学位論文要旨



No 120743
著者(漢字)
著者(英字) Le Quang Luan
著者(カナ) ル クァング ルアン
標題(和) 放射線分解したアルギン酸及びキトサンの植物生長活性
標題(洋) Plant Growth Activity of Alginate and Chitosan by Radiation Degradation
報告番号 120743
報告番号 甲20743
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2923号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 柳澤,修一
 日本原子力研究所 部長 久米,民和
内容要旨 要旨を表示する

緒言

アルギン酸は褐藻類から得られる多糖類で、化粧品や食品の乳化剤などに広く利用されている。また、キトサンはエビやカニの甲羅などの主成分であるキチンの脱アセチル化によって得られ、アミノ基を有するポリカチオン型多糖類であり、化粧品や医薬品などの機能性材料として利用されている。

これらアルギン酸やキトサンの多糖類の分解によって得られるオリゴ糖は、植物生長促進、ファイトアレキシン誘導、植物に対する酵素活性の増大などの新しい生物活性機能が注目されている。多糖類の分解には、従来法として化学薬剤や酵素による方法が主として用いられてきたが、放射線処理法は簡便で容易に分解できる手法として、最近オリゴ糖の製造への利用が期待されている。

本研究では、放射線分解によるアルギン酸及びキトサンについて、高い植物生長活性を発現するための照射条件や放射線分解産物の構造について検討した。

照射アルギン酸及びキトサンによる植物生長促進効果

照射したアルギン酸の4%水溶液を用いた植物生長促進効果試験を行い、最適の線量は75kGy、添加濃度は100mg/Lと求められた。本条件を用いて照射アルギン酸を寒天培地に添加することにより、キク、トルコギキョウ、宿根リモニウムの組織培養で19.4〜40.5%の増殖率が向上した。さらに、照射アルギン酸を加えた培地での生育試験で、草丈(9.7〜23.2%)、根長(9.7〜39.4%)、新鮮重(8.1〜19.4%)の増大が得られた。穀類に対するアルギン酸添加の水耕栽培では、オオムギで14.6%、ダイズで11.0%の新鮮重の増大が得られた。土に移植してグリーンハウス内栽培した植物の生育は良好であり、7.4%のダイズ種子の増収が見られた。また、オオムギに対する酵素分解アルギン酸の最適濃度は300 mg/Lであり、照射アルギン酸の100 mg/Lより高濃度が必要であり、照射アルギン酸の比活性が高いことがわかった。

照射キトサンでも、同様の植物生長促進効果が認められた。キトサンを与えることにより、キク、トルコギキョウ、イソマツ、宿根リモニウムで増殖率が増大するばかりでなく、新鮮重、草丈、根長とも増大した。

分子生物学的な解析のため、照射オリゴ糖による主要な酵素活性の誘導効果を検討した。照射したアルギン酸は、植物の成長促進に関与するアルコール脱水素酵素(ADH)の活性を著しく上昇させたが、ファイトアレキシンに関与するフェニールアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)やキチナーゼ活性の増加はわずかであった。一方、照射キトサンは、ADHはほとんど変化しなかったのに対しPALの増大が認められ、とくにキチナーゼ活性の増大が著しかった。これらの結果から、照射アルギン酸は主として植物生長促進剤として作用しているのに対し、照射キトサンの成長促進効果は小さくむしろ防護剤としての作用が大きいと考えられた。

アルギン酸及びキトサンの照射による構造変化

水溶液中で照射したアルギン酸及びキトサンの分子量は線量の増加と共に減少し、その分子量減少は照射試料の濃度に依存した。最も高い植物促進活性が得られる照射条件として、アルギン酸では4%水溶液の75kGy照射、キトサンでは10%溶液(0.4M 酢酸水溶液中)の100kGy照射が最適であった。本照射条件で得られた最適分子量は、アルギン酸(未照射:900 kDa)で14 kDa、キトサン(未照射:193 kDa)で16 kDaであった。その分解収率G値(100eV当たりの分解数)を基に、照射線量とアルギン酸及びキトサンの分子量との関係式を求め、植物の生長促進に適した分子量を得るための線量を容易に算出できるようにした。

