学位論文要旨



No 120938
著者(漢字) 谷本,道哉
著者(英字)
著者(カナ) タニモト,ミチヤ
標題(和) 筋発揮張力維持法を取り入れたトレーニングに関する研究
標題(洋) Effects of low-intensity resistance exercise with slow movement and tonic force generation on muscular function in human
報告番号 120938
報告番号 甲20938
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第641号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 教授 小林,寛道
 東京大学 助教授 金久,博昭
 東京大学 助教授 八田,秀雄
 東京大学 助教授 村越,隆之
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

レジスタンストレーニングとメカニカルストレス

ヒト骨格筋は可塑性を持ち、レジスタンストレーニングで大きなメカニカルストレスを与えることで肥大し筋力が増強されることが知られている(Aniansson et al. 1981)。筋肥大・筋力増強には、80%1RM(one-repetition maximum)程度以上の高負荷を用いたレジスタンストレーニングが必要であること(McDonagh and Davies 1984)、65%1RM以下の負荷を用いたレジスタンストレーニングでは持久的能力の向上は見られるものの、筋肥大・筋力増強は起こらない(Holloszy and Booth 1976)などの報告から、大きなメカニカルストレスは筋肥大、筋力増強に必須の条件であるとされてきた。しかしながら、このような高負荷を用いたレジスタンストレーニングには整形外科的傷害や血圧上昇による血管障害などの危険性が高いという問題が指摘される(Pollock et al. 1991, Fleck 1988)。

血流制限を用いた「加圧トレーニング」

近年の血流制限を併用した比較的軽負荷を用いたレジスタンストレーニングに関する幾つかの研究報告から、筋肥大・筋力増強には大きなメカニカルストレスだけが必ずしも必須の要素ではなく、その他の要素も大きく関与しているものと考えられるようになってきた。加圧バンドで四肢の基部に圧迫をかけることで筋を局所的に血流制限して行う加圧トレーニングでは、20%1RM程度の小さな負荷強度を用いた場合でも、高負荷強度を与えた場合と同等の筋肥大・筋力増強効果をもたらすこと報告されている(Takarada et al. 2001)。こうした効果には、血流制限による乳酸、H+等の無酸素性代謝産物の発生・蓄積と代謝物受容反射による成長ホルモンの分泌活性化(Kraemerら2005)や、虚血・再還流による活性酸素種の発生(Korthiusら 1985)などが関与していると考えられている。

筋発揮張力維持法の提案

加圧トレーニングは大きなメカニカルストレスを伴わない効果的なレジスタンストレーニングであるが、外的加圧を加えるための専用のバンドとバンド圧の管理・調節が必要であり、一般に広く汎用できるトレーニング方法とは言いがたい。また、外的な加圧にはしばしば大きな痛みを伴うこと、血流制限が可能な部位が上肢・下肢に限定されるため、体幹部の筋には適用できないといった問題も抱えている。

そこで、外的な加圧を用いずに同様の効果を狙える方法として、筋発揮張力を維持しながら動作を行うトレーニング方法、筋発揮張力維持法が提案できる。持続的な筋力発揮によって筋内圧の上昇による筋血流の制限が期待できるからである。40-50%MVC(maximum voluntary contraction)程度の持続的な筋力発揮により大きな血流制限が生じるとされている(Bonde-Petersen et al. 1975)ことから、40%MVC程度以上の負荷を用いて持続的な筋力発揮をするトレーニング方法によって、外的な加圧を用いた方法と類似した筋肥大、筋力増強の効果が期待できると考えられる。

本研究では筋発揮張力維持法をとりいれたレジスタンストレーニングの仕組みとトレーニング効果を検証することを目的とした。

[実験1]

筋発揮張力維持法の生理学的・力学的特性と筋肥大・筋力増強効果

実験1では、筋の血流制限効果が期待される筋発揮張力維持法を取り入れたレジスタンストレーニングが、筋活動レベル、筋酸素化レベル、血中乳酸濃度などに及ぼす一過的効果と、同トレーニングを長期的に実施することによる筋肥大・筋力増強効果を調べた。運動種目としてレッグエクステンションを用い、動作中に筋発揮張力が低下することのない比較的低速度での運動(3秒上げ、1秒止め、3秒下し)を行った。運動負荷はその動作での8RMとし、1分間インターバルで3セットを、週3回、12週間行った。このトレーニング手技を、比較的軽負荷を用いて低速度で筋緊張を持続させることから、「low-intensity, slow and tonic force generation:以下LST」と名づけた。

また、比較対照としてLSTと同一RM強度を用いて通常のトレーニング動作(1秒上げ、1秒下し、1秒待ち)を行うグループ(high-intensity normal :以下HN)とLSTと同一負荷強度を用いて通常のトレーニング動作で行うグループ(low-intensity normal :以下LN)を設定した。被験者は各グループ8名、計24名とした。LST、LNで用いた負荷は50%1RM、HNでは80%1RM程度であった。なお、LST とHNでは同じ8RMの負荷を用いながら負荷強度が異なるのは、それぞれの動作様式が異なるためである。

