学位論文要旨



No 118415
著者(漢字) 佐々木,良勝
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ヨシカツ
標題(和) パンルヴェ超越関数およびある一般化の関数論的研究
標題(洋)
報告番号 118415
報告番号 甲18415
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数第215号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 野口,潤次郎
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 助教授 坂井,秀隆
 東京大学 教授 片岡,清臣
 慶應義塾大学 教授 下村,俊
内容要旨 要旨を表示する

 100年程前、新しい特殊関数を作ろうという目論見のもとで、PainleveおよびGambierにより、極以外に動く特異点を持たない関数が満たす代数的常微分方程式として、現在パンルヴェ方程式として知られる6種の方程式が得られた。その解は、パンルヴェ超越関数と呼ばれている。これは、方程式自体が既知の特殊関数が満たす方程式に帰着される場合を除いて、"還元不能"であること、すなわち、真に新しい超越特殊関数であることが示されている。

 新しい特殊関数たるパンルヴェ超越関数に対し、関数論的研究が行われるのは当然の成り行きと考えられるところ、現実の解析は困難であり、これまではむしろパンルヴェ方程式に関する幾何学的研究や、上述の還元不能性といった代数的研究・特殊解、ないし多変数化・一般化が主な流れであった。ところが最近、パンルヴェ超越関数に関し、下村氏などによる、値分布、増大度等の結果が得られ、関数論的研究が漸く進展を見つつある。

 本論文では、パンルヴェ超越関数および、パンルヴェ超越関数のある種の一般化に相当する関数について、値分布ないし増大度等の関数論的性質を探ることを目的とする。

 第1部はパンルヴェ2型方程式の高階化であるパンルヴェ2型階層に属する常微分方程式の超越有理型解について、その増大度が最低限どの程度であるかを求めた。この評価は系統的に行なう事ができるものであることを表すため、パンルヴェ2型方程式を含めて、パンルヴェ2型階層に属する数本の方程式について、その超越有理型解の評価を一括して行なった。パンルヴェ2型方程式については下村氏によって増大度の下からの評価が既になされており、本稿第1部は基本的に氏の手法を基にしている。パンルヴェ2型階層の方程式は皆パラメータを1つ有しており、これにつき、異なるパラメータ値の解同士を結ぶ関係式がベックルント変換として知られている(Gromak氏による)。パラメータ値がゼロの場合の当該評価結果は、このベックルント変換により、パラメータが整数値の場合の評価へと敷衍される。結果から、2m階の高階パンルヴェ2型方程式のパラメータ整数値なる超越有理型解は最低限(2m+1)/2m次のべき乗オーダーで増大していくことが推認される。m=1,2,3,4の場合について実際にこの事を示したのが、本稿第1部の主結果である。

 第2部はパンルヴェ5型超越関数の値分布の探索に充てられる。パンルヴェ5型方程式はパラメータの値によってはパンルヴェ3型方程式ないし古典関数の方程式に還元可能な場合があるが、それらの場合を除外して、真にパンルヴェ5型超越関数を取り扱う。指数関数で独立変数の定義域を複素円筒に改変したmodifiedパンルヴェ5型方程式の解たる超越関数については、複素平面上全域で有理型の関数であることが知られており、これに対しては値分布が指数関数オーダーであることが既知であった(下村氏による)。本稿では独立変数を変換せず、定義域で無限遠点の回りのある角領域内を考え、当該セクター内におけるパンルヴェ5型超越関数の関数値の分布がべき乗オーダーであることを示す。これが本稿第2部の主結果である。このべきは証明の過程で具体的に求めることができる。評価の過程においては、所謂「釈迦の掌」論法が用いられる。道具立てや手法においてはmodifiedパンルヴェ5型超越関数の場合やパンルヴェ1・2・4型超越関数に関する下村氏の議論が大いに参考になる。

審査要旨 要旨を表示する

 パンルヴェ方程式は動く分岐点を持たない2階代数型非線型常方程式として決定されたものであり、実際に不動特異点以外の特異性は極のみであることが知られている。例えば、パンルヴェ2型方程式の不動特異点は無限遠点のみであるから、その一般解は複素平面上の有理型関数である。また、5型方程式は原点と無限遠点に特異点を持ち、従って独立変数xをx=ezと変換すれば、一般解はzについて有理型関数である。パンルヴェ5型方程式をsについて書き直したものは変形5型方程式と呼ばれている。

