No | 120770 | |
著者(漢字) | 沢津橋,俊 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サワツバシ,シュン | |
標題(和) | クロマチン構造を介したエクダイソンレセプター転写制御機構の解明に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120770 | |
報告番号 | 甲20770 | |
学位授与日 | 2005.10.03 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2927号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 多細胞生物を構成する種々の細胞では、同一の遺伝情報から遺伝子が選択的に発現されることで、細胞種固有の形質が規定される。この遺伝子発現制御機構において、DNAをRNAに変換する転写反応は最も厳密な制御を受けている。転写反応においてプロモーター領域に結合するアクチベーターやリプレッサー等の転写制御因子群は、RNAポリメラーゼを含む転写開始複合体の形成及び転写伸長を制御する。これら真核生物のDNAはヒストンH2A、H2B、H3、H4それぞれ2分子からなるコアヒストン八量体に約2回巻きつき、さらにDNAの一部はリンカーDNAとしてヒストンH1や非ヒストンタンパク質等が結合し、数珠状に連なったヌクレオソーム配列をとって存在している。このような規則正しいクロマチン構造は一般に転写反応に対して阻害的に働き、遺伝子発現が抑えられている。一方で古くから転写反応の活発な領域ではクロマチン構造の弛緩が観察されており、クロマチン構造調節を介した遺伝子発現調節機構の存在が示唆されてきた。これらのクロマチン構造調節を制御する転写共役因子複合体としてヒストンアセチル化酵素を代表とするヒストン修飾酵素や、ヌクレオソーム配列を調節するATP依存性クロマチンリモデリング因子が生化学的な手法によって同定され、クロマチン構造を介した転写制御機構の一部が明らかにされつつある。しかしながら、これまでの解析は主にヒストンやヌクレオソームレベルでの転写制御機構に関するものであり、生体内で見られる高次のクロマチン構造を介した転写制御機構の解明には至っていない。クロマチン高次構造による転写制御機構の解明は、発生・分化に関わる時期・組織特異的な遺伝子発現様式や細胞の老化、更には癌化の機構を理解する上でも必須の課題と言える。 そこで、本研究ではショウジョウバエにおいて胚発生・脱皮・変態を制御する転写制御因子である核内受容体エクダイソンレセプター(EcR)に着目し、生体内におけるクロマチン構造変換を担う転写共役因子による転写活性化制御機構の解明を試みた。EcRは変態ホルモンとして知られるエクダイソンをリガンドとし、固有標的遺伝子群の発現を転写レベルで制御する。また、エクダイソンはショウジョウバエだ腺に見られる多糸染色体の一部領域に「パフ」とよばれる形態的にクロマチン構造の緩んだ状態を誘引する。このパフ領域に局在化する因子の多くはEcRに対しての転写活性化共役因子であり、またパフ形成は転写活性化に伴うクロマチン構造の弛緩を視覚的に観察できる。本研究では、このエクダイソン依存的なパフ形成を"転写活性化に伴うクロマチン高次構造変換"として捉えたモデル系として用い、動的なクロマチン構造変換に関わる新規因子の同定を分子遺伝学的手法・生化学的手法により試みた。更に同定された新規因子によるクロマチン構造調節を介した転写活性化制御機構の解明を試みた。 ポリ(ADP)リボシル化酵素の転写共役因子としての機能解析 近年、パフ形成時にショウジョウバエポリ(ADP)リボシル化酵素(dPARP)が一過的にパフ領域をポリ(ADP)リボシル化修飾すること、またパフ形成に必須であることが示された。そこで、dPARPがEcR転写活性化に関与する可能性を考慮し、まず合成エクダイソンであるMuristerone A存在下におけるdPARPによるEcR転写活性をショウジョウバエ培養細胞であるS2細胞を用いたin vitro系で検討した。その結果、dPARPは発現量依存的にEcRのリガンド依存的な転写活性化を促進した。さらに、S2細胞を用いた免疫沈降の結果、dPARPとEcRはリガンド依存的に会合したことから、dPARPはEcRの新規コアクチベーターとして機能することが示唆された。また、核内受容体の既知コアクチベーターであるヒストンアセチル化酵素AIB1のショウジョウバエホモログTaimanのRNAi時にもdPARPはEcRと結合し、EcRの転写活性化に寄与した。加えて、EcR標的遺伝子でありエクダイソン応答配列(ecdysone response element, EcRE)が同定されているheat shock protein 27(hsp27)遺伝子プロモーターを対象として、クロマチン免疫沈降法によりdPARPのクロマチン上での挙動を解析した。dPARPはEcRと同様にリガンド依存的にEcREへ集積し、さらにEcRE周辺領域では転写活性化時に検出されるヒストンH3のアセチル化修飾の増強に伴い、ポリ(ADP)リボシル化修飾の増強が観察された。