学位論文要旨



No 119404
著者(漢字) 森川,明子
著者(英字)
著者(カナ) モリカワ,アキコ
標題(和) マクロファージガラクトース型C型レクチン(MGL)の新規スプライシングバリアントの同定と精巣における発現解析
標題(洋)
報告番号 119404
報告番号 甲19404
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1065号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 講師 東,伸昭
 東京大学 講師 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

「序」

高等動物細胞に発現するレクチン(糖鎖認識蛋白質)には、異なる起源の遺伝子から進化した多様なものがあり:(1)細胞の相互認識と細胞交通の制御;(2)細胞内外における糖鎖含有分子の移動、処理とクオリティーコントロール;(3)これらに伴う細胞内外の情報の取捨などを主な機能とすると考えられる。糖鎖に対して多様な特異性を有するが多様な糖鎖のすべてに個々に対応するレクチンがあるわけではない。C型レクチンの一つであるMGLに関しては一遺伝子から生じる一種類の産物が主に(1)の機能を持つという仮定の下に検討が加えられてきた。その後、マウスにおいては従来知られていたMGL(MGL1)に相同性の高いMGL2が発見され、糖認識特異性を異にすることが示された。ヒトにおいてはmRNAのレベルでスプライシングバリアントの存在が明らかにされていたが、これらを発現する細胞種に違いがあるわけではなく、蛋白質産物の検出はされていなかった。そこで私はマウスを対象にMGLのバリアントの機能的な多様性と分布の特性の解明を目指した。具体的には、Mgl2遺伝子欠損マウスの作製を試み、Mgl遺伝子の新規スプライシングバリアントの同定を行った。mRNAレベルと蛋白レベルでのスプライシングバリアント特異的な検出の系の確立を試み、精巣における発現解析を行った。

「方法と結果」

Mgl2遺伝子欠損マウスの作製

Mgl2遺伝子産物が担っている機能を明らかにする事を目的とし、ジーンターゲティング法を用いてMgl2遺伝子の開始コドンを削除することによりMgl2遺伝子欠損マウスの作製を試みた。PCRスクリーニングが可能なTargeting vector ver.1とサザンブロットでのスクリーニングのみ可能なTargeting vector ver.2を作製した(Fig.1A)。発生細胞化学教室との共同研究により、ES細胞株E14を用いて、ES組換え体の取得を行った。ver.2を用いた、エレクトロポレーションにより4個の組換え体ES細胞クローンを取得した。現在、8匹のキメラマウスが得られており、それらの掛け合わせによる生殖系伝達の検定中である。

新規MGLスプライシングバリアントの同定と分布の解析

新規MGLスプライシングバリアントの同定

MGL1とMGL2の多様なプライマーを用いたRT-PCR産物のスプライシングパターンからエキソン8が含まれている可能性が高いことを予測し、エキソン8を起点とした3'-RACEと5'-RACE法とRT-PCR法を用いてスプライシングバリアントの同定を行った。MGL1とMGL2において、転写開始点がエキソン6と7の間のイントロンに存在するバリアントを検出した。MGL1のバリアントをMGL1v3、MGL2のバリアントをMGL2v5と命名した。すでに報告のある膜貫通型蛋白のMGLと異なり、細胞内と膜貫通ドメインを欠いており、ネックドメインの途中から始まりCRDを持つ構造であることが予測された。また、MGL2では、さらにCRD領域に挿入のあるタイプのバリアントMGL2v6を検出した。

スプライシングバリアント特異的な検出系の確立:mRNA検出とバリアントの組織分布

バリアント特異的な領域にプライマーを設計し、RT-PCR法によるスプライシングバリアントの臓器分布を解析した。ESTデータベースに登録されていたMGLスプライシングバリアントと考えられたMGL2v2は、MGL1とMGL2と同様に広い組織分布を示した。一方、精巣で検出された新規のスプライシングバリアントでは、MGL1v3は限られた組織(大脳、小脳、心臓、小腸[遠位]、盲腸、大腸、卵巣、精巣、脾臓、リンパ節、皮膚)に発現が見られたのに対し、MGL2v5は胸腺以外のほとんどの組織で発現が確認された。MGL2v6由来と考えられるサイズのバンドはMGL2v5よりも少ない組織(大脳、小脳、心臓、肺、肝臓、精巣、脾臓、リンパ節)で検出された。

