学位論文要旨



No 118961
著者(漢字) 村山,顕人
著者(英字)
著者(カナ) ムラヤマ,アキト
標題(和) 成熟都市の計画策定技法の探究 : 米国諸都市のダウンタウン・プラン策定に見る方法と技術
標題(洋)
報告番号 118961
報告番号 甲18961
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5693号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

成熟時代を迎えた日本の都市計画の主要課題の1つは、既成市街地の更新を通じて魅力的な都市空間を創出し、生活の質の向上に貢献することである。そのための施策は、歴史的建造物の保全・活用、老朽化・陳腐化した建造物の建て替えや改修、安全・快適な歩行者・自転車環境の整備、公園等の整備、美しい街並みの誘導、生活支援施設の整備、安全で清潔な公共空間の維持など多岐に渡る。そして、こうした施策の企画・実施には、地権者、営業者、居住者、市民、企業、政府、非営利団体など多様な主体が参加する。一方、計画の策定は、都市の現在・未来の状況を見据えながら、多様な主体の都市空間に対する要求を踏まえ、都市空間形成の目標・方針・施策を統括的に定める取り組みである。よって、既成市街地更新の課題への対応として、多様な主体の参加を伴う計画策定に期待が寄せられる。

しかし、日本諸都市で実際に策定されている計画の多くは、その期待に十分に応えていない。理由としては、計画策定に費やされる資金と時間が不足していることの他に、計画策定の技法が未開発であることが考えられる。本研究では、計画策定の作業が、「現状分析・将来予測」、「空間構想・空間構成」、「合意形成・意思決定」の3つの側面で構成され、それらは性質の異なる技法によって支えられていると考える。「現状分析・将来予測」を支える「現在・未来の人口、経済、社会、空間等の状況を分析・記述する科学的技法」、「空間構想・空間構成」を支える「様々な要求を両立させる空間的解決策を組み立てる創造的技法」、「合意形成・意思決定」を支える「空間的解決策に関する多様な主体の合意形成と意思決定を適切に導く政治的技法」である。

1992年の都市計画法改正以降、多くの自治体で住民参加を伴う都市マスタープラン策定が行われている。ただし、そこで適用されているのは、1960年代以降の人口増加・都市拡大を前提とする都市基本計画策定の技法や1980年代以降の地区計画・施設計画策定のためのワークショップの技法であり、都市やその部分を対象とし、既成市街地の更新や多様な主体の参加を前提とする現代の計画策定に必要十分な技法ではない。改めて、計画策定技法の研究・開発を進め、それらを体系化することが必要である。

計画の概念が確立・普及した米国では、1980年代に多くの都市でダウンタウン・プランが策定された。それらの事例は、既成市街地の更新や多様な主体の参加を前提として、多岐に渡る施策を複合的・効果的かつ個性的に展開するための計画策定の先駆的取り組みである。加えて、そこで適用された技法の基礎的部分は、近年の計画策定の実践においても効果的に活用されている。よって、それらの経験から我々が学ぶべきことは多く存在すると考えられる。

本研究では、成熟都市の計画策定技法を探究する第一歩として、1980年代米国諸都市におけるダウンタウン・プラン策定の特徴を明らかにした上で、ポートランド・セントラル・シティ・プラン(1988年)及びダウンタウン・シアトル土地利用・交通プラン(1985年)の策定において適用された計画策定技法を特定・体系化することを目的とした。

第1章では、米国で提示されている計画策定の規範とその特徴・限界を示した上で、本研究の分析枠組みを設定した。

1980年代以降のプランニング実践では、4つのプランニング・モデルに属する9つの計画論によって説明され得る異なる姿勢・行動が共存する。そのことを前提として提示された計画策定の規範は、いずれも、現状分析・将来予測に基づき課題を設定した上で目標・方針、代替計画案、計画案を作成し、それらの間で市民意見の収集や計画案の評価を行うという個別作業の一連の手順であり、計画策定作業の3つの側面を含むものであった。各作業の処方箋が与えられ、各作業においてプランナーに必要とされる技術も列挙された。こうした計画策定の規範により、自治体の一部区域を対象とする計画の策定において適用される技法の外形・概要は理解できた。しかし、その詳細な内容は理解できず、また、実際の計画策定作業は必ずしも提示された規範的手順に従って行われるわけではない。

そこで、本研究では、「計画策定」、「個別作業」、「中間成果」、「技法」、「方法」、「技術」の諸概念を定義し、それらの関係を示した上で、詳細分析対象の選定とその特徴の理解(第2章)、計画の対象エリア・期間、策定体制、策定過程の把握と作業単位(中間成果及び個別作業)の抽出(第3章)、計画策定の中間成果及び個別作業の内容の記述・再現と計画策定技法に関わる要点の整理(第4章〜第7章)、計画策定技法の特定・体系化(結章)を通じて、成熟都市の計画策定技法を探究する第一歩を踏み出すこととした。

