No | 120762 | |
著者(漢字) | 市橋,修 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イチハシ,オサム | |
標題(和) | 活性汚泥微生物の栄養塩除去関連代謝におけるアレロパシー作用 | |
標題(洋) | Allelopathy on the metabolisms related to biological nutrient removal in activated sludge microbital systems | |
報告番号 | 120762 | |
報告番号 | 甲20762 | |
学位授与日 | 2005.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第152号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 活性汚泥の系内において微生物群集構造が変化したためにプロセスの処理能が悪化する場合があることが知られている。このような処理水質の悪化を防ぐためには、活性汚泥中の細菌群集構造を適切に制御し、処理のために望ましい微生物を確実に優占させることが望まれる。これまでに活性汚泥プロセスの運転条件が処理能力に与える影響についてさまざまな研究がなされてきたが、処理に悪影響を与える微生物の増殖を確実に防ぐ方法は、見つかっていないか、または、経験的には見つかっているが、科学的な根拠が不足している。そこで本研究ではは運転条件などの外的な因子だけでなく、活性汚泥内の微生物間相互作用のような内的な因子も微生物の優占に影響を与えている可能性、とりわけ化学物質を介した相互作用(アレロパシー)の可能性に着目した。アレロパシーは、植物もしくは微生物が化学物質を生産して環境に放出し、他の植物または微生物に影響を与える現象と定義され、農学の分野で広く知られ研究されている。アレロパシーは植物などの生態系には広くかつ頻繁に観察される現象であり、活性汚泥においても存在するとしても何ら不思議ではない。 そこで本研究の目的は、活性汚泥プロセスにおいて化学物質を介すると考えられる相互作用が確実に存在することを示すことを目的とした。活性汚泥プロセスとしては、特にリンや窒素といった栄養塩類の除去も行う嫌気好気式活性汚泥プロセスを対象とし、栄養塩除去へのアレロパシ-の影響を検討した。また、測定結果を統計的に解析し、有意な差であるかどうかを検討した。 実験は以下のような手法で行った。 2台の連続式嫌気好気式リアクターを運転し、2種類の活性汚泥を馴養した。一方(以下甲系と呼ぶ)は高いリン除去能を有するように維持し、他方(以下乙系と呼ぶ)は低いリン除去能を有するように維持するようつとめた。通常嫌気好気法では高いリン除去能を有する汚泥が得られるが、ここでは乙系についてはリン除去能の低い汚泥を種汚泥とする、あるいはHRT (水理学的滞留時間)を顕著に長くする、といった工夫により低いリン除去能を維持しようとした。ここで、HRTを長くしたのは系内に化学物質を蓄積させるという効果を狙ったためである。 ついで、甲系リアクターの汚泥に乙系リアクターの上澄を加えて回分実験を行い、栄養塩除去に関連する代謝への影響を観察した(交換系)。また、上澄を交換しない回分実験をを対照系として行った。これらの実験をまとめて「上澄交換回分実験」とよぶ。回分実験では、上澄交換系、対象系それぞれ嫌気条件においてまず酢酸を投与し、酢酸摂取速度とそれに伴うリン酸放出速度を計測した。また、1時間程度の嫌気培養に続き、好気培養を行い、リン酸摂取速度を計測した。また、-部の実験では好気条件における硝化速度も測定した。酢酸摂取速度、リン酸放出速度、リン酸摂取速度、硝化速度の4つの代謝速度は、代謝が活発で直線的な区間をもちいて計算し、単位微生物量あたりの速度求めた。一部の実験では交換系・対象系をそれぞれ複数行い、実験の信頼性をあげるようにした。 これら交換系で測定された代謝速度を対象系の場合と比較し、代謝速度の変化率を求めた。 また、一部の実験では甲系、乙系それぞれの上澄をオゾン処理し、オゾン処理をした場合としない場合でのし、各代謝速度の変化を計測した。 先に述べた回分実験で得られた代謝速度の変化が、有為なものであるか測定誤差か判断する必要がある。そこで、本研究では測定誤差についても検討を行った。