学位論文要旨



No 122623
著者(漢字) 武神,健之
著者(英字)
著者(カナ) タケガミ,ケンジ
標題(和) 集束超音波の腫瘍治療への応用に関する基礎的検討
標題(洋)
報告番号 122623
報告番号 甲22623
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2919号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 川邊,隆夫
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 久米,春喜
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 1950年代の研究によって、充分なエネルギーをもった超音波が体内のある一点に集中照射されたならば、その焦点では超音波の振動エネルギーが熱に変換され、周囲組織の損傷なく焦点のみを凝固壊死させることが可能であることがわかった。この超音波は集束超音波(High intensity focused ultrasound: HIFU)といわれている。HIFU治療は、この超音波を用いて体表から体内の標的組織を加熱し凝固壊死する非侵襲的な治療である。

 現在HIFUは欧州や中国で限局した前立腺癌に対して標準的治療である。そのメリットは、非観血的、合併症が少ない、手術療法や放射線療法などのほかの治療法後の局所再発にも施行可能、繰り返し施行可能であることなどがあげられる。HIFUは他に乳腺や肝腫瘍などの固形腫瘍への応用が検討されているが、未だ広く臨床応用されているとは言い難い。その理由のひとつにHIFUは焼灼効率が悪く、対象臓器も限定され治療時間も長いことがある。

 超音波は、骨により反射・屈折、また、体脂肪や体内臓器により減衰する。そのため体深部では高い超音波エネルギーの集中は困難で、HIFUで一度に焼灼可能な体積は小さい。その結果、体深部の臓器はHIFU治療の標的とはならず治療対象にできない。体表の近くや肋骨等の影響を受けにくく充分な超音波エネルギーの届く治療部位も、小さいエネルギー出力で少しずつ標的臓器を焼灼しているため治療時間も長い。時間あたりに焼灼できる体積が小さいこと=治療効率が悪いことが現在のHIFU治療の課題である。

 そこで、これらの問題を解決しHIFUの適応の拡大と普及のために、充分な超音波エネルギーを体深部に到達させたり、焼灼効率を改善し治療時間を短縮させたりすべく様々な研究が行われている。

 現在HIFUは主に2つメカニズムで対象組織の凝固壊死をもたらすことがわかっている。ひとつは超音波エネルギー(振動エネルギー)から熱エネルギーへの変換、もうひとつはキャビテーション(Cavitation)である。

 キャビテーションは、「液体の圧力低下によって水中に気泡が発生し、急激に収縮する現象」と定義される。超音波照射によりその焦点領域(圧力場)に微小気泡(マイクロバブル)が生じたり、そのマイクロバブルが大振幅で振動したり急速に圧壊する時、マイクロバブル内もしくはその周囲には局所的な高温が発生することが流体工学の分野で知られている。

 診断用に利用されているマイクロバブル超音波造影剤(以下マイクロバブル造影剤)は、造影剤のマイクロバブルが超音波を受けてキャビテーションを起して発した音響信号を、増強された音響信号として受信し腫瘍を造影描出している。しかし、ある条件の下ではマイクロバブル造影剤に含まれるマイクロバブルはキャビテーションを効率よく起こすことが報告されている。

 そこで本研究では、治療目的組織にマイクロバブル造影剤を投与しキャビテーションの発熱作用とこのようなマイクロバブルの効果を利用すれば、焼灼効率が低いというHIFUの持つ現在の課題を解決できる可能性があると考えた。そして、超音波診断で使われるマイクロバブル造影剤によりHIFUの焼灼効率が改善する事、およびそれに関するマイクロバブル造影剤の要因について検討を行った。

 第一章ではまず、4種類のマイクロバブル造影剤と異なる周波数のHIFUで、この加熱増強効果を検討した。次に、日本で使用されているマイクロバブル造影剤Levovistを用いて、実際にウサギの肝臓でHIFUの焼灼効率が改善するかを検討した。

 マイクロバブルの超音波に対する作用は、各マイクロバブルの(1)殻(shell)の有無や材質、(2)内部に含まれるガスの種類、(3)気泡径などの特性が重要な影響因子といわれている。第二章では、HIFU治療でマイクロバブル造影剤を利用するに際しては、殻(shell)の材質が、HIFUによる発熱効果の違いに関与するか検討した。

方法・結果

1) マイクロバブル造影剤でHIFUの焼灼効率は改善するか?

 まず、4種類の超音波像影剤Levovist (Schering、独)、Optison (Amersham Health、米)、MRX-133 (ImaRx、米)、SonoVue (Bracco、伊)の周波数の違いによるHIFU熱効果の増強について検討した。In Vitro実験は生理食塩水または各造影剤に周波数1から11MHzのHIFUを60秒間照射、温度変化を比較検討した。結果、超音波像影剤の発熱効果は、造影剤群は2-4MHzにおいて生食群に比べ有意に早く最大だった。

 In Vivo実験は日本白色兎にLevovistもしくは同量の生理食塩水を投与、開腹し肝臓を直接周波数2MHzのHIFUで60秒間焼灼、熱センサーで焼灼領域の温度変化を同時に記録した。焼灼領域の上昇温度と凝固壊死した肝臓の体積を造影剤投与群と生食群で比較検討した。結果、HIFU照射による組織の平均上昇温度は、照射開始後20秒では12.2±5.2℃対5.4の±2.0℃ (Levovist群対生食群)(p<0.001)、40秒では17.7±4.5℃対9.1±2.9℃(p<0.001)、60秒では20.3±3.5℃対13.2±3.8℃(p<0.001)であり、Levovist群で有意に早急な温度上昇を認めた。凝固壊死部の平均体積は、Levovist群で371±104mm3、生食群で166±70mm3と、Levovist群で有意に大きかった(p<0.001)。HIFUにより焼灼された凝固壊死部は肉眼的には楕円ないし円形であった。焼灼部は白く、非焼灼部は赤茶色で、その境界明瞭であった。

