学位論文要旨



No 118129
著者(漢字) 古川,純
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,ジュン
標題(和) アポプラスト蛋白を対象としたダイズ根におけるAl毒性の解析
標題(洋)
報告番号 118129
報告番号 甲18129
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2518号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 妹尾,啓史
内容要旨 要旨を表示する

 アルミニウム(Al)は酸素、ケイ素に次いで地殻中三番目に存在量の多い構成元素であり、金属元素では最も多く存在する元素である。Alは通常不溶性の化学形態をとっているが、世界の農耕地の30〜40%を占める酸性土壌では土壌溶液中へAlイオンとして溶出している。特にpH4.5以下の低pH条件下では大部分がAl3+として存在し、植物に対して強い毒性を示すことから、酸性土壌における作物生産上の重大な問題となっている。多くの植物種でAlによる生育阻害が報告されているが、それらに共通する現象として根の伸長阻害が挙げられる。Alによる根伸長阻害は極めて短時間に生じることが特徴であり、Al処理開始後2時間以内に観察される現象である。これまで伸長阻害とそれに伴う根形態の変化やAl処理による細胞壁の強度変化などが報告されているが、伸長阻害の具体的な作用機構に対する知見は乏しい。本研究はAl障害の研究に用いられる植物種の一つであるダイズ(Glycine max. (L.)). Merr. Cv. Tsurunoko)を対象として、Alによる根伸長阻害機構の解明を目的としたものである。

(1)根伸長に対するAlの影響

 播種後2日のダイズ幼植物を20μM AICl3を添加した0.2mM CaCl2溶液(pH4.5)で育成すると、Alは短時間のうちに根組織に取り込まれ、根伸長を阻害していた。主根の伸長速度はAl処理開始後2時間で対照区の65%まで低下しており、4時間で約50%、その後24時間まで30-40%での推移を示した。以下Al処理濃度はすべて20μMである。Al障害の指標に用いられる根端でのCallose(β-1,3-グルカン)合成と細胞膜損傷をAl処理0-8時間で検証したところ、Callose合成量の急激な増加は2時間以降であり、細胞膜の損傷が検出されたのは3-4時間後であった。Callose合成は細胞膜が障害を感知した際に促進されることから、それよりも早い段階で生じる伸長阻害はアポプラストを対象としたAl障害であると考えられた。また、処理開始から2時間で影響が現れていることから、この伸長阻害機構に対する細胞分裂ならびに遺伝子発現の寄与は小さく、個々の細胞伸長に直接作用する障害であることが示唆された。

(2)アポプラスト蛋白に対するAlの影響

 植物根における細胞伸長は伸長帯と呼ばれる根端2-6mmで活発である。ここでは細胞壁成分の物性変化により細胞の膨圧に対する応力が緩和されている。細胞壁の応力緩和とそれに伴う細胞伸長はセルロース微繊維とキシログルカンのような多糖成分の分解・繋ぎ変えによる網状構造の再編によると考えられており、その再編過程を担うのがアポプラストに存在する蛋白である。本研究ではアポプラスト蛋白の機能に対するAlの影響に着目した。アポプラストにおける酵素活性を検討するために、細胞壁成分の自己消化ならびにアポプラストからの抽出蛋白を用いた2次元電気泳動による解析を行ったところ、Al処理により消失する蛋白が3種確認された。これら蛋白のうち分子量27kDaの蛋白(SAP27;soybean apoplast protein of 27kDa)はAl処理後30分から1時間の間に消失しており、Alによる短時間での伸長阻害に関与している可能性が考えられた。アポプラストから抽出される蛋白量は極めて微量であり、電気泳動により単離したSAP27を用いたN末端アミノ酸配列で決定できた配列は6残基であった。この配列を用いたアミノ酸配列データベースによる解析から、ダイズα-ガラクトシダーゼ中に同様の配列が認められたものの、N末端の配列に相同性はなく別個の蛋白であると考えられた。

