学位論文要旨



No 118425
著者(漢字) 津田,照久
著者(英字)
著者(カナ) ツダ,テルヒサ
標題(和) 普遍指標と可積分系
標題(洋) Universal characters and Integrable systems
報告番号 118425
報告番号 甲18425
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第225号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 助教授 坂井,秀隆
 東京大学 助教授 斉藤,義久
 神戸大学 教授 野海,正俊
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は二部に分かれている.第I部では普遍指標の特徴付ける無限次元可積分系の理論,また第II部ではガルニエ系の理論を主題とする.以下,それぞれについて要旨を述べる.

 第I部.Universal characters and an extension of the KP hierarchy(普遍指標とKP階層の拡張)

 Schur多項式の一つの拡張に,小池による普遍指標(universal character)がある.普遍指標S[λ,μ](x,y)は,ヤング図形の組[λ,μ]に付随して定まる(x,y)=(x1,x2,…,y1,y2,…)の多項式であって,一般線形群の既約有理表現の指標を表すものである.

 一方で,佐藤幹夫らの研究が明らかにしたように,重要なソリトン方程式のクラスであるKP階層は,Schur多項式が特徴付ける無限次元可積分系である.

 従って,普遍指標が特徴付ける無限次元可積分系は一体何か?という問題意識は自然である.第I部ではその疑問に対する一つの解答を与える.以下に主結果を述べる:

 (1)普遍指標が特徴付ける無限次元可積分系を構成した(以下,UC階層と呼ぶ).UC階層は無限階の非線形偏微分方程式系で与えられ,KP階層の自然な拡張と見なせる.

 (2)UC階層の解全体は,佐藤Grassmann多様体の直積を成す.

 (3)UC階層の対称性は無限次元リー環〓で与えられる.

 上記の結果について説明する.

 ヤング図形の組〓に対して,普遍指標:と定義する.但しΣ∞n=0Pn(x)kn=eξ(x,k),ξ(x,k)=Σ∞n=1xnknおよびp-n(x)=0,(n>0)とおいた.またqn(y)はpn(x)においてx→yと変数を書き換えたものとする.{S[λ,μ](x,y)}λ,μは多項式環C[x,y]の基底を成す.

 定理1 S[λ,μ](x,y)=Xλ1…XλlYμ1…Yμl'・1.

 ここで微分作用素Xn,Yn(n∈Z)を以下で導入した:この微分作用素(頂点作用素)を用いてr=r(x,y)に対する次の双線形関係式を与える:(x*n,Y*nは,Xn,Ynにおいて(x,y)→(x,-y)と書き換えたものとした.)上の1式目は以下の広田型微分方程式(展開パラメタ:u,vについての母関数と見る)と同値である(2式目も同様.)双線形関係式から得られるr(x,y)に対する一連の微分方程式全体をUC階層と呼ぶ.例えば,上式の定数項から〓なる方程式を得る.実は,UC階層の含む全ての微分方程式は無限階である.また全ての普遍指標はUC階層の解である.普遍指標がSchur多項式の拡張であることから期待されるように,UC階層はKP階層の自然な拡張を与える.(実際,UC階層はKP階層を特殊解として含む.)

 フェルミオンのFock空間Fと多項式環C[x,y]の同型写像(ボゾン=フェルミオン対応)を構成した.UC階層をフェルミオンの言葉で書き直すことにより,UC階層の解の無限小変換の対称性が無限次元リー環〓で記述されることを示した.また〓の元のC[x,y]上への実現は,前述の頂点作用素を用いて与えられる.

 f(x,y)∈C[x,y]を普遍指標多項式で展開する:但し〓とした.ここでCλμνはLittlewood-Richardson係数と呼ばれる組合せ論的な非負整数である.

 定理2 f(x,y)がUC階層の解である.

 〓(A)展開係数fλμがPlucker関係式を満たす.

 〓(B)fλμ(x,y)がPlucker関係式を満たす.

 上記(A)により,{UC階層の解全体}〓(佐藤Grassmann多様体)×2(直積)が従う.また(B)より,UC階層の無限階の方程式がPlucker関係式に等価であることが分かる.(これはfλμ(x,y)がfの無限階微分を含むことと整合する.)さらにUC階層の解は,KP階層の解の組に微分作用素を代入したものを用いて明示される:

 定理3 r1(x),r2(x):KP階層の解.

