学位論文要旨



No 119657
著者(漢字) 西川,美幸
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,ミユキ
標題(和) シュレーディンガー方程式の特異ポテンシャルと固有関数
標題(洋) Singular Potentials and Eigenfunctions of Schrodinger Equation
報告番号 119657
報告番号 甲19657
学位授与日 2004.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4592号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 教授 大塚,孝治
 日本大学 教授 藤川,和男
 東京大学 教授 駒宮,幸男
 東京大学 教授 初田,哲男
内容要旨 要旨を表示する

 普通、繰り込みにおける次元勘定では運動量を次元1と数える。しかし真性特異点などではn回微分した後のべきがn下がらない場合もあるから、微分演算子の次元というのは作用する対象が明示されない限り意味を持たない。一方で、特異点を持つポテンシャルV(r)は様々な物理に登場する。

(特異ポテンシャルの例)

例えばクーロン散乱V(r)∝1/rや空間1次元での逆2乗ポテンシャルV(r)∝1/f2は、量子力学の教科書に載っている。また電磁量子力学や量子色力学では、所謂「走る結合定数」の効果でポテンシャルにlogr/rに比例する補正項がつく。2核子間でひとつのパイオン(質量mπ)を交換する過程には、湯川型ポテンシャルV(r)∝e-mπr/rに1/r,1/r2がかかった形の補正項も現れる。またアインシュタインーヒルベルト型ラグランジアンと、平坦時空の周りで揺らぐ計量を仮定して得られる有効ポテンシャルは、ニュートンポテンシャルに対して1ループ量子補正まで考慮すれば

V(r)=-Gm1m2/r(1-G(m1+m2)/rc2-127Gh/30π2r2c3)(1)

の形になることも知られている。

 普通は、これらの特異ポテンシャルにカットオフを入れ、原点付近を定義域から除くことで病的なふるまいをなくし、基底状態の存在を保障する。このように与えられたポテンシャルを解いてどのような固有関数解がありえるか調べるのが通常の方法である。しかし本論文では逆に、まず固有関数の原点付近での冪の形を仮定し、それをシュレーディンガー方程式に代入することによって、ポテンシャルがどのような特異点を持ちえるのかを調べる。

1次元でエネルギーE=0とした場合、質量やプランク定数などの定数倍を略せば、シュレーディンガー方程式は

y"(x)/y(x)=V(x)(2)

となる。ここでy(x)は固有関数でy"(x)はその2回微分である。したがって、ポテンシャルV(x)が特異点を持ちえるのは(I)yが零になるか、さもなければ(II)y"が特異になる場合である。同じようなV(x)の冪に対しても、y(x)には本質的に異なるふたつの場合があることになる。固有関数y(x)に対応するポテンシャルの特異点に片側から近づく極限での冪vのふるまいV(x)→xv(x→+0)について、以下のふたつの結果が得られた。

 第一に、もし固有関数y(x)に(位数が無限大という意味の孤立)真性特異点がなければ、v<-2とはなりえない。これは、特にほかの仮定をせずに成り立つ。ただし、固有関数に(零点あるいは極の集積点があるという意味の、例えばy(x)=e±i/xのような)激しい振動的ふるまいがあるときは、そもそも冪が定義できない。厳密には、この極限で単項冪のようにふるまうような、すぐ後で述べる形の真性特異点を仮定している。特にこの場合、v<-2となるのは例えばe±1/xのような指数の肩が実数係数級数の真性特異点なので、x→+0でV(x)は正となる。反面、振動するy(x)=e±i/xのような固有関数はV(x)の負号に対応する。

 第二に、もしy(x)がC2級(二回連続微分可能)ならば、vの値域はv〓-2+εと-1〓vになる。ここでεは、(例えば定数を対数関数で割ったような)無限小の正冪を意味する。この値域に残された「窓」-2+ε〓v<-1を埋めるような固有関数y(x)を構成することはできなかった。

 x→+0で単項冪のようにふるまう真性特異点を、(論文で定義した加減乗除、合成などの)演算について閉じた形に構成したところ、その一般形は

(1)i+(2)j+…+(m)k,ただし

 となった。ここで係数は皆実数で、たとえひとつの展開の中に複数の無限級数が含まれても、すべての項は昇冪の順に並べられ、初項を顕わに書け、展開の複素平面への解析接続(一価になるよう枝を選んでおく)は原点を除く円環状領域0<|z|<r(z:=x+iy)でコンパクト一様収束するような、0でない「収束半径」rを持つように構成した。この展開は、真性特異点を形作るような指数関数を計算の途中で展開せずにひとつの項とみなす、という特殊な規則の下で、はじめて冪を計算できる。

 この形を仮定した固有関数y(z)はもしC2級ならば,(3)より

とかける。ここでa,b,anは実定数、i,j,k,…<0、bi,cj,dk,…>0で、〜はlogz〜を表わし、高次項を…と略記した。

 最後に、結果を空間N次元のシュレーディンガー方程式の球対称部分

Δy(r)=[1/r2d/dr(r2d/dr)-l(l+1)/r2]y(r)=V(r)y(r) (5)

の、軌道角運動量量子数l=0の場合に拡張した。物理的にはディラック方程式のようにC2級でない固有関数も許されるが、今仮に(4)を仮定した場合には、

 Δy(r)/y(r)=y"/y+N-1/ry'/y

 +(N-1)r-2あるいは高次の項(b≠0)

