No | 122697 | |
著者(漢字) | 竹内,知哉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケウチ,トモヤ | |
標題(和) | 再生核ヒルベルト空間による逆問題数値計算法とその線形逆問題への応用 | |
標題(洋) | An inverse numerical method by reproducing kernel Hilbert spaces and its applications to linear inverse problems | |
報告番号 | 122697 | |
報告番号 | 甲22697 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(数理科学) | |
学位記番号 | 博数理第299号 | |
研究科 | 数理科学研究科 | |
専攻 | 数理科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 線形逆問題は,適当な定式化の下で,方程式Kf=gを与えられたg∈Wに対して解く問題へ帰着される.ここで,Kはコンパクト線形作用素K:V→Wであって,V,Wは適当なHilbert空間とする.実際には,観測誤差などの影響により,データg∈Wを直接利用することは不可能で,誤差の混入したデータgδ∈Wを利用せざるを得ない. Vの有限次元部分空間の列Vm:={fm1,...fmm}を適当に選び,Wm:=span{K(fm1),...,K(fmm);fkm∈Vm,1〓k〓m}と定義する.gδのWmへの射影fm,δ:=arg 〓‖K(f)-gδ‖wをKf=gの近似に採用したい.ところが,逆問題固有の不安定性により,fm,δは解fの近似として安定に構成できるとは限らない.この不安定性を除くため,Tikhonov正則化 を逆問題の近似解に用いた.ただし,α>0とする.近似解の収束の確立および簡便な数値解法のために,VおよびVmの選択が重要であり,本論では以下の定式化を採用した.すなわち,ΦをRdの部分集合E上定義された再生核とし,VとしてΦの生成する再生核Hilbert空間Ηを採用し,VmとしてVm:=span{Φ(・,xk);xk∈Xm}で定義される有限次元部分空間を採用した.ここで,Xm={x1,...xm}はEの有限部分集合で,〓〓〓|x-x'|=0を満たすとする.本定式化の利点は,VmによるVの元の近似の精度の度合いを柔軟に制御できること,およびVmの構成は極めて単純であり,空間Eの区分的分割を必要としないことである.以上の利点により,線形逆問題に対して実行が容易で良好な計算結果を与える数値再構成法が実現した.さらに,再生核を用いた関数補間に関する評価式を用いて,近似解f(α,m,δ)の解fへの収束を示した. 本手法の数学的正当化を第1章で行い,続く2,3章で代表的な偏微分方程式に対する線形逆問題に適用し本手法の有効性を検証した. 第1章の内容 本章では,線形逆問題に対する再生核ヒルベルト空間による離散化チホノフ正則化法の一般論を確立した. 再生核Φ:E×E→Rの正値性により,Eの任意の有限集合Xm={x1,...,xm}⊂E,および任意のf∈Ηに対して,方程式 はλ=(λ1,...,λm)に関して一意可解である.解λ=(λ1,...,λm)を用いて,Pm(f)(x)=Σmj=1λjΦ(x,xj)と定義し,γm=‖K(I-Pm)=とおく.μを集合E上の測度とする.次の定理を示した. 定理1.〓γm=0とする. (i)〓Φ(x,x)<∞とする.αを〓α(m)=0ならびに〓〓<∞となるように選ぶと,〓‖fα(m)m-K†g‖L∞(E,μ)=0. (ii)∫EΦ(x,x)dμ(x)<∞とする.δ>0に対してm=m(δ)ならびにα=α(δ)を以下を満たすように選ぶとする:〓m(δ)=∞,〓α(δ)=0とし,〓〓<∞かつ〓〓<∞.そのとき,〓‖fα(δ),m(δ),δ-K†g‖L2(E,μ)=0. ここで,K†gはKf=gのノルムが最小となる最良二乗近似解である: K†g=arginfv∈〓‖v‖,ただし,〓={v∈V;‖Ku-g‖=inff∈V‖Kf-g‖}. 