学位論文要旨



No 119060
著者(漢字) 永田,智啓
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,トモヒロ
標題(和) Al系正20面体クラスター固体における結合性と熱電特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 119060
報告番号 甲19060
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5792号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 助教授 枝川,圭一
内容要旨 要旨を表示する

Al系正20面体準結晶には、類似組成の結晶合金やアモルファス合金と比べ桁違いに高い電気抵抗率や、それが負の温度依存性を持つといった非金属的(半導体的)な電気物性を示すものがある。非金属的な電気物性の原因は、原子構造の高対称性に起因するFermiレベル近傍の擬ギャップ形成や非周期性に由来する電子局在効果である。また、このような電気物性には局所的な化学結合も深く関与していると考えられており、これまでに、Al系準結晶・近似結晶といった正20面体クラスターを基本構造に持つ物質(Al系正20面体クラスター固体)において、クラスターの中心原子の有無による金属結合-共有結合転換や遷移金属の増加に伴う共有結合性の増加が示されている。非金属的な電気物性や共有結合の存在から、Al系正20面体準結晶は金属と半導体の中間的な物質として位置付けられる。このような性質を有効に利用できる材料の一つとして、熱電変換材料が有望であると考えられる。熱電変換材料の性能は、Seebeck係数、電気伝導率が大きく、熱伝導率が小さい物質で良くなる。金属と半導体の中間的な電気物性を示すAl系正20面体準結晶は、Seebeck係数と電気伝導率が共に大きくなる可能性を持ち、また、熱伝導率は原子構造の準周期性を反映して非常に小さいため、高性能の熱電変換材料が期待される。準結晶を熱電変換材料として実用化する上で、電気物性の制御は重要であるが、上述したような金属結合と共有結合が混在している結合性を制御することで熱電特性が最適化できる可能性があると考えられる。そこで、本研究では、

(1)準結晶・近似結晶の結合性を評価し、電気物性との関係を明らかにすることで、非金属的電気物性の起源についての知見を得る。(2)準結晶の熱電特性を組成の変化に対して系統的に評価し、(1)で得られた知見と併せて、結合性の観点から電気物性の制御機構を解明すると共に、熱電特性向上の指針を得る。以上の2点を目的とした。

Al系正20面体クラスター固体の結合性

準結晶の電気物性の起源を解明する上で、正20面体クラスターやその周囲の構造・結合性を評価することは重要であるが、準結晶は周期性を持たないため、それ自身の構造解析は困難である。そこで、局所構造が類似した近似結晶の原子構造・結合性を評価することが有効であることに着目し、金属的な電気物性を示すAl12Reと、非金属的な電気物性を示すa-AlMnSiおよびa-AlReSi について、最大エントロピー法(MEM)を用いた電子密度分布解析により結合性を評価した。これらの電子密度分布解析結果として、図1、2にそれぞれAl12Reとa-AlReSiの等電子密度面を示す。Al12ReはAl-Re間に弱い結合((a)では見られないが、電子密度が低い(b)で見えるようになる)が見られるが、Al-Al間には全く結合が見られない。一方、a-AlReSiでは図2 (a)に示されるように正20面体クラスターのAl-Al間に明確な共有結合が存在する。このようなAl正20面体クラスターの中心原子の有無による結合性の変化は、これまでに分子軌道計算により予想されている中心原子の有無による金属結合-共有結合転換を支持する結果であり、a-AlMnSiよりa-AlReSiで顕著となった。また、図2 (b)においてもクラスター内のAlとReの明確な共有結合が確認され、バンド計算によって示唆されてきたAl-遷移金属間のp-d軌道混成に対応する結合を実空間像として見出したと言える。ここで見られた共有結合は、半導体において共有結合とギャップとが対応しているように、擬ギャップを形成し、非金属的な電気物性の起源となっていることを指摘した。

