学位論文要旨



No 119410
著者(漢字) 梶保,博昭
著者(英字)
著者(カナ) カジホ,ヒロアキ
標題(和) 小胞輸送の初期過程に介在するRab5結合蛋白質RINファミリーの機能解析
標題(洋)
報告番号 119410
報告番号 甲19410
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1071号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

細胞内環境の恒常性を保つために、細胞はエンドサイトーシスとエキソサイトーシスという小胞輸送を介して外界との物質交換をおこなっている。このうちエンドサイトーシスは細胞外物質の取り込みだけではなく、受容体刺激に伴う細胞内へのシグナル伝達や受容体の脱感作など、様々な局面において重要な役割を果たしている。エンドサイトーシス経路に関わる様々な細胞内小器官は互いに膜小胞による輸送経路によって結ばれており、多種多様の低分子量G 蛋白質Rab ファミリーによってこれら輸送経路が時間・空間的に制御されている。エンドサイトーシス経路にはエンドサイトーシスの初期段階(細胞表層から初期エンドソームまでの輸送経路)は、形質膜におけるクラスリン被覆小胞の出芽、小胞の初期エンドソームへの輸送、そしてエンドソームとの融合という3 つのステップに分けられるが、このいずれにも低分子量G 蛋白質Rab5 が必須の役割を果たしている。このうち初期エンドソームの融合過程は、Rab5 に対するいくつかの標的因子やグアニンヌクレオチド交換因子(GEF) の同定によってその詳細が明らかにされつつあるが、出芽や輸送段階での分子基盤は未解明である(図1)。そこで、私はまずRab5 相互作用因子の探索を行いRIN2, RIN3 を新たに単離・同定した。RIN2, RIN3 はH-Ras と相互作用するRIN1と全長にわたって高い相同性を有し、SH2 ドメイン、Pro に富むSH3 ドメイン結合領域、Rab5のGEF に保存されたVps9 ドメイン、Ras に結合し得るドメインなど、様々なシグナル関連ドメインを有するユニークな蛋白質群である。本研究において私は、独自に同定したRIN ファミリーの機能解析を進め、初期エンドサイトーシスの輸送段階に介在する分子基盤についての考察を加えた。

【結果】

RIN2, RIN3 の生化学的特性

まず、RIN2, RIN3 がもつVps9 ドメインに注目し、RIN2, RIN3 のRab5 に対するGEF 活性の有無を検討した。バキュロウイルスシステムにより精製したRIN2,RIN3 を用いRab5 に対するGDP 解離活性とGTPγS 結合活性を検討したところ、RIN2, RIN3 の添加によりそれぞれの活性が有意に促進された(図2)。すなわち、RIN2, RIN3 はRab5 のGEF として機能することが明らかにされた。

次にRab5 とRIN2, RIN3 の結合に対してGDP/GTP による影響があるかを検討した。方法としては、予めGDP 型、GTP 型に固定したRab5 とリコンビナント体Flag-RIN2, RIN3 との結合を比較した。通常GEF はGDP 型のG 蛋白質のみに結合しGDP を解離させGTP を結合させる役割を担うが、RIN2, RIN3 はGDP 型およびGTP 型Rab5 に結合し、さらにGTP 型Rab5 により強い結合活性を示した。この結果はRIN2, RIN3 がGEF としてGTP 型Rab5 を生成し、さらにGTP 型Rab5 を安定化させる因子としても機能し得ることを示唆している。

RIN ファミリーの細胞内局在

RIN ファミリーの細胞内における局在を検討するため、RFP (Red Fluorescence Protein)を融合したRIN1, RIN2, RIN3 をHeLa 細胞内に発現させ共焦点顕微鏡により観察したところ、RIN2,RIN3 は小胞状に局在したがRIN1 は細胞質中に広く分布した。また、Rab5 と結合しないRIN3 のC 末端欠損変異体は小胞状の局在を示さなかった。また、Rab5 の野生型、活性化型変異体、不活性化型変異体の全てがRIN3 陽性小胞と共局在し、その陽性小胞数が野生型、活性化型変異体の発現時に亢進された。この結果はin vitro での結合実験においてRIN3 がGTP 型Rab5 とより強い結合活性を示したことと相関性があり、RIN2, RIN3 の小胞状の局在にはRab5 との結合が必要である可能性が示された。次に、エンドサイトーシスに介在する様々なRab メンバー(Rab4, 5, 7,9, 11)とRIN3 を共発現するとRab5 のみがRIN3 陽性小胞と共局在した。この小胞を同定するために、RFP-RIN3 を発現させたHeLa 細胞を抗Rab5 抗体、および初期エンドソームのマーカー因子である抗EEA1 抗体により免疫染色した結果、RIN3 陽性小胞はRab5 の一部と共局在したがEEA1とは全く共局在しなかった。したがって、RIN3 が初期エンドソームへの融合段階の前、すなわち輸送段階を制御する因子である可能性が示された。そこでRFP-RIN3 発現細胞における蛍光ラベルしたトランスフェリンの取り込みの経時変化を観察したところ、トランスフェリンの一部がRIN3 陽性小胞を通過していく様子が観察された(図3)。さらに小胞輸送を細胞内で再構成できるsemi-intactの細胞系アッセイを構築し、ビオチン化したトランスフェリンの細胞内への取り込みに対するRIN2, RIN3 の効果を検討した結果、RIN2, RIN3 の添加により取り込みが有意に上昇した。以上の知見から、RIN2,RIN3 は初期エンドソームへの輸送段階を制御する因子であると考えられた。

