学位論文要旨



No 119433
著者(漢字) 村山,麻子
著者(英字)
著者(カナ) ムラヤマ,アサコ
標題(和) C型肝炎ウイルスコア蛋白質による宿主細胞の核内輸送系の攪乱
標題(洋)
報告番号 119433
報告番号 甲19433
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1094号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

序論

C 型肝炎は肝硬変や肝細胞癌といった重篤な症状に進行するウイルス性肝炎であり、その病原体は C 型肝炎ウイルス (hepatitis C virus : HCV) である。HCV はフラビウイルス科に属し、約 9500 塩基からなる一本のプラス鎖 RNA をゲノムとして持ち、そのRNA は約 3000 アミノ酸からなる一つの蛋白質前駆体をコードしている。この前駆体は宿主のシグナルペプチダーゼおよびウイルスのプロテアーゼにより切断されて、少なくとも10個の HCV 蛋白質が作り出される。HCV のコア蛋白質はウイルス粒子構成成分であり、その N 末端側に3つの核移行シグナル (NLS) 様配列を持つ。また、C末端側には 疎水性アミノ酸に富んだ領域を持ち、前駆体蛋白質の合成の際に小胞体 (ER) へ運ばれ、ER膜上で宿主のシグナルペプチダーゼにより前駆体から切り離される。さらに、ER膜上で宿主のシグナルペプチドペプチダーゼによりC末端側の膜貫通領域の内部で切断され、成熟したコア蛋白質 (p21) となる。コア蛋白質を動物細胞で発現させると、細胞質に網状に局在することから、ERに局在化していると考えられている。また、HCV コア蛋白質は出芽酵母内でも動物細胞内と同様の局在を示すため、動物細胞内と核−細胞質間輸送系が類似している出芽酵母をモデル系として用いた分子遺伝学的研究が行われ、C末端領域を欠損させたコア蛋白質は出芽酵母内では核内輸送受容体の一つである Kap 123pにより核内輸送されることが明らかとなっている。また、出芽酵母の転写因子の一つである Yap1p の核内輸送を HCV コア蛋白質が阻害することも明らかとなっており、出芽酵母内では、HCV コア蛋白質が核−細胞質間輸送を乱していることが示唆された。そのことから、動物細胞内でもコア蛋白質は同様の核内輸送阻害を起こすことが予想された。そこで本研究では、動物細胞内でコア蛋白質が宿主細胞の核−細胞質間輸送に及ぼす影響を明らかにすることを目的とし、コア蛋白質内部に存在する NLS 様配列に着目して、コア蛋白質と核−細胞質間輸送受容体との相互作用を検討した。

C型肝炎ウイルス コア蛋白質 (C末端欠損変異体) の核内輸送に必要な領域の決定

HCV コア蛋白質のN末端に存在する3つの塩基性アミノ酸に富んだ NLS 様配列のうち、核内輸送を担うのはどの領域なのかを調べるために、動物細胞内でC末端領域欠損コア蛋白質および、各 NLS 様配列欠損コア蛋白質を EGFPに融合して発現させ、その局在を観察した (Fig. 1)。その結果、3つの NLS 様配列のうち、少なくとも2つがあれば核局在するが、NLS 様配列が一つだけでは NLS として機能しないことが明らかとなった。

C型肝炎ウイルス コア蛋白質のN末端領域核内輸送受容体との結合

一般に、分子の細胞質から核内への輸送、すなわち核内輸送は、NLS を持つ分子が細胞質において核内輸送受容体に結合し、その受容体との複合体として核内に運ばれる過程である。動物細胞において、核−細胞質間輸送受容体は Importin βファミリー核−細胞質間輸送受容体と、Importin βとヘテロダイマーを形成して機能する Importin αファミリー核−細胞質間輸送受容体が知られている。そのうち、核内輸送に関わる可能性があるImportin βファミリー核−細胞質間輸送受容体と Importin αファミリー核−細胞質間輸送受容体について、293細胞でそれぞれの受容体に FLAG タグを付加して強制発現させた細胞抽出液と GST 融合 HCV コア蛋白質C末端領域欠損変異体 (GST-core75) を用いた GST pull down assay を行った (Fig. 2)。その結果、すべての Importin αファミリー核−細胞質間輸送受容体と、いくつかのImportin βファミリー核−細胞質間輸送受容体が GST-core75に結合することが明らかとなった。HeLa 細胞 S100 ライセートを用いて GST pull down assay を行った結果、GST-core75 は内在の核内輸送受容体にも結合することが明らかになった。また、核移行能のある core75、core55 は内在の核内輸送受容体に結合したが、核移行能を失った core27 は核内輸送受容体との結合能も失っていた。精製した Importin αおよび Importin βと GST-core75を用いた GST pull down assay を行った結果、HCV コア蛋白質N末端領域と核内輸送受容体は直接結合することが明らかになった。