 〓:UC階層の解.

 第II部.Toda equation and special polynomials associated with the Garnier system(ガルニエ系に付随する戸田方程式および特殊多項式)

 第II部では,(パンルベVI型方程式PVIの拡張である)ガルニエ系HNについて考察し,以下のような結果を得た:

 (1)ガルニエ系HNに付随するタウ関数の列が戸田方程式を満たす.

 (2)特にHNの代数関数解に付随するタウ関数の列は,適当な変数変換の下で特殊多項式の族Tm,nを定める。このTm,nは普遍指標を用いて表される.

 (3)同様に,有理関数解に対しても特殊多項式の族Rm,nを構成する.このRm,nはSchur多項式で表される.

 上記の結果について説明する.

 パラメタ〓として,以下の多時間ハミルトン系〓を(N-変数)ガルニエ系と呼ぶ.ハミルトン関数Hi(i=1,…,N)は次で与えられる.ここでRij=Si(Sj-1)/(Sj-Si),Sij=Si(Si-1)/(Si-Sj),α=-(k0+k1+k∞+Σiθi-1)/2とした.ガルニエ系HNはPVIのモノドロミ保存変形の立場からの拡張である.実際N=1のとき,HNはPVIのハミルトン系による表示に等しい.

 HNの双有理対称性の群Gが格子を含む無限群を成すことを明らかにした.HNに対してタウ関数と呼ばれる従属変数r(s),s=(s1,…,sN)が定まる.格子上のタウ関数の列が戸田方程式を満たすことを示した:

定理4 〓:格子とする.タウ関数の列rn=ln(r),(n∈Z)は以下の戸田方程式を満たす.ここでX,Yは[X,Y]=O(可換)を満たすベクトル場である.

 対称性の群Gの適当な元の固定点がHNの代数関数解を与えることを示した:

 定理5 HNは以下の代数関数解を持つ.

 付随するタウ関数は適当な変数変換の下でt=(t1,…,tN)の多項式となる(但しt2i=si).(A)に対してGの格子の作用を考えるとk0=m+n+1/2,k1=m-n+1/2,(m,n∈Z)における代数関数解を得る.付随するタウ関数は戸田方程式から計算可能だが,同様の変数変換の下で多項式を定める.この多項式をTm,n(t)と表して,HNの代数関数解に付随する特殊多項式と呼ぶ.(より一般にパラメタ〓の任意の2成分が半整数の場合にHNは代数関数を許し,それらは特殊多項式Tm,n(t)の微分有理式で与えられることを示した.)

 定理6 特殊多項式Tm,n(t)は普遍指標を用いて表される:但しu=|n-m-1/2|-1/2,v=|n+m-1/2|-1/2として,ヤング図形の組はまた規格化因子Nm,n=(-1)u(u+1)/2Πitv(v+1)/2iΠuk=1(2k-1)!!Πvk=1(2k-1)!!とおいた.変数の対応はxn=(k∞+Σiθi(-ti)n)/n,yn=(k∞+Σiθi(-ti)-n)/nである.

 定理の証明の過程で,(行列式についての)ヤコビの恒等式の拡張を与え,それを用いた.

 HNはLauricellaの超幾何関数FDを特殊解として含む.特別なパラメタに対してFDは多項式に退化する(ヤコビ多項式の多変数化).従ってHNは有理関数解を許すことが分かる.例えば以下のような有理関数解を持つ:Gの格子の作用によってα+k∞=-m,k1=nにおける有理関数解を得る.付随するタウ関数は適当な規格化の下で,HNの有理関数解に付随する特殊多項式〓を定める.

 定理7 特殊多項式Rm,n(s)はSchur多項式を用いて表される:ここでヤング図形を〓とし,Cm,nは適当な定数である.また変数の対応はxn=(-k∞+Σiθisni)/nで与えられる.

 上記の定理6,定理7はガルニエ系と,ヤング図形の組合せ論および一般線形群の表現論との関係を明らかにするものである.

