No | 118641 | |
著者(漢字) | 酒井,智宏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカイ,トモヒロ | |
標題(和) | フランス語avec NP(XP)構文 | |
標題(洋) | Les Constructions avec NP(XP) en francais | |
報告番号 | 118641 | |
報告番号 | 甲18641 | |
学位授与日 | 2003.10.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第451号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 言語情報科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | この論文では、これまでほとんど取り上げられることのなかったフランス語のavec NP XP構文について、記述・理論の両面から論じる。 第1章では、第2章以降の議論の準備としてRuwet (1982)とMcCawley (1983)の分類に適切な修正を加えて整理し、この構文に大きく分けて3つのタイプがあり、そのそれぞれが主節主語によるコントロールの有無により二つに下位区分できることを明らかにする。タイプ1(Ruwet 1982にならってavec NP S構文と呼ぶ)ではNPとXPとの間に主述関係が成り立っている(例 : Avec la France eliminee des la premiere phase de l'epreuve, le Mondial ne m'interesse plus. )。XPの位置には名詞句、形容詞句、助動詞etreを要求する完了分詞、受動分詞、擬似関係節、前置詞句が現れうる。タイプ2(avec NP PP構文と呼ぶ)ではXPの位置にpour / comme/ en guise deを主辞(tete, head)とするPPが生起する(例 : Avec Pierre pour guide, nous avons visite Florence. )。この構文においてはNPとPPとの間に主述関係は成立せず、主述関係はむしろNPとPPが直接支配するN'との間に成立する。タイプ3(avec NP PP[loc]と呼ぶ)ではavecは場所を表すPPを任意に補語に取る(例 : Avec ce sacre temps, je ne mettrai pas les pieds dehors. )。PPが明示的に現れるとき、avec NP PP[loc]はしばしばavec NP Sとしても解釈でき、両者の区別は曖昧になる。この区別は第5章で問題にするが、それまでは積極的にavec NP Sとして解釈する。 第2章では、avec NP S構文の構成素構造が[avec[NP XP]]と[avec NP XP]の両方でありうることを示す。 McCawley (1983)はavec NP XPにおけるNP XPが関係代名詞の先行詞になり、かつ等位接続や右端節点繰り上げの対象となるという事実などから[avec[NP XP]]という構造を主張しているが、これらの事実はいずれも決定的な証拠とはならない。しかし、NP XPが擬似分裂文の焦点になれるという事実、およびavec NP XPにおいてavecを省略できる場合があるという事実から、[avec[NP XP]]が不可能であると考えることには無理がある。 Ruwet (1982)は[avec NP XP]という構造を主張し、その根拠としてavecがsansと異なり文補語を下位範疇化しないという事実および擬似関係節の先行詞が接辞代名詞化できるという事実を挙げている。このうち第一の事実は正当性の疑わしい変形を前提としたものであるため支持できないが、第二の事実はフランス語に非局所的接辞代名詞化すなわち接辞代名詞繰り上げが存在しないとするMiller & Sag (1997)の議論を踏まえると[avec NP XP]という構造に対する強力な証拠となる。また、avoir NP XPにおいてNPが接辞代名詞化できるという事実からも、この構造に対する間接的な支持が得られる。 以上から、二つの構造をともに認める必要があることになるが、この事実をHPSG(主辞駆動句構造)理論により定式化する。それによると、avec NP Sが二つの構造を持ちうることは、avecが語彙的に課す制約と一般的制約との相互作用から必然的に帰結される。 第3章ではavec NP PPに関して、構成素構造がMcCawley (1983)が主張する[avec [NP PP]]ではなく、Ruwet (1982)が(根拠を示すことなく)仮定している[avec NP PP]であること、およびPPがいかなる意味においても述語ではなく、NPをPPの(意味上の)主語とするMcCawley (1983)分析が支持できないことを示す。 McCawley (1983)は関係代名詞、等位構造および副詞に関する事実から[avec [NP PP]]という構造を主張しているが、これらの議論はすべて無効である。それだけでなく、[avec NP PP]という構造のみが可能であることを示す証拠がある。