No | 119520 | |
著者(漢字) | 李,相賢 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イ,サンヒョン | |
標題(和) | リン除去活性汚泥プロセスにおけるバクテリオファージに関する研究 | |
標題(洋) | Study on Bacteriophages in Activated Sludge Process for Enhanced Biological Phosphorus Removal (EBPR) | |
報告番号 | 119520 | |
報告番号 | 甲19520 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第68号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | リンは窒素とともに富栄養化の原因物質でめり、水環境生態系に悪影響を及ぼす。そのリンの環境中への負荷の主要な経路の1つが廃下水処理施設からの放流である。そのため、廃下水からのリンを除去するための方法が数多く開発・研究されている。その中に生物学的リン除去法(enhance biological phosphorus removal process: EBPR process)がある。生物学的リン除去法は、リンをポリリン酸顆粒として細胞内に蓄積する能力を持つリン蓄積微生物 (phosphate accumulating organisms: PAOs) と呼ばれる微生物を利用した処理法である。活性汚泥を嫌気条件下で廃水と接触させその後に好気条件を与えるという操作を繰り返すと、PAOsが優先してくることが分かっている。嫌気・好気を繰り返したときのPAOsの代謝については、PAOの優占している汚泥を用いた研究によりある程度わかってきたが、その微生物学的な群集構造についてはほとんどわかっていない。したがって、生物学的リン除去の基本的なメカニズムを理解するために生物学的リン除去汚泥内の微生物の群集を分析する研究がさかんになりつつある。その結果の一例として、β-プロテオバクテリア(beta Proteobacteria)に属している微生物群が生物学的リン除去へ深く関与しており、その中でRhodocyclus 属に近縁の微生物群がPAOの一種であることが分かってきた。しかし、生物学的リン除去活性汚泥プロセスに関する基礎研究はおこなわれているものの、安定したリン除去能を保つ事はまだ容易ではなく、生物学的リン除去法で処理された処理水のリン濃度がリン除去の当面の目標値とされる1mgP/Lを超える事がしばしばある。このような生物学的リン除去活性汚泥プロセス不安定性の明確な理由はまだわかっていない。微生物群集構造の解析だけではこのようなリン除去効率の不安定性の原因を究明するには不十分である。 そこで、本研究で注目したのは、生物学的リン除去活性汚泥内の微生物群集構造の質的および量的な変化に直接に影響を与える可能性のあるバクテリオファー(bacteriophage)の役割である。バクテリオファージはバクテリアに宿主特異性を持つウイルスであり、その宿主細菌を溶菌することで環境内の宿主細菌の量的変化に直接影響を与えることができる。土壌内や海洋環境ではバクテリオファージが微生物群集構成員として他の微生物の量的変化に重要な役割をしているという報告がなされている。生物学的リン除去活性汚泥においてもバクテリオファージの存在は報告されているが、活性汚泥内の微生物群集の一員としての役割に対しては注目されていなかった。しかし、最近になって生物学的リン除去活性汚泥内でリン蓄積に関わっている細菌群の急激な減少がバクテリオファージによる溶菌である可能性が指摘され、このことがリン除去能が不安定になる原因の一つとして推定されている。しかし、生物学的リン除去活性汚泥内の微生物群集に及ぼすバクテリオファージの影響に対する知見が不足しているのが現実である。その原因としては生物学的リン除去活性汚泥内のバクテリオファージに関する報告の少なさとバクテリオファージ自体の複雑な生活環による研究の難しさが挙げられる。 本研究では生物学的リン除去活性汚泥内のバクテリオファージが微生物群集の影響を与えた結果、生物学的リン除去活性汚泥プロセスの急なリン除去能の低下にどのように関与しているかという問題意識から出発して、生物学的リン除去活性汚泥からバクテリオファージを分離し、その特性を分析した。