学位論文要旨



No 119517
著者(漢字) 新田見,匡
著者(英字)
著者(カナ) ニッタミ,タダシ
標題(和) 亜硝酸還元酵素遺伝子に着目した脱窒細菌解析手法の確立及びその活性汚泥微生物群集解析への適用
標題(洋) Development of methodology for denitrifying bacterial community analysis using nitrite reductase gene (nir) and its application to activated sludge systems
報告番号 119517
報告番号 甲19517
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第65号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 講師 片山,浩之
 東京大学 講師 栗栖,太
 東京大学 講師 鯉渕,幸生
内容要旨 要旨を表示する

排水処理施設で多用される活性汚泥法では,微生物の硝化・脱窒という酸化還元反応を利用して,アンモニアを硝酸イオンから窒素へと変化させ,排水中の窒素分を大気中へと除去する。これまで様々な切り口で活性汚泥法に関する研究がなされてきたが,従来の研究の多くは,排水処理槽の運転条件と処理水質の相関にのみ目を向けたもので,処理槽内部の微生物について調べたものは少なかった。活性汚泥法が微生物による処理であり,処理槽内に生息している多種多様な微生物の代謝が処理性能を決定していることを考えれば,このような実状を無視した研究では得られる成果に限界があった。

しかし近年,分子生物学の発達により,微生物の持つ遺伝情報をもとに群集を解析する手法が開発され,活性汚泥のより詳細な微生物群集構造が報告されるようになった。そこで本研究では,これまで研究対象とされることが少なかった,窒素除去に関わる細菌グループである,脱窒細菌の群集構造の解析に着目した。

脱窒を行う細菌は系統的に多岐に分布している。1992年の調査では50属130種に属すことが確認されている。この脱窒細菌の系統学的な多様性が,これまで研究対象とされなかった理由の一つであるといえる。従来の分子生物学的手法のほとんどが,16SrDNAを標的としたものであった。しかしrDNAを標的とした手法は,目的の機能が系統学上多岐に分布し,またその機能を同種内の数株のみが保有する,脱窒細菌のような微生物を解析する場合には不向きであった。

そこで脱窒細菌のような微生物を解析するにあたり,近年注目されるようになったのが,機能遺伝子を標的とした分子生物学的手法である。脱窒細菌の解析においても,脱窒の酵素をコードする機能遺伝子の配列から,PCRのプライマーをデザインする研究が報告されるようになった。特に報告が多いのは,亜硝酸還元酵素(NIR)をコードするnir遺伝子を標的としたものである。これは,NO3-をN2まで還元する一連の脱窒反応において,亜硝酸還元以降の生成物が気体となることから,溶存体の窒素を気体状の窒素に変換する工程を担う酵素として重要視されていることが一因であると言える。

亜硝酸還元酵素には,機能は同じだが構造の全く異なる2種類の酵素が存在する。1つは活性中心に銅をもつnirK遺伝子にコードされる酵素(Cu NIR)で,もう1つは活性中心にヘム鉄をもつnirS遺伝子にコードされる酵素(cd1 NIR)である。脱窒細菌は,これら2種類の酵素のいずれか一方のみを保有するとされ,遺伝子も細菌のゲノム中にはどちらか1つしか見つかっていない。

そこで本研究では,このnirK, nirS遺伝子を解析することで,排水処理を担う活性汚泥中の脱窒細菌群集を解析しようと考えた。処理槽内に存在する脱窒細菌グループはそれぞれ,排水中のどの基質を電子受容体,または電子供与体として利用しているのかを詳細に解明することを目的とした。また微生物群集の解析には,群集構造の変化をバンドパターンの変化として観察できる,簡便な動態解析手法であるDGGE法とT-RFLP法の適用を考え,手法を確立することとした。

まずDGGE法を検討した。Braker et al.がデザインした,nir遺伝子を増幅するプライマーセットを使い, 純菌株相手に実験を行った。その結果,nirK遺伝子を標的としたDGGEからは,バンドの変遷を解析できるような,鮮明なパターンを得ることができなかった。一方nirS遺伝子を標的とした実験では,バンドパターンは鮮明であったが,Braker et al.のプライマーをそのまま適用すると,プライマーの混合塩基配列に由来した,多数の非特異バンドを検出してしまうことが分かった。そこで混合塩基配列部分で場合分けを行い,混合塩基配列を含まない単一の塩基配列を持つ24通りのプライマーセットとして適用した。次にT-RFLP法を検討した。nirを標的としたT-RFLP法には既存の研究があったため,その実験条件を参考にして,純菌株相手に実験を行ったところ,両nir遺伝子を解析することができた。

以上,nirS遺伝子に対してはDGGE法とT-RFLP法,nirK遺伝子に対しては,T-RFLP法を確立することができた。そこで確立した手法で活性汚泥中の脱窒細菌群集を解析することとした。