第2章では、1945年から近年までの米国諸都市におけるダウンタウン政策の変遷について、米国諸都市一般の状況を概観した上で、クリーブランド、デンバー、ポートランド、シアトルにおけるダウンタウン政策の展開を記述した。そして、1980年代米国諸都市におけるダウンタウン・プラン策定に共通する特徴として、それがそれまでに積み残されて来たダウンタウンの様々な課題とその当時の新しい課題に対する包括的解決策を検討する取り組みであったこと、また、そこでは多様な主体の様々な姿勢・行動による参加が確認されたことの2点を挙げ、中でも、多様な主体が様々な姿勢・行動により計画策定に積極的に参加することを前提とし、相反する意見を積極的に提示して論点を明確にしながら計画を策定する技法が適用されたポートランド及びシアトルのダウンタウン・プラン策定を、第3章以降の詳細分析対象として選定することとした。

第3章では、ポートランド及びシアトルのダウンタウン・プランの対象エリア・期間、策定体制、策定過程を把握し、計画策定の作業単位を抽出した。

第4章・第5章では、ポートランド・セントラル・シティ・プラン策定の中間成果及び個別作業の内容を記述・再現した。第4章では、計画策定過程前半の「デザイン・イベントの結果を出発点としたビジョン・目標・方針案の検討」、「調査・研究プログラムの作成と実施」、「専門家シャレットによる3つの純粋空間構造モデルの作成」、「空間構造モデルと5つの代替土地利用計画案の作成」、「分野別諮問委員会による報告と提案」の各作業単位を分析対象とした。第5章では、計画策定過程後半の「土地利用コンセプト計画の作成」、「土地利用コンセプト計画の評価・修正と地区別代替案の作成」、「パブリック・レビューの結果を踏まえた地区別代替案の選択」、「最終計画案のとりまとめ」の各作業単位を分析対象とした。

第6章・第7章では、ダウンタウン・シアトル土地利用・交通プラン策定の中間成果及び個別作業の内容を記述・再現した。第6章では、計画策定過程前半の「調査・研究の実施」、「課題・目標に関する意見の収集」、「代替計画案のためのガイドラインの作成」、「代替計画案の募集」の各作業単位を分析対象とした。第7章では、計画策定過程後半の「1982年代替計画案の作成」、「パブリック・レビューと密度・建物形態調査・研究の実施」、「土地利用・交通プラン素案及び環境影響評価書素案の作成」、「土地利用・交通プラン市長案及び環境影響評価書修正版の作成」の各作業単位を分析対象とした。

結章では、ダウンタウン・プラン策定技法の体系を仮説的に提示した上で、ポートランド及びシアトルのダウンタウン・プラン策定それぞれについて、計画策定の作業単位毎に、要求された個別作業の内容を確認し、その実現を支えていた主要な計画策定技法を特定した。

まず、ダウンタウン・プラン策定技法の体系を、3段階の「計画策定全体の方法」、各段階で要求される3種類の個別作業、各個別作業の実現を支える多数の技法で構成される一般的枠組みとして提示した。「計画策定全体の方法」は、「現状分析・将来予測から得られた客観的情報と市民意見の収集・分析から得られた主観的情報に基づき計画案の方向性を設定する段階」、「部分(地区別・分野別)の計画案から全体の計画案を構成し、内容評価を通じて計画案を調整した上で計画案の選択肢を作成する段階」、「計画案の影響評価から得られた客観的情報と計画案及びその影響評価に対する市民意見の収集・分析から得られた主観的情報に基づき計画案の選択肢を絞り込む段階」の3段階で構成される。そして、各段階では計画策定の3つの側面に対応する個別作業が要求され、それらの実現は3種類の技法によって支えられる。ただし、「計画策定全体の方法」については、事例によって各段階に含まれる個別作業の有無や個別作業の関係が異なることを指摘し、ポートランド及びシアトルの事例の相違点及びその背景を考察した。

そして、ポートランド及びシアトルのダウンタウン・プラン策定の各作業単位において要求された個別作業の内容を確認した上で、その実現を支えていた主要な計画策定技法を特定し、その特徴を整理した。

本研究により、ポートランド及びシアトルのダウンタウン・プラン策定において適用された計画策定技法が特定・体系化された。これは、多様な主体が様々な姿勢・行動により計画策定に積極的に参加することを前提とし、相反する意見を積極的に提示して論点を明確にしながら計画を策定する技法の体系の1つであり、その背景にある両都市の特殊性は無視できない。しかし、それは、実体的側面については既成市街地の更新が、手続的側面については多様な主体の積極的参加が前提とされる成熟都市の計画策定を支える技法が備えるべき一般的内容を多く含むものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

成熟時代を迎えた日本や諸先進国の都市計画の主要課題は、無秩序な都市の拡大・拡散を抑止しつつ、既成市街地の更新を通じて魅力的な都市空間を創出し、生活の質の向上に貢献し、持続可能な都市空間を維持管理することである。その実現のためには、地権者、営業者、居住者、市民、企業、政府、非営利団体など多数の主体が計画および実現過程に参加し、合意を形成し、主体的に関与する必要がある。したがって、今日的な都市計画課題に応じうる都市計画技術とは、多数の関係主体の参加と合意を導きつつ、デリケートなバランスの上に成立している既成市街地の空間を持続的に変容・更新させていく技法である必要があるが、こうした技法は未だ確立したものとはいえない。

