学位論文要旨



No 119053
著者(漢字) 花岡,達也
著者(英字)
著者(カナ) ハナオカ,タツヤ
標題(和) フルオロカーボン類による環境影響の定量的評価および国際間環境対策制度の研究
標題(洋)
報告番号 119053
報告番号 甲19053
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5785号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 今須,良一
 埼玉大学 教授 外岡,豊
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、フルオロカーボン類の環境負荷に注目し、オゾン層保護策および温暖化抑制策として、フルオロカーボン類の排出量削減対策に関する定量的な評価をおこなうことを目的としている。特に、京都議定書とモントリオール議定書の枠組みから抜け落ちているCFCsおよびHCFCsの回収・破壊処理対策に注目し、対策の導入による環境負荷低減効果、費用対効果および回収・破壊処理プロジェクトの収益性などの分析をおこない、国内対策の評価だけでなく国際間技術協力の枠組みにも注目し、それらを総合的に評価することを目的としている。また、世界におけるフルオロカーボン類の消費量のインベントリーを作成することで、現在までの環境への影響量を明らかにし、それらに対するリスク評価の分析方法について考察する。

初めに、現在までのフルオロカーボン類に関する問題の背景をみると、次のようにまとめられる。まず、1928年にMidgleyによってCFC-11およびCFC-12が初めて合成され、それ以来、低毒性、不燃性、化学的および熱的安定性、適度な揮発性と溶解性などの優れた特性により、理想の物質として冷媒、断熱材、発泡剤、洗浄剤およびエアゾールなど様々な用途に使用されてきた。特に、CFCsが理想的な特性を持つ作動流体として世界的に普及し、環境への支障もなく大気に放出できるという認識の下で、世界において多くの量が消費され続けてきた。しかし、1974年にMolinaらによりCFCsによるオゾン層の破壊が指摘された以降、国際的な協力が進められ、1987年に採択されたモントリオール議定書によって、オゾン層破壊物質に対する生産量・消費量の削減スケジュールが定められるようになった。そして、1992年のコペンハーゲン改定(第4回締約国会合)により、先進国においては1995年末をもってCFCsの生産の全廃が定められた。

ただし、先進国において、1995年以前に生産された既設のCFC使用機器は現在も稼働しており、製品や設備中に大量に蓄積したCFCsは、それらの廃棄時に大気に排出されることが指摘されている。また、途上国においては、2010年までCFCsの生産が許可され、現在も使用され続けているため、国際的に今後も多くのCFCsが途上国から排出されると予測されている。一方で、HCFCsに関しては、先進国においては2020年、途上国では2040年まで生産可能であるため、現在、CFCsの代替物質として世界で最も多く消費され続けており、このまま大気に排出され続ければ、オゾン層破壊係数(Ozone Depletion Potential: 以下ODPと略記)がCFCsの10%以下であるとはいえ、オゾン層破壊への影響は無視できない。さらに、これらのCFCsやHCFCsについては、地球温暖化係数(Global Warming Potential:以下、GWPと略称)がCO2よりも約100〜11700倍と大きい点も見逃すことはできない。したがって、オゾン層破壊物質であり、温室効果ガスでもあるCFCsおよびHCFCsを大気へ排出することは、環境破壊をさらに促進させることを意味し、回収および破壊処理などの適正な対策を導入することが国際的に急務な課題となっている。

しかし、モントリオール議定書によるCFCsおよびHCFCsに対する規制は、生産量および消費量の削減に限られており、排出量に関する国際的な規制は定められていない。そのため、現在では、先進国および途上国ともに、回収・破壊処理に関する対策は、各国ごとに委ねられている状態にある。また、経済的な支援に関する枠組みについてみると、1990年のロンドン改正(第2回締約国会合)によってモントリオール多国間基金(Multilateral Fund)が創設されたが、この基金はArticle5付属国に対して、モントリオール議定書で定められた生産量・消費量削減スケジュールを遵守するためのプロジェクトにのみ適用され、したがって、同議定書の対象外である回収・破壊処理技術などの排出量抑制策への援助は、適用外とされている。さらに、京都議定書においては、6ガス(CO2、CH4、N2O、HFCs、PFCs、SF6)のみが排出量の削減対象に指定され、CFCsやHCFCsなどのその他の温室効果ガスは排出量の削減対象には定められなかったため、現在、CFCsやHCFCsのCO2換算排出量は全く注目されず、京都メカニズムの枠組みも適用できないため、先進国における回収・破壊処理対策だけでなく、途上国に対する回収・破壊処理技術援助へのインセンティブも全く働いていない。したがって、CFCsやHCFCsなどの排出量抑制策に関しては、世界ではほとんど取り組まれていないのが現状となっている。