スプライシングバリアント特異的な検出系の確立:蛋白質検出系の確立

MGL1と2それぞれのバリアント特異的な領域の4箇所からペプチド配列を5種類を選出しFmoc法により合成し、免疫原としポリクローナル抗体の作製を行った。動物細胞発現系によりMGL1v3、MGL2v5とMGL2v6の動物細胞と大腸菌の発現ベクター(pCMV-Tag4c と pET-21a(+))を作製し、既存の発現ベクターも含めて動物発現系と大腸菌発現系でのスプライシングバリアントのタンパク質の発現を試みた。動物細胞発現系としてCOS-1MGL 一過性トランスフェクタント細胞の作製を試みたところ、MGL1, MGL2, MGL2v2 でのみタンパク質の発現が確認出来た。一方、大腸菌発現系では、リコンビナントMGL(MGL1v3, MGL2v5, MGL2v6)が発現する事が確認出来た。COS-1MGL一過性トランスフェクタント細胞可溶化物とリコンビナントMGLを発現する大腸菌の可溶化物を用いて、抗リコンビナントMGL1ポリクローナル抗体と抗ペプチド抗体のMGLバリアントへの結合性についてウエスタンブロット法にて検討した。バリアント特異的な領域の4箇所のペプチド配列について作製したポリクローナル抗体全てにおいて、検出が可能であることが確認出来た。

精巣におけるMGL1及び2さらにそれらのスプライシングバリアントの発現解析

MGL1v3、MGL2v5、及びMGL2v6の何れにも比較的強い発現のみられた精巣を対象に、さらに解析を行った。

抗MGLモノクローナル抗体による発現解析

MGL1特異的なモノクローナル抗体LOM-8.7とMGL2特異的なモノクローナル抗体URA-1による組織染色により、精巣と精巣上体でのMGL陽性細胞の分布を調べた。LOM-8.7とURA-1による精巣と精巣上体の組織染色の結果、精巣のマクロファージ、精細管内の精子形成細胞、精巣上体の間質のマクロファージと管腔内の精子の塊に抗体の結合が観察された。そこで、生殖細胞に発現するバリアントの発現ステージを成体マウスと思春期のマウスを用いて検討した。LOM-8.7による組織染色の結果ではステップ7以降の精細胞で染色像が観察されたのに対し、URA-1ではステップ7からステップ9の精細胞で染色像が観察され、ステップ9の後半より染色像が観察されなくなった。しかし、LOM-8.7とURA-1の両方で精細管内腔へ放出される直前の精子の鞭毛断面で染色が観察され、精巣上体の精子でも染色像が観察された。思春期のマウスを用いた結果、精細管内では、生後29日目以降のマウスでMGL陽性細胞が観察された事から、円形の精細胞よりも前のステップの精細胞では、MGLが発現しないことが確認出来た。

抗MGL2v5&2v6 N末端ペプチド抗体による発現解析

連続しないステップの精細胞がURA-1により染色された事から、MGL2のバリアントがいずれかのステップに発現している可能性があると考え、抗MGL2v5&2v6 N末端ペプチド抗体による組織染色を行った。精巣において、精細管内の精子形成細胞の精母細胞がanti-MGL2v5&2v6 N末端ペプチド抗体により染色された。この抗体は減数分裂前期の一次精母細胞の合糸期(zygotene)に核内出現してきたに細い糸状の構造に結合した厚糸期(pachytene)では、染色分体と平行して走る構造物を染色していることから、抗体の結合部位はシナプトネマ構造に局在することが示唆された。複糸期(diplotene)で、待ち針状の染色像となり移動期(diakinesis)では粒状に局在した。減数分裂中期の染色体の赤道面への配列像が観察される細胞では、粒状の抗体結合部位は染色体から離れ細胞質全体に拡散し、二次精母細胞では短いヒモ状の染色像が観察された。核に局在する事から、精巣の核抽出物を用た抗MGL2 C末端ペプチド抗体によるウエスタンブロットを行ったところ、MGL2v5とMGL2v6に相当する分子量にバンドが検出された。