RIN 結合因子アンフィファイシンII の同定

RIN ファミリーがVps9 ドメイン以外にも様々なドメインを有することから、RIN3 との相互作用分子をさらに探索し、アンフィファイシンII を同定した。アンフィファイシンII はC 末端にSH3 ドメインを有し、ダイナミンやクラスリンなどエンドサイトーシス過程に関与する様々な因子と結合して足場蛋白質として機能する分子である。In vitro での結合実験においてRIN2, RIN3はアンフィファイシンII に結合したが、RIN1 は結合しなかった。さらにRIN2, RIN3 とアンフィファイシンII のそれぞれの結合領域を検討し、RIN2, RIN3 にのみ保存されたPro に富んだ領域とアンフィファイシンII のSH3 ドメインを同定した。

アンフィファイシンII の細胞内局在

次にアンフィファイシンII とRIN3 の細胞内における局在を検討した。GFP-アンフィファイシンII を単独で発現させると細胞質に一様に分布したが、RIN3 との共発現によりRIN3 の形成する小胞へとリクルートされる様子が観察された。また、RIN2, RIN3 との結合ドメインであるSH3ドメインを欠くアンフィファイシンII 変異体がRIN3 と共局在しなかったことから、アンフィファイシンII はRIN3 との結合を介して輸送過程に関与すると考えられた。

Rab5-RIN3-アンフィファイシンII 複合体の形成

最後にRab5, RIN3, アンフィファイシンII が複合体を形成するかを検討した。まずin vitroにおける結合実験を行った。HA-アンフィファイシンII とFlag-RIN3 (or Flag-mock)を共発現したHeLa 細胞の可溶性画分を抗HA 抗体により免疫沈降し、沈降画分をGST-Rab5 と混合後、抗HA, Flag, GST 抗体を用いイムノブロットを行ったところ、Rab5 はRIN3 に依存してアンフィファイシンII と結合した。次にRFP-RIN3,GFP- アンフィファイシンII, YFP(Yellow Fluorescence Protein)-Rab5をHeLa 細胞に共発現させて観察したところ、3 者がRIN3 陽性小胞に共局在した(図4)。これらの結果よりRIN3-アンフィファイシンII-Rab5 が複合体を形成することが明らかにされた。

【まとめ】

本研究で私は、1) RIN2, RIN3 がRab5 のGEF かつGTP 型を安定化する因子として機能すること、2)RIN2, RIN3 が初期エンドサイトーシスの輸送過程を制御する因子であること、3)アンフィファイシンII とRIN2, RIN3 が結合して輸送小胞に局在すること、4) RIN3-アンフィファイシンII-Rab5 が複合体を形成することを明らかにした(図5)。RIN2, RIN3 にはPro に富む配列やVps9 ドメインに加えて、SH2 ドメインやRas様蛋白質に結合しうるドメインが存在することから、受容体刺激によってチロシンリン酸化された蛋白や活性化されたRas 様蛋白質がRIN ファミリーに結合して活性を制御している可能性も考えられる。本研究によるRIN ファミリー分子の同定とそれらの機能解析の結果は、小胞輸送の初期過程に関わる分子基盤の理解にとって重要な知見と考えられる。

低分子量G 蛋白質Rab5 によるエンドサイトーシスの制御メカニズム

RIN2, RIN3 はRab5 のGEF である

トランスフェリンの一部はRIN3 陽性小胞を通って初期エンドソームへと運ばれる

RIN3, アンフィファイシンII, Rab5 は共局在する

Rab5 とRIN ファミリーによって制御される初期エンドソームへの輸送過程の分子モデル

Saito K., Murai J., Kajiho H., Kontani K., Kurosu, H., Katada T. J. Biol. Chem., 277 3412-8(2002)Kajiho H., Saito K., Tsujita K., Kontani K., Araki Y., Kurosu H., Katada T. J. Cell Sci., 116, 4159-68 (2003)
審査要旨 要旨を表示する

