学位論文要旨



No 121743
著者(漢字) 銭谷,誠司
著者(英字)
著者(カナ) ゼニタニ,セイジ
標題(和) 天体磁気圏中のプラズマシートにおける高エネルギー粒子加速と磁場拡散
標題(洋) High-energy particle acceleration and magnetic field dissipation in the plasma sheets of celestial magnetospheres
報告番号 121743
報告番号 甲21743
学位授与日 2006.07.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4902号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横山,央明
 山形大学 教授 柴田,晋平
 東京工業大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 教授 星野,真弘
 宇宙航空研究開発機構 助教授 篠原,育
 東京大学 助教授 齋藤,義文
内容要旨 要旨を表示する

 プラズマ中で磁力線が繋ぎかわる磁気リコネクションは、宇宙空間・惑星間空間におけるさまざまなプラズマ現象に関与している。代表例としては太陽フレアや磁気圏尾部のリコネクションが知られているが、最近は、パルサー磁気圏からの超相対論的プラズマ流(Coroniti 1990, Kirk & Skj〓raasen 2003)といった高エネルギー天体領域でもリコネクションが議論されるようになってきた。しかし、このような状況で予想される相対論的磁気リコネクション(Blackman & Field 1994)や、リコネクションが起きるプラズマシート構造の性質はほとんど研究されていない。本研究は、地球磁気圏物理のリコネクション/プラズマシートの理解を出発点として、高エネルギー天体を論じるために必要な電子・陽電子プラズマシート内の粒子加速・磁場拡散過程を理解することを目的としている。

 まず、電子・陽電子系のプラズマシートでの磁気リコネクションについて、2次元の粒子シミュレーションを行った。その結果、リコネクションジェットが光速近くに達する「相対論的」磁気リコネクションを再現(図1)するとともに、相対論効果によって強い粒子加速が起きていることを発見した。磁気リコネクションでは、粒子はX点近くでエネルギーを得るが(Speiser 1965)、粒子の慣性質量が相対論効果で重くなると、より長期間、粒子は磁気中性面に留まって加速を受け続ける。そのため、系の非熱的エネルギースペクトル(図1)に現れるほど、粒子加速が強く効いていることがわかった。この加速は、プラズマシートの温度が高い超相対論的ケース(T>>mc2)でも見られることから、粒子加速は相対論的磁気リコネクションに伴う一般的な特徴だと言える。

 一方、リコネクションと垂直な平面でのプラズマシートの安定性についても粒子シミュレーションを行った。このとき、プラズマシートでは相対論的ドリフトキンク不安定という電流駆動型の不安定が成長することがわかった(図2)。そして不安定の非線形段階では、プラズマシートの折り畳み構造を利用した粒子加速も発生する。その後、プラズマシートは折り畳まれて崩壊し、プラズマシート近傍の磁場エネルギーが粒子の熱エネルギーとして解放される。磁気リコネクションと比較すると、粒子加速効果は弱く、むしろ磁場散逸過程としての性質が強い。プラズマが相対論的高温(T〓mc2)な場合、相対論的ドリフトキンク不安定は磁気リコネクションよりも速く成長するため(図3)、相対論的プラズマシートでの支配プロセスはドリフトキンク不安定による磁場散逸だと予想される。

 上記2つの研究結果を踏まえて、我々は3次元の粒子シミュレーションを行った。そして、予想された通り、相対論的ドリフトキンク不安定が2次元的に成長して磁場エネルギーを散逸することを確認した。しかし、宇宙空間では磁力線が反平行ではなく、斜めに捻れていることも多い。そこで、電流方向に一様ガイド磁場を加えた系で2次元と3次元の粒子シミュレーションを行った。2次元シミュレーションでは、ガイド磁場の張力がドリフトキンク不安定を安定化することがわかった。そして3次元では、ガイド磁場効果により「相対論的ドリフトキンク=テアリング不安定」という新しい不安定モードが成長し、その後で二次的に磁気リコネクションが発生することがわかった(図4)。相対論的ドリフトキンク=テアリング不安定は、相対論的ドリフトキンク不安定と相対論的テアリング不安定の間の性質を持つ、斜め方向のモードである。そして、プラズマシートの上下で別向きのモードが成長してお互いに干渉し、磁気リコネクションを励起するわけである(図5)。リコネクションの結果、系のエネルギースペクトルにも加速による非熱的成分が現れる。つまり、ガイド磁場の有無という磁力線トポロジーの違いが、プラズマシートで起きるマクロ不安定の種類を決定し、ひいては、磁場エネルギーがプラズマの熱的エネルギー(相対論的ドリフトキンク不安定による磁場拡散)に変換されるか、非熱的エネルギー(リコネクションによる粒子加速)に変換されるかを左右する、ということがわかった。

 本研究で我々は、電子・陽電子プラズマシートでの相対論的磁気リコネクションと相対論的ドリフトキンク不安定という2つの2次元不安定と、それに伴う粒子加速過程を明らかにした。そして、これをもとに3次元系でプラズマシートの安定性を議論し、相対論的ドリフトキンク=テアリング不安定に伴うリコネクション励起メカニズムなどのガイド磁場効果も明らかにした。本研究での知見は、例えばパルサー風中で相対論的ドリフトキンク不安定による磁場散逸を考えるなど、高エネルギー天体磁気圏でのプラズマ現象に幅広く応用できるものであり、今後の議論の礎になる成果だと考えている。

