学位論文要旨



No 120127
著者(漢字) 多田隈,理一郎
著者(英字)
著者(カナ) タダクマ,リイチロウ
標題(和) テレイグジスタンスロボットのためのマスタ・スレーブアームの機構と制御の研究
標題(洋)
報告番号 120127
報告番号 甲20127
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6069号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 助教授 広田,光一
 東京大学 講師 川上,直樹
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

 どこか行きたい場所があるが,その場に行くことが困難であるという状況に遭遇することは誰もが経験するであろう.実際に品物を触りながら買い物をしたり,怪我や病気を患っている人が遠くの国へ旅行をしたり,災害地など進入困難な環境下で作業をしたりなど,遠隔地の環境を実際に感じながら,同時に何らかの作業をすることを可能とする技術は古くから望まれてきた.

 このような状況に対して,テレイグジスタンスという概念が存在する.テレイグジスタンスとは,あたかも遠隔地に実際に存在しているかのような高い臨場感を持ちながら,その遠隔地にいるロボットを操縦することである.テレイグジスタンスを実現する一つの手法として,コックピット内の操作者が,遠隔地のロボットを臨場感を持って操作するというマスタ・スレーブシステムが多く研究されている.オペレータの直感的な操作が可能という利点,さらにオペレータの感覚受容部と等価な位置にセンサを取り付けることができ,オペレータへ感覚提示するための元情報を直接取得できるという利点から,オペレータによって操作されるスレーブロボットを人間に近い機構にするのが一般的に有効であると考えられている.このように様々な感覚情報をマスタアーム側へ伝送し,その情報をオペレータへ提示することで,スレーブロボットの周辺と等価な環境を作り出すことができ,その結果,高い臨場感を得ることが可能となる.人間が得ることができる情報は3次元視覚情報,聴覚情報,体性感覚,体感温度など数多く挙げられるが,本論文は,この中でも作業時における操作感覚,特に「力情報」と「操作性」に注目したものである.

 テレイグジスタンスを実現するために,1989年にTELESAR(TELE-existence Surrogate Anthropomorphic Robot)が開発された.TELESARは,パッシブな7自由度マスタアームを有し,順運動学によって導かれた位置姿勢情報をスレーブアームに伝送するのみのシステムであった.このようにスレーブアームの力情報がオペレータへ提示されないマスタ・スレーブ制御方式をユニラテラル制御と呼んでいる.ユニラテラル制御ではマスタアーム側に力センサを設けなくて済むので制御系がシンプルで済み,システムが比較的安定であるなどのメリットがある.しかし力覚が提示されないので,臨場感が低減してしまうといったデメリットも存在する.それに対し,スレーブアームの力情報をマスタアームで再現する方式をバイラテラル制御と呼んでいる.より理想に近いテレイグジスタンスを目指すのであれば力情報のフィードバックは必要不可欠であり,さらに近年の計算機能力など基礎技術の向上により,制御系に大きな負担が許されるようになっている.そこで我々はアクティブなマスタアームを有しバイラテラル制御を可能とするTELESARIIを新たに開発することにした.

 人間に代わる作業用ロボットとしてのみならず,身体運動表現も行うことができる相互テレイグジスタンスロボット,TELESARIIを実現するためには,オペレータの自由な運動を拘束することなく姿勢情報を読み取ると同時に,操作に有用な力情報を操縦者に正確に提示する機構が必要である.そこで7自由度を有する人間型スレーブアームと,6自由度構造,外骨格型を有するマスタアームを開発した.

 またマスタ・スレーブ制御においても,正確な力提示と共にオペレータの負担軽減,作業の安定性が必要とされる.これらの条件を満足するために,従来のバイラテラル制御法に代わるインピーダンス制御型バイラテラル制御を提案した.さらに、従来の制御手法とインピーダンス制御型とを比較する実験を行い,その有効性を確認し,今回開発したマスタアームとインピーダンス制御型バイラテラル制御が,相互テレイグジスタンスロボットの操作系として有効であることを立証した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「テレイグジスタンスロボットのためのマスタ・スレーブアームの機構と制御の研究」と題し、7章からなる。近年、人間が遠隔のロボットの存在する場所にいるかのような臨場感を有して、ロボットを分身のように自在に制御するテレイグジスタンスが着目されている。人間の上肢の運動を遠隔のロボットで再現し、逆にロボットが感じた力感覚を人間に伝えるマスタ・スレーブシステムは今までにも多くの研究がされてきたが、テレイグジスタンスを目的として、人間のジェスチャーなどの運動を高速かつ忠実に再現し、かつ力を機械的なインピーダンスまでも考慮して的確に返すシステムは必ずしも実現されていなかった。本論文は、このような制御を実現するために必要なロボットのマスタ・スレーブアームの機構とその制御法について提案し、その工学的実現に向け、設計法を明らかにするとともに、実際のシステムを構成してその効果を実証して、今後の実用と応用への道を拓いたものである。

 第1章は「序論」で、従来の冗長自由度を持つマスタ・スレーブ方式の研究を概観し、これまでの研究が、どちらかというと産業用ロボットをベースにし、かつアドホックな設計法に頼っていて、テレイグジスタンスを目的とする系統的な設計法になっていなかった点を指摘し、本研究では、従来のシステムでは実現することの難しかった、威圧感の無い滑らかな動きと、人間に近く対人親和性の高い外形を持ち、人間に近い動作が可能なテレイグジスタンス用のマスタ・スレーブシステムを系統的に設計するという本研究の目的と立場と意義を明らかにしている。

