学位論文要旨



No 120929
著者(漢字) 石黒,憲子
著者(英字)
著者(カナ) イシグロ,ノリコ
標題(和) セグメント別生体電気インピーダンス法による全身骨格筋体積の推定
標題(洋) Predicting whole body skeletal muscle volume from segmental bioelectrical impedance analysis.
報告番号 120929
報告番号 甲20929
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第632号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 金久,博昭
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 深代,千之
 東京大学 助教授 渡會,公治
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

近年,生体電気インピーダンス(bioelectrical impedance,BI)法による骨格筋量の推定が普及してきた.BI法は,インピーダンスの取得方法により,身体を一つの円柱と仮定する全身BI法と,いくつかの円柱の集合体と仮定するセグメント別BI法の2つに大別される.そのなかで,全身骨格筋量を測定対象とした場合,全身BI法では,全身骨格筋量の大きさに依存した系統的な推定誤差がもたらされる(Janssen et al. 2000).一方,セグメント別BI法は,測定原理上,身体各セグメントにおける骨格筋の分布状態を取得するインピーダンスに反映しやすいことから,全身BI法よりも高い精度で全身骨格筋量を推定できると予想される.しかしながら,その真偽については確認されていない.また,作成した推定式を骨格筋の発達が著しい競技者に適用することの妥当性についても明らかではない.そこで本研究ではセグメント別BI法による全身骨格筋体積推定の妥当性を明らかにすることを目的として,まず1)除脂肪体重(lean body mass; LBM)推定における全身BI法との比較(研究I),2)セグメント別BI法の応用による体幹骨格筋体積推定の妥当性(研究II)および3)全身骨格筋体積推定の妥当性(研究III)に関する実験を行った.

【研究I】

LBM推定における全身BI法とセグメント別BI法の比較

−インピーダンス取得法の違いが推定精度に及ぼす影響−

本研究では,非競技者および競技者を含む集団を対象に,LBMの推定精度における全身BI法とセグメント別BI法との比較,ならびにセグメント別BI法として身体遠位部を測定範囲に含める場合と含めない場合との比較を行った.

<方法>

競技者125名を含む健常男性200名が本研究に参加した.BI法により作成するLBM推定式の妥当性および交差妥当性を検討するため,非競技者ならびに各種目の競技者がそれぞれ同数含まれるように配慮しつつ,被検者を妥当性群(グループI;100名)と交差妥当性群(グループII;100名)へと分類した.BI法によるLBM推定値(LBMBI)の妥当性は,空気置換法による測定値を基準値(LBMBP)として検討した.全身BI法(右手首〜右足首間のインピーダンスを取得),ならびにセグメント別BI法として遠位BI法(左・右上肢,左・右下肢および体幹からインピーダンスを取得)および近位BI法(左・右上腕,左・右大腿および体幹からインピーダンスを取得)を用いて,LBMBP推定のための独立変数となるBI index{(セグメント長)2 / インピーダンス}をそれぞれ算出した.さらに,グループIを対象に,LBMBPを従属変数,各BI法によるBI indexを独立変数としたLBMBPの推定式を作成し,その妥当性および交差妥当性を検討した.

<結果および考察>

グループIにおける推定値の標準誤差(standard error of estimate, SEE)は,全身BI法が3.4 kg(5.4%),遠位BI法が3.4 kg(5.5%),近位BI法が3.3 kg(5.2%)であり,BI法間で差は認められなかった.しかしながら,全身BI法および遠位BI法においてはLBMの大きさに依存した系統誤差が認められた.一方,左・右上腕,左・右大腿,および体幹からインピーダンスを取得する近位BI法により作成した推定式は,妥当性および交差妥当性が確認されたが,推定式における体幹のBI indexの貢献度が四肢のそれに比べ低く(7.1%),体幹のBI indexそのものが誤差要因になる可能性が示唆された.以上の結果から,全身骨格筋体積の推定を行うためには,全身BI法よりもセグメント別BI法,なかでも左・右上腕,左・右大腿および体幹からインピーダンスを取得する近位BI法が適しているものの,体幹のインピーダンス取得法については改善が必要であることが明らかとなった.