以上より、モントリオール議定書では「生産量・消費量」を、京都議定書では「排出量」を規制しているため、オゾン層破壊物質でもあり温室効果ガスでもあるCFCsおよびHCFCsなどに対して、「排出量」の規制が国際法の枠組みから抜け落ちた形となってしまっている。したがって、機器中に充填されたCFCsおよびHCFCsに対して、回収および破壊処理などの適正な対策を導入することが国際的に重要な課題となっている。

そこで、本研究では、フルオロカーボン類に対する回収・破壊処理の重要性を明らかにするために、まず、世界におけるそれらの消費量を整理し、将来の排出量のポテンシャルを分析した。特に、日本、EU、および先進国諸国(AFEAS加盟国)におけるフルオロカーボン類の用途別および種類別の詳細な出荷量のデータをもとにして、GWPおよびODPの指標を用いて、それらの消費による地球温暖化およびオゾン層破壊への影響量を考察した。また、UNEPによって報告されている世界における総消費量のデータの問題点を明らかにし、先進国諸国における詳細なデータを用いてUNEPのデータを修正し、世界におけるCFCsおよびHCFCsの消費量のインベントリーを作成した。これによって、先進国諸国だけでなく、途上国における消費量も明らかにされ、現在までに多くのCFCsおよびHCFCsが消費されてきたことがわかった。そして、GWPおよびODPの指標を用いて、それらの消費による地球温暖化およびオゾン層破壊への影響量を示すことによって、今後は、途上国に対する対策が必要不可欠となることを指摘した。

次に、上記で明らかにされた現在までの消費量に注目し、まず、国内政策に対する評価をおこなった。現在、京都議定書の遵守を目的としたフルオロカーボン類の回収・破壊処理に関する定量的な評価をした研究は少ない。特に、CFCsやHCFCsについては、京都議定書の対象外であるためそれらの排出量は全く注目されず、地球温暖化への影響量について考察した研究は全くおこなわれていない。そこで、本研究では、国内におけるフルオロカーボン類の回収・破壊処理対策に注目し、それらの導入によるオゾン層保護および地球温暖化抑制への効果を定量的に評価した。特に、「特定家庭用機器再商品化法」[2001](以下、家電リサイクル法と略称)および「特定製品に係るフロン類の回収及び破壊の実施の確保等に関する法律」[2002](以下、フロン回収破壊法と略称)に注目し、法に指定されている対象機器を評価対象に選び、対象機器中に用いられている冷媒充填量、使用冷媒の種類およびその代替状況を調査し、詳細な前提条件の設定のもとで将来の排出量を予測した。そして、法の導入による回収・破壊処理対策の効果を分析し、環境負荷低減効果および費用対効果を明らかにした。その結果、1996年付近に排出量が最大となることがわかり、評価対象冷媒の排出量をGWPを用いてCO2換算すると、1990年の日本の1次エネルギー消費によるCO2排出量(=1052.7×106 [t-CO2])と比較した場合、1996年の排出量は1990年のCO2排出量の7.9%に相当することがわかった。また、1996年付近をピークにその後は徐々に減少するが、2010年付近以降は1990年のCO2排出量の約3%程度に相当する量が毎年排出され続けることがわかった。たとえば、2010年における対象機器からのCO2換算総排出量の予測値は28.2×106 [t-CO2 eq]であり、これは1990年の日本のCO2排出量に対して2.7%に相当し、さらに、これらの排出に対する回収・破壊処理対策の費用対効果を分析した結果、ルームエアコンやカーエアコンなどは約1000〜3000[円/t-CO2 eq]程度となることがわかった。以上より、一般的な省エネ対策や新エネルギー技術の導入などによる温暖化抑制策は長期的な取り組みが必要であるのに対して、フルオロカーボン類の回収は、短期・中期的に大きな効果が得られるだけでなく、費用対効果の面からみても優位であり、冷媒の回収は温暖化抑制対策として高い効果が得られることがいえた。

ところで、現在、途上国ではCFCsおよびHCFCsの消費量が多く、また、回収・破壊処理対策が全く実施されていないため、消費されたものは全て大気へ排出されている。したがって、途上国に対する回収・破壊処理対策への技術的および経済的な支援が必要とされている。特に、日本ではすでに回収技術および破壊処理技術が十分に確立し、その効果が本研究によって十分に証明されたため、日本が国際社会に果たす役割は大きい。