 パンルヴェ方程式の一般解をパンルヴェ超越関数という。この超越関数の関数論的な振る舞いを調べることは、パンルヴェ方程式の発見以来続けられていたが、近年に至るまで十分な成果は得られていなかった。一方では、方程式の変換群や古典解と呼ばれる特別解とについての代数的手法による研究、初期値空間に関する幾何学的な研究が活発に行われている。このような研究はパンルヴェ超越関数の関数論的な研究にも側面から大きな力を発揮することになり、ごく最近ではパンルヴェ超越関数の増大度や値分布について興味ある結果が得られつつあるところである。この方面で慶応大学の下村俊教授の貢献は特記に値する。

 本論文は、パンルヴェ超越関数とそれの拡張である高階代数型非線型常微分方程式の定める超越解について、関数論的な立場から研究を行い、興味ある結果を得たものである。論文は2つの部分からなる。第1部ではパンルヴェ2型方程式の高階化であるパンルヴェ2型階層に属する常微分方程式の超越有理型解について、その増大度の下からの評価を与えている。第2部はパンルヴェ5型超越関数の値分布に関係する。変形パンルヴェ5型方程式の解は上述の通り複素平面上全域で有理型となるが、その値分布は当然に指数オーダーとなる。パンルヴェ5型超越関数をy(x)と書くと、本論文では、あるセクター内でy(a)=1となる点a、1-点と言う、が多項式のオーダーで分布していることを示した。

 第1部で扱っているパンルヴェ2型階層方程式とは具体的に以下のものである。

 PII(2)α:λ(2)=2λ3+tλ+α,

 PII(4)α:λ(4)=10λ"λ2+10(λ')2λ-6λ5-tλ-α,

 PII(6)α:λ(6)=14λ(4)λ2+56λ(3)λ'λ+42(λ")2λ+70λ"(λ')2-70λ"λ4-140(λ')2λ3+20λ7+tλ+α,

 PII(8)α:λ(8)=18λ(6)λ2+108λ(5)λ'λ-6(21λ4-35(λ')2-38λ"λ)λ(4)+138(λ(3))2λ-252λ(3)λ'(4λ3-3λ")+182(λ")3-756(λ")2λ3+84λ"λ2(5λ4-37(λ')2)-798(λ')4λ+1260(λ')2λ5-70λ9-tλ-α.

 ここではこれらの方程式をPII(2m)αと書く。m=2,3,4である。主要な結果は次の通りである。

 定理1αは整数とする。方程式PII(2m)αの超越解λに対して、r→∞のとき〓が成り立つ。

 本来のパンルヴェ2型超越関数の増大度については下村氏がすでに与えたものと一致する。一般のmに対しても同様の結果が成立することが予想されるが、そのためにはパンルヴェ2型階層を簡約化して得られる2m階常微分方程式の形とベックルント変換が必要である。このような代数的な考察が課題であろう。

 第2部ではパンルヴェ5型方程式について、(γ,δ)≠(0,0)かつ(α,β)≠(0,0)のとき、以下の結果を得た。

 定理2無限遠点を頂点とするセクター{x||arg x|<ψ<π,|x|≧L}において、この範囲にある1-点の数は、O(γC)である。ここでCは、(α,β,γ,δ)に依らない正の定数である。

 分布のオーダーを与えるCが方程式のパラメータに依らないことが大切な点である。

 本論文で取り扱われている問題は解析的な困難のためこれまでは十分な研究がなされていなかったものである。手法は最近下村氏により開発されたものが参考になるが、対象となる方程式が異なれば独自の手法を作り出さなければならないことはもちろんである。また、高階の方程式を扱うためには大いに工夫を必要とする。このような困難を乗り越えて具体的な結果を得たことは評価できる。結果自体も興味深いものであるが、この手法はいろいろな問題に応用されることが期待される。よって,論文提出者佐々木良勝は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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