究では工業デザインの形態的な特徴を類型化して製品スタイルを抽出したが、工業デザインは機能と不可分であり、製品スタイルの定義方法についてさらに厳密な議論が必要である。本研究の因果モデルは日本の大学生を被験者として実証したものであるが、年齢や社会的地位等の異なる被験者に対する検証を積み重ね、消費者行動における適用可能範囲を実証すべきである。また、文化論的展開を検証する意味でも将来的には国際比較研究の実施が望まれる。本研究は製品スタイルにおける流行現象の理解と説明に寄与するものと考えられるが、より関心の高い選択動向の将来予測に貢献する研究も行うべきである。

 とはいえ、工業デザインの選択は「感性」で語られる主観的な価値判断の領域であり、従来、社会心理学の領域でも、工業デザインの貢献や今後のあり方について論じるために必要な実証的研究に基づく理論化がほとんどみられなかった。本研究は、製品スタイルという「明示的な差異」に対する社会心理的な評価と選択に着目し、製品スタイルの選択が消費者の流行志向と対応していることを実証するとともに、消費者の自己認識との関係を実証的研究に基づいて理論化したという点で、大きな意義を有する。またこれにより、異なるタイプの商品、消費者、文化等との比較研究のためにも、新たな可能性を拓いた。

 本論文は、今後分析を深めるべき課題も多々残しているものの、本論文で示した成果と研究手法をさらに発展させるならば、当該研究領域において多大な功績を残すことになろう。そのために必要な視座と学識は、本論においてすでに十分披瀝されている。

 よって、本審査会は、本論文が博士(学際情報学)の学位を授与するにふさわしい水準に達しているものと判断する。

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