そこで、本研究では、日本における回収・破壊処理技術を途上国に援助した場合の環境負荷低減効果について評価し、その枠組みのあり方について考察した。ただし、現在では、途上国に対する排出量削減対策技術に関する援助の枠組みは一切定められていないため、まず、現在の国際条約の問題点を明らかにし、既存の枠組みから考えられる新たな国際間技術協力の枠組みを提案した。次に、途上国におけるフルオロカーボン類の使用状況を整理し、プロジェクトの対象規模およびその条件をまとめた。そして、現在の途上国諸国における消費量を考慮して、回収技術および破壊処理技術の援助の対象国として中国(上海)を選び、そのケース・スタディーを通じて技術援助プロジェクトの実現性を評価した。特に、本研究で提案した「ハロカーボン・ファンド」「ODS-CDM」および「環境ODA」などの新たな枠組みに沿って、回収・破壊処理技術の導入による環境負荷低減効果、費用対効果、および内部収益率(IRR)法を用いたプロジェクトの経済性評価をおこなうことにより、プロジェクトの実現性や適切な経済的支援のあり方、そして国際間協力による回収・破壊処理対策の有効性を考察した。

その結果、破壊処理施設を現地に新規に建設する場合、現状の補助金では15%程度のIRRを達成するのが困難であるのに対して、現状のCER価格による収益では十分に15%程度のIRRが達成可能であることがわかった。したがって、新設する場合は、温暖化抑制策として京都議定書の枠組みを利用したODS-CDMによって対応する方が有効であるといえる。一方で、現地の既存の焼却施設を利用し、それにフロン導入設備のみを増設する場合は、補助金によって十分に15%程度のIRRが達成可能であるのに対して、逆に、現状のCER価格では過剰な収益が見込まれるため、CDMとしては不適切とみなされて認証されない可能性が高いことがわかった。したがって、現地の既存の施設を利用する場合は、オゾン層保護策としてモントリオール議定書の枠組みを利用したハロカーボン・ファンドによって対応する方が有効であるといえる。ただし、フルオロカーボン類は品種によってGWP値やODP値が異なるので、回収される冷媒がどの品種のものであるかによってそのCO2換算量やODP換算量が異なってくるため、いずれの枠組みにおいても、得られる収益の総量が変化し、その変化量がIRRに大きく影響を与えることに注意する必要がある。特に、将来において、回収される冷媒の種類はCFCsよりもHCFCsの割合が増加するため、したがって、重量ベースで同量の冷媒が回収できたとしても、そのCO2換算量やODP換算量が減少するため、15%程度のIRRを達成するためには、現状よりも高いCER価格または多くの補助金が必要となり、将来的には、CER収益または補助金以外の対策も必要になることがわかった。また、本研究では対象国として中国を選んだが、途上国におけるケース・スタディーのひとつにすぎないため、今後さらにデータの信頼性を向上させ、様々な途上国に対しても適応できるような分析をおこなっていく必要がある。

以上より、回収・破壊処理対策は技術的に実現可能であり、経済的な援助の枠組み次第によって、日本国内だけではなく、途上国においても十分に効果があることが本研究によって明らかにされた。今後は、モントリオール議定書および京都議定書の枠組みの中で、CFCsやHCFCsに対する排出量削減策に対する援助が現実に認められ、実際のプロジェクトとして回収・破壊処理対策が導入されることが期待されている。そのためには、回収・破壊処理技術向上だけではなく、さらにデータを整備し、適した政策の枠組みを提案できるような研究が必要とされている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、フルオロカーボン類の環境負荷に注目し、オゾン層保護策および温暖化抑制策として、フルオロカーボン類の排出量削減対策に関する定量的な評価をおこなったものである。特に、京都議定書とモントリオール議定書の枠組みから抜け落ちているCFCsおよびHCFCsの回収・破壊処理対策制度に注目し、対策の導入による環境負荷低減効果、費用対効果および回収・破壊処理プロジェクトの収益性などの分析をおこなっている。

