No | 120590 | |
著者(漢字) | 金,慶珠 | |
著者(英字) | Kim,Kyung joo | |
著者(カナ) | キム,キョンジュ | |
標題(和) | 場面描写談話における話者の視点 : 日韓両言語の表現構造とその中間言語への影響について | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120590 | |
報告番号 | 甲20590 | |
学位授与日 | 2005.06.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第587号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 言語情報科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は、日本語および韓国語の談話構成における「話者の視点設定とその言語表現への反映のあり方」の比較対照を通じて、同一の言語外事実をとらえる話者の視点には言語間の相違が認められるのか、また、仮に一定の相違が認められる場合、それが学習者の中間言語にはどのような影響を及ぼしているのかについて考察・検証を行ったものである。 一般的に「視点」とは、話者が目撃する状況の中から、何に注目し、それをどのように言語化するのかを意味する「情報のとらえ方」として広く用いられる用語であるが、中でもKuno, S. (1972) に始まる一連の研究は、従来の統語法規則では説明することのできなかった談話上の制約を、視点という概念に基づいて分析し、「話者の主観(共感)」が発話に反映される仕組みを体系的にとらえた理論として、これまでの日本語および韓国語の談話研究に大きな影響を与え続けている。こうした中、学習者の言語運用における視点の問題についても、久野(1978)によって提示された談話法規則に基づく実証分析が日本語教育の分野を中心に行われており、日本語話者の視点設定における傾向的特徴が提示されると同時に、他言語話者や他言語を母語とする日本語学習者の視点は、日本語話者のそれとは異なる傾向を示しているとの指摘が行われている。こうした先行研究における考察の結果は、日本語話者の言語運用においては、「受身の多用により、主語が指示する関与者の変動率が他言語話者や日本語学習者に比べて相対的に低い」という現象の提示に集約されよう。しかしながら、従来の先行研究における視点分析の観点は、談話構成における「主語の設定」と「視点の設定」を同一視しながら、「発話の統語的形式上の相違」を直に「話者の視点の相違」と見なすことによって、日本語話者と他言語話者の間に見出される「主語の一貫性」における相違をも、話者の「談話構成における視点の一貫性」における相違として解釈し、結果的には、言語の相違により、「談話の結束性」にも差が生じるという結論を導いている。 こうした状況において本論文では、従来の先行研究に対する理論的考察を通じて「発話における統語的形式」と「話者の視点の設定法」との間には直接的な対応関係が認められないことを指摘しながら、「話者の視点が発話に反映される仕組み」に対する考察を通じて、日本語および韓国語に共通する「視点の表現構造」を具体化させると共に、その表現構造の選択のあり方を比較対照の基準とすることの妥当性について検討を行った。具体的には、発話における話者の視点には、話者が目撃する場面の中から「どの関与者を中心に発話を構成するのか」を意味する<注視点>と、話者の場面をとらえる主観的立場としての<視座>という二つの構成要素が想定されることを指摘し、久野(1978)の視点分析における理論的枠組みを言語運用に基づく実証分析に応用する上での新たな解釈法を提示した。さらに本論文では、<注視点>と<視座>という二つの要素が「話者の事態への関与のあり方」に基づいて変動する仕組みを具体化させながら、こうした仕組みに基づく視点構造が、異なる言語話者の視点運用のあり方をとらえる上での共通の基準として機能する現象を指摘した。 次に、以上の理論的枠組みに基づいて本論文では、日本語話者(JJ)および韓国語話者(KK)による「場面描写談話」を分析の資料としながら、話者の視点の設定法には言語の相違により異なる傾向が認められるのかについての実証分析を行った。分析の結果、JJおよびKKの談話資料には、従来において指摘されてきた「主語の一貫性における相違」が認められたものの、こうした表層構造上の相違は、話者の注目対象としての<注視点>相違に過ぎず、話者の主観的立場を意味する<視座>の設定頻度およびその設定対象においては、JJおよびKKの間に差は認められないとの結果を得た。しかしながら、JJとKKにおける<視座>の言語表現への反映のあり方、すなわち、その表現法においては一定の相違が認められ、JJにおいては「受身の多用により、文の主語に設定される傾向」が相対的に高い反面、KKにおいては「直示表現の多用により、主語以外の文中または文外要素」に話者の<視座>が設定される傾向がJJよりも高いことが検証された。したがって、従来において指摘されてきた日本語話者の談話構成における「同一主語の相対的多用(主語の一貫性)」も、「視点の一貫性」における顕著さではなく、話者の視点の一貫性を保つための「表現法(ストラテジー)における傾向的特徴」として解釈されるべき現象であり、言語の相違により、その傾向は異なり得るとの結論を得た。 次いで第二言語習得の観点から、学習者の母語と目標言語間の異なる視点の表現法が、その中間言語に転移として影響するのかについて検証するため、韓国人日本語学習者(KJ)および日本人韓国語学習者(JK)の談話資料に対する二方向からの対照分析を行った。その結果、KJとその母語である韓国語話者(KK)との間には<注視点>の設定における「行為主体主語」の多用が類似性として認められたが、同様の傾向がJKの談話資料にも認められたことから、本研究ではこれを学習者の母語からの「視点の転移」であると見なすことは困難であるとの結論を得た。しかし、学習者の<視座>においては、 その設定頻度がJJやKKより有意に低くなってはいたものの、上位の被験者群である「中上級学習者」においては、KJ・JK共にそれぞれの母語話者と類似した表現構造を呈することから、学習者の熟達度が上がるに連れ、<視座>の設定頻度が高まると同時に、その表現法においても母語に類似する傾向が認められるとの結論を得た。 | |