(3)Alによるアポプラスト蛋白不溶化機構の解析

 SAP27は1時間のAl処理後であっても高濃度の抽出液を用いると抽出されることから、Alにより不溶化していると考えられた。この不溶化機構を明らかにするためAlと同じ3価カチオンであるLaによる検討を加えた。Laによる伸長阻害はAlと様式が異なっており、伸長速度が対照区の50%以下になるのは8時間後であった。この時点でアポプラストから蛋白を抽出したところSAP27の不溶化は生じておらず、電荷による金属元素と蛋白との相互作用は不溶化の主な原因ではないと考えられた。次にアポプラストにおける蛋白不溶化機構として既知である、ペルオキシダーゼによるH2O2無毒化機構に関わる解析を行った。これはペルオキシダーゼがH2O2を還元する際にペプチド間に共有結合を生成するためであり、近年着目されているAlによる活性酸素種の発生と併せて検討したがSAP27の不溶化は見られなかった。その他に低pH処理での検討も行ったがSAP27の不溶化は見られず、Al処理によってのみ生じる現象である可能性が示唆されたため、多くの植物種でAl害を緩和している有機酸放出とSAP27の不溶化との間に関連があるかどうかについて検討した。植物の有機酸放出はAlにより誘導され、Alとキレート化合物を形成することにより根端周辺の根圏を無毒化する効果を示す作用である。SAP27が不溶化する4時間のAl処理後にAlを含まない1mMクエン酸溶液(含0.2mM CaC12, pH4,5)で2時間育成したところ、根伸長速度において一時的な回復が見られ、またSAP27が可溶化していた。またAl処理根から蛋白抽出をする直前に10mMクエン酸溶液(含0.2mM CaC12, pH4.5, 4℃)で30分洗浄してAlを除いた場合もSAP27が可溶化したことから、根組織からのAl除去が蛋白不溶化を改善していると考えられた。有機酸放出によるAl毒性の緩和は主に根圏における作用であると考えられているが、アポプラストにおける蛋白の機能回復に対しても有効であることが示唆された。

(4)アポプラスト蛋白とAlの親和性解析

 有機酸によるAl除去が蛋白不溶化を回復したことから、SAP27とAlの間に高い親和性があり、Alを介した壁成分との結合による不溶化機構があるのではないかと考えた。一般に金属結合蛋白の研究にはラジオアイソトープの利用が効果的であるが、Alのアイソトープは入手が困難であることから、蛍光試薬を用いた蛋白検出法を応用した親和性解析手法を開発した。2次元電気泳動により分離したアポプラスト蛋白をゲル中でAlとインキュベートし、その後にAl検出試薬であるMorinにより蛍光染色したところ、Alと高い親和性を持つ蛋白を検出することが可能となった。しかしSAP27に高いAl親和性は認められず、また他のAlと高い親和性を有していた蛋白においてもAl処理による不溶化は生じていないことから、Al親和性と不溶化機構の関連性は低いことが示唆された。Al親和性を持つ蛋白がどのような機能を持つ蛋白であるか明らかにするために、アミノ酸配列の解析を行ったが、SAP27同様配列決定が可能であった残基数が少なく、蛋白の機能を明らかにすることはできなかった。

 細胞壁環境に対するAlの影響として、Ca-ペクチン人工膜にAlを結合させると、膜のポアサイズが減少し水透過性が抑制されることが示されている。SAP27の不溶化がこのポアサイズ減少に起因している可能性もあるが、SAP27は細胞壁から抽出される蛋白の中では平均的な分子量を持っており、またSAP27より分子量の大きな蛋白の抽出がAlによる影響を受けないことが2次元電気泳動の結果から明らかとなっている。従ってペクチン会合体へのAl結合がSAP27不溶化の原因とは考えにくく、SAP27とAlの特異的な反応に焦点を当てた研究の進展が望まれる。