本論文は7章からなり、まず、第1章では、本研究の背景となる、モントリオール議定書および京都議定書の経緯および内容について述べ、各議定書の問題点を整理し、フルオロカーボン類に対する国際間における課題がまとめられている。次に、第2章では、フルオロカーボン類の環境負荷の評価指標に用いられる「オゾン破壊係数(ODP)」および「地球温暖化係数(GWP)」など、フルオロカーボン類に関する従来の研究状況についてまとめられ、本論文の位置付けを明らかにしている。また、第3章では、回収・破壊処理技術について、現在の技術の状況と問題点がまとめられ、回収・破壊処理技術を海外へ技術移転した際のプロジェクトの評価方法やオゾン層破壊のリスクの評価方法について述べられている。また、第4章では、先進国諸国だけでなく途上国諸国を含め、世界におけるフルオロカーボン類の消費量のインベントリーを作成し、オゾン層破壊および地球温暖化への影響を把握するために必要となるデータベースが整理されている。そして、第5章では、国内対策として家電リサイクル法およびフロン回収破壊法に注目し、評価対象機器中に用いられているフルオロカーボン類の将来の排出量を予測することにより、それらに対する回収・破壊処理対策による環境負荷低減効果を定量的に評価している。そして、第6章では、モントリオール議定書および京都議定書の盲点となっている、CFCsおよびHCFCsの排出量削減対策に注目し、国際間技術協力の新たな枠組みを提案している。また、ケース・スタディーとして中国を対象にし、回収・破壊処理技術援助プロジェクトの導入による環境負荷低減効果およびプロジェクトの経済性評価をおこない、適切な経済的支援のあり方や国際間協力による回収・破壊処理対策の有効性を考察している。

最後に、第7章では、フルオロカーボン類に対する国内外の対策の展望についてまとめられ、次のような示唆が得られている。

日本、EU、AFEAS(先進国諸国に相当)および途上国を含めた世界におけるフルオロカーボン類の消費量のインベントリーを作成し、GWPおよびODPの指標を用いて地球温暖化およびオゾン層破壊への影響量を定量的に示した結果、過去に消費されたフルオロカーボン類によって、オゾン層破壊だけでなく地球温暖化へ多大な影響を与えてきたことがわかった。特に、CFCsおよびHCFCsが大きな割合を占めていることがわかった。

国内対策として家電リサイクル法およびフロン回収破壊法に注目し、評価対象機器中に用いられている冷媒の将来の排出量を予測した結果、その推定排出量をCO2換算し、1990年の日本の1次エネルギー消費によるCO2排出量と比較すると、1996年付近のピーク時において1990年のCO2排出量の7.9%に相当し、また、2010年付近においては1990年のCO2排出量の2.7%程度に相当する量が排出されることがわかった。また、漏洩量や回収・破壊処理におけるエネルギー消費によるCO2排出量を考慮しても、回収・破壊処理対策の費用対効果は約1000〜3000[円/t-CO2 eq]となることがわかった。したがって、フルオロカーボン類の回収・破壊処理は、短期・中期的なCO2換算削減量からみて大きな効果が得られるだけでなく、費用対効果の面からみても優れており、優先順位の高い温暖化抑制策であることがわかった。

消費量のインベントリーの作成により、HFCsと比較して、CFCsおよびHCFCsが世界で最も多く消費されていることが把握されたが、途上国諸国ではCFCsやHCFCsに対する回収・破壊処理対策が全く実施されていないため、消費されたものは全て大気へ排出されてしまっている。そこで、ケース・スタディーとして中国に注目し、日本における回収・破壊処理技術を中国へ技術移転した場合について考察した。その結果、その費用対効果は約1[US$/t-CO2 eq]程度となり、温暖化抑制策として優れていることがわかった。また、ハロカーボン・ファンドやODS-CDMなどの本論文で提案した新たな枠組みに沿って回収・破壊処理プロジェクトの収益性を評価した結果、現状の補助金やCER取引価格によって、十分な収益性が見込まれ、プロジェクトの実現性があることがわかった。ただし、回収される冷媒がどの品種であるかによってそのCO2換算量やODP換算量が異なり、得られる収益の総量も大きく変化するため、将来的には、状況に応じて、ハロカーボン・ファンド、ODS-CDMおよび環境ODAなどの複合的な対策をさらに検討していく必要があることがわかった。

以上、本論文で指摘されているように、モントリオール議定書ではオゾン層破壊物質の「生産量・消費量」を、京都議定書では温室効果ガスの「排出量」を規制しているため、CFCsおよびHCFCsなど対する「排出量」の規制が国際法の枠組みから抜け落ちた形となっている。その結果、世界各国が両議定書を遵守したとしても、CFCsおよびHCFCsは大気中へ無対策のまま排出されるため、地球温暖化およびオゾン層破壊に大きな影響を与えることになり、回収および破壊処理などの適正な対策を導入することが国際的に重要な課題といえる。この問題点に注目し、フルオロカーボン類の排出量削減対策に関する定量的な評価をおこなった研究は、現在ほとんどおこなわれていない。特に、世界の消費量のインベントリーの作成、国内対策の定量的な評価、および国際間環境対策制度の枠組みの提案とその考察は、本論文のオリジナリティーとして認められるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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