細胞はエンドサイトーシスとエキソサイトーシスという小胞輸送系を介して外界との物質交換をおこなっている。このうちエンドサイトーシスは細胞外物質の取り込みに加えて、受容体刺激に伴う細胞内へのシグナル伝達など様々な局面において重要な役割を果たしている。エンドサイトーシスの初期段階は形質膜におけるクラスリン被覆小胞の出芽、初期エンドソームへの輸送、そして融合という3 段階に分けられるが、このいずれにも低分子量G蛋白質Rab5 が必須の役割を果たしている。このうち融合過程の分子機構は明らかにされつつあるが、出芽や輸送段階での分子基盤は未解明である。「小胞輸送の初期過程に介在するRab5 結合蛋白質RIN ファミリーの機能解析」と題する本論文においては、まずRab5 結合因子としてRIN2、RIN3 を新たに単離・同定している。さらにRIN ファミリーの機能について解析を進め、初期エンドサイトーシスの輸送段階に介在する分子基盤について考察を加えている。

RIN2、RIN3の単離とそれらの生化学的性状解析

Rab5 結合蛋白質として単離・同定されたRIN2、RIN3 はH-Ras と相互作用するRIN1と高い相同性を有し、様々なシグナル関連ドメインを有するユニークなファミリーを形成することが示された。RIN2、RIN3 はRab5 の示すGDP 解離活性とGTPγS 結合活性を有意に促進し、Rab5に対するグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)活性を有した。RIN2、RIN3 は、他の多くのG蛋白質に対する通常のGEF とは異なり、GDP 型とGTP 型Rab5の両者に結合し、さらにGTP 型Rab5により高い親和性を示した。この結果はRIN2、RIN3 がGEF としてGTP 型Rab5 を生成し、さらにGTP 型Rab5 を安定化させる因子としても機能し得ることを示唆している。

RIN ファミリーの細胞内局在

RIN ファミリーの細胞内局在を検討するためにRIN1、2、3 をHeLa 細胞に発現させた結果、RIN2、RIN3 は小胞状に局在したがRIN1 は細胞質中に分布した。エンドサイトーシスに介在する様々なRab メンバーとRIN3 を共発現させると、Rab5 のみがRIN3陽性小胞と共局在した。また、RIN2、RIN3 の小胞状の局在はRab5 との結合を必要とした。さらに分子マーカーを用いた免疫染色法によりRIN3 が融合段階ではなく輸送段階を制御する因子である可能性が示された。また、蛍光標識したトランスフェリンの一部は、RIN3 陽性小胞を通過して初期エンドソームに取り込まれる現象が観察された。以上の知見から、RIN3 は初期エンドソームへの輸送段階を制御する因子であると考えられた。

RIN 結合因子としてのアンフィファイシンIIの同定とその細胞内局在

RIN ファミリーがVps9 ドメイン以外にも様々なドメインを有することから、RIN3との相互作用分子をさらに探索し、アンフィファイシンII を同定した。アンフィファイシンII はエンドサイトーシス過程において足場蛋白質として機能する分子である。RIN2、RIN3 はアンフィファイシンII に結合したが、RIN1 は結合しなかった。さらにRIN2、RIN3 とアンフィファイシンII のそれぞれの結合領域として、RIN2、RIN3にのみ保存されたPro に富んだ領域とアンフィファイシンII のSH3 ドメインを同定した。アンフィファイシンIIとRIN3の細胞内局在を検討し、アンフィファイシンIIは単独発現時には細胞質に一様に分布するが、RIN3 との共発現によってRIN3 陽性小胞に局在化することが示された。また、SH3 ドメインを欠くアンフィファイシンII変異体はRIN3 と共局在しなかった。以上から、アンフィファイシンII はRIN3 との結合を介して輸送過程に関与すると考えられた。

Rab5-RIN3-アンフィファイシンII複合体の形成

In vitro における結合実験から、Rab5 はRIN3 に依存してアンフィファイシンIIと結合することが示された。また、RIN3、アンフィファイシンII、Rab5 はHeLa 細胞においてRIN3 陽性小胞上に共局在した。これらの結果よりRIN3-アンフィファイシンII-Rab5 複合体が形成されることが示された。

以上を要するに、本研究は1) RIN2、RIN3 がRab5 のGEF かつGTP 型を安定化する因子として機能すること、2) RIN2、RIN3 が初期エンドサイトーシスの輸送過程を制御する因子であること、3) アンフィファイシンII はRIN2、RIN3 と結合して輸送小胞に局在化されること、さらに、4) RIN3、アンフィファイシンII、及びRab5 が3者の複合体を形成することを明らかにしている。これらRIN ファミリー分子の同定と機能解析に関わる結果は、今後の小胞輸送の初期過程に関わる分子基盤を解明する上で重要な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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