 第2章は、「スレーブアームの機構とシステム構成」と題し、ジェスチャーの再現を含めたテレイグジスタンスに使用可能なスレーブアームの機構を設計し実際のハードウェアとして実現している。すなわち、 (1) 成人男性の寸法・重量を基にスレーブアーム各部の機構を設計することで人間の腕に近い寸法と重量を持たせ、(2) 人間の腕と同程度の寸法の中に人間の腕が持つ7つの自由度を配置し人間と同じ7自由度冗長構造を得て、(3)手首部分の3軸が十分な剛性を持って直交し手の平と前腕を人間同様に一直線上に配置し特異点を避ける自由度配置を実現し、(4) 人間の様々なジェスチャー時における腕の各関節の角速度・角加速度を実測することで、例えば、人間の手首Pitch軸の最大角速度は505 [deg/s]、最大角加速度は1.71 × 104 [deg/s2]であるのに対し、スレーブアームの手首Pitch軸の最大角速度720 [deg/s]、最大角加速度1.39 × 105 [deg/s2]という人間に近い速度と加速度を実現している。

 第3章は「異構造異自由度マスタ・スレーブアーム」と題し、 従来の冗長自由度を持つマスタ・スレーブシステムでは、マスタとスレーブの両者に能動7自由度を付与し、マスタとスレーブの運動を一致させるように制御することが一般的であったが、その従来法にかわり、スレーブの運動をマスタではなく人間の運動と一致させ、マスタの運動を一致させない方式を提案している。この方式では、スレーブは人間の腕と同じ7自由度冗長構造を持つことが必要であるが、マスタには力・トルク提示のために6自由度が備わっていれば十分となる。人間の運動を人間の腕寸法の個体差に対応しつつ測定し、その7自由度の姿勢を的確にスレーブに反映させる。スレーブの手先に生じた6自由度の力とトルクを、マスタ側の6自由度機構により帰還する。提案法に基づき、マスタアームのハードウェアを設計し、さらに最適な冗長自由度の測定方法を考案して、その有効性を確認している。

 第4章は「マスタアームの機構とシステム構成」と題し、第3章の考察や検証の結果に基づいた6自由度外骨格型マスタアームに最適な自由度配置を明らかにし、それに基づくマスタアームを設計・製作している。このマスタアームの機構的な特長としては、6自由度機構でありながら、操作者の腕との機構的な干渉が7自由度を持っていた場合と同程度に避けやすくなっていること、高いバックドライバビリティを持つ平歯車による減速機構を全ての関節に用いつつもバックラッシュの問題を極めて小さく抑えていること、肩後部のカウンターバランスと、手首上部のコンスタントフォースバネによる重力補償機構により、マスタアームに働く重力が完全に補償され、操作者がマスタアームから手を離しても、マスタアームが任意の姿勢をそのまま保持できるようにすることでマスタアームの操作性を高いものにしていることが挙げられる。

 第5章は「バイラテラル制御の比較実験とその結果によるTELESAR IIシステムの設計」と題し、第4章で設計製作したマスタアームの左右のアームをそれぞれマスタとスレーブに用いることにより、マスタとスレーブ間に慣性や自由度配置などの機構的な差の無い形で、バイラテラルの代表的な制御手法である対称型と力帰還型、そして比較的新しい制御手法であるインピーダンス制御型との比較実験を行い、その結果最も良い特性を示したインピーダンス制御型の優位性を確認している。さらに、前腕の慣性を大きくして非対称な機構とした左アームをスレーブと設定して、それをマスタである右アームで動かすという異構造マスタ・スレーブシステムに対して、対称型とインピーダンス制御型を比較し、このシステムにおいてもやはりインピーダンス制御型が優れていることを検証している。これらの結果に基づいて、テレイグジスタンスTELESAR IIマスタ・スレーブアームのハードウェアを完成させ、インピーダンス制御型のバイラテラルマスタ・スレーブ制御アルゴリズムを実装している。

 第6章は「人型7自由度スレーブアームを用いた視覚との統合実験」と題し、第5章で確認されたインピーダンス制御型の特長が、TELESAR IIのマスタ・スレーブシステムでも保持されていることを確認した後、眼間距離調節・画角補正機能を持つ両眼立体視カメラ付きのスレーブヘッドを作成しTELESAR IIの上半身を構成し、また頭部搭載型ディスプレイスレをマスタに付与して、視覚フィードバックも加味した統合実験を行った。提案方式の有効性が、人間型7自由度アームをスレーブアームとして使用するインピーダンス制御型の異構造異自由度マスタ・スレーブシステムに於いても確認され、かつ両眼立体視の有効性が本システムにおいても再確認されたと報告している。

 第7章は「結論」で、本論文の結論をまとめている。

 以上これを要するに、本研究では、テレイグジスタンスを目指した人間型スレーブアーム機構を設計し、スレーブアームと人間の腕の運動を一致させ、マスタとは一致させないことにより、運動は7自由度、力は6自由度と分離して設計することを可能とするマスタ・スレーブ設計法を提案し、インピーダンス制御可能な実際のロボットのハードウェアをも構成して提案法の効果を実証して、今後の実用と応用への道を拓いたものであって、ロボット工学及びシステム情報工学に貢献するところが大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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