学位論文要旨



No 121072
著者(漢字) 五百城,幹英
著者(英字)
著者(カナ) イオキ,モトヒデ
標題(和) B領域紫外線によるキュウリ光回復酵素遺伝子の転写誘導に関する研究
標題(洋) UVB-driven Transcriptional Activation of the Cucumber Photolyase Gene
報告番号 121072
報告番号 甲21072
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4872号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 教授 加藤,雅啓
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 助教授 野,久義
 国立環境研究所 総合研究官 中嶋,信美
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

地上に到達する紫外線(UV)はUVA(320 - 400 nm)とUVB(290 - 320 nm)に分けられる。波長が290 nm以下の紫外線は大気中のオゾンや酸素によって吸収されるため地上には到達しない。人間活動による成層圏オゾンの破壊により地上に到達する紫外線量が増え、人間や他の動植物が障害を受けるのではないかと懸念されている。成層圏オゾンが減少して増加する紫外線は320 nm以下の波長のUVBである。290 - 320 nmは、DNA、タンパク質などの生体物質の吸収スペクトルの裾野に位置しており、UVBが増えればこれらの物質は損傷を受け、その結果、生物は深刻な影響を被ると考えられる。特にDNAの損傷は生物の基本的な機能に重大な影響を与える可能性がある。UVBにより生じるDNA損傷の大部分はシクロブタン型ピリミジン二量体(CPD)であることが知られている。

移動能をもたない植物は太陽光中のUVBから自身を守る仕組みを備えている。葉の表面に蓄積したクチクラや、表皮に蓄積しているフラボノイドなどの紫外線吸収物質により、葉肉細胞まで到達する紫外線量は極めて少ないと考えられる。しかしながら、わずかな紫外線が表皮を透過し、表皮細胞、葉肉細胞のDNAに損傷を引き起こす。これに対して、あらゆる生物はDNA損傷を修復する機構をもっている。様々なDNA修復機構があるが、植物では変異体の解析(Fig.1)などから特にCPD光回復酵素によるCPDの修復が重要であると考えられている。本研究では、キュウリ実生およびシロイヌナズナ組換え体を用いてキュウリCPD光回復酵素遺伝子(CsPHR)の転写調節機構に関する解析を行った。

第1章 CsPHRの転写誘導に関与する光受容体に関する研究

我々の研究室で行われたキュウリのCPD光回復酵素遺伝子(CsPHR)の発現解析の結果、CsPHRの転写は光により誘導されることが示されており、これは地上に到達するUVB量に応じた光回復酵素活性の日周変化をもたらす環境適応機構であると考えられる。本研究では、光回復酵素の発現誘導に関与している光受容体を明らかにすることを目的に、CsPHRの発現がどの波長の光で誘導されるのかを単色光照射実験により検証した。材料には、キュウリの実生を用いた。単色光照射は、大型の照射型分光器である基礎生物学研究所の大型スペクトログラフを用いて行った。展開を始めたばかりの第一本葉に対して4段階の異なる強度の単色光を4時間照射した後のCsPHR転写産物蓄積量をRT-PCR法により定量した。転写産物蓄積量を光強度に対してプロットして得られる近似直線の傾きを算出し、この傾きをそれぞれの波長での転写誘導効率の指標とした(Fig. 2a)。算出されたCsPHR転写誘導効率を光の波長に対してプロットして作用スペクトルを得た。その結果、CsPHRの転写がUVB、UVAおよび青色光により誘導されることが明らかになった。中でも310 nm付近の波長をもつ長波長UVBにより転写が最も効率良く誘導された(Fig. 2b)。長波長UVBを特異的に受容する光受容体は様々な光応答反応に関与していることが示唆されているが、現在のところどの生物でも同定されていないことから、CsPHRの転写誘導には未同定のUVB光受容体が関与していると考えられた。