本論文は、上記のような意味における、成熟都市の計画策定技法を探究する第一歩として、まず1980年代米国諸都市におけるダウンタウン・プラン策定の特徴を明らかにした上で、ポートランド・セントラル・シティ・プラン(1988年)及びダウンタウン・シアトル土地利用・交通プラン(1985年)の策定過程を主題的な対象事例として、詳細な実証的分析を行い、その過程において適用された計画策定技法を特定・分析・評価することを通じて、成熟都市の計画策定技法の備えるべき特質を明らかにしようとしたものである。

第1章では、米国で提示されている計画策定の規範とその特徴・限界を示した上で、本研究の分析枠組みを設定している。

第2章では、1945年から近年までの米国諸都市におけるダウンタウン政策の変遷について、米国諸都市一般の状況を概観した上で、クリーブランド、デンバー、ポートランド、シアトルにおけるダウンタウン政策の展開を記述し、1980年代米国諸都市におけるダウンタウン・プラン策定に共通する特徴として、それがそれまでに積み残されて来たダウンタウンの様々な課題とその当時の新しい課題に対する包括的解決策を検討する取り組みであったこと、また、そこでは多様な主体の様々な姿勢・行動による参加が確認されたことの2点を挙げている。その上で、多様な主体が様々な姿勢・行動により計画策定に積極的に参加することを前提とし、相反する意見を積極的に提示して論点を明確にしながら計画を策定する技法が適用されたポートランド及びシアトルのダウンタウン・プラン策定を、第3章以降の詳細分析対象として選定している。

第3章では、ポートランド及びシアトルのダウンタウン・プランの対象エリア・期間、策定体制、策定過程を把握し、計画策定の作業単位を抽出している。

第4章・第5章では、ポートランド・セントラル・シティ・プラン策定の中間成果及び個別作業の内容を記述・再現している。第4章では、計画策定過程前半の「デザイン・イベントの結果を出発点としたビジョン・目標・方針案の検討」、「調査・研究プログラムの作成と実施」、「専門家シャレットによる3つの純粋空間構造モデルの作成」、「空間構造モデルと5つの代替土地利用計画案の作成」、「分野別諮問委員会による報告と提案」の各作業単位を分析対象とし、第5章では、計画策定過程後半の「土地利用コンセプト計画の作成」、「土地利用コンセプト計画の評価・修正と地区別代替案の作成」、「パブリック・レビューの結果を踏まえた地区別代替案の選択」、「最終計画案のとりまとめ」の各作業単位を分析対象としている。

第6章・第7章では、ダウンタウン・シアトル土地利用・交通プラン策定の中間成果及び個別作業の内容を記述・再現している。第6章では、計画策定過程前半の「調査・研究の実施」、「課題・目標に関する意見の収集」、「代替計画案のためのガイドラインの作成」、「代替計画案の募集」の各作業単位を分析対象とし、第7章では、計画策定過程後半の「1982年代替計画案の作成」、「パブリック・レビューと密度・建物形態調査・研究の実施」、「土地利用・交通プラン素案及び環境影響評価書素案の作成」、「土地利用・交通プラン市長案及び環境影響評価書修正版の作成」の各作業単位を分析対象としている。

結章では、ダウンタウン・プラン策定技法の体系を仮説的に提示した上で、ポートランド及びシアトルのダウンタウン・プラン策定それぞれについて、計画策定の作業単位毎に、要求された個別作業の内容を確認し、その実現を支えていた主要な計画策定技法を特定している。

ここでは、ダウンタウン・プラン策定技法の体系を、3段階の「計画策定全体の方法」、各段階で要求される3種類の個別作業、各個別作業の実現を支える多数の技法で構成される一般的枠組みとして提示している。「計画策定全体の方法」とは、(1)現状分析・将来予測から得られた客観的情報と市民意見の収集・分析から得られた主観的情報に基づき計画案の方向性を設定する段階、(2)部分(地区別・分野別)の計画案から全体の計画案を構成し、内容評価を通じて計画案を調整した上で計画案の選択肢を作成する段階、(3)計画案の影響評価から得られた客観的情報と計画案及びその影響評価に対する市民意見の収集・分析から得られた主観的情報に基づき計画案の選択肢を絞り込む段階、の3段階で構成される。これらの各段階では計画策定の3つの側面に対応する個別作業が要求され、それらの実現は3種類の技法によって支えられる。ただし、「計画策定全体の方法」については、事例によって各段階に含まれる個別作業の有無や個別作業の関係が異なることを指摘し、ポートランド及びシアトルの事例の相違点及びその背景を考察している。

その上で、ポートランド及びシアトルのダウンタウン・プラン策定過程の各作業単位において要求された個別作業の内容を確認した上で、その実現を支えた主要な計画策定技法を特定し、その特徴を整理している。

このように本論文は、都市計画分野における今日的な課題に対し、早急に取り組むべき研究課題の布置連関を広く見渡し、また、その土台となるべき基本的知見を明らかにしたものといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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