そのために本研究では対照系のみを4〜6系列同時に行い実験誤差の大きさを見極める誤差推定実験を適宜行った。 上記の回分実験は約一年間に渡って行い、その間にリアクターの汚泥は何度か入れ替えられた。回分実験の結果は汚泥の入れ替えごとに整理し、5期に分けて個別に解析した。 上澄交換回分実験による各代謝速度の測定結果から、交換系と対照系の代謝速度の比を計算した。さらにその経日変化をプロットした。その例を図1に示す。さらに、この結果について一元配置分散分析法、一標本t検定、t検定という3種類の検定方法で検定を行った。 3種類の統計解析を行った結果を表1に示す。実験結果は甲系リアクターのRunによって5つ時期にわけて表した。3つの検定法のうちいずれかひとつでも有意であると判定されたものは、以降の議論において有意な差が測定されたものとして扱うこととした。その結果、酢酸摂取、リン酸摂取、硝化については統計的に有意な阻害が確認されることがあった。逆にリン酸放出については統計的に有意な促進が確認されることがあった。リン酸放出に関しては上澄をオゾン処理することで促進されるという影響が観察されたことがあった。 以上から、上澄を交換することで、有意に代謝速度が変化することが明らかになった。そうした代謝速度の変化をもたらした要因について考察する。相互作用が見られることが明らかになった。代謝速度に影響を与える因子として、温度、pH、などが知られている。しかし、本研究ではこれらの条件をできるだけそろえた状態で回分実験を行っており、影響は少なかったと考えられる。また、嫌気条件での硝酸、亜硝酸の存在は嫌気条件での酢酸摂取速度を向上させる要因となるが、本研究では嫌気の初期において0.1mM/L以下程度の硝酸しか存在しなかったことを確認しており、この影響もほとんどなかったと考えられる。また、活性汚泥内に存在するバクテリオファージの影響なども考えられるが、本研究は上澄交換後3時間程度の短い時間での影響を見ており、ファージによる溶菌の影響にしては時間が短すぎる。以上の考察から本研究で確認された代謝速度への影響はアレロパシーである可能性が高いと考えられる。 本研究で観察された代謝速度への影響は全ての実験時期において観察されたわけではなかった。このことは汚泥と上澄の組み合わせが変われば相互作用の影響が現れたり現れなくなったりすることを示唆しているものと考えられる。アレロパシーは、阻害する側の生物と阻害される側の生物の組み合わせが一致したときにのみ起こるという性質があり、活性汚泥中の微生物群集構造が変化している可能性を考えれば、相互作用の時間的変動を説明することができる。また、上澄のオゾン処理が栄養塩除去関連対処速度に与える影響について調べた結果、オゾン処理によって相互作用が軽減されるという結果が得られた場合もあり、相互作用の原因となる化学物質がオゾン処理によって分解された、すなわち本研究で確認された相互作用がアレロパシーによるものであるということを強く支持する結果となった。 本研究の結果をまとめると以下のとおりである。リン除去能の異なる2種類の活性汚泥の上澄を交換して栄養塩除去にかかわる4つの代謝速度の変化を観察した。その結果、本研究で測定した全ての代謝速度がいずれかの実験時期に阻害を受けたことがわかった。また、そのうちリン酸放出に関しては上澄をオゾン処理することで促進されるという影響が観察されたことがあった。これらの相互作用は上澄の交換によって起こったものであることと、オゾン処理によってその影響が軽減されたことから、アレロパシーによるものであると考えられる。 今後は上澄中の化学物質の除去方法としてオゾン処理以外の化学物質除去法についても検討を行い、どのような処理により相互作用が軽減されるかを調べることでアレロパシー物質の性質を明らかにしてゆき、最終的にはアレロパシー物質そのものを特定することが望まれる。 図1 代謝速度変化率の例※・・・は誤差の範囲を表す。 表1 3種類の統計解析による上澄交換回分実験の判定結果 | |