以上の結果から、まずdPARPはEcRとリガンド依存的に結合し、EcRE上へリクルートされ、コアクチベーターとして転写の活性化に働く。このとき、dPARPの有する酵素活性が活性化され周辺のクロマチンタンパク質をポリ(ADP)リボシル化されることが明らかとなった。これにより、パフ形成に関わるdPARPが転写反応においてエンハンサー/プロモーターでの転写制御因子複合体の一員として機能している可能性が示唆された[1]。 転写活性化に伴う新規クロマチン構造変換因子の探索系の確立 dPARPの解析から、パフ局在化因子やパフ形成に関わる因子の中にはクロマチン構造変換活性を有するEcR転写共役因子群の関与が推察された。そこで、エクダイソン誘引性パフに局在化する因子の探索を行い、転写活性化に伴うクロマチン構造変換に働く新たな因子の取得を試みた。このスクリーニングには、プロテイントラップ系統(ゲノム中の遺伝子内へGFP遺伝子カセットが挿入されており、様々なタンパク質の発現・局在部位で蛍光が観察できるショウジョウバエ系統)ライブラリーを用いた。各々の系統の多糸染色体を観察し、GFP融合タンパク質の局在、エクダイソン依存的なパフへの局在を統合的に検討した。このスクリーニングの結果、クロマチン高次構造の制御を介して転写調節を担うと予想される7個の候補因子を同定した。 新規クロマチン相互作用因子DEKの性状解析 スクリーニングにより同定された因子のうちCG5935遺伝子の性状解析を詳細に進めた。その結果、データ検索によりまずこの遺伝子は急性骨髄性白血病に関わるがん原遺伝子のひとつとして知られるヒトDEK遺伝子のショウジョウバエホモログであることが判明した。DEKタンパク質には進化的に高度に保存された領域が2ヵ所存在し、ひとつは中央部にあるSAPドメインまたはSAFボックスと呼ばれる領域である。このドメインの機能は未知であるが、SAPドメインを有する因子のうちのいくつかは核内受容体の転写共役因子として機能することが知られている。もうひとつの保存領域はC末端に存在し、近年の構造解析からwinged-helix(へリックス・ターン・へリックス)様構造をとることが示唆される未知モチーフ構造であった。更にEcRの転写制御に対してCG5935(以下dDEKとする)によるクロマチン構造変換を介した転写制御の可能性を検討するため、培養細胞・ショウジョウバエ個体を使ったレポーター解析、リコンビナントdDEKタンパク質を用いたin vitro解析、in vivoでの過剰発現系・ノックダウン系による表現型解析等を中心に機能解析を試みた。レポーター解析の結果、dDEKはEcRのリガンド依存的な転写活性化に寄与することが示された。また、多糸染色体免疫染色の結果、dDEKはパフ領域でEcRと共局在を示した。さらに、クロマチン画分からリコンビナントdDEKに対する相互作用因子の精製を試みたところ、多量のコアヒストンが検出された。驚くべきことに、このコアヒストンの翻訳後修飾にはクロマチンの不活性化状態の指標であるH3K9、K27のメチル化は検出されず、活性化状態の指標であるH3K4のメチル化が亢進していた。そして、dDEKはコアヒストンと直接的に結合し、in vitroでヒストンシャペロン様の活性を有することを見出した。以上の結果から、dDEKはATP非依存性のクロマチンリモデリング活性を発揮することでクロマチンの高次構造変換を行い、EcRの転写活性化に関与する可能性が考えられた。さらに、dDEK変異ショウジョウバエ系統を用いた解析から、dDEK遺伝子はショウジョウバエの斑入り位置効果を増強する変異遺伝子群であるEnhancer of variegation(E(var))に分類されることや、過剰発現系統の表現型からホメオティック変異の一種として知られる腹部の前方化を引き起こすことが見出された。このように、in vivo解析からもdDEKは活性化クロマチン構造の形成もしくは維持への関与が支持され、dDEKによるクロマチン構造を介した転写制御機構の存在が示唆された。 総合討論 dPARPはEcRのコアクチベーターとして機能する 本研究では核内受容体によるリガンド依存的な転写活性化機構の新たな作用機構のひとつとして、dPARPが転写活性化に寄与するコアクチベーターであることを初めて見出した。近年、核内受容体の転写制御機構には複数のタンパク質複合体が関わり、これら複合体が順々に核内受容体上で置き換わっていくモデルが提唱されている。複合体中に含まれる因子にはヒストンアセチル化・メチル化・ユビキチン化活性やATP依存性クロマチンリモデリング活性といった酵素活性を有するものが存在するが、PARPも同様に複合体構成因子としての機能が考えられた。またdPARPはEcR転写活性に関与することから、ショウジョウバエの発生・分化を遺伝子発現制御レベルで調節する因子であることが示唆された。 転写活性化に伴う新規クロマチン構造変換因子の探索とdDEKの性状解析 次にこの結果を踏まえ、分子遺伝学的スクリーニング法を確立し、このスクリーニングからEcR転写制御に関わる新たなクロマチン相互作用因子としてdDEKを同定した。これにより、エクダイソンシグナル制御において、EcR転写活性化反応におけるヒストン修飾とクロマチン構造変換仲介因子としての機能を明らかにすることができた。