精子形成細胞におけるMGLバリアントの発現解析

一次精母細胞厚糸期(pachytene)と精細胞(spermatid)のcDNAライブラリーを用いたPCRの結果、MGL1v3が一次精母細胞厚糸期と精細胞(spermatid)に、MGL2v6が一次精母細胞厚糸期の精子形成細胞にmRNAレベルでの発現が確認された。抗MGL2v5&2v6 N末端ペプチド抗体によるによる組織染色での染色像はMGL2v6の分布を示していると考えられた。また、MGL1の発現は見られなかったことから全長MGL1特異的な抗体LOM-8.7により染色された精細胞の染色はMGL1v3によるものであると示唆された。

「まとめ」

本研究において私は、Mgl2遺伝子欠損マウスの作製を試み、組み換えES細胞を得た。Mgl遺伝子のスプライシングバリアントMGL1v3、MGL2v5とMGL2v6を同定し、これらの検出法を確立した。抗MGLモノクローナル抗体による染色の結果、精子形成細胞と精子の鞭毛に染色部位を確認した。抗MGL2v5&2v6 N末端ペプチド抗体による精巣の組織染色を行った結果、これらのバリアントがシナプトネマ構造に局在することを明らかにした。精子形成細胞の一次精母細胞厚糸期(pachytene)のcDNAライブラリーにMGL2v6が検出されたことから、 シナプトネマ構造に局在した染色像はMGL2v6の分布を示していると考えられた。

本研究により、本来はマクロファージとその類縁細胞に主に発現していると考えられていたMGL及び、そのスプライシングバリアントが精子形成細胞においてユニークな分布を示すことが明らかとなった。減数分裂装置におけるレクチンの存在を示した最初の報告であり、減数分裂における糖鎖認識の重要性を提案できると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

「マクロファージガラクトース型C 型レクチン(MGL)の新規スプライシングバリアントの同定と精巣における発現解析」と題する本研究は、真核生物、特に高等動物の細胞に発現する糖鎖認識分子(レクチン)の内で、カルシウムイオンに依存的ないわゆるC 型レクチン構造と機能の多様性に関する研究である。生体分子としての糖鎖の特徴はその構造が多様であることである。しかし糖鎖の機能が、糖鎖認識分子であるレクチンに依存しているとすると、限られた数の遺伝子の産物であるレクチンに対応する以上の種類の糖鎖が存在する生物学的な意味が問われることになる。この疑問に対する答えは一つではないが、mRNA のスプライシングによって多様な遺伝子産物が作られるという可能性は大きい。スプラシングバリアント及び相同性の高い複数の遺伝子(マウスMGL の場合MGL1とMGL2)の産物によるヘテロオリゴマーの形成によって、高度の多様性が確保できると考えられる。しかし、従来レクチン遺伝子のスプライシングバリアントが実際に蛋白質として発現ししかも異なる機能を持つという可能性に関して、確固たる証明がなかった。学位申請者はマクロファージの及び樹状細胞に発現する主要な2型膜貫通型のC 型レクチンであるマクロファージガラクトース型C 型レクチン(MGL)のバリアントの機能的な多様性と分布の特性の解明を目指し、ユニークな発見をした。すなわち、マウスにおいて、精巣の精原細胞におけるMGL スプライシングバリアント蛋白質の発現を初めて示し、その細胞内分布に際立った特徴があることを示した。本論文では、この発見の内容とそこに至る経緯が述べられている。本論文は三つの章からなり、Mgl2 遺伝子欠損マウスの作製、新規MGL スプライシングバリアントの同定と分布の解析、精巣におけるMGL1 及び2 さらにそれらのスプライシングバリアントの発現解析がそれぞれのタイトルである。

第一章Mgl2 の遺伝子欠損マウスの作製では、マウスMGL における第二の遺伝子であるMgl2 遺伝子の産物が担っている機能を明らかにする事を目的とし、ジーンターゲティング法を用いてMgl2 遺伝子の開始コドンを削除することによりMgl2 遺伝子欠損マウスの作製に関する研究が述べられている。PCR スクリーニングが可能なTargetingvector とサザンブロットでのスクリーニングのみ可能なTargetingvector を作製した。組換え体ES 細胞クローンを取得し、キメラマウスが得られたことが述べられている。

