学位論文要旨



No 120546
著者(漢字) 大石,岳史
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,タケシ
標題(和) 大規模距離画像の位置合わせと誤差補正ならびに文化遺産への適用
標題(洋)
報告番号 120546
報告番号 甲20546
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第1号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 山口,泰
 東京大学 助教授 馬場,章
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

 近年,文化遺産を対象として,現実物体から3次元形状モデルを自動的に生成する研究が盛んに行われている.表面形状の計測にはレーザレンジセンサが用いられ,近距離(1m〜2m)では,0.1mmの精度で3次元形状モデルを生成する事が可能となっている.そのため,これらの技術を用いて,貴重な文化遺産を3次元的に保存する試みが世界各地で行われている.しかし,対象が巨大な建造物になると,未だに多くの問題が残されているのが現状である.

 物体の表面形状モデルの生成は以下のような手順で行われる.まず,レンジセンサを用いて複数の異なる方向から距離画像を取得する.この複数方向から測定された距離画像は,測定された位置姿勢に対する異なる座標系で記述されている.そこで,次に座標系を統一する位置合わせ処理を行う必要がある.このとき,多数の距離画像を順次位置合わせすると,誤差の蓄積が問題となる.このような場合には,全ての距離画像の相対位置姿勢を同時に推定する同時位置合わせ手法が有効である.最後に,位置合わせされた距離画像から,一元化したモデルを生成する統合処理が行われる.統合の際には,重なり合うデータから誤差を軽減する処理も同時に行われる.

 大規模な対象をモデル化する際には,これらの処理の過程で様々な問題が生じる.まず,高密度に測定された多数の頂点群を扱う必要があるため,各処理における計算時間の増加が問題となる.特に,現場で未測定箇所を確認する際には,位置合わせ処理の時間の増加は大きな問題となる.次に,同時位置合わせ時の計算時間,メモリ使用量の問題である.距離画像枚数が多くなれば,全ての距離画像の位置姿勢を推定するためには多くの計算時間が必要となる.また,計算時には全ての距離画像をメモリ中に読み込む必要があるため,メモリ空間の制約も大きな問題である.最終的に生成される3次元モデルの精度にも問題がある.レーザレンジセンサの性能向上は著しいが,遠距離(50m〜100m)の測定では1cm程度の誤差は避けられない.そのため,得られた3次元モデルに含まれる誤差は,無視できる程小さくは無い.

 そこで,これらの問題を解決するために,本論文では以下のような3つの手法を提案する.

1.インデックス画像を用いた高速同時位置合わせ手法

 まず,インデックス画像を用いて位置合わせ処理を高速化する手法を提案する.位置合わせ処理の中で,最も計算量が多いのは対応点探索である.2枚の距離画像に含まれる頂点数をNとした場合,全探索を行ったときの計算量はO(N2)である.視線方向探索を用いてO(N)で対応点を探索する方法も提案されているが,この手法は測定時の正確なセンサパラメータを必要とする.対象によっては,異なったセンサや環境下で測定を行う事があるため,センサに依存しない手法が必要である.そこで,インデックス画像を用いて,センサ固有のパラメータを必要とせずにO(N)で対応点探索を行う手法を提案する.この手法では,2つの適当なパラメータを与えるだけで,異なった環境下で測定された距離画像を同じように扱う事ができる.また,グラフィックスハードウェアを用いて高速化する事が可能である.同時位置合わせ計算では,線形化された誤差評価式を用いて,不完全コレスキー分解共役勾配法を適用する.この手法によって,多数の距離画像に対しても短時間で移動行列を求める事が可能である.

2.メモリ分散システムにおける並列同時位置合わせ手法

 次に,メモリ分散システム上で負荷分散とデータ分散を同時に実現する並列手法を提案する.対応点探索は,2枚の距離画像の組合せ毎に独立に計算できる.そこで,各組合せを複数のプロセッサに割当てる事によって,同時位置合わせ計算を並列に行う.また,同時位置合わせ時に不要,冗長な距離画像の組合せを予め除去する事によって,計算時間の短縮とデータ分散の高効率化を図っている.各プロセッサへ計算を割当てる際には,負荷分散とデータ分散を同時に考慮する必要がある.そこで,本手法ではこの問題をグラフ分割問題に帰着し,経験的な手法を適用する事によって最適な解の探索を行っている.この手法によって,1台の計算機では扱えなかったような巨大なデータも同時位置合わせする事が可能である.