植物活性を有し、構造変化が確認されている酵素分解したアルギン酸と4%水溶液中で照射したアルギン酸との構造を比較検討した。UVスペクトルでは、酵素分解したアルギン酸には出現しない265nmのバンドが出現し、照射によって生成したカルボニル基と推測された。FT-IR計測によってもカルボニル基に基づく1709cm-1のバンドが出現し、カルボニル基の生成を伴った分子切断が示唆された。また、化学分析法による照射アルギン酸の還元基の量は、酵素分解生成物よりも少なく、カルボキシル基の量は多かった。これらの結果と分子量変化とから推定されたアルギン酸の放射線による構造変化を以下のschemeに示す。アルギン酸を水溶液中で照射すると、(1a)及び(1b)に示すようなラジカルが生成し、分子鎖切断を伴うため、(1a)はカルボニル基を有する(2a)と(2b)ラジカルに分解する。その後、(2a)は水を介して(3)のカルボキシル基を有する構造をとり、(2b)は水素ラジカルまたは高分子ラジカルに水素を引き抜かれ、(4)の二重結合を生成する。(1b)は(5a)ラジカルとカルボニル基を有する比較的安定な(5b)に分解し、(5a)は水を介して還元基を有する末端糖(6)になる。

照射キトサンでも同様に酵素分解したキトサンと比較した結果、UVスペクトルでは、265nm及び295nmに新たなバンドが認められ、カルボニル基及びカルボキシル基の生成が推定された。化学分析法によって求めたカルボキシル基は、照射線量の増加と共に増大し、酵素分解物よりも多かった。さらに、照射キトサン分解物の元素分析の結果により、窒素及び炭素量に変化はなく水素含量だけが減少していることが分かった。酵素分解したキトサンでは、1-4グルコシド結合の切断のみが起こるのに対し、照射キトサンでは還元基及びカルボキシル基の生成を伴う分子切断も起こっていると考えられた。

植物生長促進効果の高い放射線分解産物

照射アルギン酸を、メンブレンフィルターを用いて5つのフラクション(F1:1kDa以下、F2:1-3kDa、F3:3-10kDa、F4:10-30kDa、F5:30kDa以上)に分子量分画した。1-3kDaの画分(6-15量体)は、植物生長、酵素活性誘導、子実体収量の促進効果が最も高く、低濃度で効果が得られた。酵素分解の場合にも同様に、1-3kDaの画分(6-15量体)が最も活性が高かったが、放射線分解物の20mg/Lよりも高濃度の50mg/Lが必要であった。従って、同じ画分でも放射線産物の比活性が高く、上述の構造の違いが寄与しているものと考えられる。さらに、このF2:1-3kDa画分は、酵素分解物では10%であったのに対し、放射線分解では26%生成しており、4%水溶液75kGyの照射でF2の活性区分の生成量がとくに多いことが、植物成長促進活性の高い要因であることを明らかにした。

結言

アルギン酸やキトサンの放射線分解物に、顕著な植物生長促進活性及び酵素誘導効果が発現することを明らかにした。とくに照射アルギン酸では、分子量1-3kDa(6-15量体)のオリゴ糖画分で最も強い活性が認められた。酵素分解生成物でも同様の分子量1-3kDa(6-15量体)のオリゴ糖画分で活性が認められたが、放射線分解物の活性がはるかに強かった。この相違は、照射アルギン酸では本活性画分が特異的に蓄積することに加え、主鎖の切断に伴うカルボニル基及びカルボキシル基が生じた新たな構造に起因しているものと示唆された。これら照射によって得られるアルギン酸やキトサンのオリゴ糖は、化学肥料や農薬に代わる天然物由来の環境に優しい植物生長促進剤や植物保護剤として今後の活用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

ベトナムにおいて廃棄物として出される海産物は年間50万トンにおよびその大部分を占める海藻類ならびにエビ、カニの殻を農業利用として有効利用することを目的に研究を行った。褐藻類から得られるアルギン酸ならびにエビやカニからのキトサンをターゲットとした。これらアルギン酸やキトサンの分解によって得られるオリゴ糖は、植物生長促進、ファイトアレキシン誘導、植物に対する酵素活性の増大などの新しい生物活性機能が注目されているからである。多糖類の分解には、主として化学薬剤や酵素が用いられてきたが、最近簡便に分解できる手法として放射線処理法の利用が期待されている。そこで本研究では、放射線分解によるアルギン酸及びキトサンについて、高い植物生長活性を発現するための照射条件や放射線分解産物の構造について検討した。