【研究II】

セグメント別BI法の応用による体幹骨格筋体積の推定

本研究では,体幹骨格筋体積の推定を目的として,従来のセグメント別BI法を応用した電極配置による体幹のインピーダンス取得法を考案し,その妥当性を検討した.なお,研究IIでは,推定式の妥当性および交差妥当性の検討(実験1)ならびに推定式を骨格筋の発達が著しい競技者に適用することの妥当性の検討(実験2)に関する2つの実験を行った.

<方法>

実験1における被検者は,競技者13名を含む健常男性28名であった.BI法により作成した体幹骨格筋体積の推定式の妥当性および交差妥当性を検討するため,各群における競技者の割合がほぼ同等となるように配慮しつつ,被検者を妥当性群(グループI;20名)および交差妥当性群(グループII;8名)へと分類した.実験2における被検者は,陸上競技投擲選手19名であった.実験1および実験2において,BI法による体幹骨格筋体積の推定値(MVtrunk-BI)の妥当性は,magnetic resonance imaging(MRI)法により測定した値を基準値(MVtrunk-MRI)として検討した.体幹のインピーダンスを取得するために最適な電極配置を決定するために,まず,実験1の被検者28名のMRIデータに基づき体幹における骨格筋の分布を検討した.その結果,骨格筋の体積が他の組織の体積よりも有意に高値を示す位置(上部:体幹長0〜20%,下部:体幹長81〜100%)と,高値を示さない位置(中部:体幹長21〜80%)とに分類されることが明らかとなった.次に,体幹における電位分布の検討から,左右の肩峰および大転子(Baumgartner et al. 1998; Cornish et al. 1999)に電圧計測電極を配置することによって,体幹の左・右上部,中部,および左・右下部より合計5つのインピーダンスをそれぞれ個別に取得でき,骨格筋およびその他の組織の体積分布を各インピーダンスに反映可能となることが示された.そこで,実験1グループIの被検者を対象に,体幹の左・右上部,中部,および左・右下部より取得した5つのインピーダンスを用いて体幹のBI indexを算出し,MVtrunk-MRI推定のための独立変数として利用した.さらに,得られた推定式を実験2の被検者に適用することで,骨格筋の発達が顕著である競技者の体幹骨格筋体積の推定における式の妥当性を確認した.

<結果および考察>

実験1において,本研究で考案したセグメント別BI法によりグループIのMVtrunk-MRIを推定した場合のSEEは8.5%であり,四肢骨格筋量の推定を行った先行研究(Miyatani et al. 2000, 2001; Bartok and Schoeller 2004)で報告されている値(6.1〜10.4%)と同等であることが示された.さらに,MVtrunk-MRIとMVtrunk-BIとの間には有意な差がなく,推定式の交差妥当性も確認された.また,実験2において,本研究の実験1で作成したMVtrunk-MRIの推定式を陸上競技投擲選手に適用したところ,SEEは8.0%であり,MVtrunk-MRIとMVtrunk-BIとの間には有意差がなく,系統誤差も認められなかった.一方,本研究におけるグループIの被検者データに基づき,研究Iで採用した近位BI法による体幹BI indexを用いてMVtrunk-MRIの推定式を作成したところ,陸上競技投擲選手のMVtrunk-MRIを過小評価する傾向(p = 0.05)が認められた.これらの結果により,本研究で採用したセグメント別BI法を用いることで,非競技者および競技者のMVtrunk-MRIを四肢と同等の精度で系統誤差なく推定できることが明らかとなった.しかしながら,体幹長41-50%位置における内臓組織 / 骨格筋体積比とMVtrunk-MRIの推定残差(%)との間には有意な相関関係(r = -0.447, p<0.05)が認められた.その要因として,体幹長41-50%位置における内臓組織は,水分を多く含む胃・腸などの消化器によって主に構成されていることから,この位置では内臓組織と骨格筋の電気的な分離が困難であったためと考えられた.