図1 相対論的磁気リコネクションの2次元シミュレーション結果。右図は系のエネルギースペクトル

図2 相対論的ドリフトキンク不安定のシミュレーション結果

図3 リコネクション及びドリフトキンク不安定の成長率のプラズマ温度依存性

図4 ガイド磁場を考慮した3次元系での相対論的磁気リコネクション

図5 二次リコネクションの励起メカニズム

審査要旨 要旨を表示する

 プラズマ(電離気体)の加熱や加速は、高エネルギー天体・太陽コロナ・地球磁気圏などで広く見られる普遍的な現象である。荷電粒子と磁場との相互作用がその基本であるが、具体的にどのような物理機構を経て加熱・加速がおきているかということについては、未解決の問題が多く残る。いっぽう最近の観測技術の進展により高エネルギー天体におけるプラズマ物理過程が重視されるようになってきた。なかでも電子・陽電子対プラズマの相対論的な流れについては、たとえば超新星残骸カニ星雲などの高分解観測から注目をあつめている。ところが、そのような流れにおける詳細な物理過程については理論研究がいまだ発展途上であるというのが現状である。

 本論文で論述されているのは、相対論的電子・陽電子対プラズマ中での磁気拡散と粒子加熱・加速現象についての理論的研究である。向きが異なる磁束が接触する箇所に形成される電流集中構造、電流シートに特に着目し、そこでの電子・陽電子対プラズマの加熱・加速機構の大規模数値シミュレーションを遂行して、その結果に基づき物理的な考察を行って得られた成果が述べられている。

 以下で、本論文の内容を簡単にまとめる。全体は、導入部(第一章)を含む五章構成であり、加えて三つの付録章からなる。中核となるのは第二章から第五章までである。

(第二章)

 この章では、相対論的磁気リコネクションについて二次元粒子シミュレーションを行った結果について述べ考察している。磁気リコネクションは、磁場の拡散とLorentz力による加速過程とが互いに助け合うことで効率よく磁気エネルギーを転換する物理過程で、その際に磁力線のつなぎ換え(リコネクション、再結合)が起こる。磁力線がつなぎ変わるX型リコネクション領域と呼ばれる箇所周辺で、電場の効果により粒子が効率よく加速されているのが示された。特に、相対論的な慣性増大効果により高エネルギーを獲得した荷電粒子が、さらに電場の影響を受ける効率がより高くなり、粒子の分布関数が、硬いべき乗分布(高エネルギー粒子数の相対的超過)になる現象が報告されている。

(第三章)

 この章では、相対論的ドリフトキンク不安定について二次元粒子シミュレーションを行った結果について述べ考察している。ドリフトキンク不安定は、電流シート中でのエネルギー転換過程として、もうひとつの有力な候補であると考えられている。これは磁束間に流れる電流が、時間とともに蛇行を始める不安定でその際に磁場エネルギーの拡散を生じる。大きく蛇行した電流中すなわち電場中に粒子が長く留まることで効率よくおこる加速過程を発見したと述べられている。この過程は、これまでに考えられたことのない新しい機構である。また、線形解析の結果とあわせた考察から、その不安定成長の速度がリコネクションよりも大きいことが示され、このことは、磁気拡散過程としてドリフトキンク不安定がより重要であることを示唆している。

(第四章)

 この章では、前二章を踏まえて、それを統合すべく三次元粒子シミュレーションを行った結果が述べられている。リコネクションとドリフトキンク不安定とが同時に起こり、どのように相互作用するかということを考察している。前者が電流に垂直な面内での変動、後者が平行な面内での変動であり、三次元空間においてはこの両者が相互作用して影響をおよぼしあう。電流に平行な方向の磁場が存在しない場合は、前二章の結果から推察されたようにドリフトキンク不安定が速く成長し、その拡散が主要な物理過程としてはたらいた。いっぽう電流に平行な磁場成分が存在するとき、三次元的な新たな構造が形成されその変形により磁気リコネクションが誘発されることが報告されている。リコネクションとドリフトキンク不安定性が非線形段階においてどのような関係にあるのかについて、統一的なシミュレーションがなされ、定量的な考察がなされたのは初めてである。

(第五章)

 この論文全体のまとめと、考察について記述されている。特に、具体的な天体現象であるカニ星雲流に適用したとき、ここでの研究結果がどういう示唆をあたえるかについて詳しく考察されている。結果、カニ星雲流れにおける磁場エネルギーの転換についてドリフトキンク不安定による拡散という新たな観点を導入した。

 以上まとめる。本論文で論述されているのは、相対論的電子・陽電子対プラズマ中での電流シートにおける磁気拡散と粒子加熱・加速現象についての理論的研究である。本研究は、この物理現象について非常に重要で斬新な知見を与え、これまでの研究を大きく凌駕し、プラズマ物理学・天体物理学に大きな一歩を加えるものである。またその研究で得られた物理的知見は地球物理学にも重要な示唆となると考えられる。本論文には、星野真弘氏との共同研究の内容が含まれるが、そのすべてにおいて、本論分提出者が主体的に研究を遂行したものと認められる。

 以上により、本審査委員会は、本論文が博士学位論文として十分な内容を含んでいるものと判定し、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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