3.誤差分布方向を考慮した反復計算による精度向上手法

 最後に,複数方向から測定された距離画像間の対応関係を利用して,各距離データの精度を向上させる手法を提案する.この手法ではレーザレンジセンサによって得られる距離データの誤差が,光線方向にのみ分布していると仮定している.そして,この方向に誤差補正をすることによって,その精度向上を図る.基準となる距離画像と,重なり合う他の全ての距離画像に対して対応点を探索し,それらの対応点間距離が小さくなるように各頂点を移動させていく.このとき,各距離画像は異方向の誤差を持つため,正確な対応点は求められない.そのため,誤差推定の計算は非線形となる.そこで,本手法では反復計算により徐々に誤差を減少させることによって,各頂点のより正確な位置を推定する.

 本論文の最後には,提案する手法を大規模文化遺産に適用した例を紹介する.我々は,提案する手法を用いて世界各地の大規模文化遺産の記録を行っている.そこで,これらの事例を紹介する事によって,手法の有効性を確認できると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「大規模距離画像の位置合わせと誤差補正ならびに文化遺産への適用」と題し,レーザレンジセンサによって得られた多数の距離画像を同時位置合わせする手法と,レーザレンジセンサの測定誤差を補正する手法を述べたものである.また,これらの手法を文化遺産の保存・復元に適用し,本手法の有効性を述べたものである.本文は全6章で構成されている.

 第1章「序論」では,本論文の背景となる研究を紹介し,本論文の位置付けを行っている.まず,実物体から3次元モデルを自動生成する研究の背景とその有用性について述べ,大規模文化遺産を対象とした場合に,3次元モデルを自動生成する手法の概要について説明している.そして,このモデル生成過程で生じる複数距離画像の位置合わせ問題と,距離データの測定誤差の問題を指摘し,これらの問題に対してどのような研究が行われているかを紹介している.更に,これらの関連研究についての問題点を指摘し,本論文で提案する手法の目的を明確にしている.

 第2章は「インデックス画像を用いた高速同時位置合わせ手法」と題し,多数の距離画像を高速に同時位置合わせする手法を提案している.距離画像の各メッシュを特有な色で描画する事で得られる2次元画像(インデックス画像)を用いて,センサ固有のパラメータを必要とせずに,頂点数Nに対してO(N)で対応点探索を行う手法について述べている.また,同時位置合わせ計算では,線形化された誤差評価式を用いて,不完全コレスキー分解共役勾配法を適用する事で,多数の距離画像に対しても短時間で移動行列を求める手法について述べている.

 第3章は「メモリ分散システムにおける並列同時位置合わせ手法」と題し,同時位置合わせ手法を,メモリ分散システム上で並列に実行可能な手法を提案している.対応点探索と誤差計算を,2枚の距離画像の組合せ毎に各プロセッサに計算させる事によって,同時位置合わせ計算を並列化する手法について述べている.また,計算時間の短縮とデータ分散の高効率化を図るために,不要,冗長な距離画像の組合せを効果的に除去する方法を述べている,各プロセッサへ組合せを割当てる際に,負荷分散とデータ分散を同時に考慮して,経験的なグラフ分割手法を用いる事によって最適な解を求める手法について述べている.

 第4章は「誤差分布方向を考慮した反復計算による精度向上手法」と題し,レーザレンジセンサの測定誤差を補正する手法を提案している.この手法では,レーザレンジセンサによって得られる距離データの誤差が,光線方向にのみ分布すると仮定して,この方向に誤差補正をすることによって精度向上を図っている.基準となる距離画像と,重なり合う他の全ての距離画像に対して対応点を探索し,それらの対応点間距離が小さくなるように,反復計算によって徐々に誤差を減少させる手法を提案している.

 第5章では「文化遺産への適用」と題し,提案した手法を用いて取得した,大規模文化遺産から生成した3次元形状モデルの紹介を行っている.また,実物体から生成した3次元形状モデルを用いて,失われた文化財の3次元形状モデルを復元し,復元したモデルを用いて失われた文化財に関する考察を行っている.

 第6章は「結論」として,本論文の成果を取りまとめ,今後の課題について述べている.以上これを要するに,本論文は,大規模文化遺産を3次元モデル化するに当たり,多数の距離画像を同時位置合わせ可能にする手法と,レーザレンジセンサの測定誤差を補正する手法を提案し,高精度な3次元モデルの生成を可能にしたことによって,今後の大規模文化遺産の保存・修復や,CG,CVなどの分野で幅広く応用が期待され,学際情報学上貢献するところが少なくない.

 本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する.

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