一過的な運動中の生理反応として、LSTでは筋活動レベルが動作中持続的に一定のレベルを維持していること、筋酸素化レベルの劇的な低下、血中乳酸値の劇的な増加が観察された。以上からLSTでは持続的な筋張力発揮による血流制限が筋内の代謝環境に影響を及ぼすことが示唆される。

長期のトレーニング効果として、12週間のトレーニングの結果、LSTでは比較的負荷が軽いにも関わらず有意な筋肥大が起こり、その程度は同一負荷での通常法であるLNよりも有意に大きく、同一RMでの通常法であるHNより有意ではないが大きい傾向が観察された。

[実験2]

筋発揮張力維持法における一過的ホルモン応答

実験2では、LSTを用いたトレーニングが一過的なホルモン応答に及ぼす効果を調べるために、前記3手技に加えて、血流制限の期待できる別の方法として、軽負荷加圧トレーニング法(low-intensity with occlusion :以下LO)、アイソメトリックトレーニング法(isometric:以下ISO)の2手技を追加して分析を行った。LOは先行研究にならい30%1RMの負荷を用い、ISOはLSTと同一負荷、同一力積を用いて、どちらの手技も前期3手技と同様に1分間インターバルで3セットを行った。被験者は6名とし、同一被験者に対して5手技すべての運動方法での運動負荷を与えて、血中乳酸濃度および成長ホルモンなどの血中ホルモン濃度変化の分析を行った。

LST、LOでは負荷が軽いにも関わらず、血中乳酸濃度、成長ホルモン濃度とも、高負荷を用いた通常法であるHNとほぼ同量にまで増加することが観察された。血流制限下で行うレジスタンストレーニングが筋肥大を促す作用機序の1つとしてホルモンを介する経路があることが示唆された。また、ISOでは筋酸素化レベルの低下は観察されるものの、血中乳酸濃度、成長ホルモン濃度ともに大きな増加は観察されなかった。これにはアイソメトリックトレーニング動作は力学的仕事量が0であり、エネルギー消費が少ないことが関係すると考えられる。

[実験3]

筋発揮張力維持法の動的運動の動作様式に与える影響

筋血流制限を目的として、ゆっくりとした動作で筋力を持続的に発揮するLSTは、ヒトの日常動作やスポーツ動作などの動的運動において自然に用いられる反動動作(Komi 2000,1984)とは筋力の発揮形態が大きく異なる。反動動作とは筋・腱の発揮パワー、エネルギー効率の向上する伸張-収縮サイクル(stretch-shortening cycle:SSC)を用いた動作であり、その筋力発揮は瞬間的で断続的である(Komi 2000)。LSTの長期トレーニングによって動的運動での動作様式に何かしらの影響を与えるかもしれない。

動的運動の評価として自転車エルゴメーター運動時の筋電図波形の解析を行ったところLSTの長期トレーニングによって、すべての被験者において筋電図の形がピークの高い鋭くとがった形状から、平坦な形状への変化を示す様子が伺われた。動的動作における筋力発揮形態がバリスティックなものからLST動作で行う持続的な形態に近い形に変化したものと思われる。

[まとめ]

比較的軽負荷(~50%1RM) を用いた筋発揮張力維持法(LST)を用いたトレーニングで、筋肥大・筋力増加が起こること、そのメカニズムとして持続的筋張力発揮による筋酸素化レベルの低下、血中乳酸濃度の増加、成長ホルモン濃度の増加などが関与することが示唆された。また、LSTの長期トレーニングにより動的動作の筋力発揮形態に影響を及ぼすことが観察された。

図:運動中筋酸素化レベルの低下ピーク値

平均+標準偏差を示す.

*:群間の有意差(p<0.05)

図:トレーニング後における膝伸筋のCSA伸び率

平均+標準偏差を示す.

*:群間の有意差(p<0.05)

図:運動中筋酸素化レベルの低下ピーク値

血中乳酸濃度の変化平均±標準誤差を示す.†:LST-LN,ISO間の有意差、 #:HN-LN,ISO間の有意差、$:LO-LN,ISO間の有意差(p<0.05)

図:血漿成長ホルモン濃度の変化平均±標準誤差を示す.†:LST-LN,ISO間の有意差、 #:HN-LN,ISO間の有意差、$:LO-LN,ISO間の有意差(p<0.05)

図:自転車運動時筋電図尖度の各被験者ごとの変化

(値が大きいほどバリスティックな筋力発揮を意味する)