2) HIFU加熱効率増強に関する微小気造影剤の要因の検討

 第二章では、殻(shell)が異なり内部ガスは同じマイクロバブル造影剤OptisonとMRX-133を用いて、HIFU治療における加熱効果をIn VitroとIn Vivoで比較した。実験方法は第一章に準じて行った。結果、In Vitro、In VivoともにHIFU照射による温度上昇は、MRX群で最も早くまた高く(対生食群:p<0.01、対Optison群:p<0.05)、Optison群のそれも生食群に比べ有意に早くまた高かった(p<0.01)。凝固壊死部の平均体積は、MRX群117.9±48.4mm3、Optison群45.4±24.9mm3、生食群17.7±9.0mm3で,他群に比べMRX群で最も大きかった(p<0.01)。Optison群も生食群に比べ有意に大きかった(p<0.05)。

考察

 本研究で使用した4種のマイクロバブル造影剤ではHIFUの加熱効果は2-4MHzの比較的低周波で増大し、より大きな体積が焼灼された。このことより、マイクロバブル造影剤によるHIFUの加熱効果の増強は、現在臨床で使われている診断用超音波および治療用HIFUの周波数とほぼ同様の比較的低周波で実用的と考えられる。

 In Vivo実験では、肝表面は凝固せずに肝内部のみがHIFUで加熱され凝固壊死した。肝臓内の温度変化もマイクロバブル造影剤を投与された群の方が生理食塩水を投与された群よりも、HIFUを照射したときの温度上昇は大きかった。焼灼標本の組織像では、マイクロバブル造影剤の有無による違いを認めなかった。このことより、マイクロバブル造影剤の使用により、焼灼肝臓に質的な違いはないことが確認された。

 超音波で誘発されるキャビテーションのメカニズムに関しては多くの研究があり、近年、マイクロバブルがHIFUによるキャビテーションを増強すると報告されている。そして、マイクロバブル造影剤はキャビテーション核として機能する可能性があり、マイクロバブルが安定してキャビテーション核として機能する状態では、キャビテーションの発生頻度は高まりそれによる温度上昇も著しいものと考えられる。

 マイクロバブル造影剤を用いることにより効率よくHIFUの組織焼灼が行われれば、焼灼効率が低いというHIFUの持つ現在の課題を解決でき、HIFUを抗腫瘍療法においてより有用なものにする可能性がある。

 マイクロバブルの超音波に対する作用は、各マイクロバブルの(1)殻(shell)の有無や材質、(2)内部に含まれるガスの種類、(3)気泡径などの特性が重要な影響因子といわれている。

 第二章の実験で使用した2つのマイクロバブル造影剤は、共に内部にフッ化炭素 (C3F8)ガスを持つが、Optisonはアルブミン、MRX-133はリン脂質の殻(shell)を持っていた。30秒間のHIFU照射による温度上昇の早さと大きさはIn Vitro、In Vivo共に、MRX-133群で最も早く大きく、Optison群は2番目であった。HIFUによる凝固壊死体積の平均値も、温度測定の実験と同様の結果であった。以上より、HIFUが照射されるとOptison よりもMRX-133の方がより効率よく発熱したと考えられる。マイクロバブル造影剤により高められたキャビテーション運動により引き起こされたより多くの熱で、標的臓器はより効率的に加熱凝固されたのだろう。

 実際にウサギ1羽に投与されたマイクロバブルの数はOptisonで1.5-2.4×109個、MRX-133で1.5×109個とほぼ同等であったので、マイクロバブルの「数」は、他の特性に比べると、より重要性は少ない要素であるように思われる。マイクロバブルの平均直径は、MRX-133が2.2μm、Optisonが3.9μmであった。気泡の共振周波数は気泡直径に反比例するので、MRX-133のマイクロバブルの方がOptisonに比べより共鳴・共振した可能性もある。

 本研究は、HIFU照射で熱を引き起こす効率はマイクロバブル造影剤により異なることを示した。MRX-133造影剤とOptison造影剤は同じ内部ガスを持つが殻(shell)は異なるので、両者の凝固体積と温度上昇違いはマイクロバブル造影剤の殻(shell)の特性のためであったと推測する。そして、殻(shell)の材質はこの現象において重要な要素であると考えられる。

 以上の結果は、適切なマイクロバブル造影剤がHIFU療法と組み合わせて使用されれば、より深部の、より大きな腫瘍が、より短時間で焼灼される可能性があることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は微小気泡超音波像影剤のキャビテーション効果には、集束超音波治療の発熱効率を改善する可能性があることをIn Vitro、In Vivoの実験を通じて示したものであり、以下の結果を得ている。

1. マイクロバブル造影剤の利用により、HIFUの加熱効果は2-4MHzの比較的低周波で増大し、より大きな体積が焼灼された。

2. 焼灼した肝臓の組織学的標本では、マイクロバブル造影剤使用の有無による差は見られなかった。

3. マイクロバブル造影剤MRX-133はマイクロバブル造影剤Optisonよりも発熱効率が高く、より大きな体積を凝固壊死した。

4. マイクロバブルの「殻(shell)」の材質は、発熱効率に関して重要な因子である。

 以上、本研究は集束超音波の腫瘍治療への応用に関する基礎的研究で、この実験結果はHIFUの治療時間の短縮に寄与し、HIFUの治療効率が改善される可能性を示唆する。本研究はこれまで注目されていなかった微小気泡超音波像影剤の発熱効果の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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