審査要旨 | 下廃水の処理のために用いられている微生物が形成する生態系は、未だ科学の光が十分に届いていない、未知の世界である。そこに存在する多くの微生物は分離が不可能または非常に困難であり、古典的な微生物学の手法を適用しにくかった。20世紀末にようやく、DNA分子に着目して微生物群集構造を解析する手法、いわゆる分子生物学的な手法が普及し、この微生物生態系の種構成を把握することが可能となってきた。そこで、分子生物学的手法を用いた下廃水処理系の微生物群集解析に関する研究が非常に盛んに行われている。しかし、現時点では種構成を調べることができるようになっただけであるということもできる。下廃水処理系の微生物群集構造を制御し、廃水処理プロセスの性能を最大限に引き出すためには、微生物種間の競合関係を理解する必要がある。そのために必要な視点が、現在の研究の潮流から欠落しているように思えてならない。 本論文で著者が検討した活性汚泥微生物間のアレロパシー作用は、まさしく、今日の下廃水処理微生物群集の解析において欠落している視点の一つであろう。アレロパシーとは化学物質を介した生物間の相互作用であり、特に農学の分野ではそのような現象が広く知られている。細菌についても抗生物質を生産するものが存在することから推測できるように、アレロパシーが存在してもおかしくない。しかし、細菌を中心とする微生物が高密度に共存する活性汚泥系については、アレロパシーの影響は今まで全く検討されたことがない。関連する研究がほぼ皆無な中、著者は本論文において、処理性能の異なる2系列の活性汚泥プロセスを運転し、一方の活性汚泥の上澄を他方の上澄に交換することにより、活性汚泥の上澄中に活性汚泥中の微生物に由来し、代謝を促進あるいは阻害する化学物質が存在すること、すなわちアレロパシー物質が存在することを示した。 本論文では第1章において、研究の背景と目的を述べ、また、第2章において、関連する知見をレビューしている。 第3章において、実験方法および統計的検定の方法が述べられている。2つの栄養塩除去活性汚泥プロセスを人工下水を用いて運転し、これらの汚泥と上澄を用いて、「上澄交換実験」「誤差確認実験」「オゾン回分実験」の3通りの実験を行った。2つの栄養塩除去活性汚泥プロセスは、一方は良好なリン除去を行うよう維持し、他方は、リン除去が悪化した状態で維持するするようにした。上澄交換実験では、上澄をリン除去の悪化した方の上澄に交換した系を交換系、交換しない系を対象系として、それぞれの系のリン除去に関連する代謝速度、および、硝化の速度を測定した。誤差確認実験は上澄交換実験とほぼ同様に行ったが、代謝速度の測定誤差を調べるために、上澄の交換はせずに同一の条件で繰り返し回分実験を行った。「オゾン回分実験」では、オゾン処理により上澄中の有機成分が分解される可能性があると考えて、良好なリン除去を行う汚泥にオゾン処理した上澄またはオゾン処理しない上澄を加えて回分実験を行った。また、統計的検定として、対応のあるt検定、一元配置分散分析法による代謝速度の測定値の変動係数の推定とそれに基づく検定、および対応のないt検定を用いた。 実験の結果は第4章に述べられており、上澄を交換すると代謝速度に影響が生じること、およびそれが統計的に見ても有為であることを示した。ほぼ1年間にわたり、5つの活性汚泥の組み合わせについて、上澄交換実験を行った。上澄をオゾン処理することにより、代謝速度が有為に変化する場合があることも示した。統計的検定のためには、3章で述べられている三つの方法が用いられている。 第5章において、上澄を交換することによる代謝速度の変化は、消去法的にではあるが、上澄中に存在する活性汚泥微生物由来の化学物質に起因するものであると論じた。また、上澄をオゾンで処理することにより代謝速度が変化する場合があることも、上澄中の化学物質が代謝速度に影響を与えていることを示していることの根拠とした。なお、アレロパシー作用はリン除去に関連する代謝に関しても、硝化についても観測されたが、常に観測されるものではなく、実験系によっては観測されない場合もあった。 第6章においては、活性汚泥上澄中にアレロパシー物質が存在する場合があることを述べ、今後、アレロパシーが活性汚泥中の微生物群集や処理性能に与える影響について検討する必要があることを述べている。 以上のように、本論文は先駆的な研究テーマに取り組んだものであり、非常に有意義な成果をおさめている。また、本論文は、論文提出者が主体となって分析・検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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