第2章の内容 以下の楕円型偏微分方程式のコーシー問題を考えた: ここでΩ⊂Rnは有界領域で,Γ(≠∂Ω)は∂Ωの部分境界であって,Aは一様楕円型偏微分作用素であり,∂vは法線微分である. ここで考察する逆問題は,Γ上で与えられたノイズの混入したDirichletデータgδ1,およびNeumannデータgδ2から,Σ:=∂Ω\Γ上のNeumanデータを再構成する問題である. 本数値手法において数値解の精度向上ならびに数値解の安定性のためTikhonov正則化の設定に次のような修正を加えたことが重要であった.すなわち、再生核Φを適切に選んでΣ:∂Ω\Γ上での再生核Hilbert空間HΣを定義し部分境界Γ0⊂Γを適切に定め,第1章の方法でVmをHΣに関して構成して,離散化されたTikhonov正則化を考えた: ここで,u(ψ,gδ1,gδ2,h)は,境界値問題 の解であり,‖g1-gδ1‖L2(Γ)〓δ,‖g2-gδ2‖L2(Γ)≦δ.とする. K:HΣ→L2(Γ)をK(ψ)=u(ψ,0,0,0)と定義すると,上述の最適化問題は(1)の形に帰着する.第1章の結果を用いて以下を示した. 定理2.関数p:R+→Rを,〓p(r)=0を満たす実数値関数とし,評価式‖f-Pm(f)‖L∞(Ω)≦p(hm)‖f‖Ηが任意のm∈N,任意のf∈Ηで成り立つと仮定する.ここで,hm=〓〓|x-x'|である. (i) αを〓α(m)=0ならびに,〓〓<∞となるように選ぶと〓‖ψα(m),m,O-δAu‖L2(〓)>0 (ii) δ>0に対してm=m(δ)ならびにα=α(m)を以下を満たすように選ぶとする:〓m(δ)=∞,〓α(δ)=0とし,〓〓<∞かつ〓〓<∞.そのとき,〓‖φα(δ),m(δ),δ-δAu‖L2(〓)=0 数値実験を行い,本数値解法が既存の方法と比較して、逆問題固有の不安定性にも関わらずデータの誤差に対して良好な結果を与えることを確かめた. 楕円型コーシー問題に関して,領域Ω内部での解は,適当な有界性の仮定を課すと,安定性を回復することがよく知られており,条件付き安定性とよばれている.しかし,第2章で考察している問題は領域内部だけではなくデータが全く与えられていない部分境界での解の再構成であり,そのような場合に対応する条件付き安定性の結果は一般に知られていなかった.そこで本章では,Carleman評価を用いて,適当な階数のSobolevノルムが有界であるという条件の下で境界上での安定性評価式を導いた: 定理3.η>〓とする.そのとき、0<κo<1に対して、ある定数C>0が存在して このような条件付き安定性は,それ自身の興味に留まることなく本論文の数値法に確固たる理論的裏付けを与えるものである.数値実験の結果の精度を条件付き安定性評価式によって合理的に解釈しうることを示した. 第3章の内容 ΩをRnの滑らかな境界を持つ有界領域とし,QT:=(0,T)×Ωとおく.Γを境界∂Ωの部分集合とし,Σ1:=(0,T)×Γ,Σ2:=(0,T)×(∂Ω\Γ),Σ:=Σ1UΣ2とする.放物型偏微分方程式に対する非特性コーシー問題を考えた: 以下,Aは第2章と同じものとする. 本章では,境界Σ1上で与えられた誤差の混入したDirichletデータgδ1,Neumannデータgδ2を用いて,領域Ω×[0,T)内における解u(t,x)のおよび∂Au|Σ2を再構成する逆問題を扱った.ここで,‖gδ1-g1‖[L2(〓1(+1‖gδ2-g2‖L2(Σ1)≦δであり,誤差限界δ>0は既知とする.解の再構成のため,未知境界∂Ω\Γにおける未知境界データ∂Au|Σ2,および初期温度分布u(0,x)を同時に再構成した.再構成は第2章と同様に,Tikhonov正則化を考えることで行った.すなわち,ΗΩ,ΗΣ2、を適切に定められたそれぞれΩ,Σ2上の再生核Hilbert空間とし,Η=ΗΣ2×ΗΩとする.第1章の方法でV1mおよびV2nをそれぞれΗΣ2およびΗΩに関して構成して,離散化されたTikhonov正則化を考えた: ここで,u(ψ,ψ,gδ2,h)は, の一意解である.K:Η→L2(Σ1)を適切に定めれば,最小化問題(2)は(1)に帰着され,第1章の一般論を用いて∂Au|Σ2,及び初期温度u(0,・)を近似的に再構成した.ここで得られた近似をもとに,(3)を解いてQTでのu(t,x)の近似を求めることができる.収束に関して,定理2と同様の結果を得た.数値実験を行い本数値解法が安定な数値解を与えることを検証した. 謝辞 本学位論文完成にあたり,多くの方から支援,協力を頂きました. 