これには、NPとPPの語順に関する事実、avec NP PPとavec NP Sとの等位接続の不可能性に関する事実、avoir NP PP構文に関する事実、avecの省略不可能性に関する事実などがある。 McCawley (1983)は前置詞asがコピュラbeを置換することによって得られ、フランス語においても同様であると考えている。しかし、前置詞とコピュラとの選択制限の違い、avoir NP PPとの関係、avecとsansとの違い、NPとPPの語順などを考慮すると、前置詞がいかなる意味においてもコピュラとは見なせないことが明らかとなる。 その一方で、NP PPが数量詞や否定のスコープドメインとなる、副詞を取り込むことができる、関係代名詞の先行詞になることができる、NPとPPの直接支配するN'が文法的一致を示す、などの事実からNP PPが節としての性質を持つことは明らかで、理論的にこれを保証する必要がある。そこで、HPSG理論を用いてavec NP PPに現れる語の語彙情報を充実させることにより、問題の事実を理論化する。 第4章はavec NP SにおいてXPとして生起する擬似関係節と現在分詞節の統語特性を詳細に分析することにより、第2章で提示したavecの語彙記載を精緻化することを目的とする。先行研究において先行詞+擬似関係節の統語構造として、NP、CP、NP XPの3つが提案されているが、これらはNP XPが構成素をなす場合となさない場合とがあるという事実を説明できない。この他、擬似関係節がCPである場合とVP付加部である場合とがあり、前者は単一判断、後者は二重判断に対応するという分析も提案されているが、この分析は単一判断の場合もNPの接辞代名詞化が可能であるという事実を説明できない。これに対し、本論文第2章で示した擬似関係詞をVPのマーカーとする分析は、これらの難点をすべて克服でき、どの先行研究よりも観察的妥当性の点で勝っている。 しかしこの分析はKayne (1974-75)が古典的変形文法の枠組みで行ったquiの統一的分析を取り込むことができない。そこで、観察妥当性を損なうことなく、quiを補文標識として再定式化する。補文標識quiは主語が空所であるVPを補語とし、かつその主語と同一指標を持つNPを自らの主語として要求する。この語彙記述に加え、Sag (1997)の構文文法的アプローチの知見などを取り入れることにより、quiの統一的分析が可能になる。 この分析を応用すると、現在分詞節が叙述的な擬似関係節であることが示され、そこからJ'entends {pleuvoir / *qui pleut / *pleuvant}. のような虚辞主語に関する不定詞節と擬似関係節・現在分詞節との対比が理論的帰結として自動的に導出できる。 以上の分析にはGPSG(一般化句構造文法)理論や初期のHPSG理論(Pollard & Sag 1994)において存在が否定されていた主語空所の概念が不可欠である。主語空所の必要性は先行研究において英語の寄生空所現象、チャモロ語の取り出し現象などに関してすでに指摘されているが、本論文はフランス語の事実に基づいて主語空所の存在を論証するものであり、Bouma et al. (2001)で提示されたHPSG理論の再編成に重要な裏づけを与える。 第5章では、第1章と第2章でavec NP Sとした構文のうちの一部を問題にし、それらが実は第1章で述べたavec NP PP[loc]であることを示す。 一般にavec NP SにおいてNPとXPの語順を変換することはできないが、XPの位置に場所を表すPPが生じるときに限り語順変換が許されるという例外がある。 XPが場所のPPであるときに限りavecの位置にsansが生起できるが、このときsansがNPに意味役割を与えることは明らかである。よって補語語順変換が許される場合のavecはNPに意味役割を与えており、avec NP Sにおけるavecとは異なることになる。 また、問題の付加部と身体名詞構文(Il est entre avec un livre sous le bras.)との間には、補語語順変換およびsansの生起が可能であるという共通点が観察されるが、身体名詞構文のPPは照応詞であり(Gueron 1983, Koenig 1999b)、叙述的な範疇ではない。したがって、補語語順変換が可能なavec構文におけるPPは叙述的ではなく、場所の補語である。 以上の議論から、補語語順変換が可能なavec構文はavec NP PP[loc]であると結論でき、avec NP Sに対しては補語語順変換が許されないという一般化が維持できる。 場所の補語であるPPはavecを修飾する付加部ではなく、avec NPにおけるNPの位置を表す意味役割を担う項であると考えるべき証拠がある。つまりこのPPは、随意的要素でありながら、ひとたび統語構造に現れると、avec NPの表す事態に対して付加的情報を与えるのではなく、avec NPの表す事態にとって本質的な場所の意味役割を供給する。この複雑な状況を定式化するには、Wechsler (1995)によって提案された事態(psoa)の階層に基づく意味役割理論が適しており、この枠組みを用いた定式化を提示する。これによると、avec NP PP[loc]においてavecとPP[loc]は単一の事態に関する部分情報をもたらす。このような定式化は制約に基づく文法理論を用いて初めて可能となるもので、avec NP PP[loc]に対してもこの枠組みによる分析が有効であると結論できる。 | |