AlPdRe準結晶の熱電特性におけるRuの置換効果

AlPdRe準結晶の熱電特性は、組成の僅かな違いにより電気物性が顕著に変化するため、第四元素の添加により大幅に向上する可能性がある。本研究では、AlPdRe準結晶における熱電特性の最も良い組成で、Re原子をRu原子で置換し、その置換量を様々に変化させた試料(仕込み組成:Al71Pd20(Re1-XRuX)9(x=0, 0.4, 0.55, 0.7, 0.85, 1.0))の熱電特性を評価し、熱電特性に及ぼすRu置換の効果を調べた。熱電特性は、一般的に良く用いられる無次元性能指数ZT(=S2sT/k、 S:Seebeck係数、s:電気伝導率、k:熱伝導率、T:温度)を各物性測定から見積もり評価した。電気伝導率とSeebeck係数の測定結果を図3、4に示す。電気伝導率は各試料とも温度と共に単調増加する傾向が見られた。Ru濃度がX=0.4, 0.55の試料で電気伝導率の上昇およびSeebeck係数の高温側へのピークシフトが見られた。X=1.0の試料のみ準結晶相ではなく2/1近似結晶相が生成されたが、準結晶と比べ電気物性に大きな違いが見られた。また、熱伝導率はレーザーフラッシュ法による比熱と熱拡散率の測定により見積もった(図5)。全試料とも温度上昇と共に単調増加しており、準結晶試料では室温において約1W/mKとSiO2のようなアモルファス固体並に小さな値を示し、組成による変化は小さかった。Wiedemann-Franz則に従って熱伝導における格子と電子の寄与を見積もったところ、格子熱伝導の寄与が60〜80%を占めており、組成に依らない原子構造そのものが熱伝導率の低減に寄与していると考えられる。以上の物性測定から見積もった無次元性能指数ZTを図6に示す。Al71Pd20(Re0.45Ru0.55)9の試料において、700K付近で最大約0.15となり、Ru置換により最大で1.5倍の熱電性能の向上が得られた。現在、熱電材料の分野においてZTの目標値は1以上と言われており、本研究で得られた結果はその1/7程度であるが、Seebeck係数の温度依存性が顕著に変化したことや原子構造に起因した非常に低い熱伝導率を有していることから、より詳細な組成変化や異なる第4元素・第5元素の添加などによって熱電特性が更に向上する可能性があることを指摘した。

AlPdReおよびAlPdReRu準結晶における結合性と熱電特性の関係

AlPdRe準結晶におけるRu置換によりZTの向上を見出したが、更なる熱電特性向上を目指すにあたり、これらの特異な電気物性をいかに制御するかが重要になってくる。準結晶の伝導機構には未知の部分があるが、バンド伝導の枠組みで電気物性の解釈を試みるため、遷移金属濃度やRu置換量を系統的に変化させたAlPdRe(Ru)準結晶の電気伝導率とSeebeck係数の測定結果に対して、2バンドモデルを用いた解析を行った。AlPdRe系準結晶の伝導機構は約20Kより高温において、キャリアの熱励起が支配的であると考えられているので、電気伝導率は、移動度mの温度変化を無視し、キャリア濃度nの温度依存性がべき乗に従うことを仮定し、〓(第一項のμの下付から0を削除した)の式を用いた。一方、Seebeck係数の温度依存性は、Mottの公式を2バンドモデルに適用した、〓を用いて解析を行った。ここでm*は有効質量、tは緩和時間を表す。