【研究III】

セグメント別BI法の応用による全身骨格筋体積の推定

本研究では,非競技者ならびに競技者を対象に,研究Iおよび研究IIにおいて妥当性と交差妥当性が確認されたセグメント別BI法を用いて全身骨格筋体積の推定を行った.

<方法>

被検者は,研究II実験1と同一の28名であった.BI法により作成する全身骨格筋体積の推定式の妥当性および交差妥当性を検討するため,被検者を研究II(第3章)実験1と同じく2群(グループI;20名,グループII;8名)に分類した.作成した推定式の妥当性は,MRI法により測定した全身骨格筋体積を基準値(MVwhole body-MRI)として検討した.研究IおよびIIの結果に基づき,左・右上腕,左・右大腿および体幹の左・右上部,中部,左・右下部より取得したインピーダンスから上腕,大腿および体幹のBI indexを算出し,MVwhole body-MRIの推定式を作成した.

<結果および考察>

大腿および体幹のBI indexを独立変数とする推定式により,MVwhole body-MRIをSEE 6.6%の精度で系統誤差なく推定できることが示された.本研究で採用したセグメント別BI法の場合に,MVwhole body-MRIと全身骨格筋体積の推定値(MVwhole body-BI)との間に有意差が認められず,推定式の交差妥当性も確認された.また,MVwhole body-MRIの大きさに依存した系統誤差も認めらなかった.一方,全身BI法により取得したインピーダンスを用いて推定式を作成した場合に,グループIIにおいて,基準値と推定値との間に有意な差が認められた.これらの結果から,本研究において採用したセグメント別BI法はMVwhole body-MRIを系統誤差なく推定でき,その推定精度は全身BI法よりも優れていることが明らかとなった.

【要約】

本研究では,セグメント別BI法により全身骨格筋体積を推定することの妥当性を明らかにするために,LBMの推定精度における全身BI法とセグメント別BI法との差異(研究I),セグメント別BI法の応用による体幹骨格筋体積推定の妥当性(研究II)を検証したうえで,セグメント別BI法による全身骨格筋体積の推定を試みた.その結果,左・右大腿ならびに体幹の左・右上部,中部,左・右下部よりそれぞれインピーダンスを取得するセグメント別BI法を用いることで,非競技者から骨格筋の発達が著しい競技者を含む被検者集団の全身骨格筋体積を系統誤差なく推定できることが明らかとなった.

審査要旨 要旨を表示する

近年,骨格筋量の推定法として注目されている生体電気インピーダンス(BI)法は,BI測定値(インピーダンス)の取得方法により,身体を一つの円柱と仮定する全身BI法と,いくつかの円柱の集合体と仮定するセグメント別BI法の2つに大別される.そのなかで,全身骨格筋量を測定の対象とした場合,全身BI法では,全身骨格筋量の大きさに依存した系統的な推定誤差がもたらされる(Janssen et al. 2000).一方,セグメント別BI法は,インピーダンスの測定原理上,身体各セグメントにおける骨格筋の分布状態を取得するインピーダンスに反映しやすいことから,全身BI法よりも高い精度で全身骨格筋量の推定が可能であると予想される.しかしながら,その真偽については確認されていない.また,作成した推定式を骨格筋の発達が著しい競技者に適用することの妥当性についても明らかではない.本論文「セグメント別生体電気インピーダンス法による全身骨格筋体積の推定:Predicting whole body skeletal muscle volume from segmental bioelectrical impedance analysis」は,セグメント別BI法による全身骨格筋体積推定の妥当性を明らかにすることを目的として行われた研究の成果をまとめたものである.その内容は,1)除脂肪体重(LBM)推定における全身BI法との比較(研究I),2)セグメント別BI法の応用による体幹骨格筋体積推定の妥当性(研究II),および3)全身骨格筋体積推定の妥当性(研究III)に関する3つの研究結果から構成されている.本論文は,非競技者から骨格筋の発達が著しい競技者までを含む被検者集団を対象に,セグメント別BI法により全身骨格筋体積を推定することの妥当性を明らかにしたものであり,その主な内容は以下のようにまとめられる.