最初に解析対象とした活性汚泥は,製鉄所排水(安水)を処理する活性汚泥であった。この汚泥の解析は,新日鐵(株)との共同研究の一環であった。共同研究では,パイロットプラント(以下PPとする),およびミニプラント(以下MPとする)という,硝化脱窒型活性汚泥法を採用した2機のプラントを立ち上げた。PPは実際の安水を処理し,安定した窒素除去を続けた。一方MPは人工安水を処理し,途中人工安水の組成を変化させ,窒素除去能を変化させた。PPおよびMPの活性汚泥解析における目的は,安水という特殊な排水処理系に存在するnir遺伝子を把握すると共に,安水中の特殊な基質(フェノール,チオシアン,チオ硫酸)と各nir遺伝子との因果関係を示すことであった。PPの解析はnirS遺伝子を標的としたDGGE法で行い,MPの解析はnirS遺伝子を標的としたDGGE法とnirK遺伝子を標的としたT-RFLP法で行った。

PPの解析において,nirS遺伝子を標的としたプライマー24セットを適用したところ,nirS遺伝子を増幅できたのは8セットのみであった。また8セットのうちの2セットを使用することで,8セットで解析する遺伝子の7割近くを解析できることが分かった。安水処理系のnirS遺伝子を保有する脱窒細菌群集は,下水処理系に比べ単純であることが予想できた。なおPPより検出したnirS遺伝子(DGGEバンド)の中には, 脱窒条件下でのみフェノールを分解する単離株について報告のある,Azoarcus, Thauera 属のnirS遺伝子に近縁な配列が存在した。

MPの解析では,nirS遺伝子だけでなく,T-RFLP解析によりnirK遺伝子の挙動を追跡することができた。またcloning法を併用することで,T-RFLP法で挙動を追跡した遺伝子の塩基配列を推定することができた。そしてMPにおいては,特定の電子供与体(基質)を一定期間添加しないことにより,nirK, nirS遺伝子ともに,挙動に大きな変化が生じた。特にnirS遺伝子の挙動は,各基質の添加条件に対応したものが多く,基質と遺伝子の因果関係を定性的に示す詳細な結果をまとめることができた。プラント内において,どの遺伝子(細菌)がどの基質を使って脱窒を行っているかを定性的にではあるが,詳細に記述することができた。

次に解析したのは,酢酸を主な電子供与体とした人工下水を処理する実験室規模の脱窒リアクター(NR1, NR2)の活性汚泥であった。PPおよびMPの解析では,電子供与体を変化させることで,電子供与体と遺伝子の挙動の関係について考察したが,NR1およびNR2の解析では,電子受容体を変化させることで,電子受容体と遺伝子の挙動の関係について考察し,各遺伝子を電子受容体の利用特性に基づき分類することを目的とした。

2台のリアクターにはまず,NO3-を脱窒の電子受容体として等量添加した。この間,両リアクターは同様の処理性能を示した。同条件での運転が安定した後,NR1では,添加する電子供与体をNO3-からNO2-に切り替えた。一方NR2では,より高濃度のNO3-を添加したところ,系内にNO2-の蓄積が生じ,電子供与体としてNO3-とNO2-が共存する条件となった。NR1, NR2の活性汚泥の解析には,nirS遺伝子を標的としたDGGE法,T-RFLP法,cloning 法のほか,nirK遺伝子を標的とした cloning 法,T-RFLP法を適用した。また16SrDNAを標的としたDGGE法による解析も行った。

両リアクターのnirS遺伝子解析において,DGGE法とT-RFLP法を併用した結果,T-RFLP法は系統樹のクラスター単位での解析を行う際に有用であり,DGGE法はクラスター内の個々の遺伝子解析において有用である結果が得られた。一方nirK遺伝子解析においては,T-RFLP法による遺伝子単位での解析が可能であった。また16SrDNAとnir遺伝子の解析結果からは,nirの解析のほうが,群集構造の細部を解析できる可能性が示唆された。

両リアクターより検出した,16SrDNAおよびnir遺伝子の挙動は,NO3-, NO2-の変化と相関を示すものであった。その相関に基づいて遺伝子を分類した結果,NO2-利用能に優れた細菌由来の遺伝子の候補として,多数の配列情報を得ることができた。またその一部はThauera, Flavobacteria, Aquaspirillum の細菌の遺伝子に近縁であることも分かった。