論文ではまず照射アルギン酸及びキトサンによる植物生長促進効果を調べた。照射したアルギン酸の4%水溶液を用いた植物生長促進効果試験を行い、最適の線量は75kGy、添加濃度は100mg/Lと求められた。本照射産物を用いて組織培養を行ったところ、キク、トルコギキョウ、宿根リモニウムで増殖率が20〜40%向上し、生育試験においても草丈、根長、新鮮重が大きく増大した。オオムギ、ダイズの穀類においても水耕栽培で新鮮重が10%以上増大した。土耕においてもダイズ種子の収量が7.4%高くなることが示された。通常行われている、酵素により分解されたアルギン酸を用いたところ、オオムギに対する生育促進の最適濃度は300 mg/Lであり、照射アルギン酸より約3倍高い濃度が必要であり、照射アルギン酸の比活性が高いことがわかった。照射キトサンでも、同様の植物生長促進効果が認められた。また主要な酵素活性の誘導効果を検討したところ、照射したアルギン酸では、植物の成長促進に関与するアルコール脱水素酵素(ADH)の活性を著しく上昇させたが、ファイトアレキシンに関与するフェニールアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)やキチナーゼ活性の増加はわずかであった。一方、照射キトサンは、ADHはほとんど変化しなかったのに対しPALの増大が認められ、とくにキチナーゼ活性の増大が著しかった。これらの結果から、照射アルギン酸は主として植物生長促進剤として作用しているのに対し、照射キトサンの成長促進効果は小さくむしろ防護剤としての作用が大きいと考えられた。

次にアルギン酸及びキトサンの照射による構造変化についての検討を行った。水溶液中で照射したアルギン酸及びキトサンの分子量は線量の増加と共に減少し、その分子量減少は照射試料の濃度に依存した。最も高い植物促進活性が得られる照射条件として、アルギン酸では4%水溶液の75kGy照射、キトサンでは10%溶液(0.4M 酢酸水溶液中)の100kGy照射が最適であった。本照射条件で得られた最適分子量は、アルギン酸(未照射:900 kDa)で14 kDa、キトサン(未照射:193 kDa)で16 kDaであった。その分解収率G値(100eV当たりの分解数)を基に、照射線量とアルギン酸及びキトサンの分子量との関係式を求め、植物の生長促進に適した分子量を得るための線量を容易に算出できるようにした。植物活性を有し、構造変化が確認されている酵素分解したアルギン酸と4%水溶液中で照射したアルギン酸との構造を比較検討した。UVスペクトルでは、酵素分解したアルギン酸には出現しない265nmのバンドが出現し、照射によって生成したカルボニル基と推測された。FT-IR計測によってもカルボニル基に基づく1709cm-1のバンドが出現し、カルボニル基の生成を伴った分子切断が示唆された。また、化学分析法による照射アルギン酸の還元基の量は、酵素分解生成物よりも少なく、カルボキシル基の量は多かった。これらの結果と分子量変化とから推定されたアルギン酸の放射線による構造変化が以下のように推定された。

照射キトサンでも同様に酵素分解したキトサンと比較した結果、UVスペクトルからカルボニル基及びカルボキシル基の生成が推定された。化学分析法によって求めたカルボキシル基は、照射線量の増加と共に増大し、酵素分解物よりも多かった。さらに、照射キトサン分解物の元素分析の結果により、窒素及び炭素量に変化はなく水素含量だけが減少していることが分かった。酵素分解したキトサンでは、1-4グルコシド結合の切断のみが起こるのに対し、照射キトサンでは還元基及びカルボキシル基の生成を伴う分子切断も起こっていると考えられた。

次に植物生長促進効果の高い放射線分解産物の検討を行うため、照射アルギン酸を、メンブレンフィルターを用いて5つのフラクションに分子量分画した。1-3kDaの画分(F2)は、植物生長、酵素活性誘導、子実体収量の促進効果が最も高く、低濃度で効果が得られた。酵素分解の場合にも同様に、F2画分が最も活性が高かったが、放射線分解物の20mg/Lよりも高濃度の50mg/Lが必要であった。従って、同じ画分でも放射線産物の比活性が高く、上述の構造の違いが寄与しているものと考えられる。さらに、このF2画分は、酵素分解物では10%であったのに対し、放射線分解では26%生成しており、4%水溶液75kGyの照射でF2の活性区分の生成量がとくに多いことが、植物成長促進活性の高い要因であることを明らかにした。

以上のように本研究ではアルギン酸やキトサンの放射線分解物に、顕著な植物生長促進活性及び酵素誘導効果が発現することを明らかにした。とくに照射アルギン酸では、分子量1-3kDa(6-15量体)のオリゴ糖画分で最も強い活性が認められた。酵素分解生成物でも同様の分子量1-3kDa(6-15量体)のオリゴ糖画分で活性が認められたが、放射線分解物の活性がはるかに強かった。この相違は、照射アルギン酸では本活性画分が特異的に蓄積することに加え、主鎖の切断に伴うカルボニル基及びカルボキシル基が生じた新たな構造に起因しているものと示唆された。

以上、本論文は放射線分解によるアルギン酸及びキトサンについて、高い植物生長活性を発現するための照射条件や放射線分解産物の構造について検討した結果、多くの有用な知見が得られ、これらの結果については今後の活用が大いに期待されるものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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