審査要旨 | 本論文は、談話構成における話者の視点が発話に反映される仕組みを明らかにすることにより、言語の相違に基づく「視点の設定法およびその表現法」における異同を明らかにし、こうした異同が学習者の中間言語に及ぼす影響を具体化させることを研究の目的としている。以上の方向性の下、本論文は「視点の先行研究における問題点の抽出」、「視点分析における新たな理論的枠組みの構築」、そして「言語差に基づく視点の異同に対する実証研究」並びに「学習者の中間言語における母語からの影響に対する実証研究」という、大きく4つの部門から構成されている。 本論文の第一の研究成果は、従来の視点分析における理論的問題点を抽出し、話者の言語運用における視点の設定法を把握するための「新たな理論的枠組みの構築」を行ったことにあり、これらの研究成果は本論文の「2.視点の先行研究」および「3.視点の構造」を通じて具体的に提示されている。特に、従来の先行研究に対する理論的考察を通じて「発話における統語的形式」と「話者の視点の設定法」との間には直接的な対応関係が認められないことを指摘しながら、発話における統語的・語彙的構造としての「視点の表現法」と、その表現法を選択した話者の意図としての「視点の設定法」を明確に区別した分析枠の構築は、「視点」という概念に付随する「話者の主観性」と「言語表現」との関連性を的確にとらえた方法論として高く評価されるべきものである。中でも、これまで単一的にとらえられてきた視点の概念は、話者の<注目対象としての注視点>と<主観的立場としての視座>という二つの異なる要素から構成されることを指摘しながら、これらの構成要素が文内に共存する現象を理論的に分析することによって、「視点の構成要素の分類」が妥当な分析の枠組みとして機能することを緻密に検証している。また、これらの<注視点>と<視座>が発話に反映される仕組みには、「話者の事態への関与」という「発話の場の設定」が介在していることに注目し、話法の相違に基づく「視点設定の制約」について検討しながら、「ナラティブ」という語りの視点における制約条件を具体化させたことは、従来の視点分析には見られなかった独自の研究成果として位置付けられ、本論文における理論的分析枠の完成度をさらに高めている。 こうした本論文における第二の研究成果は、日本語と韓国語の母語話者および学習者の談話資料に基づく実証研究を通じて、「談話構成における話者の視点」には言語の相違による一定の異なる傾向が認められることを検証すると同時に、そうした言語間の相違が学習者の中間言語に及ぼす影響を明確にとらえている点にある。これらの研究成果は、本論文の「5.日本語話者(JJ)および韓国語話者(KK)の視点傾向」と、「6.韓国人日本語学習者(KJ)の視点傾向」および「7.日本人韓国語学習者(JK)の視点傾向」において提示されているが、以上の三段階に跨る実験調査と記述的データ分析の研究手法は、同一の言語外事実をとらえる日韓両言語の母語話者と学習者の視点を多角的に検証する成果に繋がっている。分析の結果、日本語話者においては「話者の<視座>が文の主語に設定される傾向」が相対的に高い反面、韓国語話者においては「主語以外の文中または文外要素への<視座>の設定傾向」が相対的に高いことが認められ、従来において指摘されてきた日本語話者の談話構成における「同一主語の相対的多用(主語の一貫性)」は、話者の<視座>の一貫性を保つための「表現法(ストラテジー)における傾向的特徴」として解釈されるべき現象であるとの結論を導き出している。こうした本論文の分析結果および結論は、これまでの先行研究における「日本語話者は、他言語話者や学習者に比べて、より視点的結束性の高い談話を構成する」という示唆が、「発話の統語形式」に基づく偏った視点分析に起因する解釈であることを反証することに成功している点において、視点の対照分析における新たな研究成果として賞賛に値するものである。また、日本人韓国語学習者および韓国人日本語学習者に対する二方向からの対照分析を通じては、「学習者の行為主体主語の多用は、母語からの転移による可能性が高い」とする従来の指摘も、中間言語独自の傾向として認められるべき現象であることを検証し、これまでの特定言語(日本語)のみを基準とした方法論を通じては得ることのできなかった研究成果を提示している点において、明らかな前進を遂げている。 しかしながら、本論文における視点研究の今後の課題も明らかである。第一に、本研究における研究成果を「言語教育」という第二言語習得の研究分野に応用していくためには、「視点の表現法の相違に対する評価」が具体的に提示される必要がある。元来、「話者の視点」という要素がコミュニケーションを含む言語運用において問題となるのは、その「異質性」が「不自然さ」のような「受け手側の主観的評価」を伴うためであることが想定される。したがって、学習者による「適切な」または「自然な」視点表現のための指導が教育の現場において導入されるためには、「異質の視点に対する評価の実態と尺度」を具体化させなければならないであろう。また、そのための方法論として、「話法」や「発話の場」などの多様性に基づく視点の設定法と表現法が、より重層的に検討されることが求められる。会話や作文、体験談の語りなど、「発話当事者のとしての話者」の設定も視点分析においては不可欠な検討課題である。そのような意味において、本論文が、話者の言語運用における「視点の設定法とその表現法の全体像」を構造的に把握するための第一歩であるとするならば、今後においては、その研究対象の拡大と更なるデータの蓄積に基づく実証研究の前進を期待するところである。 以上の審査結果に基づいて、本審査委員会は、本論文が博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。 | |
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