これまでに核内受容体はリガンド依存的に標的DNA配列周辺のヒストンのアセチル化、脱アセチル化やATP依存的クロマチンリモデリングによってクロマチン構造を調節することが知られていた。これらdDEKの性状解析から、核内受容体の転写制御機構には更にヒストンシャペロン様活性によるATP非依存性クロマチンリモデリングといった新たな制御段階の存在が示唆された。今後、クロマチン上で形成されるdDEK複合体構成因子群の同定により、ATP非依存性クロマチンリモデリング分子機構の詳細が明らかになるものと期待できる。また、ショウジョウバエ個体を用いた解析から、dDEKはE(var)に属する新規遺伝子であることが判明し、活性化クロマチン構造の形成または維持を介して発生・分化を制御することが示唆された。 以上、本研究では核内受容体の転写制御機構をモデル系とし、クロマチン構造の弛緩による転写活性化制御を担う新たな共役因子を同定することに成功した。本研究はこれまでに解析が進んでいない生体内で見られる高次のクロマチン構造を介した転写制御分子機構の解明の一端を担うものであり、発生・分化に関わる時期・組織特異的な遺伝子発現機構や細胞の老化、癌化機構の理解に繋がるものと考えられる。 | |
審査要旨 | 真核生物DNAは核内でクロマチンとして存在する。そのため染色体DNAからの遺伝子発現制御は、ヒストン修飾やクロマチン構造調節を介することが明らかにされつつある。しかしながら、これまでの研究はヒストンやヌクレオソームレベルでの転写制御機構に関するものが多く、生体内で見られる高次のクロマチン構造を介した転写制御の分子機構の解明には至っていない。 本研究はショウジョウバエにおいて核内受容体エクダイソンレセプター(EcR)に着目し、エクダイソン依存的なパフ形成を"転写活性化に伴うクロマチン高次構造変換"として捉えたモデル系として用い、クロマチン構造変換を担う転写共役因子の分子遺伝学的な同定を試みている。更に同定された新規因子によるクロマチン構造調節を介した転写活性化制御機構の解明を試みている。 第一章は序論である。第二章ではパフ形成時にショウジョウバエポリ(ADP)リボシル化酵素(dPARP)が一過的にパフ領域をポリ(ADP)リボシル化修飾すること、またパフ形成に必須であることに着目し、dPARPがEcR転写活性化に関与する可能性を検討している。その結果、dPARPは発現量依存的にEcRのリガンド依存的な転写活性化を促進すること、dPARPとEcRはリガンド依存的に会合することから、dPARPはEcRの新規転写共役活性化因子として機能すること示した。これにより、パフ形成に関わるdPARPは、EcRの転写共役因子複合体の一員として染色体構造調節をする可能性を示したものである。 第三章ではエクダイソン誘引性パフに局在化する因子の新規探索系の確立と転写活性化に伴うクロマチン構造変換に働く新たな因子の取得を試みている。エクダイソン誘引性パフで局在する因子を染色体欠失変異体ハエラインを用い分子遺伝学的にスクリーニングした結果、CG5935(dDEK)を同定した。この因子は、新規EcR転写活性化因子として機能する事を示した。 第四章ではこの新規EcR転写活性化因子dDEKの性状解析を試みている。EcRの転写制御に対してdDEKによるクロマチン構造変換を介した転写制御の可能性を検討している。そこで、培養細胞・ショウジョウバエ個体を使ったレポーター解析、リコンビナントdDEKタンパク質を用いたin vitro解析、in vivoでの過剰発現系・ノックダウン系による表現型解析等を中心に機能解析を試みている。レポーター解析の結果、dDEKはEcRのリガンド依存的な転写活性化に寄与することが示された。また、多糸染色体免疫染色の結果、dDEKはパフ領域でEcRと共局在を示した。さらに、クロマチン画分からリコンビナントdDEKに対する相互作用因子の精製を試みたところ、多量のコアヒストンが検出された。このコアヒストンの翻訳後修飾にはクロマチンの不活性化状態の指標であるH3K9、K27のメチル化は検出されず、活性化状態の指標であるH3K4のメチル化が亢進していた。更にdDEKはin vitroでヒストンシャペロン様の活性を有することを見出したことから、dDEKはクロマチン構造の活性化に寄与するものと考えられた。また、ハエ個体での遺伝学的解析から、dDEK遺伝子はショウジョウバエの斑入り位置効果を増強する変異遺伝子群であるEnhancer of variegation(E(var))に分類されることが見出された。これらdDEKの性状解析から、核内受容体の転写制御機構にはヒストンシャペロン様活性によるATP非依存性クロマチンリモデリングといった新たな制御段階が存在する可能性を示している。 本論文は核内受容体の転写制御機構をモデル系とし、クロマチン構造の弛緩による転写活性化制御を担う新たな共役因子を同定することに成功している。これらの成果は、従来不明であった生体内での高次クロマチン構造調節を介した転写制御分子機構の一端を明らかにするものである。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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