その結果は以下のようにまとめられる。 まず、活性汚泥から細菌の分離を試みて16株の細菌を分離 (E1-E16) した。その後、これらを宿主菌として同じ活性汚泥からのバクテリオファージの分離を試みた。結果としてE4から2個、E8から4個、E10から11個、E14から5個、E16から18個で総合40個のバクテリオファージサンプルがバクテリオファージの種類に関わらず分離されこれら宿主細菌はそれぞれ Caulobacter sp. strain E4、Flavobacterium columnare strain E8、Flavobacteriumcolumnare strain E10、Bosea thiooxidans strain E14、Pseudoxanthomanas sp. strain E16と同定された(Table 3)。19種類の細菌 (E1-E16,Microunatus phosphovorus JCM9379, Acinetobacter calcoaceticus JCM6842, Gordonia amarae JCM3171) を用いた感染実験では、これらのバクテリオファージがそれぞれの宿主菌だけを溶菌する宿主特異性をみせた。一方、単離したバクテリオファージのうち14種は宿主溶菌能を途中で失ってしまい、非溶菌性のバクテリオファージの存在が示唆された。他の26種は宿主を溶菌するというバクテリオファージの典型的な生育パタンをみせた。感染から溶菌までの潜伏期(laten tperiod)は約9時間であり、若干長い方であった。そして、これらのバクテリオファージの宿主菌一個体あたり生産される個体数 (burst size) は約6-48個であり、この結果は活性汚泥内でこれらのバクテリオファージが宿主菌を活発に溶菌させる可能性のある事を示唆した。 生物学的リン除去活性汚泥からこのようなバクテリオファージを分離できたことは、リン除去にたずさわる微生物群集内でバクテリオファージが生態学的な構成員として存在することを示している。また、その溶菌速度はその微生物群集内の宿主菌群集の減少に直接な役割をしている事を示すものである。以上の実験結果は、バクテリオファージの活動がその微生物群集の変化の方向を誘導し、結果的には生物学的リン除去活性汚泥のリン除去能に影響を与える可能性がある事を示唆している。 次は幾つかの実験用生物学的リン除去活性汚泥からリン蓄積・除去細菌を溶菌するバクテリオファージの分離を試みた。 まず、バクテリオファージの分離のために宿主菌として、培養可能な典型的なPAOとして分離されている磁 Microlunatus phosphovorus を選んだ。そしてこれを宿主とするバクテリオファージの単離を試みたところ、Microlunatus phosphovorus JCM9379株を宿主とする13種のバクテリオファージサンプルが得られた。それらをさらに精製した結果として、最終的には2種類の溶菌性バクテリオファージ(ΦMP1、ΦMP2)を分離できた。宿主菌であるM. phosphovorus に対するこれらのファージの宿主特異性は、M. phosphovorus に系統分類学上で隣接している23個の菌株を含む総数70菌株に対する溶菌性実験で確認された。この二つのバクテリオファージは、溶菌実験において、宿主細菌である M. phosphovorus だけを溶菌した。これら2つのM. phosphovorus 溶菌性バクテリオファージは形態学的・生理活性的特徴などの分析から、Siphoviridae グノレープのウイルスに分類された。両者とも形態学的特徴としてヘドとテイルを持ち、ヘドは正多面体でテイルは伸縮性はあるが収縮性はなかった。φMP1のヘドの大きさは約61nm、テイルの長さは約216nm、幅は12nmであった。ΦMP2についてはそれぞれ、約50mm、130mm、10mmであった。また、これらの生理的特徴は次のようである。ΦMP1とΦMP2に対し、それぞれ、ゲノムは2本鎖DNAで大きさは約45±3kbと24±4kbで、潜伏期は18±0.2と32±0.3時間、burst size は163±8と322±Bであった。 PAOsの一員であるM. phosphovrus 株に特異的な溶菌性バクテリオファージが存在することが示され、M. phosphovrusを含むリン除去活性汚泥内ではバクテリオファージがPAOsなどのリン除去/リン蓄積に関与していて、M. phosphovrus株の消長に影響を及ぼす可能性がある事が示唆された。