解析により得られたパラメータをZTの最大値(ZTmax)と共に図7、8に示す。ここで注目されるのは、有効質量がZTmaxと振る舞いが最も類似しており、熱電特性と密接な関係があると考えられることである。準結晶は強いクラスター内共有結合の存在するMackay正20面体クラスターとクラスターと比較的弱い結合をしているglue原子によって構成されていることから、分子性固体と共有結合ネットワークの中間的な状況であると考え、この有効質量の振る舞いを解釈した(図9)。分子性固体の場合から出発すると、クラスター間の相互作用(共有結合性)が強まるとバンドが広がり有効質量が減少する。また、クラスター内の相互作用が弱まる(自由電子的になっていく)場合も有効質量は減少すると考えられる。AlPdReでは遷移金属濃度の増加に伴い共有結合性は増加することがこれまでに示唆されており、まず、初めに遷移金属の数がクラスター内で増大し結合を強め(図中A→B)、その後、クラスター間のサイトで増大し結合を強める(図中B→C)。一方、AlPdReRuではRu置換量増加に伴い金属結合性が増加することを本研究では見出しており、まず、Ruが最初にクラスター間のRe原子と置換し結合を弱め(図中B→D)、その後、クラスター内のRe原子と置換して結合を弱める(図中D→E)。このようにして、ピークを持つ有効質量の遷移金属濃度つまりe/a依存性やRu置換量依存性が説明できた。また、これらの描像によれば、クラスター内の共有結合性をより強くし、クラスター間の共有結合性をより弱くできれば熱電性能がさらに高くなる可能性があることを指摘した。

総括

(1)正20面体クラスターの共有結合が、擬ギャップを深くすることにより、高電気抵抗の起源になっていることを指摘した。また、正20面体クラスターの中心原子の有無による金属結合-共有結合転換を支持する結果を実験的に示した。(2)AlPdRe準結晶において、ReをRuで置換して結合性を変化させることにより、熱電性能が約1.5倍向上した。(3)準結晶を構成するMackay正20面体クラスター内の共有結合性をより強くし、クラスター間の共有結合性をより弱くできれば熱電性能がさらに高くできる可能性があることを示した。

Al12Re近似結晶の等電子密度面((a)0.35 e/Å3、 (b)0.3 e/Å3)

AlReSi近似結晶のMackay正20面体クラスター((a)第一殻、(b)第二殻)における0.35 e/Å3の等電子密度面(括弧内はサイト名)

AlPdReRu準結晶(X=1.0のみ近似結晶)における電気伝導率の温度依存性(実線は2バンド解析によるフィッティング結果)

AlPdReRu準結晶(X=1.0のみ近似結晶)におけるSeebeck係数の温度依存性(実線は2バンド解析によるフィッティング結果)

AlPdReRu準結晶(X=1.0のみ近似結晶)における熱伝導率の温度依存性

AlPdReRu準結晶(X=1.0のみ近似結晶)における無次元性能指数ZTの温度依存性

AlPdReにおいて遷移金属濃度を変化させた試料の、2バンド解析により得られたパラメータのe/a(平均価電子数)依存性。最下部のデータはZTの最大値

AlPdReRu試料の2バンド解析により得られたパラメータのRu置換量依存性。最下部のデータはZTの最大値

クラスター内およびクラスター間の結合性変化に伴う有効質量の変化(図中のアルファベットは図7、8中の有効質量のものと対応)

審査要旨 要旨を表示する

Al系準結晶や近似結晶といった正20面体クラスターを基本構造に持つ物質であるAl系正20面体クラスター固体において、クラスターの中心原子の有無による金属結合-共有結合転換や遷移金属の増加に伴う共有結合性の増大が示されて来た。非金属的な電気物性や共有結合の存在から、Al系正20面体準結晶は金属と半導体の中間的な物質として位置付けられる。このような性質を有効に利用できる材料の一つとして、熱電変換材料が考えられる。熱電変換材料の性能は、Seebeck係数、電気伝導率が大きく、熱伝導率が小さい物質で良くなる。金属と半導体の中間的な電気物性を示すAl系正20面体準結晶は、Seebeck係数と電気伝導率が共に大きくなる可能性を持ち、また、熱伝導率は原子構造の準周期性を反映して非常に小さいため、高性能の熱電変換材料が期待される。準結晶を熱電変換材料として実用化する上で、電気物性の制御は重要であるが、上述したような金属結合と共有結合が混在している結合性を制御することで熱電特性が最適化できる可能性がある。本研究は、近似結晶や準結晶の特異な結合性を評価すると共に、熱電特性の組成依存性を系統的に調べ、結合性の観点から熱電性能向上の指針を得ることを目的としている。論文は、6章より構成されている。