第2章 CsPHRのプロモーター解析

第1章で得られた結果から、CsPHRの転写誘導にはUVBを特異的に受容し、そのシグナルを伝達する機構が関与していると考えられた。しかし、植物におけるUVB受容およびUVBシグナル伝達に関する知見は少ない。そこで本研究では、UVBによる転写誘導に関与するcis因子を特定するために、キュウリのゲノムDNAライブラリーから単離した2.5 kbpのCsPHRプロモーターの解析を行った。まず、CsPHRプロモーターをレポーター遺伝子(β-glucuronidase遺伝子[GUS])につないでシロイヌナズナに導入した組換え体を作製し、レポーター発現が310 nm付近のUVBにより最も強く誘導されることを確認した(Fig. 3)。続いて、UVB応答に必須なプロモーター領域を同定することを目的としてプロモーターデリーション実験を行った。翻訳開始点上流1132 bp、300 bp、201 bpのプロモーター領域をレポーター遺伝子(luciferase遺伝子[LUC])に繋いでシロイヌナズナに導入した組換え体を作製し、UVB照射によりレポーター発現が誘導されるかを調べた。その結果、1132 bpおよび300 bpのプロモーター制御下ではUVB照射によりレポーター発現が誘導されたが、201 bpのプロモーター制御下ではレポーター発現誘導は見られなかった。また、2.5 kbpのプロモーターから翻訳開始点の上流202 - 296 bpの95 bpの領域を除いた場合にもUVB照射によるレポーター発現誘導は見られなかった(Fig. 4a, b, c)。したがって、翻訳開始点の上流202 - 296 bpのプロモーター領域はCsPHRのUVBによる転写誘導に必須であると考えられた。そこで、この95 bpのプロモーター領域が単独でUVB応答を引き起こすことが出来るかを調べるために、このプロモーター領域をCaMV 35S最小プロモーターおよびレポーター遺伝子につないでシロイヌナズナに導入した組換え体を作製し、gain-of-function実験を行った。その結果、これらの組換え体においてUVBによるレポーター発現の誘導は見られず、この95 bpのプロモーター領域はUVB応答に必須であるが単独ではUVB応答的転写誘導を引き起こすことが出来ないことが明らかになった。したがって、この95 bpの領域に存在するcis因子と協働的に働く他のcis因子が翻訳開始点の上流201 bp以内に存在すると考えられた。翻訳開始点上流202 − 296 bpの領域の塩基配列について、光合成関連酵素遺伝子やフラボノイド合成関連酵素遺伝子において知られている光依存的転写誘導に関与するcis因子に類似した塩基配列を探索したところ、ACGTをコア配列としてもつDNAモチーフ(ACGTエレメント)が3つ存在していた(Fig. 4d)。したがって、これらがCsPHRのUVBによる転写誘導に必須なcis因子である可能性が高いと考えられた。

まとめ

本研究により、CsPHRの転写は310 nm付近の波長をもつ長波長UVBにより誘導されることが明らかになった。自然環境中での日周期の中で、長波長UVBはDNA損傷を引き起こす短波長UVBに先立って地上に到達する。したがって、植物はCPD光回復酵素を長波長UVB依存的に発現誘導し、地上に到達する短波長UVB量が多い時間帯にDNA損傷修復能を上昇させることにより放射環境に適応していると考えられた。

長波長UVBを特異的に受容する光受容体は、現在のところどの生物でも知られておらず、CsPHRの転写誘導に関与していると考えられるUVB光受容体の正体は不明である。しかしながら、本研究におけるレポーター遺伝子を用いたCsPHRのプロモーター解析の結果、翻訳開始点の上流202 - 296 bpのプロモーター領域がCsPHRのUVBによる転写誘導に必須であることが明らかになった。このプロモーター領域にはACGTをコア配列としてもつDNAモチーフが3つ存在しており、これらがCsPHRのUVBによる転写誘導に関与している可能性が高いと考えられた(Fig. 5)。今後は、より詳細なデリーション実験等によりこれらのDNAモチーフのUVB応答的転写誘導への関与を調べると共に、翻訳開始点の上流201 bp以内に存在すると考えられるcis因子についても明らかにしていく計画である。また、CPD光回復酵素遺伝子の発現やそのプロモーターの活性化によるレポーター発現を指標として植物におけるUVB光受容メカニズムおよびその下流のシグナル伝達機構を解明することが出来ると考えている。

Figure 1. Phenotype of Arabidopsis mutant (uvr2) with functionally deficient CPD photolyase.

Seed were germinated on nutrient agar plates; beginning on day 3 seedlings were exposed to continuous UVB and photographed 10 days later. (Landry et al. 1997)

Figure 2. Wavelength-dependency of the CsPHR transcriptional activation.

a, Representative set of fluence-response plots for accumulation of CsPHR transcripts. Cucumber seedlings with horizontally expanding first true leaves were irradiated with monochromatic light at 4 different intensities for 4 hours. Wavelength of the monochromatic light is indicated at upper left corner. CsPHR transcript levels in first true leaves were determined via quantitative RT-PCR. Values were normalized to the mean value for 4 dark-control plants and semilogarithmically regressed against the light intensity. Square of the correlation coefficient (R2) is presented at bottom right corner.

b, Action spectrum for the transcriptional activation of CsPHR. Regression coefficient for each wavelength was calculated from the fluence-response plot. Experiments were repeated 6 times and the mean value for the regression coefficient was plotted against wavelength as induction efficiency. Each bar indicates ±S.E. for 6 independent experiments. Asterisks indicate significant differences at P<0.1 (*) and P<0.05 (**) determined by one-sample t test against the value zero.

Figure 3. GUS-stained transgenic Arabidopsis seedlings irradiated with monochromatic light.

Transgenic Arabidopsis expressing GUS under the control of 2.5-kbp CsPHR promoter was irradiated with monochromatic light (270, 280, 290, 300, 310, and 320 nm) at 1.9 〓mol m-2 s-1 for 3 hours. The in situ expression of GUS was visualized via GUS staining.