つまり、リン除去細菌群集に特異的な溶菌能を持つバクテリオファージの存在はバクテリオファージが自分が属している微生物群集内のリン除去細菌群集の大きさを直接的減少させる事によって活性汚泥のリン除去能の変化に影響を与えられるとの可能性が考えられた。 また、本研究では、微生物学的特定細菌検出法の一つである蛍光染色ウィルス標識法 (florescently labeled virus probe method : FLVP method) の改良を試みた。FLVP法は、宿主特異性を持つバクテリオファージを蛍光染色し、染色されたバクテリオファージを標識として、特に水環境内の特定宿主菌を可視的に検出するものである。FLVP法は、バクテリオファージの宿主細菌に対する特異的感染の際の吸着を利用するものであり、非常に簡単に早く目的細菌を検出できることが大きな特徴である。一方、目的とする宿主細菌とその細菌に特異性を持つバクテリオファージが必要であること、蛍光染色試薬を使用するために暗室条件下でのみ検出可能である事などが避けられない短所である。 既存のFLVP法はバクテリオファージたけを蛍光染色して使うため特定宿主細菌の検出は可能であるが、その染色試薬が発光する光の波長の違いによりサンプル内の全体細菌との同時観察は容易ではないし、バクテリオファージからの蛍光発色を検出するための特殊蛍光フィルムが必要であった。そこで、本研究では紫外線(UV)でそれぞれ異なる蛍光発色するSYBR Green I(緑)とDAPI(青)蛍光染色試薬をそれぞれバクテリオファアージと全体細菌に染色して多種微生物複合体である活性汚泥内の宿主細菌と非宿主細菌がそれぞれ違う色で同時観察可能なFLVP法の改良を試みた。 まず、SYBR Green IでM. phosphovorus 株特異性のバクテリオファアージであるΦMP1とΦMP2を染色してM. phosphovorus 株の純粋培養液に感染させた。この感染体をDAPI染色後メンブレンフィルタ(Membrane filter)に集積してUV照射下で蛍光顕微鏡を用いて観察した。この観察で分離されたバクテリオファージが宿主菌株を表示して可視的に検出するかを調べた結果、宿主細菌の細胞は薄い青色でバクテリオファージの吸着部位は緑黄色として同時観察された。続いて、この方法をM. phosphovorus の純粋培養液を添加した活性汚泥サンプノレに適用した結果、緑黄色発色部位を持つM. phosphovorus 株は、薄い青色に見える非宿主細菌とは明確に区分された。また、特殊蛍光フィルムを使用しなくてもその蛍光発色の検出が可能であった。そしてΦMP1を用いたFLVP法では、純粋培養からは98±0.8%、活性汚泥内では96±0.2%の回収率でM. phosphovorus 株を検出し、ΦMP2の場合は99±0.3%、98±0.3%の回収率であった。以上の結果は、本研究で改良されたFLVP法は、上で述べたFLVP法の短所にも関わらず、また簡便な方法にもかかわらず、活性汚泥中で全菌数と特定細菌数を同時にしかも正確に定量することが可能になったことを示している。 本研究では、バクテリオファージが、生物学的リン除去活性汚泥内に属した微生物群集内のリン除去細菌群集の大きさを直接に減少させる事によって活性汚泥のリン除去能の変化にどう影響を与えるか、という視点から、生物学的リン除去活性汚泥法から単離したバクテリオファージの特性評価をおこなった。上記の視点に関してさらに研究を進めるためには、なるべく多くのリン除去細菌・リン蓄積細菌の分離が先行研究として必要であり、それらを宿主としたバクテリオファージの分離と研究が重要である。また、将来的には微生物群集全体の中でのバクテリオファージと宿主リン蓄積細菌の関係に関する研究が必要である。そのような目的のためには本研究で改良したFLVP法を利用すれば生物学的リン除去活性汚泥内でのバクテリオファージが微生物群集に及ぼす影響をもっと効率的に解析できるだろう。 | |