第1章は序論で、本研究の目的と論文の構成について述べ、研究の背景となる従来の研究について概観している。

第2章では、試料の作製と評価について記述している。準結晶合金の中で半導体的物性が特に顕著なAl-Pd-Re系を選択している。試料作製方法としては、材料としての応用を念頭に置き、多結晶でポーラスな組織しか得られないが、簡便で大量のバルク状試料が作れる、アーク溶解法と熱処理を組み合わせた方法を採用している。近似結晶としては、電気抵抗率が最も高くAl-Pd-Re準結晶との関係が深いAl-Re-Si とAl-Mn-Si 1/1立方晶、最も低く金属的なAl12Re立方晶を作製している。準結晶では、Al-Pd-Re系の結合性を変化させ、熱電特性への影響を評価するため、ReをRuで系統的に置換した試料を作製している。

第3章では、近似結晶の電子密度分布や準結晶の準格子定数を測定し、結合性と電気物性との関連、さらには擬ギャップの起源について議論している。構造モデルが確定していない準結晶に代わって、正20面体クラスターを含む局所構造が同じで構造が確定している近似結晶を研究することの重要性を強調している。軌道放射光を用いて粉末X線回折パターンを高精度で測定し、リートベルト法と最大エントロピー法(MEM/Rietveld法)を用いて3次元的な電子密度分布を求めている。その結果、金属的な電気物性を示すAl12Re では正20面体クラスターのAl-Al間には全く結合が見られないのに対し、非金属的な電気物性を示すAl-Re-SiではAl-Al間に明確な共有結合が存在することを可視化して示し、結合性と電気物性や擬ギャップとの関係を明らかにすることに成功している。これは、中心原子の有無による金属結合-共有結合転換を実験的に証明したことも意味する。次に、MEM/Rietveld法が使えない準結晶に対しては、準格子定数や原子数密度から結合性を調べる方法を適用している。Al-Pd-Re準結晶で遷移金属濃度の増大と共に共有結合性が増大する先行研究の結果に対し、ReのRu置換により共有結合性が減少することを明らかにしている。

第4章では、Al-Pd-Re準結晶のSeebeck係数、電気伝導率、熱伝導率におけるReのRu置換効果を系統的に調べている。約50%の置換で、電気伝導率が増大しSeebeck係数の極大が高温側へシフトすること、熱伝導率はアモルファス固体並みに小さな値を持ち組成にあまり依存しないことを明らかにした。その結果、無次元性能指数ZTを0.1から約1.5倍増大させることに成功している。

第5章では、Al-Pd-Re準結晶のSeebeck係数と電気伝導率の温度依存性を、キャリアに電子とホールを考える2バンドモデルで解析している。先行研究の結果である遷移金属濃度による変化と第4章で明らかにしたReのRu置換による変化を共に解析し、キャリア濃度とその温度依存性、緩和時間、有効質量比等のパラメータの組成依存性を求めている。遷移金属濃度とRu置換量の両方の組成依存性において、極大を持つ無次元性能指数ZTと、有効質量比のそれが類似していることを示し、キャリアの有効質量が熱電性能と密接に関係していることを明らかにしている。さらに、第3章で明らかにした共有結合性の単調な両組成依存性と、有効質量の極大を持つ非単調な両組成依存性の関係を、クラスター内結合とクラスター間結合の2種類の結合における強さのバランスで有効質量が決まると考えることで説明することに成功している。この描像から、クラスター内結合をより強くし、クラスター間結合をより弱くするという、熱電性能指数ZT向上のための指針を得、具体的な置換元素としてFeを提案している。

第6章は、総括である。

以上要するに、この研究は、Al系正20面体クラスター固体の結合性と電気物性や擬ギャップの関係を明らかにし、元素置換により熱電性能の向上に成功すると共に、結合性の制御によるさらなる向上の可能性を示している。これらの成果は、物質科学や材料学の発展に寄与するところが非常に大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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