【研究I】

除脂肪体重(LBM)推定における全身BI法とセグメント別BI法の比較

―インピーダンス取得法の違いが推定精度に及ぼす影響―

BI法によりLBMを推定することの妥当性は,多くの先行研究において検証されてきた.本論文の研究Iは,インピーダンス取得法の違いが推定精度に及ぼす影響に関する検討結果に基づき,全身骨格筋体積の推定に適した電極配置を明らかにすることを目的として行われた.測定対象は競技者125名を含む健常男性200名であり,空気置換法によるLBMの測定値が基準値として採用された.BI法として,全身BI法(右手首〜右足首間のインピーダンスを取得),遠位BI法(左・右の上肢,下肢および体幹のインピーダンスを取得),および近位BI法(左・右の上腕,大腿および体幹のインピーダンスを取得)が採用された.その結果,LBMの推定値の標準誤差(SEE)には3つのBI法間で差が認められなかった.しかしながら,全身BI法および遠位BI法においてはLBMの大きさに依存した系統誤差が認められた.一方,左・右上腕,左・右大腿,および体幹からZを取得する近位BI法により作成した推定式は,妥当性および交差妥当性が確認されたが,体幹部より取得したインピーダンスが誤差要因になる可能性が示唆された.

【研究II】

セグメント別BI法の応用による体幹骨格筋体積の推定

研究Iにおいて,全身骨格筋体積の推定を行うためには,左・右上腕,左・右大腿および体幹からZを取得する近位BI法が適しているものの,体幹のインピーダンスの取得法については改善が必要であることが明らかとなった.そこで本論文の研究IIでは,体幹部の骨格筋体積の推定を目的として,セグメント別BI法を応用した電極配置を考案し,その妥当性が検討された.インピーダンス取得のための電極配置は体幹における骨格筋の分布に基づき決定された.また,本研究で考案された電極配置は,体幹における電位分布の検討から,体幹の左・右上部,中部,および左・右下部より合計5つのインピーダンスをそれぞれ個別に取得でき,骨格筋およびその他の組織の体積分布を取得するインピーダンスに反映できることが示された.そこで,競技選手を含む28名の成人男性を対象とした分析結果に基づき,magnetic resonance imaging(MRI)により測定した体幹骨格筋体積を基準値として推定式を作成したところ,本研究で考案した電極配置によるBI法は,体幹骨格筋体積をSEE 8.5%の精度で系統誤差なく推定でき,作成した推定式は骨格筋の発達が顕著である競技選手への適用も可能であることが示された.

【研究III】

セグメント別BI法の応用による全身骨格筋体積の推定

本論文の研究IIIでは,競技者を含む成人男性28名を対象に,研究Iおよび研究IIにおいて妥当性と交差妥当性が確認されたセグメント別BI法を用いて全身骨格筋体積を推定することの妥当性が検討された.その結果,MRI法により測定された全身骨格筋体積を基準値として,左・右上腕,左・右大腿および体幹の左・右上部,中部,左・右下部より取得したインピーダンスを用いる推定式が得られ,全身骨格筋体積をSEE 6.6%の精度で系統誤差なく推定でき,推定式の交差妥当性も確認された.

セグメント別BI法の活用は,これまでのところ四肢骨格筋量の推定に限られていた.それに対し,石黒憲子氏の論文は,セグメント別BI法が体幹および全身骨格筋体積の推定にも利用可能であることを初めて示したものである.さらに,作成した推定式を骨格筋の発達が顕著な競技者に対しても適用できることを明確にしたものであり,身体運動科学の分野における意義は非常に大きい.したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する.

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