 +n(n+N-2)r-2(∃an≠0は初項) (6)

 +(-ibi)2r2i±2〓-2(あるいは高次の項)(b=∀an=0かつ∃bi>0)

 +∞(b=∀an=∀bi=0かつ∃cjまたはdkまたは…>0)

となる。ただし∀bi=0などと一見定義と矛盾する書き方をしたのは、その項が展開に現れずもっと高次の項から始まることを意味する。

 固有関数を規格化するために重要なL2(2乗可積分性)条件が考慮されていないため、どの展開が物理的な固有関数かを決めることは今後の課題といえる。また、上記の展開に含まれない真性特異点も原理的にはありえる。そこで、この博士論文の結果は数学的に充分であるとは言えない。しかし、物理に現れる多くの固有関数はこの論文で解析した中に含まれると思われるため、ここで得られた結果は特異なポテンシャルを扱う上で有用と考えられる。さらにこの博士論文は、前述の(I)と(II)のいずれの場合が現実の特異ポテンシャルを表わすのかという、興味深い問題を提起している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章から成り、第1章での緒言と研究の背景が述べられた後、第2章でシュレーディンガー方程式における特異ポテンシャルの考察が与えられ、第3章で結論が述べられている。シュレーディンガー方程式とその解の研究では、与えられたポテンシャルのもとで固有値問題を解くことが通常の手法であるが、これに対し、本論文では一種の逆問題として、特異点近傍での固有解の様々なタイプの振舞いを先に設定し、これに基づいてポテンシャルの発散の可能性を吟味し、その特異性の分類を行っている。これは解析的に解ける場合に限らずに、より一般に、固有解の局所的な振舞いのみから広くポテンシャルの可能な特異性の分類を行うのに有効な一手段であると考えられ、また物理的な観点からは、遮蔽など何らかの理由により特異点のごく近傍で特異性が消滅する場合にも、(発散領域の切断などの手段を念頭に固有関数の2乗可積分性を考慮せず)比較的容易に議論が進められるという長所がある。

 以上のような方針を述べた後、第1章では特異ポテンシャルと物理現象との関わりについて、幾つかの例を引いて説明が与えられている。Coulombポテンシャル、逆2乗ポテンシャル、Lennard-Jonesポテンシャル を初め、quark間の有効ポテンシャル、核子間有効ポテンシャル、Van der Waarsによる分子間ポテンシャルなどに至るまで、様々な分野で実際に特異ポテンシャルが物理現象の記述に重要な役割を果たしており、従って量子力学的にも、特異点近傍での固有解の振舞いと特異ポテンシャルとの関係を調べることの重要性が強調されている。

 第2章は本研究の核心を成す部分である。ここでは、まず一般にポテンシャルが特異性を持つためには、固有関数の2種の振舞いが有り得ること、すなわち(I) 固有関数y(x)はC2級であり、かつゼロ点を持つか、あるいは(II)2階微分y″がある点で発散する、のどちらかが必要であることを指摘している。この分類を基礎として、固有関数y(x)がLaurant展開可能である場合、またその中の有限項が実数巾を持つ場合、変数xをxγ(γは実数)に置き換えた場合、log xの巾級数展開が可能な場合、あるいは指数関数の引数としてLaurant展開可能な関数が載り、そのために真性特異点を生じる場合を考察している。さらに、これらの場合に加減乗除や微分などの演算を加えた、より一般的な場合を考察し、上記(I) 、(II)のクラスに属するそれぞれの場合に成立する固有解の振舞いとポテンシャルの発散の様子との関係を、二つの性質に要約することに成功している。

 第3章の結論部分に記されたその性質は次の通りである:

1. 固有関数に真性特異点の無い場合には、ポテンシャルV(x)の特異点での漸近的振舞いをV(x)→xνとしたとき、ν<-2は実現不可能である。

2. 固有関数がC2級の場合には、ポテンシャルV(x)の漸近的振舞いは、-1〓νあるいはν〓-2+ε(εはlogの可能性を示す)に限られる。

以上の性質は、数学的には厳密に証明されたものではないので「予想(conjecture)」というべきものであるが、物理への応用という見地からは、興味深い結論であると言える。特に、通常のシュレーディンガー方程式を解くという手法とは逆の発想を用いることによって、比較的容易に上記の結果を得たことは、評価に値するものと思われる。第2章および第3章では、これらの性質を直観的に理解するための幾つかの例示が加えられ、固有関数の振舞いによる、ポテンシャルの発散の発生機構についての説明が与えられている。

 本論文では固有関数の振舞いを考察するにあたり、固有関数の2乗可積分性を考慮していない。また、量子系としての基底状態の存在も前提としていないが、本研究では前述のように、物理的に何らかの(自然な)切断が入って、ポテンシャルの発散を解消している場合を想定することによってこれらの問題を回避しており、その意味で物理的な立場からの研究となっている。また、考察した固有関数の範疇は、数学的には完全なものではないが、物理として様々な状況で生じるタイプの多くがこれに含まれており、従って物理的には一定の一般性を持っていると言えよう。

 なお、本論文は申請者によって既に印刷公表された単著論文に基づくものであり、本研究の発想とその遂行はすべて申請者によるものである。

 以上の観点から、申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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