審査要旨 要旨を表示する

筋にさまざまな形態の負荷抵抗をかけて行う運動(レジスタンストレーニング)は、若年者の基礎体力向上のためだけにとどまらず、外科的加療後のリハビリテーション、高齢者の筋萎縮(サルコペニア)や転倒の予防などのためにも有用性を増してきている。反面、多くの研究から、効果的に筋力を向上させたり、筋を肥大させたりするためには、少なくとも最大挙上負荷(1RM)の65%以上の高い負荷強度を用いる必要があるとされ、これらの筋の適応を引き起こす第一の刺激要因は強いメカニカルストレスであろうと考えられている。こうした高い負荷強度で行う運動は、一歩方法を誤ると、急性/慢性障害の原因となったり、急激な血圧上昇を引き起こしたりする危険を伴うことから、年少者、低体力者、高齢者などへの適用がしばしば問題視される。そのため、より低い負荷強度で効果的に筋機能の向上をもたらす、新たな運動・トレーニング方法を開発することが求められている。近年開発された「加圧トレーニング」は、そのために最も有力な手法のひとつと考えられる。この方法では、筋の基部を加圧し、局所的筋循環を適度に制限して運動を行うことにより、20%1RM程度というきわめて低い負荷強度で筋力向上や筋肥大を引き起こすことが可能である。しかし、筋循環を外的に制限する手法そのものが危険性を伴うため、高度の専門的知識なしにこの方法を用いることはできないという欠点がある。本研究は、運動中の動作と筋力発揮形態を工夫することにより、加圧トレーニングと同様の効果をもたらすことが期待される「筋発揮張力維持法」という新たな方法を提案し、若年男性を対象として、その短期的および長期的効果、日常動作における筋力発揮パターンなどに及ぼす効果を調べたものである。

筋が等尺性最大筋力の約40%以上の筋力を発揮すると、内圧の上昇により筋血流が阻害されることが報告されている。筋発揮張力維持法(Low-intensity exercise with slow movement and tonic force generation;以後 LST法と略す)ではこの現象を利用し、低〜中程度(約50%1RM)の筋力発揮を持続しながら運動を行うことで、加圧トレーニングの場合と同様のメカニズムがはたらき、筋機能の向上がもたらされることを期待している。

最初の実験(実験1)では、LST法を用いた運動(膝伸展運動)の生理学的および力学的特徴を明らかにし、さらにその長期的トレーニング効果について調べた。その結果、LST法の特徴として、1)持続的な張力維持のために動作速度を適度に遅くする必要があること、2)運動中の筋組織酸素化レベルが著しく低下し、筋内循環の抑制が示唆されること、3)運動中の血圧上昇が、高負荷強度の運動(80%1RM)に比べ低く抑えられること、などが判明した。さらに、この方法を用いたトレーニングを12週間行うことにより、膝伸展筋力の向上と、大腿四頭筋の横断面積の増加がもたらされた。これらは、高い強度(80%1RM)での通常トレーニング(張力維持を伴わない通常の動作)を行ったグループとほぼ同等の程度であった。一方、LST法と同一強度、同一仕事量の通常トレーニングを行ったグループでは、筋力も筋横断面積も増加しなかった。これらの結果から、LST法は、通常法では効果を発現しない程度の運動強度を用いて、安全かつ効果的に筋力向上と筋肥大をもたらすことが示された。

そこで、LST法のこうした効果のメカニズムについての知見を得るため、内分泌・代謝活性への効果につき調べ、等尺性トレーニング、加圧トレーニングを含む他のいくつかの方法と比較した(実験2)。その結果、LST法では、運動直後の血中乳酸濃度と血中成長ホルモン濃度が著しく上昇し、その程度は加圧トレーニング法の場合とほぼ同等であることが分かった。一方、LST法と同等の張力発揮を持続する等尺性トレーニング法では、筋組織酸素化レベルの顕著な低下は起こるものの、上記のような内分泌・代謝系への効果は現れなかった。これらの結果から、LST法の効果には、筋血流の制限と、仕事(運動エネルギー)の発生という二つの条件が必要なことが示唆された。

LST法を特徴づける持続的な張力発揮形態は、日常動作、特にすばやい動作を効率的に行うための筋力発揮形態と大きく乖離していることから、LST法を用いたトレーニングが通常動作時の筋力発揮形態に何らかの影響を及ぼす可能性がある。そこで、LST法を用いた長期トレーニングが、自転車ペダリング運動における筋力発揮パターンに及ぼす効果について調べた(実験3)。その結果、全波整流した筋電図の「尖度」(振幅のピーク値を筋電図積分値で除したもの)がLST法のトレーニング後有意に低下し、トレーニングで用いた動作(膝伸展)以外の動作においても筋力発揮がより持続的(tonic)になることが示唆された。しかし、こうした影響が日常動作にとってマイナス要因となるかは明らかではない。

以上のように本研究は、LST法という新しいトレーニング法を提案し、主に生理学的手法によってその短期的および長期的効果を明らかにした点できわめて独自性の高いものと認められる。中高年や高齢者に対する効果を実証することは今後の課題として残っているが、少なくとも低体力者にとって安全で効果的な方法を提示し、その効果を実証したことは社会的意義も大きい。こうした点から、本論文の主要部(実験1)は、Journal of Applied Physiology 誌にも高く評価され、受理されるに至っている。

したがって,本審査会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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