審査要旨 要旨を表示する

 ガルニエ系は2階フックス型線型常微分方程式のモノドロミー保存変形から得られる完全積分可能非線型偏微分方程式系であり,多時間多重ハミルトン系で表される。1次元の場合がパンルヴェ6型方程式であり,そのベックルント変換や古典解について活発に研究がなされており,その深い構造は現在でも興味ある研究対象となっている。特に代数解については,ヤコビ多項式などいわゆるリッカチ型の解と梅村型の解が主なものである。

 一方ガルニエ系については,線型常微分方程式のシュレジンジャー変換から多くの対象性が得られるはずであるが,これを具体的にガルニエ系のベックルント変換として実現したものはこれまで報告されていなかった。また代数解については,多変数ヤコビ多項式の存在は知られているがこの構造についても詳しくは調べられていない。さらに,梅村型の代数解は存在すら不明であった。

 本論文は,ガルニエ系についての上記課題に対し大きな進展を与えているとともに,その代数解の構造を明らかにする目的で,普遍指標に付随する無限次元可積分系を提出しその構造を明らかにしたものである。論文は2つの部分からなり,第1部では普遍指標とKP階層の拡張が論じられている。第2部の主題はガルニエ系で,そのベックルント変換と付随する戸田方程式,および代数解として現れる特殊多項式に関する結果が与えられている。普遍指標はシューア多項式の拡張の一つであり,後者は一つのヤング図形に対応するのに対し,ヤング図形の二つ組に付随して定まるもので,一般線型群の既約有理指標を表すものである。ところで,シューア多項式はKP階層を特徴付けることが知られているから,普遍指標が特徴付ける無限次元可積分系を考えることは,ガルニエ系の研究の立場からは自然なことである。実際パンルヴェ方程式の有理解はKP階層の方程式からの簡約によりシューア多項式で表されることがわかっている。ごく最近,6型パンルヴェ方程式の梅村型代数解が普遍指標で表されることが示されている。以下論文に沿ってその主な結果を記す。

 第1部の主結果は次のように要約される。

 (1)普遍指標が特徴付ける無限次元可積分系を構成したこと。これをUC階層と呼ぶ。UC階層は無限階の非線形偏微分方程式系で与えられ,KP階層の自然な拡張と見なすことができることを示した。

 (2)UC階層の解全体は,佐藤グラスマン多様体の直積を成すこと。

 (3)UC階層の対称性は無限次元リー環〓で与えられること。

 結果のすべてを詳しく論じることはやめて,ここではKP階層とUC階層の関係に関する結果のみを引用する。UC階層の解はKP階層の解の組に微分作用素を代入したもので明示的に与えられる。

 定理1 r1(x),r2(x):KP階層の解。

 〓:UC階層の解。

 第2部では第1部で得られた普遍指標に関する結果も用いてガルニエ系に関する以下の結果が得られている。

 (1)ガルニエ系HNに付随するタウ関数の列が戸田方程式を満たすこと。

 (2)特にHNの代数関数解に付随するタウ関数の列は,適当な変数変換の下で特殊多項式の族Tm,nを定め,このTm,nが普遍指標を用いて表されること。

 (3)同様に,多変数ヤコビ多項式に対応する有理関数解に対して特殊多項式の族Rm,nを構成し,これをシューア多項式で表したこと。

 上述のように,ガルニエ系に含まれるパラメータの平行移動を実現するベックルント変換を明示的に求めたのは本論文が始めてである。これを使って(1)の結果が得られる。定理の形で書けば

 定理2 lをパラメータの平行移動に対応するベックルント変換とする。このとき,タウ関数の列rn=ln(r)は戸田方程式を満たす。ここでX,Yは可換なベクトル場である。また,6型パンルヴェ方程式の梅村解に対応するべきガルニエ系の代数函数解の系列が与えられ,これを普遍指標で具体的に表示したことも重要な成果である。

 本論文で取り扱われている問題はパンルヴェ系の研究と比しても計算が複雑であり,これまでは十分な研究がなされていなかった。とくに,パラメータの平行移動を実現するベックルント変換をどのように計算するか苦労が重ねられていたところである。この困難をタウ函数の広田型方程式,この導出も論文提出者の仕事であるが,に注目することで克服した。また,代数解の存在は書いて与えれば難しいものではないが,多くの試行錯誤が積み重ねられた成果である。第1部の普遍指標に付随する無限次元可積分系の研究は結果自体も興味あるが,そのガルニエ系など有限次元可積分系への簡約など,今後の研究にいろいろな課題を与えている。なにより,ガルニエ系の代数解の構造などに応用されたことは興味深いことである。今後の研究の発展がますます期待される。

 よって,論文提出者津田照久は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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