審査要旨 | 本論文は、廃水処理法として広く普及する活性汚泥法の中で、重要な構成メンバーであるにも関わらず、これまでほとんど顧みられることの無かったバクテリオファージの機能について検討を試みた非常に野心的な論文と言える。本論文では、とくに生物学的リン除去を不安定にさせる要因の一つとしてバクテリオファージに注目しており、生物学的リン除去プロセスから単離したバクテリオファージの特性評価や、ポリリン蓄積細菌として知られるMicrolunatus phosphovorusを宿主とするバクテリオファージを用いた新しい研究手法の開発を試みたものである。 本論文は4章からなる。第1章は「Background of Study」である。本研究の前提となる知見に関して既存の研究をレビューしている。 第2章は「Host-Specific Bacteriophages from EBPR Activated Sludge: Isolation and Characterization of Bacteriophages -1」であり、実験室内で運転した生物学的リン除去活性汚泥法プロセスからのバクテリオファージの単離とその特性評価をおこなっている。まず16株の細菌を単離した上で、その単離細菌を宿主とするバクテリオファージ40株を単離した。その中の代表的な株について、宿主特異性・感染から」溶菌までの潜伏時間、溶菌後のファージ粒子生産数等の指標について明らかにした。これらのバクテリオファージの宿主菌一個体あたり生産される個体数 (burst size) は約6−48個であり、この結果は活性汚泥内でこれらのバクテリオファージが宿主菌を活発に溶菌させる可能性のある事を示唆した。 第3章は「Host-Specific Bacteriophages from EBPR Activated Sludge: Isolation and Characterization of Bacteriophages -2」であり、ポリリン蓄積細菌として単離されているMicrolunatus phosphovorusを宿主とするバクテリオファージの単離と特性評価を試みている。その結果として、まず2株の溶菌性バクテリオファージを分離に成功した。宿主菌であるM. phosphovorusに対するこれらのファージの宿主特異性を調べるために、M. phosphovorusに系統分類学上で隣接している23個の菌株を含む総数70菌株に対する溶菌性実験をおこない、この二つのバクテリオファージは、溶菌実験において、宿主細菌であるM. phosphovorusだけを溶菌することを示した。これらの2種のファージのゲノムは2本鎖DNAで大きさは約45±3kbと24±4kb、潜伏期は18と32時間、burst sizeは163と322であった。これらの数字から、このファージの溶菌力は非常に大きく、リン蓄積細菌を直接的に減少させる可能性を強く示唆している。 第4章は「Fluorescent Dye Labeling of bacteriophages Specific to PAO from EBPR Activated Sludge: Application of Bacteriophages」であり、第3章で確立した宿主−ファージ系に対して、微生物学的特定細菌検出法の一つである蛍光染色ウィルス標識法を適用し、M. phosphovorusを検出するシステムを構築することを試みた。紫外線により異なる蛍光発色するSYBR Green I(緑)とDAPI(青)をそれぞれバクテリオファアージと全体細菌に染色する改良を加えることで、活性汚泥中で全菌数と特定細菌数を同時にしかも正確に定量することを可能にした。 第5章は「Summary and Future Study」であり、本研究で得られた上記の成果をまとめ、また今後の研究に対する提言を述べている。 以上、本論文は、バクテリオファージが活性汚泥法の微生物群集構造に大きな影響を与える可能性を実験的に示すとともに、具体的な対象としてリン除去に関わるバクテリアであるMicrolunatus phosphovorusを宿主とするバクテリオファージを単離し、その特性を評価すると共に、このバクテリオファージを蛍光染色したものをプローブとする新しい宿主細菌検出法を提案した。本研究の成果は、生物学的リン除去法の不安定性改善のための今後の研究にまったく新しい方向性を与えるものであり、ひいては、環境学の発展に大きく寄与するものである。 なお、本論文の第2−4章は、味埜俊、佐藤弘泰、片山浩之、栗栖太との共同研究であるが、本論文の内容にかかわる研究については、論文提出者が主体となって実施し、分析、検証をおこなったものである。論文提出者の寄与は十分であると判断する。 したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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