(5)Al耐性・感受性ダイズのアポプラスト蛋白に対するAlの影響

 SAP27の不溶化とAl障害に相関が高いことから、ダイズの他の品種である福獅子(Al耐性)/ビアフレンド(Al感受性)を用いてAl耐性能との関連を検討した。これらのダイズはAl処理24時間後の伸長阻害率から選抜された種である。ダイズにおける耐性/感受性能の多くはクエン酸放出量に起因するため、Alにより誘導される有機酸放出量をキャピラリー電気泳動により測定した。両種ともAl処理後4-6時間からクエン酸放出が促進されていたが、耐性種である福獅子の放出量が感受性種よりも多く、Al耐性能の主要因と考えられた。これまでの解析からクエン酸洗浄によるAl除去がSAP27の可溶化に効果的であることが示されており、クエン酸放出による不溶化緩和と耐性能の間に相関が見られるかどうかについて検討した。両種の伸長阻害率の差が最も顕著であった20μM AlCl3(0.5mM CaCl2溶液, pH4.5)条件で育成したところ、両種とも短時間のAl処理でSAP27の不溶化が生じ、その後クエン酸放出量の増加に従って回復することが明らかとなった。不溶化緩和が両種で生じていたことから、クエン酸によるSAP27の可溶化は放出されるクエン酸の量ではなく、放出自体との関連性が高いことが示唆された。

 Al障害の研究に用いられる植物種の中で、ダイズは有機酸放出能を持つことからAl耐性に分類されている。本研究はAlにより誘導されるクエン酸放出が根圏のみならずアポプラストにおける障害緩和にも蛋白機能の回復という作用で関与していることを示唆しており、Al障害緩和機能の研究に新たな解析結果を加えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はAlが植物に及ぼす障害において特徴的である短時間での根伸長阻害に関して、新たな知見を得ることを目的として行った研究である。これまでの研究から、Alによる根伸長阻害は根冠から分裂域、伸長域を含めた根端で生じる障害に起因していることが明らかにされているものの、伸長阻害を引き起こす具体的な作用機構に関しては一定の結論に達していない。本研究では第1章においてAlによる根伸長阻害が細胞で生じた障害の結果であるか、あるいは細胞で障害が発生するよりも早期の応答であるかについて検討した。20μM Al処理を施した根の伸長速度では、Al処理開始後2時間で約60%まで低下していたことが示されており、他の伸長阻害と比較しても極めて早く、Al障害に特異的な現象であった。また根端へのAl取り込み量は処理開始後急激な上昇を示しており、伸長阻害が根端におけるAl浸透に起因した現象であることが示唆された。この2時間での伸長阻害が細胞内で生じた障害の結果であるならば、細胞がAlを感知した際に速やかに合成が開始されるCalloseの増加、細胞膜の損傷が伸長阻害以前に検出されると考えられたが、Callose合成量が明瞭な増加を示したのは2時間以降であり、細胞膜の損傷は3時間以降に確認される現象であった。これらの結果からAlによる伸長阻害は細胞で生じる障害よりも初期の現象であることが示唆され、アポプラストにおけるAl障害が短時間での伸長阻害を引き起こしている可能性が高いと考えられた。

 伸長帯のアポプラストには細胞伸長を制御する酵素群が存在している。第2章ではこれらアポプラスト蛋白に対するAl障害について解析を試みた。壁成分に結合している酵素による自己分解を検出するオートリシス法での測定では多糖の分解過程に対するAl障害は検出されなかった。しかし、アポプラストからの抽出蛋白を用いた2次元電気泳動法による解析ではAl処理1時間で消失する蛋白SAP27が確認され、アポプラスト蛋白の中にAlに対して特異的な応答を示す蛋白が存在することが明らかとなった。SAP27が持つ機能の同定を目的としてアミノ酸配列解析を行ったが、データベース上に同一な蛋白は存在せず新規蛋白であると考えられた。またSAP27を含む抽出蛋白をオートリシス法での測定に添加し、抽出蛋白の持つ多糖の分解活性を測定したところ、抽出蛋白を添加しなかった場合に比べて壁成分の分解が促進されることが示された。Alと抽出蛋白を共存させた場合にはこの分解促進が抑えられていたことから、抽出蛋白の中に細胞壁成分を分解する蛋白が含まれており、その機能はAlにより阻害されることが明らかとなった。