C型肝炎ウイルス コア蛋白質のN末端領域による古典的 NLS の核内輸送阻害

Importinα/Importin βヘテロダイマーにより核内輸送される NLS として、SV40 ラージT抗原の NLS に代表される塩基性アミノ酸に富んだ古典的 NLS が知られている。コア蛋白質のN末端領域がImportin α、Importin βともに結合することから、コア蛋白質のN末端領域が古典的 NLS の核内輸送に影響を及ぼす可能性が考えられた。そこで、SV40 ラージT抗原の NLS を輸送基質として用いたトランスポートアッセイを行い、コア蛋白質による影響を観察した (Fig. 3)。その結果、GST-core75 を加えた場合のみ、核内に蓄積するGST-NLS-GFP が減少した。これは、GST-core75 存在下でのみGST-NLS-GFP の核内輸送が阻害されたことを意味している。

C型肝炎ウイルス コア蛋白質のN末端領域は古典的 NLS と核内輸送受容体との結合を阻害する

トランスポートアッセイにおいて観察された HCV コア蛋白質のN末端領域による古典的 NLS の核内輸送の阻害のメカニズムを明らかにするために、in vitro における核内輸送受容体と古典的 NLS との結合を HCV コア蛋白質のN末端領域が阻害するか検討した(Fig. 4A)。GST を加えても、結合する GST-NLS-GFP の量に変化は見られなかったが、HCV コア蛋白質のN末端領域存在下では、濃度依存的に古典的 NLS と核内輸送受容体の結合が阻害された (Fig. 4B)。以上の結果より、HCV コア蛋白質のN末端領域による古典的 NLS の核内輸送の阻害は、HCV コア蛋白質により古典的 NLS と核内輸送受容体の結合が阻害された結果起こることが示唆された。

C型肝炎ウイルス コア蛋白質による宿主蛋白質の核内輸送阻害のモデル

通常の細胞内では、蛋白質は、あるものは恒常的に、あるものは細胞内シグナルに応答して、細胞質に豊富に存在する核内輸送受容体を利用して核内に輸送され、そこで機能を発揮することで、細胞の代謝機能を正常に保っている。しかし、コア蛋白質が存在すると、一部の核−細胞質間輸送受容体はER膜上に局在しているコア蛋白質と、そのN末端領域に存在する NLS 様配列を介して結合すると考えられる (Fig. 5)。つまり、細胞質に可溶性成分として存在する核−細胞質間輸送受容体の絶対量が減少し、様々な蛋白質の核内輸送の効率が低下すると考えられる。その結果、核局在化が不十分になり、十分に機能を発揮できなくなる蛋白質が出てくることが考えられる。つまり、このようなコア蛋白質による核内輸送系の撹乱が、HCV 感染による細胞障害性や、その後の病原性発現の原因の一端を担っていると考えられる。

結論

HCV コア蛋白質のN末端領域には3つの NLS 様配列があるが、実際に核内輸送が行われるためにはそのうちの少なくとも2つが必要であった。

核移行能を持つ HCV コア蛋白質のN末端領域と結合する動物細胞内の核−細胞質間輸送受容体を探索したところ、Importin α、Importin βを始めとして多くの核−細胞質間輸送受容体と結合した。

核移行能を持つ HCV コア蛋白質のN末端領域は内在の核内輸送受容体とも結合した。

HCV コア蛋白質のN末端領域 NLS 様配列欠損変異体の核移行能は核−細胞質間輸送受容体との結合能と一致していた。核移行能を持つ HCV コア蛋白質のN末端領域と核内輸送受容体との結合は直接結合であった。

核移行能を持つ HCV コア蛋白質のN末端領域は古典的 NLS の核内輸送を阻害した。

核移行能を持つ HCV コア蛋白質のN末端領域は古典的 NLS と核内輸送受容体との結合を阻害した。

実際の細胞内では HCV コア蛋白質は ER 膜上に局在しているため、核内輸送受容体の一部を ER 膜上に保持し、量を減少させることで、宿主細胞内の核内輸送系を撹乱していると考えられる