指導教官である山本昌宏助教授(東京大学大学院数理科学研究科)には,修士課程に始まり,博士課程,論文完成に至るまで,長年に渡り幅広い見地から様々な御指導と御助言を賜りました.深く感謝致します.国内外から招聘された多くの逆問題研究者と知遇を得る機会を多数設けて頂き,更に幾つかの共同研究への参画を促して頂いたことは,私にとって大変幸運でした.共同研究を通して様々な数学的,工学的知見,及び研究成果を得ることができたことは偏に山本先生の御支援の賜と心より感謝致します. 中川淳一主幹研究員(新日本製鐵株式会社)には,現場の種々の逆問題の実態に関する議論,数値解析結果の現場の立場からの評価などを通して,数学,工学に関する幅広い知見並びに本学位論文で扱う逆問題数値計算手法に関して有益な御指導を賜りました.ここに深く感謝を申し上げます. 伊東一文教授(Department of Mathematics North Carolina State University,Raleigh)には,数値計算を遂行する上で重要となる非線形最適化問題の解法,偏微分方程式の高速数値解法など種々の具体的な解法に関して御指導を賜りました.心より感謝致します. Benny Y.C.Hon助教授(香港城市大学数学系)には,radial basis functionを用いた偏微分方程式の数値解法について御指導頂きました.radial basis functionの逆問題への応用を機縁として始まった研究を,再生核にまで拡張した成果が本学位論文の主要結果の一つです.Hon先生には深く感謝致します. Leevan Ling助教授(香港浸曾大学数学系)には,良き師として,また良き友として,数値計算手法,プログラミング,計算機に関する極めて多数の御指導を賜りました.心から感謝致します. 数理科学研究科のスタッフの方々には,不自由なく研究に専念出来る環境を常に提供して頂きました.深く御礼申し上げます. 最後に,長年に渡り様々な面で私を温かく支えてくれた家族,親族に改めて感謝致します. | |
審査要旨 | 竹内知哉氏は、本論文において線形逆問題に対してチホノフの正則化法の離散化に再生核ヒルベルト空間を用いた数値解法を開発し、近似解の収束などを含む一般論を完成した。さらに楕円型方程式に対するコーシー問題ならびに放物型方程式に対する非特性コーシー問題にその手法を適用し、数値解が既存の方法と比べて精度がよいことを数値実験によって確認した。楕円型方程式に対するコーシー問題に関しては逆問題自体の数学解析を行った。楕円型方程式のコーシー問題はアダマール以来、データの微小変動が解に破壊的に大きな誤差を引き起こす非適切問題として特に有名であるが、心電図逆問題、重力異常などを用いた資源探査技術ならびに液相・固相が共存している場合の液相面の形状決定など医学的、物理的にも産業分野でもその解法が要求されている。したがって、楕円型方程式のコーシー問題に関しては、誤差に強い数値解法が数多く提案されてきた。竹内氏が新たに研究・開発した再生核ヒルベルト空間を用いたチホノフ正則化法は、そのような既存の多くの方法のなかにあって、数値解の収束も保証され、しかも数値的な有効性の点でも優れたものである。 以下、章ごとに論文審査の結果について述べる。 第1章において、線形逆問題に対する再生核ヒルベルト空間による離散化チホノフ正則化法の一般論が確立された。線形逆問題は,適当な定式化の下で,方程式Kf=gを与えられたg∈Wに対して解く問題へ帰着される。ここで,Kはコンパクト線形作用素K:V→Wであって,V,Wは適当なヒルベルト空間とする。線形逆問題の近似解fを、データからの偏差:‖Kf−g‖2が最小になるように決めるという最良二乗近似解をまず考えることができるが、もとの逆問題の不安定性のため、このスキームは数値的にも安定な解法とならないことは良く知られている。そこでチホノフの正則化項と呼ばれるα‖f‖2を加えた汎関数‖Kf−g‖2+α‖f‖2の最小化問題を考えるという正則化法がチホノフらによって考案された。α>0はチホノフの正則化パラメータと呼ばれる正の定数であり、近似解の収束のために適切に選ぶ必要がある。さらに、数値計算のためにはチホノフの正則化法を離散化しなくてはならない。チホノフの正則化法の離散化に関してはリッツの方法に基づいた一般論がすでに知られている。