 SAP27はAl処理によりアポプラストからの抽出が妨げられる蛋白であったことから、Alとの相互作用による蛋白不溶化機構の存在が示唆された。この不溶化機構を明らかにするために第3章第1節においてそれぞれ異なる障害機構を持つと考えられる低pH、La3+ならびにH2O2による伸長阻害とSAP27の不溶化の関連性を検討したが、Al処理以外でのSAP27不溶化は確認されなかった。Alに対する特異的な応答であることが示唆されたため、有機酸によるAl除去がSAP27の不溶化を緩和するかどうかを第2節で検討した。4時間のAl処理を施した後にクエン酸を添加した水耕液に移して2時間育成したところ、根伸長速度の一時的な回復、SAP27の再可溶化が確認され、SAP27の可溶化が伸長の回復をもたらすことが示唆された。またこの伸長回復時に皮層組織のAl蓄積量減少が確認され、クエン酸溶液によるAl除去がSAP27可溶化の要因であることが示唆された。Alが引き起こしたアポプラスト蛋白の不溶化という障害がクエン酸により回復することが示されたことから、植物の有機酸放出が根圏だけでなくアポプラストにおいてもAl障害を緩和することが明らかとなった。

 SAP27の不溶化がAlとの直接的な結合により生じる現象であるかどうかを明らかにするために、第4章ではSAP27とAlの親和性についての解析を試みた。2次元電気泳動で分離した蛋白を泳動ゲル上でAlとインキュベートし、蛋白に結合したAlをMorinによる蛍光染色で検出するというAlと蛋白の親和性解析法を開発し、アポプラスト蛋白とAlの親和性解析に適用した。本法によりAlと高い親和性を持つ蛋白が8種確認されたが、その中にSAP27は含まれず、SAP27の不溶化機構にAl親和性は関与していないことが示唆された。またAl親和性を持つことが示された蛋白のうち23kDaの分子量を持つ蛋白のアミノ酸配列を決定し、データベース上での検索を行ったが同一配列を持つ蛋白は存在せず新規蛋白であることが示された。

 本研究でクエン酸によるアポプラスト蛋白の機能回復という新たなAl障害緩和機構が明らかとなったことから、第5章ではこの機構のAl耐性・感受性への関与について検討した。

 Al耐性ダイズの福獅子と感受性ダイズのビアフレンドを用いて、根伸長速度、アポプラストヘのクエン酸放出量の測定を行った。耐性種においてAl処理後16時間でのクエン酸放出量の増加と、それに伴う18時間以降における伸長速度の回復が認められ、クエン酸放出に起因したAl障害の緩和であると考えられた。クエン酸放出と伸長回復に相関が認められたことからSAP27の可溶化を検証したところ、伸長回復よりも8時間早いAl処理10時間においてSAP27の可溶化が確認された。伸長回復と可溶化に時間的相違が見られたこと、さらに10時間ではAl感受性種でもSAP27が可溶化していたことから、耐性種の示した伸長回復に対してSAP27の可溶化が直接関与していないことが示唆された。鶴の子と福獅子でSAP27の可溶化と伸長回復が生じる時間が異なっていたことからLumogallion染色による伸長帯へのAl浸透度から双方のAl障害を比較すると、Al処理4時間におけるAl蓄積は皮層組織のアポプラストが中心であったのに対し、8時間はシンプラストヘのAl侵入が認められた段階であった。このことからアポプラストでのAl障害が中心である4時間においては、クエン酸によるアポプラストからのAl除去ならびにSAP27の可溶化に伴い速やかな細胞伸長の回復が示されるが、よりAl障害の進行した10時間の段階ではシンプラストなどにおける障害の発生によりSAP27の可溶化のみでは伸長回復に至らないものと考えられた。

 以上本論文はダイズを用いてAlによる伸長阻害機構の一端を明らかにした成果をまとめたものであり、本研究において得られた知見が今後のAl障害の解明に役立つことが大いに期待される。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文としての価値を持つものであると認めた。

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