学位論文要旨



No 121359
著者(漢字) 中村,行宏
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ユキヒロ
標題(和) ラット脳幹巨大聴覚中継神経終末端の活動電位を形成するNaとKコンダクタンスの生後発達変化
標題(洋) Developmental Changes in Sodium and Potassium Conductance Underlying Action Potentials in the Giant Nerve Terminal of Rat Auditory Brainstem
報告番号 121359
報告番号 甲21359
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2607号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 講師 小西,清貴
内容要旨 要旨を表示する

活動電位は、電位依存性Naチャネルの活性化によって誘発され、Naチャネルの不活性化とそれに伴う電位依存性Kチャネルの活性化によって終息する。活動電位の高さや幅、発生頻度はこれらチャネルの密度やキネテイクスによって規定される。脳幹の聴覚中継核である台形体内側核に存在するヘルドの巨大シナプス(calyx of Held)は数百ヘルツ以上の高頻度人力に対応できる。この高頻度人力に対応する高信頼性シナプス伝達は動物の音源定位に必須であり、齧歯類では生後2週齢で確立される。この生後機能発達の過程でシナプス前終末の活動電位の幅がおよそ1/2に短縮することが知られていたが、そのイオン機構は明らかにされていなかった。本論文では、活動電位変化の要因となるシナプス前Na+およびK+電流を記録し、その生後発達変化を検討した。

生後7-8(P7-8)および13-15(P13-15)日齢ラットより脳幹スライスを作製し、calyx of Heldシナプス前末端の電流および電位をパッチクランプ法により記録した。

シナプス前末端のNa+電流をwhole-cell modeで記録した。電流密度と電流活性化・不活性化の電位依存性に変化は認められなかったが、P7-8からP13-15にかけて電流不活性化の時間が1/2へ短縮した。

シナプス前末端よりwhole-cell modeで記録したK+電流は、P7-8からP13-15にかけて電流密度が2倍に増加するとともに、電流活性化の時間が2/3に短縮した。シナプス前末端由来のパッチ膜からoutside-outmodeで記録したK+電流においても、電流密度の増加と電流活性化時間の短縮が認められた。この生後発達の期間を通じて、電流活性化の電位依存性は変化しなかった。

P13-15のcalyxofHeldシナプス前K+電流は主に、1 mMテトラエチルアンモニウム(TEA)感受性の高電位作動性Kv3電流、margatoxin(MgTX)感受性の低電位作動性Kvl電流、iberiotoxin(IbTX)感受性のCa2+依存性BK電流に分類される。これらの各K+電流をTEA、MgTX、IbTX投与によってそれぞれ抑制される成分の差電流として分離し、P7-8とP13-15で比較した。Kv3、Kvl電流は発達に伴って電流密度が増加し、電流活性化時間も短縮した。全K+電流に占めるKv3-Kvl電流の比率は変化しなかった。一方、BK電流には発達に伴う変化は見られなかった。シナプス前末端におけるK+電流密度の増加および活性化時間の短縮には、Kv3、Kvl電流の両者の変化が貢献していることが示された。

K+電流の発達変化が活動電位幅の短縮に対して及ぼす作用を明らかにするために、人力線維刺激によって誘発されるcalyxofHeldシナプス前末端の活動電位を記録し、K+チャネル阻害薬の作用を観察した。MgTX、IbTXは活動電位波形に対し作用を示さなかった。TEAは活動電位幅を延長し、その程度はP7-8とP13-15で同じであった。Kv3電流は発達の期間を通して活動電位幅の短縮に貢献しうるが、発達に伴う活動電位幅の短縮はKv3、Kvl電流の変化だけでは説明できないことが示唆された。TEA(10mM)、4-アミノピリジン、Cd2+投与によりシナプス前末端のすべてのK+、Ca2+電流を阻害し活動電位を記録した。Na+電流のみに依存するこの状態の活動電位波形は、P13-15でP7-8よりも短かった。従って活動電位幅の短縮は、生後発達に伴うNa+電流の不活性化時間の短縮にも依存することが示唆された。

活動電位幅に対するK+電流変化の作用のさらなる検討のため、神経細胞シミュレータ‘NEURON'を用い活動電位波形のシミュレーションを行った。CalyxofHeldシナプス前末端より記録したP7およびP14それぞれのK+電流をHodgkin-Huxley式に基づいてパラメータ化し、モデル細胞へ代入した。合成したP14の活動電位に対し、K+電流の密度、K+電流の活性化キネテイクス、Na+電流の不活性化のキネテイクスを減少・低下させると、モデル細胞の活動電位幅は延長した。発達に伴うK+電流の密度増加、活性化時間短縮、Na+電流不活性化時間短縮のすべてが、活動電位幅の短縮に貢献することが示唆された。