EGFP融合HCVコア蛋白質(C末端欠損変異体)の細胞内局在

HCVコア蛋白質N末端領域と結合する核一細胞間輸送受容体の探索(GST-pull down assay)

セミインタクト細胞を用いたHCVコア蛋白質による古典的NLSの核内輸送の阻害の観察

古典的NLSと核内輸送受容体のin vitro における結合をHCVコア蛋白質のN末端領域が阻害する

HCVコア蛋白質による宿主細胞蛋白質の核内輸送の阻害のモデル

審査要旨 要旨を表示する

C型肝炎ウイルス(HCV)は、C型肝炎の病因であり、フラビウイルス科に属するエンベロープウイルスである。感染者の多くが慢性肝炎となり、その後高い割合で肝硬変や肝細胞癌へ移行することが知られている。HCVは、がん遺伝子を持たないウイルスであるが、HCVの遺伝子産物の一つであるコア蛋白質を発現するトランスジェニックマウスは、肝細胞癌を発症することから、コア蛋白質がHCV病原性発現の中心的役割を担うと考えられている。

HCVコア蛋白質は、N末端側に3つの核移行シグナル(NLS)様配列を持ち、C末端側には疎水性アミノ酸に富んだ領域を持っている。動物細胞では前駆体蛋白質の合成の際に小胞体(ER)に運ばれ、ER膜上で宿主のシグナルペプチダーゼにより前駆体から切り離される。さらに、ER膜上で宿主のシグナルペプチドペプチダーゼによりC末端側の膜貫通領域の内部で切断され、成熟したコアタンパク質(p21)となる。この成熟コア蛋白質は、主にERに局在している。

HCVコア蛋白質は、出芽酵母でも動物細胞同様の局在を示し、核内輸送受容体の一つであるKap123pと相互作用すること、また出芽酵母の転写因子の一つである Yap1p の核内輸送を阻害することも明らかとなっている。この出芽酵母での結果は、HCVコア蛋白質が動物細胞においても核内輸送受容体と相互作用し、核-細胞質間輸送を撹乱している可能性を示唆している。本研究は、HCVコア蛋白質の動物細胞内における核-細胞質間輸送への影響を明らかにすることを目的として行われた。

まず、HCVコア蛋白質のN末端側に存在する3つのNLS様配列に着目し、N末端側領域のみ持つコア蛋白質変異体に対する核内輸送受容体の認識を、コア蛋白質変異体の核内輸送現象を指標に検討し、3つのNLS様配列のうち、少なくとも2つが存在すれば核局在するが、1つだけではNLSとして機能しないことを明らかにした。

次に、コア蛋白質の3つのNLSを含むN末端側領域と相互作用する核-細胞質間輸送受容体を5種類のImportin αファミリー分子と 12 種類のImportin βファミリー分子を使用し、GST-pull down assayを用いて探索した。その結果、すべてのImportin αファミリー分子と多くの(8種類)Importin βファミリー分子と相互作用することが示唆された。これらのうち、精製したImportin αおよびImportin βを使用することにより、核-細胞質間輸送受容体は、HCVコア蛋白質N末端領域と直接結合することを明らかにした。この結果は、Importin α/Importin βヘテロダイマーにより核内輸送されることが明らかになっているSV40ラージT抗原のNLSに代表される古典的NLSを持つ分子の核内輸送が、HCVコア蛋白質による影響を受ける可能性を示唆した。

そこで、ジキトニンで処理したセミインタクト細胞系を使用した核内輸送系を作製し、HCVコア蛋白質N末端領域とSV40ラージT抗原NLSのImportin α/Importin βヘテロダイマーへの結合の競合性を調べた。その結果、SV40ラージT抗原NLSの核内輸送がHCVコア蛋白質N末端側領域の添加により阻害されることを示した。さらに、精製したImportin α5とSV40ラージT抗原NLSとの結合をコア蛋白質のN末端領域が試験管内でも効率良く阻害することを示した。

以上の結果は、HCV コア蛋白質が核-細胞質間輸送受容体と相互作用し、核タンパク質の核内輸送を撹乱しているという考えを強く支持するものであり、HCV 感染病態の理解にとって大きく貢献する研究結果である。よって博士(薬学)の学位論文に値すると判定した。

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