Figure 4. Reporter assays using transgenic Arabidopsis harboring the CsPHR promoter and its derivatives.

a, Scheme of the different promoter deletions. The full-length promoter (2500-bp-long), the truncated promoters, and the full-length promoter with the 95-bp region deleted (△95) were cloned upstream of the reporter gene (GUS or LUC).

b, Transgenic plants harboring the 1132-bp, 300-bp, and 201-bp promoters were irradiated with polychromatic UV for 3 h, or placed in the dark as controls. The reporter (LUC) expression is shown. Bar indicates ±S.D. for 4 plants.

c, UVB-responsive expression of the reporter (GUS) under the control of the −2500 promoter and the △95 promoter was detected via histochemical staining. Bar = 2 mm.

d, Nucleotide sequence of the CsPHR promoter between 202 and 300 bp upstream the translational start. DNA motifs with ACGT cores (underlined) are boxed.

Figure 5. Inferences from the present research.

The solar radiation that plants experience in the natural environment contains UVB with wavelengths longer than 290 nm. The short-wavelength UVB (290 − 300 nm) causes DNA lesions in the foliar cells, while the less-damaging long-wavelength UVB (300 − 320 nm) induces the photolyase expression. Since the long-wavelength UVB reaches the earth's surface before the short-wavelength UVB, photolyase expression in response to the long-wavelength UVB would allow plants to adapt to sunlight by timely elevating the photoreactivation activity in the midst of the day. This UVB-dependent induction of photolyase expression seemed to be mediated by the so-far-unidentified UVB photoreceptor(s) and the ACGT elements on the CsPHR promoter in cucumber plants.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。第1章では、キュウリCPD光回復酵素遺伝子(CsPHR )の転写誘導に関与している光受容体の光波長特異性を明らかにすることを目的に、CsPHRの発現がどの波長の光で誘導されるのかを単色光照射実験により検証した。材料には、キュウリの実生を用いた。単色光照射は、大型の照射型分光器である基礎生物学研究所の大型スペクトログラフを用いて行った。作用スペクトルの解析の結果、CsPHRの転写がUVBおよび青色光により誘導されることが明らかになった。中でも310 nm付近の波長をもつ長波長UVBにより転写が最も効率良く誘導された。このことは、長波長UVBに特異的に感知し、そのシグナルを下流に伝える何らかの光受容体の関与を示唆した。長波長UVBを特異的に受容する光受容体は様々な光応答反応に関与していることが示唆されているが、現在のところどの生物でも同定されていない。したがって、CsPHRの転写誘導には未同定のUVB光受容体が関与していると考えられた。

第2章は、レポーター遺伝子を用いたCsPHR プロモーター解析について述べられている。CsPHRプロモーターをレポーター遺伝子につないでシロイヌナズナに導入した組換え体を作製し、UVB応答に必須なプロモーター領域を同定することを目的としてプロモーターデリーション実験を行った。その結果、翻訳開始点の上流202 - 296 bpのプロモーター領域がCsPHRのUVBによる転写誘導に必須であると考えられた。続いて、この95 bpのプロモーター領域が単独でUVB応答を引き起こすことが出来るかを調べるために、CaMV 35S最小プロモーターを用いたgain-of-function実験を行った。CsPHRのUVBによる転写誘導に必須であると考えられた95 bpのプロモーター領域をCaMV 35S最小プロモーターおよびレポーター遺伝子につないでシロイヌナズナに導入した組換え体を作製し、UVB照射実験を行った。その結果、これらの組換え体においてUVBによるレポーター発現の誘導は見られず、この95 bpのプロモーター領域はUVB応答に必須であるが単独ではUVB応答的転写誘導を引き起こすことが出来ないことが明らかになった。したがって、この95 bpの領域に存在するcis因子と協働的に働く他のcis因子が翻訳開始点の上流201 bp以内に存在すると考えられた。翻訳開始点上流202 − 296 bpの領域にはACGTをコア配列としてもつDNAモチーフ(ACGTエレメント)が3つ存在している。ACGTエレメントは、光合成関連酵素遺伝子やフラボノイド合成関連酵素遺伝子の光依存的転写誘導に関与することが知られている。したがって、これらがCsPHRのUVBによる転写誘導に必須なcis因子である可能性が高いと考えられた。

長波長UVBを特異的に受容する光受容体は、現在のところどの生物でも知られておらず、CsPHRの転写誘導に関与していると考えられるUVB光受容体の正体は不明である。しかしながら、本研究によって、CsPHRプロモーターの翻訳開始点上流 202 − 296 bp の領域と翻訳開始点上流201bp以内の領域に存在すると考えられるcis因子が協働的に働いて光回復酵素の発現を誘導することが示された。また、本研究によりCPD光回復酵素遺伝子の発現やそのプロモーターの活性化によるレポーター発現を指標として植物におけるUVB光受容メカニズムおよびその下流のシグナル伝達機構を解明していくことが出来ることが示された。

なお、本論文は、論文提出者が主体となって検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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