次に、発達に伴うK+電流の増加が高頻度シナプス伝達の信頼性の上昇に貢献する可能性を検討した。シナプス前末端に軽度の持続的脱分極を与えると、P7-8では脱分極期間中、活動電位が連続して発火したが、P13-15前末端では発火は初めの数発にとどまった。MargatoxinはP7-8では有意な作用を示さなかったが、P13-15では活動電位の発火数を増加させた。この結果は、発達に伴うKvl電流の増加が神経終末端の興奮性を安定化し、異常発火の抑制に貢献していることを示唆する。次に、入力線維を400Hzで刺激したところ、P13-15前末端では活動電位の発火が入力刺激に完全に追従したが、P7-8では活動電位の欠落が認められた。TEA(1 mM)を投与したところ、活動電位の追従性はP7-8では変化しなかったが、P13-15では活動電位発火が顕著に欠落した。これらの結果は発達に伴うKv3電流の増加が高頻度人力に対する高信頼性活動電位発火の確立に貢献することを示唆する。

以上の結果より、発達に伴うcalyx of Heldのシナプス前活動電位の短縮には、Na+電流不活性化時間の短縮、K+電流密度の増加および活性化時間の短縮のすべてが関与することが示唆された。またシナプス前末端におけるK+電流の増加は、高信頼性シナプス伝達の確立に重要な貢献をすることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、脳幹の聴覚中継シナプスcalyxofHeld前末端において、生後発達に伴って生じる活動電位波形の調節機構を明らかにするため、パッチクランプ法を用いた電気生理学的記録を行ったものであり、下記の結果を得ている。

電位固定法によってシナプス前末端より電位依存性Na+電流を記録した。電位依存性Na+電流は生後7-15日にかけて、不活性化時間が短縮することが示された。

電位固定法によってシナプス前末端より電位依存性K+電流を記録した。電位依存性K+電流は、生後7-15日にかけて、電流密度が増加するとともに、活性化時間が短縮すことが示された。同様の結果は、シナプス前末端膜より単離したパッチ膜においても確認された。

薬理学的手法により、calyxofHeld前末端の電流を構成するK+電流の各成分を分離した。生後7-15日にかけて、TEA(1 mM)感受性のKv3電流とmargatoxin感受性のKvl電流は、比率を変えず電流密度が増加するにともに、活性化時間も短縮することが示された。一方、iberiotoxin感受性のBK電流はこの期間を通じて有意な変化は見られなかった。

活動電位に対するK+電流阻害薬の作用を検討した。TEA(1 mM)は生後7,15日とも活動電位の幅を延長することから、Kv3電流が発達の期間を通じて活動電位を制御している。またK+電流を全て阻害した条件下で誘発したNa+電流のみによって生じる活動電位幅が生後7,14日で異なることから、Na+電流の生後変化が活動電位波形を制御している可能性が示された。活動電位のシミュレーションによれば、K+電流密度の増加・活性化キネティクスの短縮、Na+電流不活性化キネティクス短縮すべての要因が活動電位幅の短縮に貢献しうるが、中でもK+電流活性化キネテイクスの短縮の貢献が最大である可能性が示された。

シナプス前末端に弱い持続的脱分極を与えたところ、生後7日では脱分極期間中、活動電位が連続して発火したが、生後14日では発火は初期の数発にとどまった。Margatoxinは生後7日では有意な作用を示さなかったが、生後14日では活動電位の発火数を増加させた。発達に伴うKvl電流の増加は神経前終末の興奮性を安定化し、異常発火の抑制に貢献していることが示された。

人力線維を400Hzで刺激したところ、生後14日前末端では活動電位の発火が人力刺激に完全に追従したが、生後7日では活動電位の欠落が認められた。TEA(1 mM)を投与したところ、活動電位の追従性は生後7日では変化しなかったが、生後14日では活動電位発火が顕著に欠落した。発達に伴うKv3電流の増加が高頻度人力に対する高信頼性の活動電位発火の確立に貢献することが示された。

以上本論文はラット脳幹の巨大シナプスcalyxofHeldにおいて、シナプス前電流の生後発達変化を記録し、この変化が活動電位波形短縮の要因であることを明らかにした。本研究は、これまで不明であった哨乳動物中枢シナプス前末端における、特にK+電流の生後発達とその機能的意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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