第二章、新規MGL スプライシングバリアントの同定と分布の解析では、MGL1 とMGL2において、転写開始点がエキソン6 と7 の間のイントロンに存在する新しいスプライシングバリアントの検出に成功したことがまず述べられている。膜貫通型蛋白であるMGL と異なり、細胞内と膜貫通ドメインを欠いてネックドメインの途中から始まりCRD を持つ構造であるMGL1 のバリアントMGL1v3、MGL2 のバリアントMGL2v5 及びMGL2v6 である。MGL2v6 はCRD 領域に挿入があった。mRNA レベルでは、MGL2v2 とMGL2v5 は広い組織分布を示した。一方、MGL1v3 は大脳、小脳、心臓、小腸[遠位]、盲腸、大腸、卵巣、精巣、脾臓、リンパ節、皮膚に発現が見られたのに対し、MGL2v6 由来と考えられるサイズのバンドは大脳、小脳、心臓、肺、肝臓、精巣、脾臓、リンパ節で検出された。バリアント特異的な領域の4 箇所からペプチド配列5 種類を合成し、免疫原としてポリクローナル抗体の作製を行った。動物発現系と大腸菌発現系でのスプライシングバリアントのタンパク質を発現させ、抗リコンビナントMGL1 ポリクローナル抗体と抗ペプチド抗体がMGL バリアントに結合することをウエスタンブロット法にて証明した。

第三章、精巣におけるMGL1 及び2 さらにそれらのスプライシングバリアントの発現解析、では、MGL1v3、MGL2v5、及びMGL2v6 の何れに関しても比較的強い発現のみられた精巣を対象に、主に免疫組織化学的な方法でこれらのmRNA の発現状態と蛋白質産物の分布の解析を行った結果が述べられている。先ず、MGL1 特異的なモノクローナル抗体であるLOM-8.7 とMGL2 特異的なモノクローナル抗体であるURA-1 による組織染色により、精細胞成熟のステップについてそれぞれのレクチンの発現が検討された。LOM-8.7 染色像が後期の全ステップに観察されたのに対し、URA-1 ではステップ7 からステップ9 の精細胞で染色像が観察され、その後消失した。MGL2v5 及び2v6 を特異的に認識するポリクローナル抗体による組織染色を行ったところ、精巣において減数分裂前期の一次精母細胞の合糸期(zygotene)に核内出現してきた細い糸状の構造に結合した。厚糸期(pachytene)では、染色分体と並行して走る構造物を染色していることから、抗体の結合部位はシナプトネマ構造に局在することが示唆された。複糸期(diplotene)で、待ち針状の染色像となり移動期(diakinesis)では粒状に局在した。減数分裂中期の染色体の赤道面への配列像が観察される細胞では、粒状の抗体結合部位は染色体から離れ細胞質全体に拡散し、二次精母細胞では短いヒモ状の染色像が観察された。抗体結合部位が核に局在する事から、精巣の核抽出物を材料に別の部位を認識する抗MGL2ポリクローナル抗体によるウエスタンブロッティングを行ったところ、MGL2v5 とMGL2v6 に相当する分子量にバンドが検出された。さらに、一次精母細胞厚糸期(pachytene)と精細胞(spermatid)のcDNA ライブラリーを用いたPCR 分析の結果、MGL2v6 が一次精母細胞厚糸期に発現が確認された。従って、MGL2v5 及び2v6 を特異的に認識するポリクローナル抗体による組織染色での染色像はMGL2v6 の分布を示していることが強く示唆された。

本研究において学位申請者は、マクロファージガラクトース型C 型レクチンの遺伝子及び遺伝子産物の多型とその生物学的な意義を理解するための基礎に関して、極めて正統的なアプローチを行い、重要な知見を得た。すなわち、レクチン遺伝子のスプライシングバリアントが実際に蛋白質として発現していることを初めて示した。さらに、本来はマクロファージとその類縁細胞に主に発現していると考えられていたレクチン及び、そのスプライシングバリアントが精子形成細胞においてユニークな分布を示すことを明らかにした。染色体におけるレクチンの存在を示した最初の報告であり、減数分裂過程への糖鎖認識の重要性を示唆するブレークスルーとして、細胞生物学及び糖鎖生物学の領域において価値の高い研究成果である。よって、本研究を行なった森川明子は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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