これは、解を考えているヒルベルト空間Vに対して有限次元部分空間の族{Vm}(m∈N)を適切に構成して、チホノフの正則化法をVmにおいて考えて、その最小化元fmの極限として、もとの逆問題の近似解を構成しようとするものである。 竹内氏の方法の真髄は、適切に構築された再生核ヒルベルト空間によって{Vm}(m∈N)を構成するという点にある。その結果、VmによるVの元の近似の精度の度合いを柔軟に制御できることに成功した。もともとの線形逆問題自身が不安定性を有するので、離散化をむやみに細かくすると元の問題の不安定性をより忠実に再現することになり、多くの場合に数値解法が破綻することは古くから知られている。近似有限次元空間の単調性Vm⊂V(m+1)が満たされている場合には、離散化近似解の収束のためには、正則化パラメータの選択とともに、少なくとも理論的には離散化のサイズをどのように選択すべきかという判定条件は知られている。しかしながら、逆問題に対して具体的に数値解法を提案する際には、使用できるデータの精度・誤差限界に応じて離散化のサイズを効率的に制御して選択できるようにプログラムを構築することが、実用化可能な数値手法のためには必要不可欠であり、同氏の方法はそのような要請に充分答えるものである。そのためには、Vmに単調性を仮定しないことが望ましい。第1章において、単調性を仮定しないで離散化チホノフ正則化法のVにおける弱収束が証明され、しかも離散化を再生核ヒルベルト空間で構成した場合には、弱収束を随伴するノルムでの強収束に改良できることが証明された。 再生核ヒルベルト空間を離散化の手段としてチホノフの正則化法に組み込みことは竹内氏の独創であり、高く評価できる。 竹内氏の一般論の数値的な有効性は個々の逆問題に関して立証していかなくてはならないが、第2,3章において偏微分方程式に対する古典的かつ重要な線形逆問題に適用した。 第2章において、以下の楕円型偏微分方程式のコーシー問題を考えた: Au(x)=0,x∈Ω,u(x)=g1(x),∂vu(x)=g2(x),x∈Γ. ここでΩ⊂Rnは有界領域で,Γ(≠∂Ω)は∂Ωの部分境界であって、Aは一様楕円型偏微分作用素であり、∂vは法線微分である。ここで考察する線形逆問題は,Γ上で与えられたノイズの混入したデータgδ1およびgδ2から,∂Ω\Γ上の∂vuを再構成する問題である。∂Ω\Γ上での再生核ヒルベルト空間Ηを適切に定め、第1章の方法によって離散化チホノフ正則化法を考えた。数値実験を行なって、本数値解法が既存の方法と比較して、データの誤差に対して良好な結果を与えることを確かめた。 楕円型コーシー問題に関して、領域Ω内部での解は、適当な有界性の仮定を課すと、安定性を回復することがよく知られており、条件付き安定性とよばれている。しかし、ここで考察している問題は領域内部だけではなくデータが全く与えられていない部分境界での解の再構成であり、そのような場合に対応する条件付き安定性の結果は一般に知られていなかったが、竹内氏はカーレマン評価を巧みに用いて、境界までの条件付き安定性を初めて証明した。このような条件付き安定性は、それ自身の興味に留まることなく本論文の数値法に確固たる理論的裏付けを与えるもので評価できる。さらに数値実験の結果の精度をを条件付き安定性評価式によって合理的に解釈しうることを示した。 第3章で、放物型偏微分方程式に対する非特性コーシー問題を考えた: ∂tu(x,t)=Au(x,t),(x,t)∈Ω×(O,T)。 以下、A,Ω,Γは第2章と同じものとする。境界Γ×(0,T)上で与えられた誤差の混入したデータgδ1,gδ2を用いて,Ω×[0,T]内における解u(x,t)を再構成する逆問題を扱った。第1章の方法を適用し、良好な結果を得た。 竹内知哉氏による成果は、劇的な不安定性を有しながらも応用分野で基本的であって、しばしば現れる数多くの偏微分方程式の線形逆問題に適用できる高速かつ簡便な数値手法であり、数値方法自体の収束なども保証されており、既存の方法と比較しても良好な数値解を与えることができる。また、楕円型方程式のコーシー問題に関しては境界までの条件付き安定性も確立するなど理論的な裏付けも充分なされている。 よって論文提出者竹内知哉は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 | |
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