審査要旨 | 酒井智宏の課程博士論文 LES CONSTRUCTIONS “AVEC NP (XP)” EN FRANCAIS(フランス語の「AVEC NP (XP)」 構文)は,フランス語AVEC NP XP構文に対するHPSG理論(Head-Driven Phrase Structure Grammar)による始めての本格的研究である.AVEC NP XP構文は,形の上では副詞句であるが,単なる副詞句というより,多くの場合,絶対分詞節として,節としての特徴をもち,さまざまな興味深い振る舞いをする.この構文の形式的特徴と統語的・意味的振る舞いを適格に捉えることは,いかなる文法理論にとっても困難な課題であり,文法理論の記述,説明能力を試す格好の試金石となる.酒井智宏は,この困難な課題に正面から立ち向かい,十分評価できる成功を収めている. 第1章は,生成文法の枠組みで行われた,この構文に対する従来の研究を概観し,この構文が3つに整理できることを示す.タイプ1では,NPとXPの間に主述関係が存在し,XPの位置には,名詞句,形容詞句,完了分詞,受動分詞,疑似関係節,前置詞句が現れる.タイプ2では,XPの位置に現れる表現はpour, comme, en guise deで導入される前置詞句PPに限られ,また,主述関係は,NPとPPの間にではなく,NPとPP内でpourなどの前置詞に直接支配されるN'との間に成立する(例:Avec Pierre pour guide, nous allons visiter Florence).タイプ3は,XPが場所を表す表現であり,明示的に表現されることもあれば,そうでないこともある.明示的に表現された場合,タイプ1に分類されるAVEC NP S構文との区別はしばしば困難になる. 第2章は,タイプ1の AVEC NP S構文の統語構造に関する研究である.この構文の統語構造に関して,2つの説が提案されている.McCawleyは,[avec [NP XP]]を,Ruwetは,[avec NP XP]を仮定している.この2人があげた証拠と,酒井智宏が新たに付け加えた証拠を考慮した場合,唯一的にどちらかの構造に決定することはできず,AVEC NP S構文は,2つの構造を合わせもつと結論せざるを得ない.酒井は,AVEC NP S構文が2つの構造をもつことを,avecに対する語彙制約と一般的制約で説明する. 第3章は,タイプ2を扱う.まず,このタイプのAVEC NP XP構文の統語構造は,McCawleyの主張するような[avec ]NP XP]]ではなく,Ruwetの主張する[avec NP XP]であると結論する.次に,NPとXPの間に直接的な主述の関係を仮定することは困難であることを示す.一方,NPと,XPに直接支配されるN'との間に存在する主述関係を捉えるには,古典的句構造文法は力不足で,より充実した語彙情報をもつ文法理論が必要であるとして,HPSGによる定式化を提案する. 第4章は,AVEC NP S構文に現れる関係節が,通常の制限的,非制限的関係節のいずれでもなく,疑似関係節と呼ばれる特殊な関係節であると論じ,疑似関係節の理論を展開する.疑似関係節とは,一般に,知覚動詞が主動詞である節に直接支配される名詞を修飾する関係節である(例:J'entends Marie qui chante).疑似関係節は,通常の関係節と異なる特徴をもつ.酒井は,疑似関係節は,節というより,技術的には動詞句であると主張し,それをHPSGの枠組みで定式化する.さらに,現在分詞節(例:J'entends Marie chantant)も疑似関係節であると分析し,それに定式化を与える.この定式化により,疑似関係節のさまざまな特殊性がうまく説明できることを示す. 第5章は,タイプ3に属するAVEC NP XP構文の研究である.XPが場所を表す場合に限って,AVEC NP PP ---> AVEC PP NP のような順序の入れ替え(かきまぜ)が可能である.この事実を,PPがNPに対して本質的は場所に関する意味役割を与えると分析し,Wechslerの提案する事態階層の理論で定式化する. 以上のように,AVEC NP XP構文は,(1) 形式的には句でありながら節的振る舞いをし,節としての特徴を捉える必要がある,(2) この構文には,いくつかのサブタイプがあり,そのそれぞれのタイプの特殊性を捉えながら,全体としての共通性にも目を配る必要がある,など,きわめて高度な理論化が要求される研究対象である.酒井智宏は,こうした困難な課題に挑戦し,見事に成功している.この研究は,以後のAVEC NP XP構文の研究にとって欠かせない成果であり,きわめて高い評価に値する.したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する. | |
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