以上本研究では,脱窒細菌の機能遺伝子の挙動を基質の変化と比較し,基質と遺伝子の関係を定性的に説明することができた。これは本研究で確立したnir遺伝子を標的とした手法が有用であったことを示す結果であった。また各手法により検出した多くの遺伝子については,その塩基配列を解読した。しかしながらnir遺伝子のデータベースの貧弱さにより,特徴的な挙動を示す遺伝子の配列の多くが,系統的な分類を予測できない情報となってしまった。nir遺伝子の解析より得られた配列情報を有用なものとするためには,今後徹底的な脱窒細菌単離株の遺伝子配列の解読,およびデータベースの構築が今後の課題であると言える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、排水からの生物学的窒素除去プロセスに関する基礎研究として位置づけられる。排水処理においてもっとも広く利用されている活性汚泥法では,好気条件下でのアンモニアの硝酸への酸化(硝化)と、嫌気条件下での硝酸の窒素ガスへの還元(脱窒)という微生物による酸化還元反応を利用して,排水中の窒素分を大気中へと除去する。その中の脱窒過程に関与する細菌群(脱窒細菌)の群集構造を、近年発展の著しい分子生物学的な手法を用いて解析したものである。

本論文は8章からなる。第1章は「はじめに」であり、本研究の背景を述べている。

第2章は「既往の研究」であり、本研究の前提となる既存の知見についての文献レビューの結果をまとめている。とくに、窒素除去に関わる遺伝子のうち本研究で対象とした亜硝酸還元酵素(nir)遺伝子に関する既存の情報を整理し、さらに、細菌群集構造を解析するための分子生物学的手法について本研究で用いたPCR-DGGE(Polymerase Chain Reaction - Denaturing Gradient Gel Electrophoresis)法、および、T-RFLP (Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism)法を中心に現状を解説している。

第3章は「研究の目的と論文の構成」であり、第1、2章を受けて、活性汚泥中の脱窒細菌群集構造の解析のためにnir遺伝子を標的とした手法を確立し、群集構造と活性汚泥プロセスの運転条件との関連を考察するという本研究の目的を記述し、また論文の構成を説明している。

第4章は「脱窒細菌群集解析手法の検討」である。Nir遺伝子には,機能は同じだが構造の全く異なる2種類の遺伝子、nirKとnirSが存在する。本研究では, nirS遺伝子に対してはDGGE法とT-RFLP法,nirK遺伝子に対しては,T-RFLP法を用いた群集解析手法を新たに確立している。

第5章は「微生物群集解析の実験手法」であり、具体的な実験操作手順について記述している。

第6章は「製鉄所廃水(安水)処理実験プラントの脱窒細菌群集解析」と題し、第4章でで確立した手法を用いて、製鉄所排水(安水)を処理する活性汚泥中の脱窒細菌群集の解析をおこなった結果を記述している。ある製鉄所内で運転されていた硝化脱窒型活性汚泥法のパイロットプラントおよび室内実験プラントを対象にして、安水中の特殊な基質(フェノール,チオシアン,チオ硫酸)と各nir遺伝子との因果関係を示すための解析をおこなった。その結果、脱窒条件下でのみフェノールを分解する単離株について報告のある Azoarcus, Thauera 属のnirS遺伝子に近縁な配列がパイロットプラントにおいて存在することを示した。また、室内プラントの解析では、各基質の添加条件に対応した各nir遺伝子の変動を検出し、基質と遺伝子の因果関係を定性的に示す詳細な結果をまとめることができた。

第7章は「実験室規模脱窒リアクターの脱窒群集最近群集解析」と題し、酢酸を主な電子供与体とした人工下水を処理する実験室規模の脱窒リアクターの活性汚泥群集解析をおこなった結果を述べている。とくに亜硝酸を電子受容体とする脱窒をおこなう群集の特性を解析した。nirS遺伝子解析において,DGGE法とT-RFLP法を併用した結果,T-RFLP法は系統樹のクラスター単位での解析を行う際に有用であり,DGGE法はクラスター内の個々の遺伝子解析において有用である結果が得られた。一方nirK遺伝子解析においては,T-RFLP法による遺伝子単位での解析が可能であった。また16SrDNAとnir遺伝子の解析結果からは,nirの解析のほうが,群集構造の細部を解析できる可能性を示唆している。さらに、16SrDNAおよびnir遺伝子の挙動を比較解析した結果として、NO2-利用能に優れた細菌由来の遺伝子の候補として,多数の配列情報を得ることができた。またその一部はThauera, Flavobacteria, Aquaspirillum の細菌の遺伝子に近縁であることも分かった。

第8章は「総括」であり、以上の研究から得られた成果をまとめ、今後の展望について記している。

以上、本論文は、これまで系統的な研究の少なかった脱窒細菌の群集構造解析に新たな手法を提案するとともに、製鉄所排水処理プロセスの解析や亜硝酸型の脱窒細菌群集の特性評価にその手法を応用して有用性を示した。その成果は、環境浄化技術としての生物学的窒素除去プロセスの発展と体系化に重要な基礎を与えており、環境学の発展に大きく寄与するものである。

なお、本論文の第4,6,7章は、味埜俊、佐藤弘泰、栗栖太、三木理、伊藤公夫、山崎恵美との共同研究であるが、それぞれの分担は明確に定義されており、脱窒細菌群集解析に関わる本論文の内容については基本的に論文提出者が実施し、分析、検証をおこなったものである。論文提出者の寄与は十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク